第273話 捜索
▽第二百七十三話 捜索
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あまりにもアトリからのチャットが悲痛だったからです。すっかり面倒な恋人ムーブですけれど、あくまでもアトリは恋人ではなく幼女。
恋人でしたら無視できます。
けれど、幼女を放置しておくことは私の最低限の道徳心が痛みますからね。子どもに懐かれる分にはそこまで嫌な気もしませんし……いや面倒な子どもに懐かれても嫌ですね。
アトリは動かしやすいので良いですけれど。
「ゴースとは別行動での捜査ですね。すでにペニーが目星を付けているとのことですが?」
「リストがある。です」
いそいそと太もものホルスターから、アトリは書類を取り出しました。さすがはペニーが用意したというだけあり、じつに解りやすく、それから確信に迫った内容となっております。
私の【邪眼創造】はこういうイベントに強いです。
ですが、ペニーがいればもうそれで良い気もしています。
「まあ、ペニーはそこそこに高いですしね……では潜入しましょうか」
「頑張る。です」
「本来ならばセックに任せたいのですがね」
「頑張る。です。ボクが!」
「期待しています」
ふんす、とアトリは無表情ながらやる気に満ちあふれております。
潜入はセックに任せたいのが心情です。というのも、アトリはあまりにも目立ちますからね。幼女ながらに最上の領域到達者ということで知名度もございます。
潜入には明らかに不向き。
ゆえに「異常な美人」であるセックのほうが潜入に向いています。【お手伝い】スキルで臨機応変に立ち回れることも向いている要因となります。
しかし、敵は魔教。
オウジンの未来予知が欠片でも真実ならば、ゴース以外が潜入しても「最初からバレます」。
ゴースの指導を受けたアトリは、今のところ、ゴースの予知から外れる特性を共有したと見立てられています。不確定要素を取り込むことによって、予知を回避する手法ですね。
ゆえにセックではなく、目立つアトリを動かします。
アトリがMP増大のポーションを飲んでから、姿を変化させる仮面を装着します。この装備はMPを持続的に失う代わり、装着者のルックスも衣服も変化させる効果があります。
アトリは20台くらいの女性に変化しました。
手にあるのはシンプルな刀剣です。
一応、仮面も神器化しておきました。それによって刀剣ながらに、中身だけは【死に至る闇】という無茶苦茶なことができています。
振り心地は悪いようですけれど。
アトリが傭兵の縄張りに入り込みました。
▽
そこは絢爛豪華な宿屋でした。
このゲームあるあるである「悪側のほうが現代的」という建物です。内装も魔法製のシャンデリアがきらきらと輝き、高級そうなソファは本革ではなく合皮でしょう。
このような世界です。
むしろ本革よりも合皮のほうが高級なのかもしれません。
「お? なんだ女か?」
「依頼かね。へっ、身体で支払ってくれても良いんだぜ姉ちゃん。まあ……もっといい女がいくらでも買える街だ。普通にお支払いしてほしいがな」
今のアトリの容姿は平凡となっております。
可もなく不可もなく。
美人でも醜いということもない、ボンヤリとした感じです。胸だけはそこそこにあるのは、アトリの願望なのかもしれません。
事実、その点については傭兵たちからも評価を得ているようですが。
「依頼じゃない」
「は? だったら何だ? 傭兵破りにでも来たか?」
げへへ、と傭兵たちが下劣に笑みを浮かべます。何人かの傭兵は侮辱されたと考えたらしく、剣やナイフを抜いて見せつけてきます。
鋭い、と表するにはやや拙い殺意。
それを無感情に浴びながら、アトリは告げました。
「入団したい」
「ふははははは! なんだこの女!?」
アトリに対応していた傭兵が吹き出し嗤い、後ろの仲間たちを振り返ります。広げた腕で全員を刺し、アトリのことをからかいました。
「いくら困っていようが、見目が微妙だろうが、もっと賢い稼ぎ方があるだろうよ! いくら世界にスキルがあり、戦闘に男女差なんてなかろうが……向き不向きってのはあるんだよ。それをこの女は解っちゃいねえ」
「問題があるなら掛かってくると良い」
「………………は?」
からかい口調の男がふと声を低めて、アトリのほうへと向き直りました。こめかみには血管が浮き出ています。
私が彼とリアルで遭遇しましたら、即座に警察を……否、陽村を呼ぶレベルの威圧です。
けれど、ここはゲームの世界。
そして男が威圧しているのは残念なことに私ではなく、死神幼女たるアトリさん。アトリにとっては牙を抜かれたチワワが唸っているていどの驚異でしょう。
威圧を涼しい顔で受け流します。
仮面によって容姿平凡な女性が、この迫力を受け流すのは……ちょっと異様な気もしますね。
「終わったな、あの女」
「兄貴を怒らせるとは。明日、ゴミ箱を見てみろ。あいつが転がってるだろうぜ」
くふふ、いひひ、と傭兵たちが嗤います。
それに気分を改善したのでしょう。男はゆっくりとアトリに近づいてきました。
「教えてやるぜ、身の程ってやつをな」
「そう」
男がアーツを使った拳を放ってきます。
超速の打撃に対し、アトリは首を振るだけで軽く回避。と同時、美麗な動きで以て剣を一閃しました。
アーツ【死導刃】が込められた剣戟。
いつもの違うのは、そのアーツが――射程を延長していることでした。剣から延びたアーツの刃が、いつもの大鎌のような刃を形作っております。
それにて腕を根元から両断。
「っ!? ぐっ、あああ!」
「知れた? 身の程」
「野郎ども! こいつに手を出すな! 次元がちげえ!」
腕を両断された男がバックステップを踏もうとしたところ、アトリが敵の革靴を踏みつけて停止させました。
跳んだ動作の所為で、男はみっともなく床に転倒します。
頭を打ちましたが気絶はしなかったようですね。
そこそこにレベルの高いNPCのようでした。が、その彼は顔を引き攣らせています。
「お、俺は傭兵として長く生きてきた。……なんだその体術は」
「秘密。それでボクは入団できるの?」
「そ、それは……」
言い淀んだ男がチラリと宿屋の奧を見ました。
そこでは欠伸をしている宿の受付がいます。その受付員がゆっくりと立ち上がり、それから冷たい声で告げてきます。
「合格だ……と言いたいが無理だね」
「お前がこの傭兵団のリーダー?」
「そうだ。俺が【魔戦団】が団長・ポークスだよ」
「どうしてボクは不合格なの?」
「得体が知れねえから。それだけの実力があれば冒険者にでも、ならず者にでも、自分で傭兵団を立ち上げるでも良いだろう? わざわざ俺の下につく理由が解らない」
それは道理でした。
なんだか傭兵団って刹那的な集団ですし、強かったらOKな感じかと思っていましたね。ちょっと相手を侮りました。
有名な傭兵団、強力な傭兵団というのは最低限の頭脳も必要なのでしょう。
「目的を言え。名を名乗れ。スキルを教えろ。それが最低限だ」
「目的は復讐。名は……リトア。スキルは剣術と固有スキル系の体術。だめ?」
「……復讐、ね。対象は?」
「ゴース・ロシュー。この町に来ている」
……深い沈黙。
それから、宿に木霊したのは傭兵団団長の深い笑い声でした。ポークスは言います。
「なるほどなるほど。最上の領域への復讐ね……ゴースはアレでならず者には厳しい。復讐してえ奴は山ほどいるだろう。何よりも、それなら俺たちを頼るしかないな」
こくりこくり、と何度も頷くポークス。
他の傭兵たちとは比べものにならない眼(アトリ基準は牙の生えたチワワ)を向けてきます。
「バーゲンさまにご用かね。良いだろう。うちに入れてやる。最上ではなかろうがレベル100のベテラン傭兵を一蹴する力。頼りにさせてもらおう」
よろしくな、リトア。
そう言って傭兵団団長のポークスが手を差し伸べてきます。アトリは一瞬だけ「リトア?」と首を傾げそうになりましたが、慌てて自分の偽名であると思い出します。
「うん、よろしく」
こうして大物過ぎる新人が傭兵団に加入しました。
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