第276話 再会と対峙

    ▽第二百七十六話 再会と対峙

 優秀な傭兵団。

 それについて必要なのは実力ではございません。

 このような世界です。最上の領域でもなければ「強い程度」で生き残れる世界ではありません。


 必要なのは政治力。

 状況判断能力。

 それから――情報収集能力でした。


 あともうひとつありますけれど、それは……なかった模様。


 逃げて隠れたはずのリリーマインド残党たちは、お頭が放った斥候部隊によってアッサリと発見されてしまったようですね。


 ここは崖の上。

 数キロ先ではボロボロのリリーマインド残党たちが生き足掻いています。森は天然のダンジョン。無数の魔物に襲われ、囲まれ、サバイバルを強要されています。


 食事に事欠き、水さえもなく。

 戦闘の余韻の重傷を治せる者もいないようでした。すでに死体が行進している風情がありますね。


 アトリが一瞬だけ拳を握り締めました。

 私は彼女の頭に乗って落ち着かせながら、どうせ誰にも聞こえないのですが耳打ちします。


「間に合いましたね、アトリ。様子を見てから皆殺しです」

「……はい。です」

「問題は潜入調査ですけれど……そこはもうセックに任せましょう。ここでヘレンたちを見捨てるのは後味が悪くて面白くありませんし」


 セックにお頭を【リアニメイト】してもらいましょう。

 見目がアンデッドになりますし、知能もかなり低下しますけれど……構いません。情報を抜き出したあとはセックに仮面を被せて入れ替わってもらっても良いくらいです。


 仮面、もうひとつくらいほしいところ。


 似たものを作ろうとしているのですができません。

 さすがはドロップレア。ミミックを倒せば手に入ると知り、アトリはシヲを倒したがりましたが使い魔からはドロップアイテムは出ない仕様です。


 生粋のミミック嫌いのアトリは、積極的に狩ろうともしません。

 ただ同族に厳しいシヲは狩りたがったようですがね。底知れぬ使い魔、シヲさんです。


 お頭が不敵に笑いました。


「まずは逃げられないように逃亡先を潰していく。その後、確実に狩るためにあえてばらけさせる。あいつらは貴族さまだ。民を守る……じゃなきゃ、とっくに自分らは逃げ出してるからね。逃げ惑う足手まといを引き連れて、勝ち目はゼロだ」

「そこまでする必要があるんですかい?」

「ない。だが簡単な任務も策を練ってこなす。そうすれば練度が上がって、もっと難しい任務で死ぬ確率がぐんと下がる。ま、イージーな任務だ。終わった後のお楽しみもある。やろうか」


 傭兵たちが一斉に喝采をあげました。


 サクラたちは「そういう貴族」です。

 貴族と一口に言っても色々な種類があります。勝つためならば積極的に民を使い潰すことも、また貴族としてのひとつの形ではありますからね。


 けれど、サクラたちは「民を守る」タイプのようでした。

 と自白しているようなモノなのです。


 傭兵たちが四方に放たれていきます。

 あらゆる逃走ルートが潰されます。残ったのはそれでもアトリを含む多数の精鋭たちでした。また、全員が炎に対する耐性アイテムを所持しています。

 おかっぱ対策でしょう。


「行くぞ、蹂躙の時間だ!」


 獣たちが一斉に崖を駆け下りていきました。


       ▽

 私たちはお頭を先頭に置き、ヘレンたちと対峙していました。彼女たちの軍勢は総勢が50ほどの大所帯となっております。

 その先頭にはサクラ・リリーマインドが不敵な笑みで立ち塞がります。


 やり手の傭兵のお頭と真っ向から、少女が一歩も引かずに対峙しておりました。腕を組んで不敵に微笑みさえ見せております。


「交渉をしましょうか、傭兵さん。私はサクラ・リリーマインド。権力もお金もたくさんあるわ。こっちにつけば贅沢と幸福を約束しましょう」

「殺せ」

「残念……騙して殺そうと思ったのに」


 戦闘が始まる寸前。

 サクラが後手から玉状の何かを取り出しました。それはかなり有名な「煙玉」でした。私は自作しますけれど、あの煙玉は有名なブランドものですね。

 効果は折り紙付。

 

 地面に叩きつけた途端、煙がもくもくと上がります。


 お頭が口端を緩めました。


「しょせんはガキだね。煙玉の対策なんてしているに決まっている。その中でも動ける訓練をしているんだよ、むしろ――」


 お頭含めて駆け出す団員たち。

 と、その時、煙の向こう側が紅く染まりました。煙ではあり得ないその色は。


「業火魔法【オール・バーンアウト】!」


 おかっぱ頭の業火魔法です。

 自ら生んだ煙さえもかき消す範囲攻撃。最初から「高価な煙玉」はフェイク。煙で逃走や乱戦、困惑を狙ったと錯覚させて――業火魔法を撃ち込む戦略でした。


 傭兵団の目前に業火が迫ります。

 息を呑み喰らうしかない一撃。アトリならば避けることも、【魔断刃】で切り裂くこともできますが……あえてやりません。


 業火をもろに喰らいます。

 そこそこのダメージをもらいましたが【再生】で回復してしまいます。あの戦闘学院の学生でアトリにダメージを与えたのは、どうやらおかっぱ頭が最初のようですね。


 傭兵団もかなりのダメージを負ったようです。

 けれど、全員が業火魔法対策は万全でした。炎を浴びた後だというのに涼しげでさえありました。


「諦めて死んでいけ」

「……追っ手が来ることも、それから逃げられないことも解っていた。わたしたちを狙う集団が炎の対策をしていないわけがないことも。知ってるわよ? そして、知っているからこそ」


 私たちの頭上から何かが降り注ぎます。

 それは鋼鉄製のワイヤーでした。仕掛けられていたトラップが作動したようです。


 こんな森、ヘレンたちならば簡単に脱出できます。

 それでもあえて脱出しないのは、疲弊していたから、あるいは隠れ潜むため――そう考えていました。しかして、実態はギリギリのサバイバルを演じ、敵をおびき寄せて罠に掛けるためだったようです。


 どうやら使用人の中には【シャドウ・ベール】を使える人がいたようです。


 ヘレンたちの指導には私もちょっと関わりました。

 どうやら私の手口も学習していたようですね、油断なりません。良い意味で。


 網で拘束された私たちに向け、サクラが風弓を向けてきました。


「リリーマインドは貴族として必ず勝つ、そして商人はどのような小さなモノにも値段をつけて利益を獲る。……この私を」


 サクラの背後。

 おかっぱ頭は当然ながら、護衛たち、使用人たちに至るまでもが魔法を準備していました。魔法が使えないヘレンも、魔道具を手にしています。

 貴族の使用人が雑兵なわけもなく。彼らが手にしているのは魔法の威力をちょっとだけ上げる使い切りの魔石。


 瞳いっぱいに涙を貯めながら、桃髪縦ロール――サクラ・リリーマインドが吠えました。


「リリーマインドを舐めるなよ!」


 魔法が放たれました。


       ▽

 爆風。

 炸裂したのは夥しい量の魔法たち。


 弱者たるサクラたちの完璧な策。


 しかし。

 お頭はアッサリとその攻撃すべてをナイフ一本でねじ伏せてしまいました。爆撃じみた攻撃は綺麗に潰され、残ったのは唖然と目を見開くサクラでした。


 煤けた顔を袖で拭い、お頭が馬鹿にしたように首を傾げます。


「ガキのお遊びにしては巧かったよ。で、どうして雑魚を舐めちゃいけない?」

「そ、そんな……」

「この世界の強者は弱者が束になっても勝てない。そういう風にできている! 戦闘学院ではそんな基礎も習わないのか? それとも……自分が弱者じゃないと錯覚でもしたかね?」


 反射的にサクラとヘレンが前に出ます。

 その行動はあまりにも無防備。ですが、民を守ることを教育されている彼女たちは「絶対に勝てない場面」で反射的に、民を守るために前に出たのです。


 それはすなわち……作戦の残弾がゼロということを表します。


「おい、リトア」


 お頭がアトリを振り向きました。

 そして表情に硬直を芽生えさせました。どん引きの様子です。


「弱者の悪足掻きとはいえ、あれらを喰らって無傷とはね。どれほどの実力があるのやら……ちょうど良い。弱者狩りとはいえ、キミの戦いをみせてもらおう。今後の参考になる」

「解った」


 アトリがゆっくりと歩き出します。

 剣を地面に引きずりながら、ゆっくりと、ゆっくりと。やがて傭兵たちの前を出て、サクラたちと真っ向から対峙しました。


 その直後。


 莫大な圧力が世界に牙を剥きました。

 森林たちが逃げ出したがるように葉を揺らし、野生動物たちが絶叫をあげて逃げ出しました。まるで森自体が揺れるような騒ぎ。


 おかっぱ頭が尻餅をつきました。


「こ、こんなの……アトリクラスじゃないか」

「全員、動いて! 逃げなさい!」


 ヘレンが叫ぶ中、やや怯えたように後ろのお頭が零します。


「アトリ? 最上の領域の……たしかに、この圧力は。だが、そんなわけが……いや、待て」


 賢いお頭は……真実に気づいてしまいました。

 噛み殺すような悲鳴が後ろであがりました。


「どうして、どうしてリトア、てめえ殺気をこっち、、、に向けてやがる!?」

「神は言っている」


 平凡な容姿の女性が、己が顔面を掴みました。まるでそこに「何か」があるかのように。仮面でも剥がすような仕草を行えば、女性の髪色が徐々に変化していきます。

 黒から病的な白へ。

 身長が一気に縮んでいき、仮面がすべて剥がれた時。


 パッとかつての生徒たちの表情が絶望から希望に染まります。

 死神幼女が振り返りました。


「――おまえらは皆殺し」


 紅い瞳が傭兵団……そのお頭をぐるぐると見つめていました。

 深い深い闇に魅入られた瞳。


 ごくり。

 と音が聞こえました。その音はお頭が生唾を飲み込み、己が未来を予感した音。


 これより始まるのは死神幼女による――刹那の蹂躙劇。ここが狩りの場でないと知った頃にはもう遅い。

 お頭たちがいるのはすでに舞台上。お頭の顎から汗が……零れ落ちました。

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