第279話 バーゲンの最期

    ▽第二百七十九話 バーゲンの最期

 ガタガタと震える壮年付近の男が、ワイヤーに捕まったまま、地面に額をつけます。


「すまなかった! 魔が差したのだ! ま、魔教が……魔教が私を誑かした!? 兄さんに勝てぬままで死んでよいのか、ずっと、ずっとそう言われ続けて……儂は。何度も断ったのに、でも、でもお」

「構いませんよ、おじ様」


 桃髪縦ロールが慈愛すら感じられそうな声で言いました。

 信じられない、とでも言うようにバーゲンが顔を上げました。その表情には驚愕、それから……たしかな希望が見て取れます。


「父様が死んだのは弱いから。貴族は強くあらねばならず、勝たねばならず、負ける貴族なんて平民よりも立場が低くてしかるべき。あの世こそが相応しい」

「そ、そうだっ! だから儂を許してくれっ! ユカリ兄さんが弱かった、それだけの話だ!」

「おや? 負けた貴方も死ぬべきでは?」

「……そ、それは違うっ! 儂はやり手だ! 当主の座は……当主の座は貴女に差し上げる! 儂は義父の領土もある! 事業もある! 儂と組めばリリーマインドはさらに発展するのだ!」

「ふふ」


 と。

 桃髪縦ロールは整った顔を歪め、静かに告げました。


「本日からわたくしが当主です。そして、わたくしはリリーマインド家を売り払おうと思っておりますの」

「……な、なんだと」

「だって貴族なんて馬鹿らしいでしょ? 面白くないでしょ? リリーマインド家なんて魔教や強者が機嫌を損ねれば壊れる儚いガラス細工。ならば手放して一時の利益を――」

「ならん! リリーマインド家を潰すなどあってはならん! リリーマインドの歴史をなんだと……連れてこい、カエデかモミジを連れてこいっ! ゆ、ユカリ兄さんはどんな教育を――!」


 自分が死ぬ、という時よりも狼狽えるバーゲン。

 涙を零しています。


「リリーマインドが潰れる? そんな、そんなことは許されないぞっ!」

「どうせ敗者は死ぬのです。お父様もバーゲンおじ様も、死ぬのですから関係のないお話」

「う、ぐう」


 片腕のないバーゲンはぽたぽたと涙を流して言いました。


「なんてことを。わしはなんて、ことを」

「感謝いたしますわ、おじ様。貴方がお父様を殺してくださり、有事を招いてくださり。お陰で兄弟も有事にだけ強いわたくしの器を勘違いしてくれました。是非じき当主にと」

「ああああああああああ! 小娘があああああああああああ! わしはすべてを手に入れたというのにいいいい!」


 絶叫するバーゲンにヘレンが呆れたように告げます。


「すべてなんて手に入れていないわ。貴方が手に入れたのは立場だけ」

「っ!」

「ユカリさまを守ろうと民は命を懸けた。でも、貴方は雇った護衛さえも命をかけてくれず、ユカリさまのように民を守ろうともしなかった。器が違うのよ」


 さあ、とバーゲンの顔色が失せていきます。青を超えて真白に。


「そ、そうだ。儂はだから継げなかった……儂も解っていたはずなのに、なのに!」


 後悔が顔に浮かんだ瞬間、桃髪縦ロールが放った矢が脳をぶち破りました。こてん、と死体を転がしたバーゲン。

 それをおかっぱ頭が焼き払う。

 サクラはさっと髪を掻き上げました。


「家を売るだなんて嘘ですわよ、愚かなおじ様。貴方に後悔して死んでほしかった、子ども特有のくだらない我が儘ですの。稚拙にして貴族として恥ずべき行為でしたが……これを機に子どもは引退です」


       ▽

 バーゲンを殺害した後、私たちは一日だけ待機しました。

 その際、シヲとセックが新たな屋敷を生み出しています。桃髪縦ロール的には思い出もあった屋敷でしょうけれど、戦場にもなった場所でもあります。


 強制心機一転もまあ悪くないでしょう。

 何事も悪く考えるよりもよく考えたほうが気持ちがよろしい。


 一日の休暇を経たのは【理想のアトリエ】より桃髪縦ロールの兄たちを取り出すためです。あと私も寝るためのログアウトを挟みました。

 寝て起きて食事をしてからログインしますと、アトリが生徒たちに訓練をつけていました。


 固有スキル【神偽体術イデア・アクション】を手に入れてからというもの、アトリの体捌きは別格となっております。今までも凄かったのですけれど、今はもう怖いくらいですね。遊びたっぷりの動きながら、とても合理的で迅速。


 敏捷値が増えたかのように錯覚してしまいます。


 掲示板や攻略wikiでも「体術系の固有スキル」は別格と言われています。最上の領域とそれ以外との違いは「動き」の違いや「力の使い方」の違いです。

 動きの次元が上昇するわけで、強くなるのは当然なのかもしれませんね。


 生徒たちも驚いていました。

 当時でも別格で強かったアトリが、短い期間でさらに強くなっているのです。自分たちの成長速度も中々だと自負していたのでしょうね。


 汗だくで地面を転がる生徒たち。


「あ、アトリ先生って止まる概念ってあります?」

「戦闘中に止まったら死ぬ。止まるときは殺す時だけ」

「え、いや、そういうことじゃなくてですね……」

「?」


 成長期の終わらぬアトリさんでした。

 絶賛、成長期たるアトリに率いられてヘレンたちもリリーマインド領を発ちます。事後処理は桃髪縦ロールの兄、モミジ・リリーマインドが担当してくれます。


 私たちは魔教を減らすことに専念しました。


 それから一ヶ月ほど。

 ヘレンを連れていることにより、私たちはオウジンの予知を超えている予感がします。いくつか魔教の拠点を破壊しました。


 構成員も殺し尽くします。


 ヘレンたちはいくつも修羅場を潜り抜け、今や油断ならぬほどの領域に辿り着きました。冒険者でいうところのBランクくらいはありそうですね。

 アトリはその一個上のAランクですけれど、それはまたお話が変わってきます。

 あくまでも一般的なBランク……下位相当です。


 羅刹○さんと契約する前のミャーがBランクでした。まあ、ミャーもBランク最上位でしたし、戦闘ではなく、戦闘補助に徹すればランク詐欺でしたけれど。

 

 この世界。

 レベルが高いだけでは強くありません。最適なスキル構成があっても、弱い場合があるくらいでした。


 ここ数日を経てヘレンたちもレベルをかなり上げましたね。

 おかっぱ頭はスキル運にも恵まれ、いずれはAランク、場合によってはSランク冒険者まで見えるでしょう。最上はちょっと難しそうですけれど、世の中、何があるか解りません。


 サクラは戦闘系スキルは手に入りませんでした。

 ですけれど、桃髪縦ロールはいまさら攻撃系スキルがあっても、という感じはあります。自分で戦うタイプではないです。

 それでもガンガン戦闘に参加してくるのは、おそらくは悪知恵の成せる技。


 油断ならない戦力かもしれません。

 単純に強いわけではない、という敵からすれば勝ちづらい強さを得つつあります。


 対してヘレンは。

 スキルを取得した瞬間、膝を地面にキスさせました。暗い声。


「アトリ先生、私はどうすれば良いのでしょうか……」

「魔法を覚える」

「覚えたら魔王になると言われているのですけれど」

「なりたければなれば良い」

「はちゃめちゃですね……」


 またもや魔法関連スキルを手に入れてしまったようでした。

 私がスキル調整してあげられれば良かったのですけれど、アトリが嫌がりますからね。アトリは嫉妬深い。私とセックがはしゃいでいると、文句こそ口にしませんが、終わったあとに抱き締められる時の威力が明かに上がっています。


 私もそこまでしたくありませんしね。

 うっかり何かイベントが発生し、アトリがレベルアップした場合、ちょっとだけ精霊補正が無駄になってしまいますから。


「ヘレンたちが精霊憑きになれれば良いのですがね」

「はい。です。精霊憑きは強い。です」


 私が掲示板で募集すれば来てくれるでしょう。

 このゲームで子どもはあまり推奨されていません。魔物や対人戦を怖がっているうちに殺されたりしますからね。かといって低レベル(もうヘレンたちは低レベルとはいえませんが)のNPCは精霊補正が効かせやすく、望む人は多そうです。


 掲示板で募集して変な人が来たら嫌ですね。


 かといってリアル知り合いは少ないです。ゲームをやっていない人でいえば、他の天稟会の人々くらいでしょう。ユニスさんとか。吉良さん曰く、ユニスさんは絶対に《スゴ》をしないとのことでしたけれど。


 ともかく、ヘレンのスキル構成を除き、魔教に対する攻勢は順調です。

 もっとも大きな問題。

 副騎士団長――ラッセル・アルティマについての問題も、本日にしてようやく解決しそうでした。


 ペニーの蝶がふらふらと飛び回ります。


『拘束されていたラッセルさんが脱獄しましたー』

「自ら黒を認めたわけですね」


 と私は聞こえないでしょうけれど呟きました。

 アトリがすかさず翻訳してくれます。蝶が感慨深そうに頷くように飛行します。


『私が全力で捜査して「疑い」で止まっていましたからね。オウジンさんは怖いです』

「ラッセルはどこ? 誰が仕留めるの?」

『今、探していますよー。たぶん、ジークハルトさんたちでは見つけられないでしょう。オウジンさんが予知をしているのならば』


 ならば。

 今のラッセルを殺害できるのはヘレンを連れた私たち。

 あるいはゴース・ロシューの二組だけでしょう。ゴースはゴースで動いているらしく、ならば私たちも決めてしまいましょう。


 ヘレンたちにも学院があります。

 戦闘能力や判断能力は格段に成長しましたけれど、貴族的な強さってそこだけではありません。あくまでも「戦えたら最高だよね」くらいのポジションです。


「ラッセルはボクが殺す」


 そう決まりました。


――――――――――

 作者からのお知らせ。

 天使の因子を「使用」する時は、わかりやすさと「システム的なほうがゲームっぽくてむしろ格好良いのでは」と判断して、今まではたとえば「【コクマーの一翼】使用」としてきました。

 ですが、試しに最近は「【コクマーの一翼】解放」のようにしています。


 お話の設定上、前者のほうが良いのですけれど、後者のほうがシンプルに中二で良いかなとも思います。

 今後は後者の「解放」でやっていこうかと思います。

 正直「使用」のほうが好きなのですけれど、わかりやすいほうが良いですね。

 親指シフター的にも「かいほう」のほうが打ち心地がよろしいですし。

 文章のリズムによっては「使用」にするときもあるかと思います。

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