第265話 勝者
▽第二百六十話 勝者
私には見えませんでした。
そして、おそらくは他の精霊にも見えなかったことでしょう。
ジークハルトが開戦を宣言した直後。
生存していたすべてのNPCたちが一斉に動き出しました。と同時、大地には巨大な風穴が開き、武器と武器とが交差する快音が轟きます。
「や、やべえ」
そう呟くのは生き残りながらも、戦闘の規模感に追いつけないギースでした。眼鏡がズレているのは、動揺と衝撃によるものでしょう。
右腕を切り落とされ、腹から内臓を零すアトリが告げます。
「ギース。お前は王子を見張る」
「ちっ、そうさせてもらいますぜ」
「うん。お前はよくやってくれた」
「あ、姉御……! っってなんで俺様はうっかり感激してんだよ。ふざけんなよ」
「あとは任せれば良い。……ボクが勝つ」
赤い瞳がぐるぐると狂信に揺れ、改めて戦地を睨み付けます。
アトリの指示は正しいでしょう。ギースはこの領域で戦闘できません。むしろ、下手に人質にされたり、アトリへの妨害に使われかねません。
それならば「いつ前言を覆して」参戦するか不明なレジナルド殿下を見張らせるべきでしょう。
この戦いは契約によって全力を強要されています。
レジナルド殿下の「全力」が待機なのは正解でしょうけれど、状況が変化すれば全力の形は自在に変幻することでしょうからね。ギースならば戦闘系ではないレジナルド殿下の足止めも一瞬だけ可能でしょう。
「アトリ、MPを借りますよ」
「ボクのすべては神様のもの。です!」
私はアトリからMPを拝借し、それから【遅視眼】を発動しました。私たちプレイヤーの動体視力は【顕現】せねば大したことがありません。
それを補うための【邪眼創造】です。
この眼がある限り、私は【顕現】に頼らずともこの戦闘の速度についていけます。
じつはけっこうなチートかもしれませんね、この固有スキル。
速度が落ちた世界。
遅くしているはずなのに、それでもギリギリ捉えられるていどの速度域。
「はっは! 三すくみとは珍しいね! 私は対人戦は専門ではないのだが!」
ジークハルトが神器でアトリの腕を切断しました。右肩から先を失い、【死に至る闇】が宙に吹き飛びます。
痛みをまったく感じさせず、アトリはホルスターから小鎌を引き抜きます。
刃に【殺生刃】と【奪命刃】【吸命刃】を付与して斬りかかりました。
ジークハルトは余裕の様子で剣を振るおうとして――ユークリスの矢に剣を逸らされます。アトリの刃がジークハルトの腹を深く切り裂きました。
続いてユークリスの矢がジークハルト、アトリの急所目掛けて連打されています。
ジークハルトが剣で叩き落とし、アトリが魔法を放ってユークリスを牽制。
それらの攻防が目にも見えぬうちに終結していました。
私は飛んだ神器を【クリエイト・ダーク】で回収し、アトリに託しました。この領域の戦闘で介入するのは難しいですね。
ですが、現状、この中で一歩も二歩も劣るアトリを勝利させるためには、私の参戦は必須。
「行きますよ、アトリ」
「……勝つ。です、神様」
最強たちに挑ませていただきましょう。
▽
ジークハルトとユークリスが、アトリを警戒しつつ戦闘を繰り広げます。
封印の地は壊れた砦です。
その砦を縦横無尽に駆け回り、ユークリスが射撃を続けます。どのような姿勢からでも、放たれるのは致死の一撃。
こと通常攻撃の火力に於いてユークリスは人類種最強でした。
刹那の間で三十も放たれた矢群。
それをジークハルトは神器で叩き落とし、軌道をずらしてアトリに押し付けます。無論、アトリとてすべてを弾き、魔法による無差別攻撃を放ちました。
最強二人は当然のように魔法を回避しながら、平然と攻撃を続けています。
「【
不意にジークハルトがユークリスの腕を切断しました。
射程内に入ってしまったようですね。しかし、腕を吹き飛ばされてもなお、ユークリスは優雅な気品を失いません。
口端をゆるめ、微笑みました。
「すまないね、ジークハルト。この戦いは私ひとりではない」
「【決戦顕現】!」
ユークリスの頭上で【顕現】したのはプロゲーマーである.Markさんでした。眼鏡をかけた愛らしい少女が手にしているのは二丁のスナイパーライフルです。
「【ディザスター・スナイプ】」
×字に重ねられた銃口から、魔弾が放たれました。
中々に良い威力に見えますけれど、ジークハルトを脅かすほどのモノではありません。そうジークハルトは結論し、軽く身を逸らすだけで回避しようとしました。
同時にユークリスへのトドメの剣技も放たれています。
「ふっ」とユークリスが笑い、弓で攻撃を防御しました。吹き飛ばされますが致命打にはなっていません。
追いすがろうとしたジークハルト。
その背中に二つの弾丸がぶち込まれました。
それは先程.Markさんが放った弾丸です。ユークリスが戦闘中にばらまいていたアイテムによって跳弾し、それを利用して攻撃を与えたのでしょう。
体軸をぶらしたジークハルトの背後。
アトリが大鎌を振るっています。
「【
「【
瞬間的にアトリの背後を取ったジークハルトが、やや表情を強ばらせていました。
「危うかった! だが、ここでアトリくんは仕留めさせてもらおう!」
またもや神器を発動し、ジークハルトが勝利を確定しようとします。アトリの首が両断されてしまいます。
「っ!? 知っていたとはいえ悍ましいね!!」
けれど、すでにアトリは【ケセドの一翼】を解放していました。
首を失っても平然と稼働することが可能です。とはいえ、【致命回避】が発動してしまったようですね。この状態でもHPがゼロになればロストしてしまいます。
HPが1なので、私のスキルである【逆境強化】が最大効果を発揮しています。
他にもバフを併用し、ジークハルトさえも超越した速度で大鎌を振るいます。闇と光をまとった斬撃が、ジークハルトの片足を斬り飛ばしました。
付与していた【吸命刃】【奪命刃】でHPを全回復。
アトリが首を【再生】した瞬間――背後から美しい声が聞こえました。
「【天撃ち】」
それがこの攻防の最終手でした。
▽
ユークリスの【天撃ち】によってアトリがロストしました。
また、ジークハルトも片足を失った状況で回避できず、大地に伏せっております。どうやら彼も【致命回避】スキルを持っているようでした。
「…………忸怩たる結末だ。が、これでも私は冒険者で狩人なのでね。悪くは思わないでほしい。否、好きに思うが良い。勝者は私だ」
悔しさを顔に滲ませて、ユークリスが弓をしまいました。
「神器を破壊せぬようにジークハルトはただの剣士として戦い、アトリも【ヴァナルガンド】を使用できなかった。これでは勝ったとは言えまいが……仕方がない」
額の汗を拭い、ユークリスが悠々と神器を獲りに歩きます。地面に落ちたままの鉄扇を拾おうと、最強の狩人が腰を屈めた瞬間です。
――風が吹きました。
「はい、獲りました」
ペニーが鉄扇を手に、にっこりと微笑んでいました。
……
ユークリスが顔を強ばらせ、信じられないという眼をペニーに向けています。何故ならば、鉄扇を手にしたペニーは自分の足で大地を踏みしめていたからです。
「……徹底したブラフ、か」
「いえいえー。私は本当に一人では歩けませんよー。これは義足ですから。ユニーク級の義足ですけれど」
「油断はしなかった。単純に上回られてしまったようだね……認めよう。私の負けだ」
こてん、とペニーがその場で尻餅を着きます。
どうやら消費が激しいらしく、今の一瞬の使用だけでガス欠になったようですね。しかし、ペニーは満足そうに鉄扇を胸に抱いています。
半獣人半エルフの女性は、宝物をもらった少女のように笑いました。
「私の勝ちですよ、ねえさん」
その笑顔をトリガーにするようにして、この場の全員の肉体が輝き出しました。やがて輝きが空に向かい、そのまま消えてしまいました。
魔教にかけられた「契約」が解除されたのでしょう。
神器争奪戦はペニーの勝利で終わったようですね。
「さて敗戦処理をしましょうか」
私がアトリたちに劣化蘇生薬を使おうとします。
ですが、その動きはレジナルド殿下によって制止されました。どうやら代わりに蘇生してくれるようでした。
レジナルド殿下より濃い魔力が立ち上がります。
「【オール・オール・リザレクション】」
魔法が発動します。
レジナルド殿下がその場に蹲ったと同時、死者たちが一斉に目を覚ましました。一度の使用で全員を蘇生させる……かなりチートじみた蘇生能力でした。
しかも蘇生された側には何のデメリットもないご様子です。
「……しばらく俺は動けぬ。魔教が手を出してくることを考慮しておけ」
とレジナルド殿下は言いました。
ジークハルトが殿下に肩を貸して起き上がらせます。すでに瓶底眼鏡は装着済みでした。
「勝者はアトリくん陣営ですだな。ペニーくんは適合しなかったようですだ」
「はい、そうですねー。譲渡の適合条件は私では満たせません」
「誰か心当たりはあるですだか?」
「第一フィールドならゴース・ロシューさん。第二フィールドなら――あれ?」
ふとペニーが表情を青ざめさせて、自身が愛おしそうに抱いていた扇を天に掲げます。そこにあるのは神器……のはず。
ですけれど、何かが違う。
ごくり、とペニーが息を呑みました。
「……私が手にした瞬間、入れ替えられていたようですねー」
「!? どういうことだべな?」
「オウジンさんの掌の上ってことですねー」
この勝負。
神器争奪戦。
どうやら真の勝者は――
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