第274話 副団長の男

    ▽第二百七十四話 副団長の男

 私たちがこの傭兵の街に潜入した理由は二つ。


 ひとつは魔教幹部が率いていると思わしき組織があるから。

 そしてもうひとつは魔教幹部と繋がっている傭兵団があるから。


 幹部はゴースが直々に見つけ出して殺す予定です。

 今回、アトリが探しているのは魔教幹部と繋がっている傭兵団の捜索でした。じつのところ、アトリが傭兵団破りをしたのは、今回で五度目でした。


 今回を除いた四回まで、アトリが「ゴース」の名を出した瞬間に追い出されました。正確には「出て行ってください」と大の男たちに泣かれたのですけれど。

 しかし、五度目の正直たる今回。

 むしろ、ゴースの名を出すことによって許可を得ました。


 それはすなわち、彼らにとってゴースは「どのみち戦う想定をされた敵」であるということ。


 我々が想像している以上に、一般人から見た最上の領域の意味は重い。

 ヨヨが反乱を目論んだことによって軍が、国が動き出した時のように。最上と敵対するということは、すなわち国を相手取るも同様の覚悟が要求されるのです。


 それを受け入れる。

 つまりは魔教関係者である証左。


 違う可能性はありますけれど、違ったら「ごめん」で済みます。

 ペニーの捜査といえども、今回は完璧とは言えません。さすがに時間が少なすぎて「疑いが濃い」くらいの疑惑で止まっていました。


 相手は魔教教祖のオウジンです。


 証拠の隠蔽も完璧なのでしょう。ゴースが雇うという形によって介入しているので、ペニーの捜査も予知されていないはず……と私たちは考えていますけれど。実際のところの事実はオウジンと神のみ知るのでしょう。


「俺たちの上はゴースを最重要視している。理由は言わないがな」

「そう」

「俺たちは傭兵だ。細かなことは気にしない。殺す理由、戦う理由、そんなくだらないことに拘る必要はない。頭たる俺以外はな」

「解ってる。ボクはゴースさえ殺せればそれで良い」


 そう言ってアトリが殺気を迸らせます。

 ……本当に演技ですよね? アトリは演技派ではありますが、同時に演技が下手という奇妙な二面性を有しております。

 演技で出せる殺意とは思いがたいのですけれど。


 ……いったい、ゴースはどのような指導をしたのでしょう。

 お頭さんもアトリの殺意を本物だと汲み取り、彼女を仲間に引き入れてくれたのでしょう。アトリを後ろに引き連れて歩きます。


 悪巧みの背中。


「無論、俺たちだけではゴースは殺せねえさ。だがアテはある。最上を殺すんだ。報酬はたんまり。一生遊んでくらさせてもらえるだろうさ」

「どうでも良い」

「ふん、骨の髄まで復讐者ってことかい。それも良いだろう」


 お頭さんに連れられたのは、街の中でも一等上等なレストランでした。傭兵たちの街には様々な娯楽がございます。命を賭ける彼らは、その分に報酬も特大。欲望も極大です。

 高級娼館もあれば、当然のように素敵なレストランもございます。


 モーニングを纏ったウェイターが、恭しく腰を折り曲げました。


「ご予約は?」

「してない。するわけがない」

「奧へどうぞ」


 符号なのでしょう。

 案内されたのはなんと地下室。その最奧には見目皆無、機能性すべての鋼鉄製の扉がございました。それをウェイターが開けば、中では飲食をしている男性が待ち受けていました。


「よく来ました」

 そう肉に齧り付いて歓迎してくれるのは……有名NPCの一人。

 ジークハルトが騎士団長をしている騎士団、その副団長である男。ラッセル・アルティマその人でした。


 目を剥く私を尻目に、ラッセル・アルティマは食事を続けました。


「ゴース討伐戦。優秀な人材が来たとのことですが?」

「はい、かなり強い女です。ゴースに恨みがあるとか。あのカーマインが一蹴されました」

「良き」


 ラッセルが私のほうを見て首を傾げました。


「精霊か。ログインしているのですか?」

「してない。休止? している」

「そうですか、良き。私も精霊憑きだけれど、彼も今は寝ている頃です」


 ラッセルの契約精霊はクラウス・ラウスというプレイヤーです。掲示板ではアトリのファンの一人のようですね。

 しかし、よもやジークハルトの部下が魔教の幹部だとは。


 肉を嚥下してから、ラッセルは席から立ち上がりました。見えない速度での攻撃が放たれます。それをアトリは平然と剣で受け止めました。


「良き。下手をすれば俺よりも強いですね。重ねて良き」

「ゴースを殺せるの?」

「私だけでは不可能。ですが、私は第一フィールドの貴族を動かせましてね。上手くやればジークハルトを動かせます。彼は上の言うことには絶対に従いますから」


 魔教は貴族を裏で操っています。

 しかも厄介なのは……貴族自身は操られているとは気づけないこと。オウジンが未来を視て、自分の都合の良い結果になるように誘導しているのです。


 たとえば優秀な当主を別のところへ行かせ、無能を事実上のトップに据える。

 優秀だった貴族直属の傭兵団を腐敗させて、魔教に都合の良い結果を残させる。


 やりようはいくらでもあります。


 ハッキリ言って悪夢です。

 第一フィールドの貴族が優秀だとしても、オウジンの手段から逃れることはできません。可能でしたら、アトリがあの場面で独力で勝てていますからね。


「私はあくまでも下請けです。俺たちの真なるリーダーは素晴らしい。貴女も間接的とはいえ、彼に仕えられることを喜ぶとよろしい」

「……」

「言いなさいっ! 彼に仕えられて嬉しいと! 歓喜だと!!」


 突如。

 ラッセルが眼を狂気に濡らし、ぐるぐると回し始めます。アトリもよくやりますけれど、美幼女がやるのと青年がやるのとでは感じ方は変わります。

 男女差別かもしれませんけれど、事実でした。


 アトリが面倒そうな声音で繰り返しました。


「嬉しい。歓喜」

「……くっ。知らぬことは罪ですね……いえ、理解しましょう。俺とて彼と出会う去年までは、貴女と同じようだった。彼の崇高なる計画をいくつも潰すことに加担した罪があります。ふふ、まあ俺たちが潰せたのはすべてダミーでしたがね、ふふふふふ。やはりあのお方は素晴らしい……っ!」


 どうやらジークハルトたちを裏切ったのは昨年の話のようでした。

 魔教教祖のオウジン。

 未来を何度も繰り返して視ることにより、彼は言ってしまえばループモノの主人公状態です。ラッセルが抱えていた何らかの問題を華麗に解決し、味方に引き入れた……そのような感じでしょう。


 未来視持ちが宗教のリーダーとして君臨、心酔されるのはあるあるですね。


 主人公がやるならばともかく、敵がやって良いムーブではありません。

 まあ、このゲームはオンラインゲーム。

 厳密な主人公はいませんし、オウジンだって契約可能なNPCではあるのでしょうけれど。そう考えるとオウジンと契約したいプレイヤーも多そうです。


 黒幕ムーブ特化キャラですもの。

 私は断然アトリ派ですけれど、アトリがいなければオウジンもアリかもです。これでオウジンが美少女だったら最高でしたね。


 目を閉じ、ラッセルが落ち着きを取り戻します。


「計画は用意してあります。ゴースにとある貴族を暗殺した、という疑惑を植え付けます。すでに計画は動き出しつつあり、今日中にもアレは死ぬでしょう」

「アレ?」

「もう終わっている頃なので良いでしょう。商人兼貴族……リリーマインド家の現当主」


 アトリが思わず目を見開きます。

 リリーマインド家。それは戦闘学院にて教鞭を執った相手――サクラ・リリーマインドの実家の名前でしたから。


 目を見開いたラッセルの瞳は、狂信にぐるぐると回っていました。


「ユカリ・コード・リリーマインドの暗殺からすべては始まるのです」



 ――――

 作者からの補足説明です。

 なくても解ると思いますが念のため。ラッセルがアッサリとアトリを受け入れているのは、オウジンの予知で「危険人物が仲間に入る」と忠告されていないからです。

 忠告がない=安全、だと判断しているわけですね。

 こういうところがオウジンの未来予知の隙だったりします。

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