第277話 合流

    ▽第二百七十七話 合流

 お頭の実力は決して低くはありませんでした。

 むしろ、その実力たるや舌を巻くほどでしょう。リトアなんて存在がなく、アトリが敵対したと一瞬で判断したようです。


「てめえら離脱しろ! 一人でも生き残れ!」


 迅速な判断と最低限ながら的確な指示。

 歴戦の傭兵団というだけはございます。お頭レベルの傭兵でなくば、狼狽えているうちにすべてが終結したでしょう。


 しかしながら、お頭は傭兵としてもっとも重要な能力――すなわち悪運が不足していました。


 先程の指示中、すでにお頭の首は宙を舞い、指示を出したはずの部下たちは全員が惨殺されていました。血塗れと肉塊しか、すでに傭兵たちには残っていませんでした。

 固有スキル【神偽体術イデア・アクション】の身のこなしは……異質です。


「【ヴァナルガンド】」


 あまりにも鮮やかに頭部を切断されたため、まだお頭は意識があるようでした。恐れで目が見開かれております。

 決着がついてから、切り札を発動するアトリ。

 狼の耳をぴょこんと生やした幼女を目撃し、呆然と戦慄を隠しきれません。


「そん、な、ばかにしやがっ……」


 それがお頭の最期の言葉でしたね。

 また、【ヴァナルガンド】を起動したアトリは、包囲していた別働隊をたちまちに食い尽くしました。


 正直なところ、アトリの相手になれる敵は少ないです。


 ただカンストしている程度では【ヴァナルガンド】使用時のアトリは止められません。カンストしてからが本番(まだアトリはカンストしていませんが)なのがこのゲームです。


 ヘレンたちの前に戻り、【ヴァナルガンド】を解除しました。


 ふう、とアトリはゆっくりと息を吐き出しました。

 私たちがヘレンの救助をギリギリまで行わなかったのは、べつに意地悪でも教導でもありません。


 単純に「オウジンの予知が及ばない」と言われているヘレンと関わるためですね。そうすれば確実にオウジンの予知から脱出できますから。

 まだオウジンについてはよく判明していません。

 そもそもゴースやヘレンなどの「予知対象外」と関わることによって、予知にズレが発生するという仕様自体が前回明らかになったばかりです。


 思わぬほどのギースの活躍でした。


 ゴースから訓練を受けたアトリですけれど、どれほど予知から逃れられているのかは解りませんからね。安全策のためには軽く関わるまで動けませんでした。


 久しぶりの再会でした。

 場には沈黙が流れますけれど、状況をようやく飲み込んだサクラが――アトリに駆け寄って抱きついてきました。


 いつもならば「蹴り飛ばす」のですが、アトリはふんわりと受け止めました。


「せんせい! アトリ先生っ!」

「う、……」


 抱きついてきたサクラは泣いていました。先程までの気丈な貴族子女ではなく、ただ一人の子どもとして、親を亡くしたばかりの子どもとして泣いていました。

 アトリは困惑しています。

 アトリは悲しみや寂しさを強く理解しています。けれど、まだ共感能力が成長しているわけではありません。思わぬ号泣に怯えているほどでした。


 アトリが怯えるもの。

 ミミック。

 図書館の群れ。

 それから生徒の涙でした。


 潰される勢いで抱き締められ、わんわんと泣かれてしまいます。アトリは腕をタコのようにぐにゃぐにゃさせて彷徨わせた後、肩を脱力させました。

 ぽん、とサクラの頭に手を置きました。


「神様とボクが居る。もう終わり」

「……っ、アトリせんせい!」


 撫でるわけではありません。

 まあ、私がいつもやっているのがアレですね。精霊の肉体では頭を撫でられないので。かつて月宮が「子どもが泣いてたり、ぐずってる時はとりあえず頭撫でとけ」と言っていましたからね。


 手を払われたとしても、辛い時に「頭を撫でてくれた人がいた」記憶は人生にとって良いことだ、とのことです。


 そうは思いませんけれど。

 まあ、一応は参考にしております。あいつはすぐに人の頭を撫でる。男に頭を撫でられるのなんて嫌ですしウザいですよね。子どもの頃のお話ですが。


 大人になって以降は、手が伸ばされた時点で払いのけました。

 陽村が。


 ひとしきり泣いた後、サクラは「わー」と叫びました。耳元で叫ばれたアトリが目を白黒させる中、少女は数歩だけ下がりました。

 彼女は顔を袖で強く拭います。


「……最上の領域《死神》のアトリさまに依頼がありますわ」

「なに?」

「わたくしたちリリーマインド家は不当に襲われました。襲撃者、その首謀者は――我が愚叔父バーゲン・エテ・セセールです」


 どうやら「よくある貴族のお家騒動」だったようです。

 それに魔教が介入することにより、強力な貴族たるリリーマインドを負けさせたのでしょう。自分たちにとって都合の良い貴族を頭にすげ替えるため。


 それから……騒動の首謀者をゴースとし、彼を国を使って屠らせるために。


「何名か生き残りました。また、お兄様も他国にいます。ペニーさまに尋ねたところ、まだ存命とのことです。それでもリリーマインドはわたくしが継ぎます」


 後ろから成人男性が歩み寄ってきました。

 見るからに貴族の、美形の優男でした。


「モミジ・リリーマインドと申します。次男です。私からみてもサクラは当主に相応しい。窮地にて父上とサクラのみでした。勝ちを見つけ出したのは。父上は命と引き替えに民と我らを逃がし、サクラは我らを守り切るため戦い続けた。私にはできなかったことです」

「良いの?」

「もちろんです、アトリさま。私たちには誇りがある。そして我らは商人でもある。もっとも利益を出す者を、利益が出せる位置に置かぬほどの愚者でいることを我慢できません。ゆえにこそ――」


 優男が眼を憎悪に染め上げます。


「バーゲン程度にリリーマインドを名乗らせるわけにはいかない」

「理解した」

 

 こくり、と頷いたアトリ。

 この依頼について「サクラたち」はあえて全容を語りたがりません。それはすなわち「バーゲンの暗殺」です。


 バーゲンも「バーゲン・エテ・セセール」という名を持つ以上、貴族でしょう。


 跡目争いに負けて、別のところで婿養子になったパターンでしょうか。

 ともかく、貴族を貴族が殺すためには複雑な手続きが必要となります。表向きには。しかし、それではあまりにも遅い。


 貴族の力は強い。

 しかも、リリーマインドを倒せるほどの力もあります。時間を与えてあげられる時間がないのでしょう。証拠なんて潰されてしまいます。


 アトリは大鎌を肩に乗せながら。


「ボクは冒険者。報酬は高い」

「払いますわ、確実に」

「なら良い。今更、敵を増やすことは構わない。それに今回は魔教関係」


 最悪の場合、ジークハルトに命を狙われますけれど……その時はペニーを雇い続けましょう。彼女の情報収集能力があればジークハルトから逃げ続けられます。

 戦いになったら【神威顕現】の私とアトリで仕留めるしかないですけれど。


 ヘレンが俯き加減で手を挙げました。


「アトリ先生、魔教関係ということはわたしの所為ということですか?」

「違う。今回はお前は狙われていない。回収は予定されてたけど……目的はリリーマインドを潰した犯人をゴースに押し付けること」

「ゴース先生を?」

「あいつは魔教の宿敵。排除したがっている」

「……魔教」


 ヘレンが歯噛みします。

 薄らと紅。

 流れていく血液。それを指で拭い、ヘレンが提案してきます。


「私も協力したいです。何かさせてください、アトリ先生」


 困ったようにアトリが見上げてきます。

 私の意見を聴きたいようです。アトリが生徒たちをどうしたいのかは解りませんけれど、一般論を述べておきましょうかね。


「あくまで提案です。最後は貴女が判断してくださいね。……ヘレンたちを連れて魔教狩りが最善でしょう。オウジンの予知が壊れますからね、ヘレンがいれば」

「はい。です! ボクも同じ。です!」

「どうせ魔教には狙われ続けますからね、ヘレンは。もうちょっと実戦を積んでもらわねば」

「ですっ! さすがは神様、です」


 アトリ的には「連れて行きたかった」ようですね。

 私が足手まといを嫌うなら連れて行かない、という方向だったようです。ただし、連れて行くのはヘレンと現在もっとも狙われているサクラくらいでしょうか。


 他は連れて行けません。

 アトリがそう告げますと、おかっぱ頭が抗議してきました。


「ぼ、ぼくは、そのヘレン様の……騎士だから。あの、連れて行ってほしい。です……お願いします、アトリ先生」

「……解った」

「あ、ありがとうございますっ!」


 こうしてゴースと私たち。

 二組が魔教へと襲いかかることに決定しました。

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