第275話 魔教の魔の手

   第二百七十五話 魔教の魔の手

 軽く打ち合わせをしてから、アトリたちはレストランを後にしました。

 お頭さんが嬉しげに眼を細めます。


「ラッセルさんがあそこまで喜ぶとはね。キミは相当な実力者のようだ」

「うん」

「どうだい、ゴースの始末をつけたあともうちの団で働く気は?」

「その時になったら考える。ボクには今、復讐しかない」

「そうかい。良い返事を期待している。これは経験談だがね。復讐を終えたあとすっきりと明るい世界には飛び出せない。結局、闇に魅入られた者は闇から逃れられないんだ」

「そう。闇は至高」

「あ、そ、そうか?」


 アトリがラッセルばりに眼をグルグルさせます。

 邪神さんもびっくりします。

 一端、私たちはお頭とも別れました。ラッセルたちの拠点のひとつに動くことになりましたが、そこへ宿から荷物を運ぶという名目です。


 しかし、事実は異なります。


「ペニー」

『はい、アトリ隊長。どうなりましたか?』

「第一フィールドのサクラ・リリーマインドに連絡。親が殺される」

『おやー? ではサクラさん、それから当主のユカリさんにも連絡しましょう』

「できる?」

『五分程で可能ですねー』


 やや遅いかもしれませんね。

 ラッセルは「今頃は終わっている」と言っていましたから。


 私たちはしばらくダミーで取っていた宿で過ごします。すると、ペニーから落胆したような声が届きました。


『まずサクラさんですけれどー、どうやら帰省していたようです』

「どうなったの」

『どうやらヘレンさんたちを連れ帰っていたようです……現在、魔教と交戦中です』


 アトリが目を見開きます。

 反射的に立ち上がったところ、それをペニーが窘めました。


『いくらアトリ隊長でも間に合わないでしょう。ですが……オウジンさんはヘレンさんを読めない。勝機が出ています。あ、ラッセルさんの裏切りについてはジークハルトさんにお伝えしてありますからー』

「解った」

『現時点でラッセルさんの計画は破綻しました。裏切りが知られましたからねー』


 オウジンたちの弱点が見えた思いです。

 完全な予知を前提に動いているため、小さな歪みひとつですべてが終わります。まあ、今回はペニーとかいう情報伝達速度チートがいるからですけどね。


『とはいえ、私の意見が全採用されるわけがありませんー。第一フィールドは捜査を開始し、可能ならばラッセルさんの身柄を確保するくらいでしょう』


 ラッセルはおそらく魔教幹部級。

 情報の隠蔽が完璧なのだとしたら、犯人が解っていても暴露できないかもしれませんね。もう少しラッセルたちと行動を共にする必要があるのかもしれません。


       ▽

 後日。

 そわそわするアトリの元に届いたのは、ユカリ・コード・リリーマインドの死亡の報でした。


 如何にサクラやヘレンがアトリの生徒とはいえ。

 敵は魔教の先兵。

 ペニーでしたらサクラたちに「何か」あった場合、そちらを先に報告してくれたことでしょう。つまりは魔教から生き残ったという証拠でもありました。


「良かった……と思う?」

「アトリ。普通の人は親族が死ねば悲しんでしまうそうですよ」

「……はい。です。気をつける、です」


 アトリ的に「家族が死んで悲しい」感覚はよく解らないようです。それは私もですけれど。けれども、アトリも死んで悲しい人はたくさん増えました。

 それによって桃髪縦ロールことサクラの心情も慮れることでしょう。


 こんこん、とアトリの部屋の扉がノックされました。

 とりあえず取った宿は引き払っています。今、お世話になっているのは傭兵団【魔戦団】の拠点のひとつでした。


 木製の扉(シヲが改造済み)に向かい、アトリは仮面を装着しながら言います。


「入れ」

「うす、リトア姉さん」

「?……う、うん」


 もっと解りやすい偽名にするべきでしたかね。あるいは実名のほうが良かったかもしれません。今後、潜入任務があった時には気をつけましょう。

 開けた扉の向こうには、アトリに腕を切断された男がいました。

 すでに腕は回復させているようですね。


「団長がお呼びです。でかい仕事なんでしょう。が、おそらくはリトア姉さんとの実戦の感じを見る任務になるでしょうね」

「問題ない」

「なら下までお越しください」


 恭しく腰を折り曲げて、先輩傭兵は行ってしまいます。

 ギースと言い、彼と言い、ならず者を手下にする才能がアトリの幼い身には秘められているのかもしれません。


 軽く身支度を済ませ、アトリは私を一瞬だけギュッと抱き締めると下へ行きました。


 すでに受付前にはならず者どもが勢揃い。

 もっとも遅れてきたアトリに対し、何名かが顔を顰めます。けれど、実力こそが「商品価値」たる傭兵団。誰もアトリに文句は言いません。


「来たか、リトア」

「うん、仕事はなに? あるていどは協力するつもりはある」

「じつはな。ちょっと先方がミスをしたらしくてね。その尻ぬぐいさ。なに、悪いことじゃない。世界が正しく、間違えなかったら傭兵団なんてゴミ拾いもさせてもらえねえ」


 傭兵たちが「違いねえ」と大笑いします。

 傭兵たちの笑いのツボが解らないかもしれません。アトリも首を傾げる中、ご機嫌そうにお頭さんが続けました。


「始末した貴族、その一部が逃げ出しちまった。目撃者はなるべく全滅が望ましい。まあ、逃げ出したって言っても戦力は大したことがねえ」


 木製のボードに名前と人相書きが貼り付けられていきます。

 そこには――サクラ、おかっぱ頭が描かれていました。その他、知らない人も居ますけれど、彼らはサクラの親族や使用人たちのようでした。


 当主こそ討たれましたが、全滅したわけではないようです。


 お頭は「先方の不手際」と言いました。

 すなわち、本来ならば襲撃では皆殺しが成功していたはず……ヘレンたちが介入したことにより、オウジンの予知に隙間ができた証拠でした。


 お頭は面倒そうに肩を落としました。


「もっとも重要なことだが……この少女。ヘレン・フォナ・ルトゥール。こいつは身柄を必ず確保せよとのことだ。顔は良い。捕まえたら犯しても良いというか、犯せとのご命令だ」

「おおお!」と傭兵たちが沸き上がります。


「喚くな喚くな。良いか? 絶対に殺すな。殺しちまえば俺らが始末されちまう」


 ごくり、と今度は静けさで以て傭兵たちは返答しました。この傭兵団はかなりイケイケです。それはおそらくお頭が政治的な手腕を持っているためでしょう。

 そのお頭が「そのミスは庇いきれずに死ぬ」と言ったのだ。

 怯え、恐れがヘレンの人相書きに送られました。


 それからお頭が敵(ヘレンたちです)の戦力評価をしていきます。

 もっとも危険なのがおかっぱ頭。幼いながらに業火魔法を操り、先方の手勢をかなり殺したようです。


 続いてはサクラ。

 どうやら戦闘学院にて「戦闘」でも成績が上昇してきているとのこと。あのスキル構成でどのように強いのかは解りませんけれど、戦力としても花が開いているようです。


 その後、使用人や護衛がいくつか挙げられていきます。

 そこで先輩傭兵が挙手しました。


「ヘレンって奴はどうなんです? 貴族なんでしょう? 戦闘学院に通っているなら多少は戦えてもおかしくないでしょう」

「問題ない。魔法系のスキル構成らしいが、なにか問題があって魔法がつかえない奴だ。剣は使うらしいが問題はないだろう。厄介だった学園が付けた護衛は、先方が何とか仕留めたらしい。恐れるところは何処もないな」


 おや。

 ヘレンはまだ魔法に偏ったスキル構成をしているようでした。

 しかし、あの学院にはショタ狂いの称号を持つ精霊・メグミさんが寄生しています。彼女はショタに執着していますけれど、ロリを手ひどく扱うわけでもありません。


 一時的に契約してもらい、スキルを調整してもらうくらいはしてもらえそうですが……

 空きがなかったのかもしれませんね。基本、NPCはレベルが10上がることにスキルを自動取得してしまいます。


 精霊がいれば「後回し」にしたり、「自由に選択」できます。

 が、契約していない状態でレベルアップしてしまえば自動取得してしまいますから。


 軽くミーティングをしてから、傭兵団は町を後にしました。

 目的はリリーマインド家の残党狩り。

 傭兵たちは「簡単な仕事」だと和気藹々。馬に乗りながらも、すでに勝利と処理を確信して酒を口にしている者までいます。

 

 たしかに傭兵団にとっては簡単なお仕事でしょう……


 軍馬の最後尾。

 目を爛々と輝かせる、平凡な容姿の女性――アトリさえいなければ。天国気分の彼らは自らが喜々として死地へ飛び込もうとしていることを知りません。

 乾いた風が吹きつけ、傭兵たちが騎乗する軍馬たちがぶるりと嘶きました。

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