第282話 暴走

    ▽第二百八十二話 暴走

 異形化したラッセルがロゥロによって殴り潰されました。ミンチのようになった状態でも、ラッセルの狂笑が聞こえてきます。


「ぐ、ぐひひひひひひひひ! 効かない! まったく効きません! 死ぬ気がしないっ! 良き良き良き良き良き良き良きぃ!」

「む」

「そして喰らうが良いです!」


 ラッセルの肉体から胞子が飛散します。

 アトリは大鎌を振るって風を起こし、その胞子をかき消しました。背後で控えている生徒たちに【アイテム・ボックス】より寄生対策ポーションを配っていきます。


 このポーション、とても高い(一本リアル単価百万円……)ので使いたくありません。けれど、今は仕方がないでしょう。

 お金ならば、またゲームで稼げばよろしい。


 ……どこかでがっつりと金策したいですね。


 アトリも太もものホルスターから寄生対策ポーションを飲み干しました。その直後、ラッセルが指をかき鳴らせば、胞子たちが一斉に爆発しました。


「っ!」


 不意の爆発。

 アトリは反射的にシヲを呼び出し、それで生徒たちを防御させました。自分自身については【奉納・閃耀の舞】でラッセルの背後に移動して回避しました。

 

 同時に大鎌による一閃を浴びせます。


 植物への攻撃について、じつは大鎌は特攻を有しています。【造園】もまた同様でした。ラッセルの肉体は一撃で半分も消え失せます。

 けれど。

 当然のようにラッセルは振り向き、その拳を放ってきました。


「当たるわけない」

 アトリがそう零して、拳を回避と同時に鎌を叩き込んでいきます。瞬時に数十もの攻撃を放ち、そのすべてがクリティカルヒット。

 

 だというのにラッセルは死にません。


 スキル補正もない拳を永久に放ってきます。


「【ダーク・オーラ】」


 アトリは攻撃の回避を優先します。その際、私が付与した【ダーク・オーラ】でどんどんダメージを与えていきます。

 状態異常は無効化されているようです。


 HPとMPをどんどん奪っていきます。

 アトリは【殺迅刃】と【喰力刃】を大鎌に付与しました。

 敏捷値を削る【大鎌】アーツと攻撃力を削る【月光鎌術】アーツの併用でした。切り刻みます。瞬時に敵のステータスが低下しました。


「神様。どうする。です、か?」

「回復しているわけではないようですから【禁治刃】も役立ちませんね……一撃でかき消すのが正解そうですけれど、それで勝てるかも不明瞭……」


 ラッセルが遅い(アトリ目線)拳を連発しています。

 敏捷値を殺しきったので、もはやアトリは片手間で回避できています。


 こういう時、ペニーがいれば【鑑定】で状況を見てもらえるのですが……私の【鑑定】スキルでラッセルは確認できません。謎の不死性についても解き明かせませんね。


「アトリ、一度撤退しましょう」

「はい。神様!」


 アトリにとって今のラッセルは容易い。

 おそらく変異しなかった時のラッセルのほうが純粋に強いでしょう。槍スキル持ちなのに拳を振り下ろすしか攻撃しませんしね。


 けれど、殺せません。


 おそらく【死神の鎌ネロ・ラグナロク】や【邪神の一振りレーヴァテイン】なら跡形もなく消せるでしょう。

 それができなかった場合、アトリは無駄にリソースを失うのでできませんけれど。


 シヲの先導によって生徒たちが逃げ出します。

 それに追いすがろうとするラッセルは、アトリが大鎌で滅多切りにして物理的に動きを止めました。生徒たちが逃げ出した後、私たちも離脱しました。


       ▽

「な、なんなんですか、アレは!」


 と肩で息をしたヘレンが抗議してきました。

 べつにアトリに文句を言っているわけではなく、敵のデタラメさについての苦言でしょう。


「そもそもあの領域の戦闘が近くで行われるだけで疲労が凄いのですが」

「そう? ラッセルは弱い」

「めちゃくちゃ強かったですよ! あの怪物の動き、アトリ先生がデバフをかけるまで見えませんでしたから! かけた後でもギリギリですし!!」


 アトリ目線の雑魚でも、一般人(弱くはない部類ですけれど)からすれば凄まじい戦闘だったようですね。あまりにも余裕なので勘違いしていました。

 体術系スキルが固有スキル化したのも大きそうです。

 リジェネタンクのはずのアトリが被弾しませんでしたしね。


 監獄を脱し、アトリたちは離れた箇所にて休息を取っています。


 アトリは疲弊ゼロですけれど、生徒たちのほうが観戦疲れしたようですから。強者同士の戦いを間近で体験した反動でしょう。

 私たちが休憩しているところに、ひらひらとペニーの蝶が舞い降りました。


『仕留められませんでしたかー?』

「うん。斬っても斬っても死なない。心当たりは?」

『うんー、見てみないことには』


 なんてことをペニーが言ったからでしょうか。

 監獄の方角から爆砕音が轟きました。見やれば小山ほどの大きさとなったラッセル(蔦塗れの怪獣です)が建物をなぎ倒しながら、こちらへグングンと迫ってきます。


 ラッセルだったモノが咆吼します。


『ぐおおおおおおおおおおおおおおお!』

『おやあー、ラッセルさん。ずいぶんとまあ可愛らしくなってしまって……【詳細鑑定】ふむ』


 蝶がふわふわと飛びながら言います。


『状態としては【魂技】状態に近いですー。魂を代償にして、何かを手に入れる行為。この世でもっとも、否、唯一ほんとうに価値のあるものって魂ですからね。色々できますよー。基本、使ったら死ぬか、超弱体化するか、それとも……という感じですが』

「譲渡に近い?」

『ですねー。譲渡は魂を使わない【魂技】みたいなところがありますー。神器のほうが自由度が高くて、効率が遙かに良いですけどね』


 ラッセルは現在、HPがマイナス状態のようです。

 本当に死なないようでした。おそらくは魂とやらが尽きるまで……これだけ聞けば【魂技】って最強ですけれど、常人では一瞬で魂が尽きるとのこと。


 技術と覚悟がなければ発動さえ出来ないのが魂技です。


『色々な生物を取り込んで、その生物に代償を肩代わりさせているのでしょうかー』

「理解した」


 つまり、殺すためには殺し尽くすだけでよろしい。

 むしろ【邪神の一振りレーヴァテイン】を使ったら詰んでいましたね。残機をひとつ削るだけで終わりかねませんでした。


 ヨヨとはジャンルの違う不死性です。


 こういっては何ですけれど、ヨヨってわりと敵の中では紳士的でしたからね。一面として悪とクズもありましたけれど、それだけではありませんでした。

 対してラッセルは……もう怪物ですね。


 ヨヨも彼とは比べられたくないでしょう。


 手当たり次第。

 街の人々を殺して喰らっていくラッセル。撒き散らされる胞子によって傭兵たち、住民たちが次々に寄生されていきます。


「【コクマーの一翼】解放」


 アトリの大鎌が黄金色に輝きます。

 振りかぶったのは渾身の【シャイニング・スラッシュ】――!


 固有スキル【殺生刃】を組み合わせることにより、この攻撃はリスクはありますが大魔法【へヴン・ライトニング】よりも火力が出ます。

 

 解き放つ。

 山ほどの大きさのあるラッセルが、その肉体をぶっ飛ばされました。逃げ惑っていた無事な人々が喝采をあげます。


「アトリ」

「はい、です。神様」


 私が作り出した【クリエイト・ダーク】で空中に躍り出るアトリ。後ろにはおっかなびっくり闇製の階段で上ってきた生徒たち。

 桃髪縦ロールがマジックバッグから拡声器的なモノを取り出します。


「傭兵の、ならびに住民のみなさん。安心してください!」


 サクラの声が轟きます。


「【鑑定】スキル持ちは解るかもしれませんが、あの怪物はラッセル・アルティマ! 魔教に命を売り渡した愚者! 今や理性を失い、怪物として暴れ回る巨悪! ですが!」


 ラッセル・アルティマ。

 この世界でも有数の強者の名を耳にした彼らは、表情に一様に絶望を浮かべております。けれど、サクラの声はよく響きました。


「ですが! ここには最上の領域《死神》のアトリがいます!」


 人々が何やらざわめき出します。ここは上空。声は届きませんけれど、おそらくは「先程の攻撃もアトリが?」とでも言っているのでしょう。

 サクラが続けました。


「敵は生物を取り込んで、自身のダメージを肩代わりさせています。逃げてください、全力で! 胞子を吸わないで! 攻撃は無意味です! アレはアトリ先生が――殺し尽くしますっ!」


 言い切ったサクラはぜえはあ、と息を切らしました。

 拡声器があるとはいえ、よほどの大声を出さねば街中には伝わりませんからね。そのあたりは【話術】スキルの範囲でもありますが。


 地上を見れば攻撃していた傭兵たちも逃げ出しました。

 傭兵の何人かは逃げ遅れそうな人を担いでいます。いつもなら見捨てたでしょうけれど、他生物から命の盾を作ると教えられたのです。


 一般人を見捨てれば、かえって不利になると歴戦の傭兵たちは気づいたようですね。


「あとは」


 アトリの頭部から狼の耳が生え出しました。

 光炎が解き放たれ、空をゆっくりと焦がしていきます。圧倒的な生命力の漲りを見て、怪物と化したラッセルが寄ってきます。


 残骸と化す家屋。

 粉塵と木材の破片が飛び散る、戦場。

 そのような状況下、大鎌を背負った幼女は威風堂々と光と闇を纏い、一歩も引きませんでした。


 怪物と真っ向から相対しながら、アトリは涼しげな顔で告げました。


「殺すだけ」


 アトリがアーツを起動しました。


       ▽

 固有スキル【神偽体術】のレベルは、この一ヶ月で2へと至りました。それによって手に入れたのは新たなアーツ。


 その名を【奉納・絶花ぜっかの舞】と言います。

 その効果は「敏捷関係バフの効果を倍にする」というものでした。


 太もものホルスターからは【敏捷強化ポーション】を、魔法アーツからは【スピードアップ】を、それから私の【敏捷強化】スキルを。

 それから【ヴァナルガンド】と【狂化】の速度バフさえも――倍。


 ただ走っただけです。


 たったそれだけの行為で街が薙ぎ払われ、攻撃もしていないのにラッセルの蔦が大量に焼き焦げていきました。

 実戦で使わせたのは初めてですけれど――圧倒的すぎてぞくりとするほどでした。


「【アタック・ライトニング】」


 微かにアトリが口元を吊り上げます。


 攻撃「速度」を上昇させる魔法アーツさえも、効果は「倍」となっております。このゲームは速さも火力に繋がります。

 つまり、この攻撃は極大の攻撃バフでもありました。


 ラッセルは反応さえ許されず、その肉体をなぎ倒されます。

 数トン以上もあるはずの、今のラッセルが空中に吹き飛んだのです。そして、空中で無防備となったラッセルが【遅視眼】でさえ捉えられないアトリの速度で蹂躙されます。


 一瞬で斬られた数は、もはや数えることも馬鹿らしいほど。


 この【奉納・絶花の舞い】はアトリの手札の中で【ヴァナルガンド】に次ぐチート技でした。が、デリメットもございます。

 みるみるとアトリのHPが減少していきます。

 もちろん【再生】も【リジェネ】も効いていますが、それが追いつかないほどのHP減少でした。


 このアーツ自体に「HP減少デバフ」はありません。

 単純にアトリの肉体が「速度に耐えきれない」のです。【ヴァナルガンド】はHPを高め、耐久も大幅に上昇させる効果があります。


 それがなければ即反動でロストします。

 このアーツは【ヴァナルガンド】の使用を前提としておりますね。他の人が使えば自爆技と変わりありません。


 アトリは【狂化】を解除しました。

 これでダメージが倍加しているのもキツいですからね。いくら【吸命刃】や【奪命刃】でHP を削り取っても回復がまったく間に合っていません。


『ぐ、あ、お、オウジンざまあ!』


 叫びながらラッセルが尻尾を振り回しました。建物を薙ぎ払いながらの攻撃に対し、アトリは真っ向から大鎌を構えました。


「【|月天喰らい】――!」


 尻尾のほうが。

 尻尾のほうがアトリのアーツによって消滅させられました。しかし、アーツを放てば技後硬直があります。

 

 今のアトリに硬直を消すアーツはありません。


 ラッセルはノータイムで肉体から無数の針を飛ばしてきます。

 その針に対し、アトリは見向きもせずに【奉納・閃耀の舞】を起動しました。瞬間、アトリはラッセルの頭上に立っています。


「ほう、なるほど」


 と思わず感嘆してしまいました。

 技後硬直に入る寸前、アトリは【奉納・閃耀の舞】を使ってワープ。あのアーツには技後硬直がない特性があるので、強制的に他のアーツの技後硬直を消せるのです。


 これはちょっとした崩技ですね。

 とある神を喰らうゲームなどでもステップで技の硬直を消すテクニックとかがありました。アトリと協力プレイしたこともあるので、すぐに思い至ったのでしょう。


 どうやらゴースの訓練が響いたようですね。ちょっと妬けちゃいます、なんてね。


「【ライフストック】解放――【微塵刃みじんば】」


 今度は私の聞いたことのない技を発動しました。

 アーツではなく、おそらくはオリジナル。カスタム・アーツです。

 アトリの神器が不意に砕け散ります。かと思えばラッセルの全身が急にバラバラに斬り裂かれました。


 見たところ【刃】アーツを操り、神器の欠片で攻撃をしているようです。

 ダメージが不足しているらしく、それをライフストックの火力増強で補っているようでした。敵を削る、という意味では最適の技ですね。


 ラッセルが一気に縮んでいきます。

 無尽蔵に思われた命の残機が目視できるほどに減っているようでした。小山ほどもあった体躯が、今や小型の家屋レベルに減じています。


 神器を再生させたアトリが、すたん、と地上に降り立ちました。


「【アタック・ライトニング】」


 そうして神器を一振り。

 もはや通常攻撃が範囲殺戮技と化したアトリが、ラッセルを蹂躙しました。


       ▽

 人型に戻ったラッセルが白銀に輝いております。

 その光こそは【魂技】の使用状態を意味します。万策尽きたラッセルは手段を選ばなくなったようでした。


「も、もはや……これまで。ここまでとは。こ、ここまで、とは。最上の領域、その中でも中位、いや上位にすら届くか……!」

「ボクは邪神の使徒。どこまでも……強くなる」

「だがあ! 今の私の【魂技】ならばあ! せめてオウジンさまのお役に! ここで潰えろ、最上の領域《死神》のアトリいいいいいい!」


 そう息込んだラッセルに向け、上空からサクラの声が打ち込まれました。


「ペニーさんが調べましたよ。妹さんが不治の病だったとか。それをオウジンに救ってもらった。おそらくはそうでしょう? でも、おかしくないですか? アルビュートが全力を挙げても治せない病……どう見ても魔教関連でしょう? ね、未知の寄生生物を多用したラッセルさん」

「な、何を。何を貴様ああああああああ!」

「この世界には死を覆す薬さえもありますよ。副騎士団長の唯一の願いです。それを叶えるために王国が全力を出さぬはずがありません。それなのに治せない。それを治せる魔教……どう思います?」

「そ、そんなわけが……黙れええええええええええ!」

「精霊たちの書物でスキルやアーツを使わない洗脳について書かれてありました。貴方はテクニックによって洗脳されています」

「だ、黙れ黙れ黙れ! そんな戯言が――」


 それがラッセルの最期の台詞でした。

 サクラに意識をやっていたラッセルは【魂技】を発動させる寸前でした。さっさと発動すれば良いモノを議論に意識を向けた。


 ならばアトリは殺せる。


 一瞬で何度も斬り裂かれたラッセルは……涙を流した顔で何かを口にしようとして、アトリの魔法で掻き消されました。


 サクラが死体に向けて頭を下げました。


「すみません、たぶんオウジンって人の治療はガチです。治せない病気なんていくらでもありますしね。言い掛かりでした」

「……やってること。オウジンと同じ」

「アトリ先生!?」


 人には絶対に「否定」せねばならぬ言葉があります、のくだりですね。やっていることがえげつないサクラです。

 未来予知もないのに、ありそうでない話を咄嗟に出したわけですね。


 もしやアトリの教え子で一番ヤバいのは桃髪縦ロールかもしれません。


 こうして魔教ラッセル・アルティマは消滅し、傭兵都市リリンは……ほとんど更地になりましたが平和を取り戻したのです。

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