第280話 傭兵都市、再び

   ▽第二百八十話 傭兵都市、再び

 私たちはシヲとシヲ特製の馬車に乗り、優雅に旅をしていました。


 何度か山賊や魔教関係者から襲撃を受けましたが。

 なお、毎回生徒たちは命懸けです。


「し、死ぬ! 絶対にいつか死にますよ、ヘレンさま!」

「死んでも復活させられるわよ」

「いやだあああああああああ! ぼくは基本的にヘタレなんです! もう認めます! 認めちゃいますからお許しをおおおお! 業火魔法使えるだけでチヤホヤしてほしー!」

「ぶっちゃけている場合じゃないわ。わたしの騎士を名乗るなら、もっとしっかりしなさい」

「う、うう……騎士って言っても尊敬する騎士はかつてのゲヘナさまですー」

「なら最強を目指しなさい」

「ヘレン様が無茶ぶりする!」


 おかっぱ頭が壊れそうでした。そりゃあ、毎日平均して三度は敵と「生きるか死ぬか」の接戦を行い、日に五度はアトリの訓練で死ぬ間際までいたぶられています。

 かつてのおかっぱ頭ならば、宙吊りにされて排泄物垂れ流しにされていたでしょう。


 涙を流しながらも、どうにか生き残りました。


 サクラは実戦、訓練のあとに勉強をしています。薄い冊子を読み終えた桃髪縦ロールは、頬を朱色に染めて顔をあげます。視線の先には私。


「素晴らしい書物です。ありがとうございます、ネロ様!」

「そう。神様は最高すぎる。感謝を絶やさないほうが良い」


 桃髪縦ロールに渡したのは、経済理論をまとめた冊子です。この世界とは文字が違いますけれど、有志の手によって翻訳されています。

 わりとこの世界の言語って、こっちと似ているのですよね。しかも日本語と。


 まあ運営が日本です。

 似ていて当然なのかもしれませんね。NPCたちも日本語を話していますし。桃髪縦ロールが目を爛々と揺らします。


「ここにあることは画期的です。しかしながら、私たちの文明レベル――あえて技術力ではなく、文明レベルとしますけれど――では不可能でしょう。状況もあまりにも違いすぎますからね。飛行機というものがあったとして、ドラゴンをどうするのかというお話です」


 けれど。

 と桃髪縦ロールは続けました。


「情報伝達、運送、これがまだまだ発展の余地のある分野だと痛感できました。そして、これを重要視した文明がどれほどのレベルに至れるのか、も」


 飛行機の有無で文明、技術力は一気に爆発した――とはよく言われることですね。モノを運ぶ力というのは、私たち人類が最強生物たる理由のひとつです。


「ネロさま! もっと本はありますか? お金もたくさんありますっ」


 と。

 上目遣いでおねだりしてくる桃髪縦ロール。貴族の教育の一環として、こういうことも学んでいるのかもしれません。


「まあ頑張り次第では与えましょうか」

「神は言っている。頑張るなら与える。感謝するのだ……」

「はい、感謝させていただきますわ、ネロさま!」

「アトリ? 感謝するのだ、は私の台詞ではないと言ってくれます?」

「神は言っている。感謝するのだ、は私の台詞ではないと言ってくれます?」

「はい!」


 とんだ傲慢邪神に成り下がるところでしたね。

 ヘレンたちとは別の意味でサクラも契約精霊を見つけるべきでしょうね。新人ももう参加してきています。彼らは第四フィールドで契約者を見つけたがりますけれど、サクラたちも見つけてほしいところ。


 べつに第四フィールドが他よりも上、とかはありませんから。


 ごちゃごちゃやっていましたら、私たちは目的地に辿り着きました。シヲの足の速さは健在です。


 ここは傭兵都市リリン。

 傭兵たちの街にして、現在元アルビュート騎士団副団長ラッセル・アルティマが根城にしている場所でした。


『それにしてもー、ネロ様は大胆ですねー』


 蝶のペニーが言いました。


『ジークハルトさんたちに嘘の情報を流して動かして、ラッセルさんがこの街に来る選択肢しか残さないとはー。普通、ジークハルトさんの、国の騎士団を誤情報で操るなんてしませんよー。まさしくこの世界の住人では生まれない発想です』

「神様は神。人はすべて神様の手の上」

『おおー、ありがたいですー』

「神様の掌……」アトリがぶつぶつと呟き出す中、私たちは変装をしてから傭兵都市リリンに入り込みました。


 アッサリでした。

 ペニーが発行してくれた身分証は良いクオリティーだったようですね。仮面で変装しているアトリはともかく、子ども三人は怪しまれましたけれど。


 アトリたちを素通りさせた門番が、軽く手を振ってきます。


「精霊憑きとはいえども、この街は治安が悪い。気をつけるんだな」

「うん」


 どうやら気の良い門番だったようですね。

 いえ、完璧な身分証と完璧な変装によって騙されていたのでしょうけれど。おそらく、ラッセルはアトリたちを警戒しています。


 というよりも、自分を殺しうるすべての者を警戒しているようでした。


 ラッセルは腐っても副騎士団長。

 最上の領域に到達はしていませんけれど、その一歩手前くらいにはあります。私たちも最上の領域ではないにもかかわらず強力なNPCは何人も知っていますから。


『私はここで退散しますー。たぶん、かなり警戒されていて見つかるので』

「解った。報酬はあとでヘレンが払う」

『はいー、かしこまりました』


 ヘレンが支払う理由は集っているからではなく、オウジンの予知が届かないヘレンが雇った、という形を作るためです。効果のほどは知りませんけれど。


 ですが、ラッセル・アルティマはたしかにこの都市にいます。


 ぱっと蝶が鱗粉を残して消えました。

 それを見届けたヘレンが「ごくり」と生唾を飲み込みました。


「副騎士団長とアトリ先生クラスの対決……私たちは大丈夫でしょうか?」

「大丈夫。ボクが守る。シヲもいる」


 シヲはタンクとして頼りになります。 

 最上同士の戦いではスペックが足りていませんけれど、それ以外ならばかなり強力でしょう。まあ、最上を相手にしても、シヲならばかなり時間を稼げますけれど。


 あと【相の毒】が決まれば、勝てる可能性さえありますが。


「おやおやおや」

 と不意に私たちに話掛けてくる者がいました。とくに触れるべき点のない、ありふれた男性でした。


「こんなところでお嬢さんが子連れでどうかしましたか?」

「少し依頼があって来た」

「そうですかそうですか。じつは私も傭兵でしてね、しかも凄腕! こんな危険な街です。私が案内しましょう。是非是非」


 そう言って男はサクラの腕を掴んで歩き出しました。

 変装によってサクラは悲しいかな、個性たる桃髪縦ロールを失っております。だって、あんな手間の掛かる髪型は貴族以外は維持できませんからね。


 あの髪をしているだけで「わたくし! 貴族! ですわ!」と叫んでいるようなもの。


 連れて来られたのは路地裏でした。

 男が振り返った瞬間、その目に獰猛な色を帯びました。


「はっ、こんなところにのこのこ着いてくるとはな。さて、女が三人。悪くない。見た目も良いしな。味見させてもらおうかな。その身体で学ぶがい……なんだ、この黒いの」

「【邪眼創造】」


 振り返った男は、私の【邪眼】と目が合い、目を虚ろ色に切り替えました。つう、と眦からは雫が垂れ、涎も鼻水も垂れ流しです。


 美女に化けたアトリが問います。


「ラッセル・アルティマを知っている?」

「知らない……」

「そう」


 アトリは頷いてから、男の首を一瞬で大鎌で切り取りました。生かしておいて良いことはなさそうですしね。

 初犯ではなさそうなのが悲しいところ。


「次」


 街での情報収集は地道が要求されます。

 基本、私もアトリも戦うことにしかスキルを振っていません。こういった調査任務もMMOあるあるなのですが不得手です。


 それを解決するのが【邪眼創造】となっております。

 戦闘中には消費MPに対して、そこまで効果を及ぼしません。【邪眼創造】を使いたい相手は、大抵が格上だったり、対策アイテムを持っていたりするからですね。


 ですが、雑魚ばかりの場所ならばお話は別。


 拷問とか時間の無駄です。

 拷問って意外と技術力が要求されますし、得られた情報をたしかめる時間など……専門職でない限りやるべきではありません。


 色々な人を【視て】いきましょう。


       ▽

 八十三回目の正直で、私たちはようやくラッセル・アルティマの現在地を掴みました。


 一応、かつて殺害したお頭もアンデッドも使ったのですけれど。

 やはり知能が落ちているところが面倒でした。証拠としても「セックが操っている」事実があり、決定的な証拠になれませんしね。


 まあ、あのお頭のアンデッドがいたお陰で、ラッセルを拘束まで持って行けたのですが。


 我々が足を運んだのは、この傭兵都市の中で唯一と言っても良いほどに秩序のある場所。ここは傭兵都市ではありますが、もちろん元締めの貴族がいます。

 その貴族が作らせた、この都市の監獄。


 絶対監獄マグナ。


 特殊なユニーク級のアイテムにより、この監獄内ではレベルが半減した状態になります。実際にレベルがダウンするわけではなく、レベル半分相当になる、ということですね。レベルアップで得たスキルも使えなくなるようでした。


 固有スキルも発動制限されるようです。


 ハッキリ言って「すごい」施設でした。

 傭兵が主軸となる都市を許されるには、このレベルの秩序維持装置が要求されるのでしょう。この世界で傭兵がいまいち流行らない理由が知れます。


「ここが噂に聞く絶対監獄マグナですか。うちの領地にもほしいところです」

「国が捉えた危険な犯罪者も連れて来られて大変よ」

「維持は大変ですけれど、維持できたメリットが大きすぎます。切り札にも外交にも内政にも使えますね。お金はかかりますけど」


 ラッセル・アルティマはこの監獄にあえて入っているようでした。


 たしかにここでは見つかるモノも見つからないでしょう。あえて弱体化する逃亡者なんていませんし、自身が魔教関連者であると露呈したこの都市に潜伏するのも意外です。

 後者に関しては、私が誘導した結果でもありますけれど。


 この町の人たちって覚悟が決まっているので、最悪、巻き込んでも敵が少な目に済みます。


「これ」


 アトリたち一行が看守たちに札を見せました。

 これはこの監獄に入る正式な証です。これがなければ、侵入者や囚人はレベルが半減してしまいます。


 どうしてアトリたちが所持しているのか。


 単純に「ここにラッセルが潜伏している」ことが知れたので正式な看守から奪いました。そして、たぶんラッセルも同様の行為をしているでしょう。


 いくら領主が優秀だろうが、正しかろうが、現場レベルではこうなります。


 これがこの世界。

 こういう世界であるからこそ、貴族は必要以上に「負けてはならない」と教育されるわけです。下がこうなるのですから、上まで負けていれば秩序なんてありませんから。

 たぶん、領主も看守もそこそこには優秀なはず。


 私たちが強制的に証を奪ったことも、あと数分くらいで露呈するでしょう。


 その時はその時でした。

 ラッセルに時間を与えるほうが危険、と私たちは判断しました。


 やすやすとマグナに潜り込みました。


 後ろでぽつりとサクラが零します。


「やっぱり要らないです」

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