第272話 妙にえっちなグラビア
▽第二百七十二話 妙にえっちなグラビア
ボクは確認する。
地面に倒れ伏したゴースは起き上がる気配がない。肉体の中から襲った斬撃に晒されたことにより、どうにも極大ダメージを負ったらしい。
これがジークハルトだったら、微ダメージに終わったはずである。
否、そもそも避けられただろう。
それについてはゴースも同様だ。彼はあえて避けることも防ぐこともしなかった。ボクがやることを確認するために、だ。
実戦ならば「ボクが何かをしようとした」時点で何かされている。
けれど、それはそれ。
ボクは勝ったのである。ボクは立ち上がらないゴースに【リジェネ】をかけた。それから作業していたセックに【光魔法】を貸し出す。
回復させた。
起き上がったゴースはハンカチで血を拭う。
「えげつないことされちった……よよよ」
「ボクの勝ち」
「ああ、そうだな。まったくビビるぜ。何処かの誰かさんに言ったんだが、マジで子どもって奴は一瞬で成長しやがる。……こわ」
ぺっぺ、とゴースが唾液を地面に吐き付ける。
ここは神様とボクの場所……反射的に【月天喰らい】を放っていた。手にしている大鎌からではなく、地面に落ちている小鎌を触れずに使って。
やり方は少し複雑だ。
神様の【クリエイト・ダーク】のワイヤーで小鎌に接続する。
そうして、それを【鎌術】【月光鎌術】【造園】で操っての斬撃である。
さすがにゴースは魔法で防いだ。
こちらに慌てたように手を振ってくる。
「まあまあまあ、体内を攻撃されたら仕方ないよな!? まだ刃の破片が内臓に残ってたらどうしようって警戒するだろ!?」
「……む」
「いや、そりゃあ解るよ」
ボクがやったことは見抜かれていたようだ。
ボクはアーツを付与した刃を粉々に砕き、それを体術で風を起こして前に飛ばした。その欠片を敵に吸い込ませて、内部から【光爆刃】でズタズタにした。
刃が小さかったので、爆発の規模は小さかった。
けれど、数が多かったので切り刻むようなダメージを与えられたのだ。
「内臓へのダメージは大抵クリティカルだからな。洒落になってない。まあ、俺でも死なないダメージだ。実戦で使えるレベルではないだろうけど……発想は良い」
「合格?」
「ああ、妙にえっちなグラビアはお前のもんだ」
ボクは手を出した。
「早く」
「あ、いや、今は持ってない」
「? 意味が解らない。ボクは難しい言葉は理解できない」
「そりゃあ、男の写真なんて常備してないって……この任務が終わったら渡すから。な?」
「……嘘だったら許さない」
つい殺気が漏れ出してしまう。
その殺気にゴースは圧倒されたような顔をしている。戦闘慣れしている最上の領域が、この程度で気圧されるとは思わないけれど。
やはり妙な青年である。
とても強いはずなのに、どこか戦闘を知らない人のような気配があるからだ。その有り様はともすれば精霊たちに似ている。
精霊たちも強いのだけれど、戦いに現実見を帯びていない。
どこか他人事のような雰囲気で殺し合いを演じるのだ。神様とたまにやるデジタルゲームが近い。ゲームキャラが死のうが、どこか遠くのお話の感覚がある。
精霊たちが他人事なのは死なないから、だと思うけれど。
ゴースが取り繕うように言う。
ちなみに【勇者】が反応している。
「渡すつもりだよ!? そりゃあ当然さ。まさかよもや、初日で成功するわけないなんて思ってないよお? ゴースお兄さんったら嘘つかないぜ?」
「嘘を吐いている」
「渡すのは本気だからな!? ほら、俺って契約者を殺されてるからさ。契約者越しに手に入れるつもりだったんだ。だから、ちょっーと待ってほしいかな!」
よく解らないが、精霊ならば神様の妙にえっちなグラビアを手に入れられるらしい。
精霊の謎が深まる。
ゴースが誤魔化すような咳払いを何度も繰り返す。
「さて、本日の戦利品は『超過解放』って奴か?」
「違う。神様の妙にえっちなグラビア」
「……アーツやスキルを限定的に使って効果を上げるのはない手段ではない。上手くザ・ワールドに交渉すればな。まあ限度はある。そのスキルを超えたことはできないが」
ゴースの言っていることは解る。
普通の精霊たちが使う【顕現】と神様の【神威顕現】の差である。
神様はたった30秒、そしてレベルダウンの枷で本来の力を取り戻す。否、あれでも本領ではないかもしれない。
ともかく、他の精霊よりも「デメリット」があるのだ。
では、精霊たちも同じデメリットを得れば、神様のお力に迫れるのかと問われれば……それはできないと返す。ゴースが言いたいのはそういうことだろう。
ボクがやったことは【イェソドの一翼】の範囲を逸脱しなかった、ということだ。
それでも視界は一気に広がった気がする。
周囲一面が真白の空間、果てのなさそうなこの領域……その自由さが肌で感じられた。
「カスタムの感覚は解った」
「初日でか……悲し。まあ良いさ。あくまでもスキルカスタムは手段のひとつ。それを覚えたからと言って、次元を超えて強くなることはできない」
「それも解る」
「じゃあ、次は崩技でも狙ってほしいところだな」
崩技。
神様の言うところの「バグ技」である。ボクは時折、神様のお相手をするべくデジタルゲームを嗜む。
その際、神様が「バグ」と呼ぶ現象に遭遇することもあった。
あと神様が「面白いバグもあります」と見せてくれたのは、特殊な犬のバグだった。犬を撫で続けると、犬が震え始めて止まらなくなる。その震えた犬に触れればボスだろうが魔王だろうが巻き込まれて一撃死するという理不尽な力。
神曰く「バグ・パグ・アタック」というらしい。
ボクは思った。
バグは恐ろしい、と。そしてパグも恐ろしい、と。
「じつのところ」ゴースは遠いのに耳打ちするように、唇に指を添えて言う。「俺の技の大半が崩技なんだ」
「バグ使い?」
「そうそう。それ。あんまりマナーは良くないが、この世界ではバグも仕様になる。よっぽどでない限りザ・ワールドは認めてくれるからな」
「バグ・パグ・アタックもできるの?」
「あいつ、あれ好きよな……できないよ。この世界にパグがいねえしな」
溜息を吐くゴース。
しかし、その表情はどことなく楽しそうである。推測であるけれど、ボクのような優秀な人材に技術を教える喜びを味わっているのだろう。
昔、神様が「物覚えの良い人に教えるのは楽しいですよ」と言っていたからそうだろう。
「崩技のコツはあり得ないことをすることだ」
「解った」
ボクは頷いた。
対してゴースも深く頷く。偉そうに腕を組み、
「それにしてもアトリは覚えが良い。まあネロの教え方と俺の教え方の相性が良いのもあるだろうが」
「……ボクのほうが神様と相性が良い」
「そうかそうか。ネロの『本人の望みと資質を大切にする』教育で思う存分に伸ばし、俺の『方向性を示唆する』教えで形を整える。良いと思うけどな?」
「黙れ。早く妙にえっちなグラビアを寄越せ」
「はいはい、嫉妬嫉妬。人格面の教育もしておくようにネロにおねだりしときなよ?」
「お前に嫉妬する必要性がない」
訓練は続いた。
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