第278話 貴族の没落

     ▽第二百七十八話 貴族の没落

 さて生徒たち三人を引き連れ、私たちはリリーマインド領に突撃していました。

 サクラたちが引き連れていた人々は【理想のアトリエ】に待機してもらっています。イベント報酬をほとんどすべて注ぎ込んで手に入れたアイテムです。


 生産施設としての運用がメインなのでしょうが、色々と便利に使わせてもらっています。

 訓練場、休憩場、避難上、避難民移送……一日一回とはいえいつでも広大な空間に移動できるメリットが大きすぎます。


 このゲームは機会が思ったよりも平等に与えられています。私の【神威顕現】にしても多用できず、なおかつフィールド・ボス初討伐の報酬ですからね。

 強いのは当然でしょう。

 まあ、あの身体を制御するのは難しいとは思いますけれど。

 少なくとも【クリエイト・ダーク】くらい楽々と動かせねば振り回されて30秒経過です。


 しかしながら、唯一、私がプレイヤー格差だと思うのが【理想のアトリエ】でした。

 あれを取れる人って少ないです。私だって魔王たちが協力してくれたから手に入れられたわけですしね。

 

 これを持っている、持っていないの差ってめちゃくちゃ大きいのでは?


 ともかく、私たちはリリーマインド領に入りました。

 サクラたちは変装しています。仮面ではなく、セックによるメイクですね。セックには【お手伝い】スキルがあります。簡単に作れる低級ゴーレムに【化粧】を覚えさせて、あとはコピーすればいきなりプロメイクの完成です。


 私がやっても特殊な力が付与できませんからね。

 ただし、これだけは断言できますけれど、私がメイクしたほうが可愛く……いえ変装です。目立ってはいけませんね。


 アトリだけは素のままです。

 翼も天輪も大鎌も、白髪赤目も晒しております。


「あ、アトリ?」


 と。門番たちは恐れたように呟くのみでした。アトリの見目については周知の事実です。今や最上の領域。人類の最高峰たるアトリのことを知らないほうが人類種のもぐりでしょう。

 ……意外と居ますけどね。

 かなり特異な状態ではありますが、アトリ自身は小柄な女の子ですから。


「アトリ先生、どうしますか?」

 隣を歩くサクラが問うてきます。

「バーゲンが居ない時に作られた隠し通路もありますが。そちらから行きますか?」

「良い。バレていたとき面倒」

「たしかに。解りました。やはり真っ向からですか……」


 おかっぱ頭はともかくとして、サクラもヘレンも強いわけではありません。戦力には数えられないでしょう。

 一般人相手には無双できるでしょうけれど、敵は貴族の護衛たち、あるいは魔教です。


「聞くけど」アトリが神器化した杖を取り出して言います。


「あの屋敷にはもう敵しかいないの?」

「はい。裏切り者だけです。捕らえられた人もいないようですね……皆殺しにされています」

「解った……【コクマーの一翼】解放」


 町中にて。

 アトリの翼がひとつかき消え、代わりに大鎌に巨大な――光の刃がまとわりつきました。


「詠唱……最大【シャイニング・スラッシュ】」


 光刃一閃。

 振り抜かれた大鎌から光の刃が放たれました。巨大で立派だった屋敷が半ばから断ち切られました。


「え」


 どん引きするサクラ。

 彼女は引き攣った顔で言いました。


「あの、……取り返したら使うのですけれど」

「……また建てる。セックかシヲが」

『――』


 シヲが嬉しそうに腕を組んで頷きました。大きな木造屋敷を建てたかったようです。

 さいきん、伐採しすぎて世界樹がすねています。世界樹素材は使えません。普通の木材は普通の木材としてシヲは愛しているようなので良いでしょうけれど。


       ▽

 屋敷から人々が殺到しました。

 鎧を身につけた者、剣を手にした者、杖を手にした者。おそらくはバーゲンとやらが雇った護衛たちなのでしょう。


 もっといたはずですけれど、大半がさっきので死に絶えました。


 その最後尾。

 腕を失って絶叫している男がいます。でっぷりと太った男性。割れた眼鏡。周囲から丁重に扱われているところを見るにバーゲンでしょう。


 一応【鑑定】しておきます。

 どうやら本人で間違いないようです。固有スキルはなく、スキル構成はいかにも商人。レベルだけは50もありましたけれど、戦闘学院でしっかり学べは辿り着ける領域ですね。


 脂汗を垂らし、バーゲンが吠えました。


「な、どういうつもりだああああ! 儂はバーゲン・エテ……バーゲン・コード・リリーマインドだぞっ!? 貴族に手を出してタダで済むと思っているのか!? 正気か貴様あ!?」

「暗殺に来た」

「なっ、ばっ、馬鹿なっ! こんな白昼堂々、暗殺だと!? 襲撃ではないか!」

「違う。ボクは暗殺者の弟子だから暗殺する」

「嘘を吐け!」

「嘘と本当に思えるなら……すごい」


 アトリが一歩を殺気と共に踏み出しました。

 瞬間。この場の誰もが理解します。……少なくとも、アトリの殺意は本物なのだと。


 理解する。

 周囲の目撃者、関係者を皆殺しにすれば――それもまた暗殺なのだと。

 蜘蛛の子でも散らすように護衛たちが逃げ出しました。ですけれど、すでにこの町はセックの召喚魔物たちで包囲されています。


 その上、シヲも隠れ潜んでいました。


 アトリから逃げようとするのは優秀なのでしょうけれど、あまりにも……無意味。聞こえないとは知っていても口にせずにはいられません。


「弱者がアトリの生徒に手を出した……それで生きていけるほどこのゲームは甘くないですよ」


 蹂躙が始まりました。

 どうせここにいる護衛どもはリリーマインド襲撃に荷担した者たち。生かす必要性というものが皆無でした。


 もちろん、彼らには家族がいたり、仕方がない理由があったり、何かしらのバックエピソードがあるのでしょう。AIながらに人生を生きているのでしょう。

 でも死ぬのです。抵抗など許されず。


 ただし、殺害する前にアトリは問います。


「お前は魔教?」

「ち、ちが――」

「嘘は吐いていない」


 斬り殺しました。

 全員に対して「お前は魔教関係者か?」と尋ねました。どうやら構成員のうち、およそ一割ほどが魔教だったようです。幹部こそいませんでしたけれど。


 思ったよりも信者が多いのも、魔教の厄介なところですね。


「ひ、ひい!? ばけもの……!」


 最後に残ったのはバーゲンを含めて六名だけでした。当主たるバーゲンはサクラのワイヤーによって拘束されています。

 残りの五名については、絶賛ヘレンとおかっぱ頭と交戦中でした。


 敵の中にいたほど良い連中と戦わせています。敵についてはアトリが「ボクの生徒たちに勝てたら命を見逃す」と告げてあります。

 ゆえに必死に戦っていました。


 生徒たちに経験を積ませることも目的です。


 敵を敵としてだけ消費しない、じつに環境にエコな事業でした。

 ヘレンたちは経験を積め、敵は生き残る可能性が生まれ、誰もが幸せになれるプランですね。発案した私は偉いようです。


 また、何故だかバーゲンも部下たちの勝利を必死の形相で祈っています。

 哀れなことに勘違いしているようです。部下たちが勝てば自分の命も助かると錯覚しているようでした。まあ指摘はしません。

 最期くらい部下の勝利を願うという貴族っぽいことをさせてあげましょう。


 愚かさもまた許しましょう。


「わりと面白い勝負ですね」

「神様とボクが育てた。です。強い。です」

「ふふ、そうですね。想定以上……彼女たちからすれば、アトリと戦うよりはマシでしょうからね」


 さて敵は中々のもの。

 腐ってもプロフェッショナルであり、数や策、タイミングなどあらゆることが重なったとはいえ優秀らしいユカリ・コード・リリーマインド暗殺に成功した者どもです。


 全員が生徒たちよりも格上。

 一対一どころか、ヘレンとおかっぱ頭二人がかりでも一人に勝てないでしょう。そのようなレベルの敵が五人同時。しかも敵は連携も取ってきます。


「ヘレン様! 行きます!」


 おかっぱ頭が業火を放ったと同時、ヘレンは剣を全力で振り下ろしました。アトリがプレゼントした素晴らしい木剣でした。

 業火が剣に吸収され、凄まじい火力を帯びます。


 魔法を警戒していた者たちは、ゆえにヘレンの斬撃は予想外。

 でも、あっさりと前衛がヘレンの腹を蹴りつけました。地面を転がし、その勢いでマウントを取ろうとして、ヘレンはノータイムで起き上がって【スラッシュ】を放ちました。


 生徒たちの中でもヘレンはもっとも転がされました。

 アトリは完璧に地面に倒しますけれど、ヘレンは腹を蹴られた衝撃を殺すためにあえて転がっただけ。


 斬撃が炸裂します。

 業火魔法も帯びていたため、思ったよりも火力が出ています。急所に当てていたら殺せていたでしょう。


 しかし、剣は敵の腹を深く切り裂くのみでした。

 ヘレンの腕が切り落とされ、後ろで魔法を詠唱していたおかっぱ頭が捕まります。


「こ、これで!」


 汗だくの五人組、そのリーダー格が媚びるような笑みを向けてきます。


「これで生かしてもらえるんですよね!?」


 こくり、とアトリに代わり心底から嫌そうに桃髪縦ロールが頷きました。


「良いでしょう。サクラ・リリーマインドの名に於いて許しましょう。来なさい。せめて金貨でも持って行きなさい。先生の勝手とはいえ、貴族は勝者に褒美を取らせねばなりません」


 悔しそうな表情で桃髪縦ロール。

 ユカリパパさんを襲った時、ついでにサクラも狙ったとは思えない笑顔を賊どもは浮かべています。完全に下手に出た、媚びきった笑みです。

 髪をざつに掻き毟り、


「へへ、ありがてえや。やっぱりリリーマインド家はお嬢様が相応しいですぜ、へへ。バーゲンのクソについたのはおいらたちのミスでさあ、へへ」

「くだらない媚びなどいらないわ。これ以上、貴族の顔を汚さずにさっさと消えなさい」

「すんませんね、へへ」


 五名、全員が大量の金貨を受け取ります。

 袋に入った、それ。軽く確認して男たちがニンマリとします。

 それを彼らは懐に大切そうに仕舞い、会釈してから去って行きます。そして、数歩ほど進んだところで爆散しました。


 腹、足、腕などを吹き飛ばされ、賊共が地面を転がります。

 レベルが高かったので全員、まだ即死していないようでした。痛みと恐怖によって賊たちが喚きます。


「は、話がちがう!? アトリさん!? た、助けて! 俺たちは、俺たちは勝ったのにぃ!」

「はあ?」


 サクラが先ほどの悔しそうな顔を消し、涼しげな声で首を傾げました。


「アトリ先生は『ボクの生徒に勝てたら命を見逃す』と言ったのよ? 私もアトリ先生の生徒なのだけれど」

「……っ! そんな詭弁があ! 助けてえ! 狡いよお!」

「そういった言い分を聞いてくれるお父様は、もう殺されてしまいましたわ」


 サクラが金貨型の爆弾を投擲します。

 まあ、ちゃんと見たら騙されるわけがない罠です。だって……明かにデザインが違います。同じなのは輝かしさだけ。


 商人が金貨の偽装をするわけにはいかないでしょうからね。


 サクラはどうやらあれから成長して【罠術】も得た様子。

 元々、持っていた【詐欺術】【話術】【計算】などで巧く罠にはめて殺すタイプのようです。


 ちょっと参考になりますね。

 私も【罠術】を持っていますし、称号で【偽る神の声】があるので騙しやすいです。【神威顕現】を使わねばアトリとセック以外とは会話できないので使えませんけれど。


 なおシヲとも会話はできませんが、何故かシヲは私の言葉を理解します。

 シヲは底知れないところがありますね。吉良さんも似たことをしますけれど、シヲが吉良さんレベルだとは思えませんし……何故でしょう。


 賊どもが這いずり回って逃げようとしました。ですが爆散して死にました。

 かなりお金をつぎ込んだ攻撃でしたね。正直、あれを毎度やっていればリリーマインドといえども破産は免れぬでしょう。


 格上を殺せる火力でしたからね。

 数があったのと【罠術】補正もあったでしょうけれど。


 アトリの【リジェネ】で回復したヘレンたちが戻ってきます。悔しそうな顔です。


「まだ弱いですね、わたしたちは」

「レベルが足りてない。でも悪くなかった」

「あ、ありがとうございます、アトリ先生っ! アドバイスをもう少しもらえると嬉しいです!」

「策に頼りすぎ。あと策がハマったときに殺せる手段がない。用意しておくべき」

「はいっ! 必殺技ですね、アトリ先生の【死神の鎌ネロ・ラグナロク】のような」

「そう」


 かなり素直になりましたね、ヘレン。

 それだけアトリを認め、慕っているということでしょう。何歳になっても「素直じゃない」と言われ続ける私よりも、もしかしたらもう大人なのでは!?


 さて。

 最期。遺されたバーゲンはガクガクと震えていました。壮年に差し掛かりそうな男は、がちがちと歯を重ね、自分を見下ろしている子どもたちに……恐怖を抱いているようでした。

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