第270話 VS門番

    ▽第二百七十話 VS門番

 神なき世界に価値はなく。

 神なき世界はとても寂しい。


 ボクはとぼとぼと歩く。

 悍ましいことに、悲しいことに、苦しいことに、神様が世界を留守にしている。たったそれだけの事実に胸が苦しくなってしまう。


「どうした、アトリ? さっさと行こうぜ!」

「うん」


 この無駄に明るくてうるさい男はゴース・ロシュー。

 黒髪黒目の凡庸な印象の青年。ボクの前を活き活きと闊歩している。

 おそらく世界で唯一、あの寛大なる神様が「苦手」としている人類種である。あまりにも大罪すぎると思う。


 ボクは滅するべきだと思う。

 けれど、神様は世界で一番やさしく慈愛に溢れているので、ゴースの存在を許しているらしい。神様が許している以上、ボクの不快感だけで殺害するわけにはいかない。


 だから、ボクは神様のために任務を受けた。


 この依頼を通してもっと強くなるのだ。もうオウジンにもジークハルトにも、ユークリスにも、魔王にも、誰にも負けずに済むように。

 ボクはまだまだ弱く、これからもっと強くなる。


 神は言っていた。

 ボクにはまだ伸びしろがある、と。


 神様のお言葉は絶対だ。

 それで気分は冴える。だというのに……ボクは少しだけ悲しい。


 徐々に音の数が増えていく。人の多い街に近づいた証拠だ。ずっと村に閉じ込められて生きてきたボクにとって、街というのは思ったよりも刺激的で楽しい気持ちになる。

 一番は神様と一緒にいることだ。

 神様と一緒ならば村どころか、小さな箱の中だとて幸せ。


 けれど、神様がいない今、街はボクを少しだけ喜ばせた。


 これからゴースと共に入るのは「傭兵都市リリン」という場所だ。文字通り傭兵どもが闊歩している街だそう。

 冒険者と傭兵の違いについては神様に教わった。

 所属しているほうが冒険者、所属していないほうが傭兵とのこと。


 たぶん、ボクは神様のところに所属しているから冒険者なのだろう。

 ボクたちは門の前に辿り着く。街に入るためには門を越えねばならず、また門番たちに認められなくてはならない。


 ボクやゴースであれば、バレずに街に入り込むことは容易い。


 しかし、正規の手段で侵入することのほうが好都合であった。門番はボクたちを見つけるやいなや嫌そうな顔をして、ボクたちに背を向けようとした。

 ゆえに駆けた。

 一瞬で門番の眼前に「闇の眼」を顕現させた。


 これは神様のお力の一端。

 ボクは神様が不在な時、神様のお力を使う許可を得ている。もちろん、神様レベルに自在ではなく、アーツとして発動することが可能というレベルではある。

 しかしながら、ボクのような矮小な人類種が使用しても、この力は強大なのだ……


「【掌心眼】……お前のボスのところへ案内しろ」

「はい……」


 弱者を支配する邪眼である。

 これは神様の目。余人ではこの魅力に抗うことなど許されない。弱者ではないボクでさえ、このお目目に命じられた暁にはなんでもするだろう……なんでも。


 門番は心を失ったかのような表情を取り、ふらふらとアンデッドのような足取りで歩き出す。その様子を見た列に並ぶ人々はどよめく。


 が、すでにゴースの魔法によって全員が意識を朦朧とさせている。バタバタと倒れていく音を背景に、溜息をつくゴースが隣に並んで歩き出す。


「おいおい、アトリ。そのスキルは超便利だが……俺との話を忘れたか?」

「?」

「カスタマイズしたスキル、アーツしか今回は使わないって話」

「…………」

「おい、目をそらすな。お兄さん、ショックだぞ」


 神様は言っていた。

 邪眼創造はシティーアドベンチャーに強い。このシティーアドベンチャーが何なのかは把握していないけれど、たぶん聞き込みだったり、捜索だったり、強さの通じない任務に強いということだろう。


 神様の【邪眼創造】はアッサリと事態を解決しかねない。


 すぐに戦おうとするボク。

 人の規模で生きていない神様。

 ボクたちにとって【邪眼創造】はすべてを解決する腕力を有するのだ。


 その使用も禁じられるらしい。


「急いではいるが焦っちゃいないからな。どうせ教える時間が必要で時間はかかるし」

「魔教を見つけなくて良いの?」

「ハッキリ言って門番ひとり洗脳した程度では見つからないよ。魔教の厄介なところはメンバーが『俺は魔教関係者です』って活動してないところだ」

「ボクは嘘を見抜ける」

「それも禁止な」

「自動発動」

「頑張れ」


 無茶苦茶だった。

 やはり神様の審美眼は全面的に正しいと思う。ボクもこの人が苦手だ。

 

 ボクは邪眼を解除する。

 すると、今まで操られていた門番はキョロキョロと周囲を見渡した。それから、ボクたちの後ろで倒れている人々を目視した。


「ひい!?」

「お、逃げるぞ。取り逃がしたら大変だ。ほら、何かアーツを使って止めてみな」

「……無理」


 アーツのカスタマイズ。

 可能と言えば可能である。攻撃魔法の同時発射数を弄るくらいなら簡単だ。でも、求められているのは「技名が付けられるくらいのカスタマイズ」である。


 そんなの思い付かない。

 神様がいたのならば、ボクは神様の発想力を酌んで思い付けると思う。でも、ボク自身にそのような力はあまりない。


 とくにこのような……どうとでもなる場面では。


「……」


 試してみた。

 使用するのは【奉納・閃耀の舞】と【アタック・ライトニング】の同時使用である。事前に攻撃態勢を取り、転移と同時に攻撃が着弾する。


 成功する。

 転移前に振り上げた拳が、敵の背後に転移した瞬間に炸裂した。門番の男はレベルはそこそこあったらしい。


 ボクの物理攻撃(拳)では気絶もしない。

 だが、腹を押さえて呻くていどには弱らせた。ゴースのほうを見る。親指を立てて歯を見せていた。


「良い調子だ、そういうのでも構わな……おい」

「なに?」

「それ、ネロから教わっただろ?」

「そう。神様はすべてをお見通し」

「じゃなくて自分で考えるんだって」

「……難しい」

「簡単じゃないさ」


 不合格らしい。

 ひとつでも神の想定を越えろ……魔王もゴースもそう言う。しかしながら、ボクの知る限り邪神ネロさまは全知全能である。


 神様はいつだって余裕と気品を着こなしている。

 あらゆる悪を許す立場である神様は、人類種が何をしたところで微動だにされない。


 そして時折見せてくださる、邪神としての圧倒的な姦計と技術の冴え。

 死神とさえ評されるこのボクが時折ゾッとするほどの邪神としての圧倒的な倫理観のズレも、人に縛られるボクからすればクラクラするくらいに美しい。


 神様は偉大であり、いささか素敵にすぎる。


 打って変わってゴース。

 気品のかけらもない物言い……

 ボクはゴースから無茶振りというモノをされているのかもしれない。


「……【フラッシュ】【ミラー・ライトニング】」


 閃光を発生させるアーツ。

 それに光属性魔法を反射するアーツを組み合わせてみる。とくに何かが発生することもなく終了した。


 ……

 目の前の男が逃げ出そうとする。男の目に映ったボクは、無機質。白い髪と紅い瞳、魔王の特徴と同じ――薄気味の悪い子どもが映る。


 人類種の価値観ならば、ボクは不気味だ。

 神様の価値観では可愛いとのこと。つまり、ボクは世界でいちばん可愛い。その可愛らしい子どもは困ったような雰囲気を発している。


 まるで力を持て余した子どものようだと思う。

 どうすれば良いのかが解らない。そう自分の手に視線を落とそうとした、寸前。


「こいつアトリか!? 偽神の信者の!? すぐにポ――」

「神様は偽物じゃない」


 ぶわり、と殺意と魔力よって前髪が浮き上がる。

 恐怖で転倒した男に向け、ボクは大鎌を振り下ろそうとして止められた。


「おい、邪神の使徒。話を理解してねえのかな?」

「……これで良い?」


 ボクは大鎌に【死導刃】を付与した。いつものような付与ではなく、デタラメなMPを注ぎ込んだ。大鎌の刃の分を超え、刃の長さが延長される。

 アーツの刃。

 その延長した刃で男の首を切断した。


 ボクは返り血を咄嗟に回避した。

 けれど、ゴースは僅かに回避が遅れてしまったらしい。一部を防いだけれど、頭から血飛沫を浴びてしまっている。


 黒いスーツを真っ赤にした青年が苦笑した。


「あれ? 思ったよりも簡単なのかな?」


 神様を侮辱されたのだ。

 ボクに不可能は存在しない。当然のお話である。


 ボクたちは門番を殺害することによって、【傭兵都市リリン】へ潜入した。

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