第271話 最上による訓練

   ▽第二百七十一話 最上による訓練

 街に潜入したボクたちは別の宿を取る。

 拠点は分けておいたほうが良い、というのは潜入任務になれているゴースの案である。ゴースは今まで何人もの魔教を殺害しているらしい。


 中には魔教唯一の最上もいたとのこと。


 オウジンの言葉を信じるならば、ゴースが余計なことをせねばボクを足止めできたらしい。つまり、その最上こそがボクの敵として現れた。

 そして、そいつは多分……ボクを殺せた。


「もやもや」

『おや、どうしたのでございましょう主さま。まるでその年にしてようやく自身が最強ではない事実に気づいたような顔をなさって』

「ボクはそんな器用な顔はできない」

『ふふ、珍しくご冗談を。今、そういうお顔をしているではございませんか』

「していない」


 やはりシヲの言葉は的外れである。

 だってボクは自分のことを最強だとは思っていない。この世界の最強は間違いなく神様で、その次が魔王。あとはよく解らない。


 今のボクが最強を自負するわけがないのだ。


 無論、ボクは神に誓った。

 いずれ、いつか、ボクは必ず最強になる。神様よりも強くなる。神様はあくまでも「武」の神ではなく「闇」の神様だ。


 昔、神様はニーネラバの契約精霊たるただのメス豚の【顕現】を称し言った。


『あれ、私が【神威顕現】を使っても防がれそうですね。私があの人を倒せるイメージが湧きません』


 と。

 神様は神の世界について詳しく語らない。

 でも、もしも神様の世界で神様の敵が居たとして……万が一や億が一なんてあり得てはいけない。


 何よりも神様がわざわざ戦う必要なんてない。

 多くの王が部下よりも弱いように、神様よりもボクが強いことに不自然はない。ゆえにボクは神様よりも強く成らねばならない。

 いずれ。


 でも。

 思わずボクは呟いた。


「いずれもいつかも……いつなんだろう」


 自分の身体を見る。

 幼い子どもの身体。昔、ヨヨは小さな身体こそが最強だと言ったけれど……ヨヨもボクも最強ではなかった。

 魔王はたしかに強いかもしれないけれど、アレに関しては肉体が足を引っ張っていると思う。


 ボクには強さが足りない。

 経験が足りない。

 頭脳が足りない。


 少なくとも邪神ネロさまに見合う力は未だに持たない。

 今のぼくは。


 ――神様の使徒に相応しく、ない。


『予知しよう。キミはこのままでは邪神……ネロに見捨てられる』


 オウジンの言葉が粘り気を持って蘇る。

 ボクは頭を振る。

 あの言葉は神様が直々に否定してくださった。神様はボクに嘘を吐かない。だから、ボクが神様に見捨てられることはあり得ない。


 ボクがどれほど役立たずだろうとも、神様はボクを見捨ててくれないのだ。

 今のままでは。ボクはいやだ。


 拳を握る。


「……ボクも大人になりたい」


 そう思った。


       ▽

 悲しきことにゴースを【理想のアトリエ】に招待した。

 ゴースが料金を支払い、ペニーを雇ったので時間ができたのだ。神様とボクの拠点にやって来た黒髪黒目の青年は、首からこきこきという音を鳴らしている。


「おいおい、精神と時の部屋か? 俺へのファンレターの周りの空間が真っ白じゃん。限度とかあるのかな」

「?」

「ああ、悪いねアトリ。俺の悪癖でな。つい相手が解らない言葉を選んで喋っちまうんだ。こうやって自分の立場を自分と相手に言い聞かせてるわけだな」

「お前はよく解らない」

「ビビらせちまったなら謝る! ごめんね!」


 お辞儀をしたゴースは、すぐに表情を緩めた。ニッコリと微笑んでから、彼は二本の杖を手にした。

 この世界の仕様、という言葉を神様は愛用する。

 その「仕様」によれば、この世界では武器は同時にひとつしか使えない。


 ボクは【クリエイト・ダーク】のモードアームで、大鎌を持ちながら杖も装備できる。しかし、これは基本的に同時使用ではない。

 大鎌を使って攻撃する時は大鎌の。

 杖を使って攻撃する時は杖のステータスが参照されるのだ。


 首を傾げたボクに、ゴースは杖を使って髪を掻く。


「俺って才能がまるでねえんだ。だからスキル構成も終わっててな。純粋魔法職なのに【二刀流】スキルがある」

「ヨヨも持ってた」

「それだ。メインに使っていないほうの武器も、攻撃時にステータスが半分だけ加算される。扱いも上手くなるようだがね。魔法使いでも悪くないんだが他のスキルのほうが遙かに強い」


 神様のお力【鑑定】で杖を見る。

 右が【魔法攻撃力上昇】系で、もう片方が【消費MP減少】系だった。火力が欲しい時は右の杖、節約したい時は左の杖を使うのだろう。


 理解した。

 ある意味、杖で【二刀流】も想定を外すという行為なのだろう。


 神様ならばともかく、ザ・ワールドくらいならば超えられる発想かもしれない。思ったよりも「カスタマイズ」の定義は広いらしい。


「じゃあ始めるぞ、アトリ」

「うん。かかってくると良い」

「縛りを忘れてるのかな?」

「……」


 どうやら遺憾ながら挑むのはボクのほうらしい。

 ゴースは最上の領域最弱を自称し、他称されている。実際、ボクも彼を目にして一目で「格下」であると判断した。


 けれど。


 それは少しおかしい。違和感がある。

 もしも本当に格下なのだとしたら、どうして「ボクに勝てるはずの魔教の最上」を無傷で殺害して帰ってこられたのか。


 相性があるにせよ、違和感を覚えずにはいられない。


「殺さねえから安心しなよ」


 こいつはボクの知る強者とは違う。

 どちらかといえば、神様やただのメス豚、(笑)に近いモノを感じるからだ。ごくり、と思わず息を呑んだ。


 訓練が始まる。


       ▽

 ボクは何度目になるかも解らないほどに、地面を転がされていた。凍らされた足、切り落とされた腕。

 目玉が急に沸騰して消えてなくなった。


 何をされているのかが解らない。

 魔法で可能なことを超越しすぎている。これではまるで……奇跡使いとでも表するべきだ。


「理解したか、アトリ」

「解らない」


 多分、ボクがちゃんと戦えば一瞬で倒すことができると思う。

 よく解らない攻撃たちは脅威だけれど、ひとつひとつの威力は大したことがない。たまに正体不明の即死攻撃をしてくるも、高速で動き回ったら捉えられないと理解できる。


 汗だくのゴースは、地面に膝をついて言う。


「理解してくれ、アトリ。俺はもう限界だよ……お兄さん、もうじきオジサンだぜ?」

「何歳なの?」

「ネロと同じくらい」

「? 神様ってそんなに若いの……?」


 そんなわけがないと思う。

 けれど、その想定は悪くない気がした。年齢が近いほうがなんだか良い気がする。たしかにゴースくらいの年齢だと……良いような気がする。


 ボクが目撃した神様は、たしかにゴースくらいの年齢の外見年齢をしていた。


 ああ。 

 神様。神様神様。

 …………神様は素敵すぎる。その神様ともっとも多くの時間を過ごす光栄をボクは持っている。世界一の幸運者である。


 その幸運をただで謳歌できるほど、ボクは恥知らずではないのだ……


「さてアトリ。とても良いことを思い付いた」

「? なに?」

「俺はとある伝手があってね。天音ロキ……じゃねえや。ネロの【顕現】した時の写真を手に入れることが可能だ。それをあげちゃうぜ! ビビったか!?」

「!?」

「しかも妙にえっちなグラビアもある!」

「妙にえっちなグラビア?」

「まあ、ハッキリ言ってアトリが気に入るやつだ」

「おお」


 鏡を見るまでもなく、ボクは自身の瞳がキラキラしたことを自覚する。神様の写真……ボクは何枚か神様との写真を有している。

 かつて第二回イベントで手に入れた写真。

 それから神様がご褒美に授けてくれたカメラもある。


 でも【顕現】した時の神様の写真は……ない。

 ボクは咄嗟にゴースを睨み付けた。視線で殺すつもりで睨む。


「どうやって神様の写真を手に入れた?」

「秘密だ」

「白状せねば、ボクは全力を出す」

「……えっと。ほら、あの、ザ・ワールドを使ってね?」

「…………」


 嘘は吐いていない。

 ボクへの嘘は【勇者】が暴いてくれる。ただし、ボクは疑いの目を消さない。【勇者】は意外と抜けられることを知っているからだ。


 まあ、良い。

 詳しいことは手に入れてからだ。


「どうやったらくれるの?」

「物分かりが良い。……今日中に俺が納得する『なにか』を見つけろ。見つける度に写真を贈呈する。そして俺に一撃でも入れられたならば、なんと妙にえっちなグラビアだ」

「妙にえっちなグラビア!」


 意味は解らない。

 けれど、言葉には惹かれてしまう。ボクにも「えっち」の意味は理解できる。神様の「えっち」……人類種が目撃して良い次元を超えているかもしれない。

 でも、ここは戦わねばならぬ場面だと思う。


 かつて神様も言っていた。


『人が変わる時はいつだって劇的ですからね』


 人は三分あれば変われる。

 今こそ、ボクは変わる時なのだ……!


 地面を蹴る。

 ゴースはまだ疲労で膝をついている。数百回くらい訓練を連続した程度で、最上の領域が本気で疲れるわけがない。


 おそらくはブラフ。


 でも関係ない。

 ボクは一気に駆け抜けた。手からは大量の小鎌を投げつける。


「ちょ、ちょっと! ちょっと休憩してからにしないか!?」


 騙されない。

 ボクの【勇者】は発動しないけれど、ボクを油断させようとしているのは明らか。こいつはおそらく頭脳派でもあるのだ。


「くっ! 【ボイド・クリエイト】」


 ゴースとボクとの間に、見えない壁が出現した。小鎌は壁に触れた瞬間、力を失ってふわりと浮かびあがる。


「【ゴッズ・スタッフ】」


 ゴースが何かをすれば、空の向こう側から岩が降り注いでくる。岩の柱……業火を纏った岩が凄まじい速度で落下してきた。

 回避は要らない。

 今は攻撃をせねばならない場面だ。


「【爆破】」


 ボクは小鎌たちを一斉に起爆した。あの小鎌には投擲の直前、ボクの【月光鎌術】の【光爆刃】で傷を付けた。

 あとから爆破できるようになるアーツである。


 それを爆破させて衝撃を発生させた。

 ゴースの魔法は緻密な魔法制御によって作られている。予想外の爆風ひとつで破綻してしまうほど、彼の魔法は繊細なのだった。


 一気にゴースに近づく。

 だが、このままでは身体能力、あるいは【神偽体術イデア・アクション】で近づいたことになる。


 それでは今回の戦いの勝利条件を満たさない。

 何か。

 何かを見つける。一瞬だけで……時間がほしい。


 だからボクは時間に関するアーツを応用使用する。


「【イェソドの一翼】超過、、解放」


 ボクの眼があらゆる未来を捉える。

 このアーツは【数分間だけ未来を視る】力を持つ。けれど、今のボクに数分先なんて不要。だから、一瞬だけ。


 未来視を使い、一秒後の自分の思考を何度も視る。

 そうすることにより、超速思考を得るアーツとする。脳がきしきしと痛みだす。眼や鼻、耳から血が流れていく。脳もじわりと熱を帯びる。


 ボクは一瞬で、数分の思考を終えた。

 アーツが強制終了してしまう。どうやら【超過解放】は性能が高まる代わりに、使用時間が一瞬になってしまうようだ。


 顔面から血を流しながら、ボクは――【嗤う】


「!」


 ボクが持つ神器【死に至る闇】の刃に亀裂が入る。耐久度を上昇させたけれど、ボクのさじ加減で自壊させることは可能だったようだ。

 刃が粉々に砕け散る。

 その刃を見てゴースが首を傾げた。


「自爆?」

「おわり」

「!?」


 ゴースの肉体が内部、、からズタズタに斬り裂かれた。

 出血してゴースが倒れ伏す。ゴースのステータス自体は一般的なレベル100と変わりない。防御系のスキルも持っていないらしい。


 この男は「魔法の扱いが異次元に上手い」だけで最上の領域に踏み込んだ男。


 つまり、これで終わりだった。

 そうして激戦を制し――ボクは「妙にえっちなグラビア」写真なるものを手にする権利を得た。

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