第281話薬薬

   ▽第二百八十一話 薬

 囚人たちに手当たり次第、邪眼をかけていきます。

 元々は危険な囚人たちだったのでしょう。この街で暴れた傭兵、他の領地で捕らえられた犯罪者などが詰め込まれています。


 けれど、レベルが半分になっているため、アッサリと邪眼が通ります。


 そもそも、ここに閉じ込められている人物たちは危険ですけれど、戦力的に強いとは限りません。このゲームはあっさりと死刑が行使されます。現場判断での死罪がありふれています。

 戦力的に危険な犯罪者は、捕まる時に殺されます。

 では、ここにいるのは何か。


 それは「いざという時、使える能力を持った危険人物」たちでした。


 嘘を暴く固有スキルだったり、特殊な状況を作り出す固有スキルもち。などなど。利用価値があり、殺すのはもったいない犯罪者の宝物庫なわけです。


「奧へ行った……」

「そう」


 次々と先へ進んでいきます。

 ラッセルを目撃した囚人は多いようでした。変装はしていたようですけれど、それを見抜けるくらいの能力持ちが多かったわけですね。


「ひいいい! 看守! 看守う! なんかヤバいのが入ってきてるう!」

「眼だ! 眼が発動条件だ、目を合わせるな!」

「ここは安全なんじゃねえのかよ!」


 普段は傲慢な囚人どもが、楽々と口を割っていきます。その異常事態に気づいた囚人たちが、恐怖に響めいております。

 全員が頭を抱えて震えております。

 しかし、そのような中でも平然とした者もいました。


「よお、アトリってあんたか? 幼女じゃねえけど」

「なに?」

「べつに大した用じゃねえ。俺はここが気に入ってる。が、ラッセルの野郎が入ってきてから居心地が悪くてな。あれを排除してほしいんだわ」

「ラッセルは何処?」

「看守長室だ。看守長は子どもを魔教に人質に取られてる。ラッセルは弱体化してねえぞ」

「理解した」


 言いたいことを言った犯罪者は、欠伸をしてから汚らしいベッドに寝そべりました。アトリの【勇者】が反応していない以上、嘘は吐いていないのでしょう。

 まあ良いでしょう。

 完璧を目指すならば【邪眼】を行使すべきです。


 何よりも、あの平然とアトリに対応してみせました。私の【邪眼創造】も何かしら欺かれるかもしれません。変に「確定情報」と思わぬほうが良い気がします。

 オウジンの「完全予知」がズレたら役に立たないのと同じですね。


 中途半端な情報は毒の親戚です。


 私たちはMP回復のために、もう他の囚人には手を出さずに進むことにしました。アトリは仮面を外し、その正体を露骨に晒しています。

 ですが、念のために牢からこちらが見えないように【クリエイト・ダーク】でカーテンを作らせてもらいました。まあ気休めですけれども。


 ノンストップで進んだ結果(途中、現れた看守を何人か打倒し)、看守長室にはものの数分手辿り着きました。


 目の前には鋼鉄製の重厚な扉。

 背後で生徒たちが緊張を高めていく様子が見受けられます。私とアトリは平然としたものです。現場経験の差はどうしても出るようです。


「あ、開けましょうか、ぼくが」

「良い。神様は危険を回避するお力がある」


 扉を開ける時というのは、とても危険である――ということをおかっぱ頭は一ヶ月で経験しました。ゆえの提案でしょう。

 この中でもっとも死んで良い人材がおかっぱ頭でした。

 本人も自覚的です。


 私の【クリエイト・ダーク】でも扉は開けられます。

 鍵が閉められていなければ。

 わざわざ【クリエイト・ダーク】で合い鍵を作り、それから開けねばなりません。それでは速度が足りないため、どうしても敵を奇襲できません。


 アトリに開けさせるのもなるべくさせたくありません。

 ですから、もっとも安全な策は別の手段でした。私は【アイテム・ボックス】から最低級ゴーレムを取り出しました。


 最低級ゴーレムは【解錠】に特化させた個体です。

 自由意志などはなく、ゴーレムの中ではもっともアイテムに近いです。【アイテム・ボックス】に収納できるのがその証拠。


 鳥形のゴーレムが扉に足を卸し、一瞬で解錠して扉を開け放ちます。


「…………! またオウジンさまの予知が狂わされた? 否。否。否。否否否否。それもまた良き」


 どす黒い黒髪をした青年――ラッセル・アルティマが看守長椅子から立ち上がります。その手には短い槍が握り締められていました。

 目がオウジンへの狂信にぐるぐると回ります。


「ここでオウジンさまの障害を排除するのも、務め。そういう運命が与えられたのだっ!」

「違う」


 アトリも深く大鎌を構えて、その赤の瞳をぐるぐると回しました。


「神は言っている。お前の運命は――ここで終わり」


 戦闘が始まり、同時に看守長室が吹き飛びました。


       ▽

 全身を血まみれにさせたラッセル・アルティマは、半ばからへし折れた短槍に目を落としました。しかし、そこに諦念はまったく見受けられず。

 肩を落とします。


「ここへは逃亡のため、それから勧誘のために来たのです。何人か有能な力を持った者を魔教に導くことができました……良き」


 相手の言葉に耳を貸さず、アトリは真っ向から踏み込みました。

 すでに【神偽体術イデア・アクション】の効果によって、ラッセルはアトリの動作にまったく追いつけません。


 折れた短槍が突き込まれます。

 それをアトリは回避すらしません。独特な美しい踏み込みは、その短槍を元から回避する軌道で成されています。


 見ただけではラッセルがあえてアトリの顔面を避けた、とさえ見えます。


 くるりと回転しながら回避、と同時に大鎌を振るためのモーションを行います。ラッセルの槍が顔面の真横を横切った時には、アトリの大鎌がラッセルの首を両断していました。

 吹き飛ぶ頭部。

 けれど、その顔面に貼り付いたのは――満面の笑みでした。


「あははははははははははははは! 気づいていたのだ! お前が入ってきて、すぐに! 騒がしかったからな! すぐに! すぐに! 良き良き良き良き良きっことっ!」

「うるさい」


 アトリが首に対して【閃光魔法】を解き放とうとした時。

 ラッセルの置いて行かれた肉体が「ぼごり」と隆起しました。至るところから頭部サイズのイボが発生しています。


 咄嗟にアトリは魔法の矛先を肉体のほうに移そうとして――少し遅れました。


「これが力! オウジンさまよりいただいた力。この場で私も最上の領域に至るっ!」


 目視しただけで理解しました。

 どうやらラッセルはあえて肉体に【パラサイト・フェアリー】を取り込んでいるようです。しかも一匹ではなく、何体も何体も。


 私が見たことのない寄生生物も取り込んでいるご様子。

 全身が蔦に覆われ、鎖骨辺りからキノコのようなドラゴンの頭部が生えます。背中からは無数の腕が生え、その腕からはふわふわした綿毛が。


 宙を舞っていた頭部が腐り果てます。


 頭部を失った首から生えてきたのは――新たなラッセルの頭部。

 その頭部だけが以前と変わることなく、どす黒い髪の陰気な青年が出現します。身長もずいぶんと伸び、広い監獄の天井さえもが窮屈そうでした。


「これこそが力! 万能感っ! もう誰も私を止めることができないっ! 感じますか、アトリ! 私が最上に至った、この威圧を!」

「お前は最上じゃない」

「…………なに、そんな、わけが。この力が最上に辿り着いていないわけがないっ!」


 叫び散らかし、ラッセルが拳を振り下ろしました。

 巨石のような大きさの剛拳。

 それに対してアトリはロゥロを呼び出して、拳と拳とをぶつけ合わさせました。衝撃によって監獄の檻が破壊されていきます。


 逃げ出す囚人たち。


 気にしたことなく、ラッセルとロゥロが拳を連打していきます。

 アトリはそれを見ながら【閃光魔法】を詠唱していきます。アトリは基本は近接アタッカー。魔法は牽制やトドメ、追い打ちなどに使っていました。


 けれど、この新取得した【閃光魔法】アーツは大規模な攻撃魔法。


 長めの詠唱を終えて、アトリが杖を向けました。


「【へヴン・ライトニング】」

 

 天井付近に神々しき魔方陣が展開されます。

 光り輝いた魔方陣からは、光属性の雷光が放たれました。本来、アトリは魔法特化、魔法職と遜色のないステータスを有しております。


 また【光属性超強化】や魔法アーツの火力をあげる【聖女の息吹】【詠唱延長】がございます。条件が違いますけれど、二つ名持ちの純魔法使いヒルダよりも魔法で火力が出ます。

 私の【渾身強化】も大きいでしょう。


 雷が炸裂しました。


「がああああああああああああ!」


 肉体がずぶずぶに溶解したラッセル。

 肉体の大半が吹き飛ばされたことにより、無防備を晒した瞬間でした。ロゥロが闇を纏った拳を醜い肉体に叩き下ろします。


 肉の潰れる音が獄内に響き渡りました。

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