第264話 残った強者たち
▽第二百六十四話 残った強者たち
この場にいた実力者。
そのほとんど全員が同時に能力を発揮していました。
最初に動き出したのは意外なことにペニーでした。彼女はこの展開、この流れを事前に理解しているでしょう。
反応速度的にはもっとも遅いはずが、最初に動きました。
「【
ぱちん。
とペニーが指を鳴らした瞬間、全世界が黒に染まりました。闇魔法を用いたわけではなく、おそらくは能力の容量が許す限りの召喚生物を一気に呼び出したのです。
召喚を使える召喚生物を呼び、それにも召喚させているようでした。
全員の視界が物理的に失効させられます。
その暗闇の中、追撃するようにペニーの絶叫が響きました。
『あああああああああああああああああああああ!』
すべての召喚生物がペニーの声を放ち、とても現実ではあり得ないレベルの声量が発揮されます。視覚と聴力を奪いに来る攻撃。
また、小さいとはいえども召喚生物、多少は動きづらくなります。
ただし、ペニーの仲間たるメンバーたちは何もされていません。どころか召喚生物が道を空け、神器への道を開いてくれます。
ですが。
「驚いた!! 【
周囲からすべての闇が払われました。
神器を使っての一太刀により、すべての召喚生物たちが切り刻まれて消されたようです。斬撃の姿勢のまま、僅かに動きを止めたジークハルトに向け、ユークリスが射かけていました。
「はっ、さすがに良い威力だ」
そう嗤ったのはレジナルド殿下。
殿下は自分の肉体でユークリスの矢を受け、矢の軌道を肉体で逸らしたようでした。常人ならば即死するようなダメージですけれど、レジナルド殿下は即座に回復してしまいました。
アトリと同じ回復タンクもできるようですね。
ジークハルトとコーバスが前に出ようとすれば、そこに神器を纏ったレメリア王女殿下が突撃していました。
レメリア王女殿下は……他者を狙わぬためにあえてジークハルトを狙っているようです。実際、カラミティークラスのレメリア王女殿下を止められるのはジークハルトくらいでしょう。
正直【ヴァナルガンド】のないアトリでは殺されるだけですから。
レメリア王女殿下は最善ながらも、もっとも被害の少ない選択肢を選んでいるようでした。
爆撃のような杖術をジークハルトが笑顔で受け止めます。
「はっは! やはり最強はこういう場合、重点的に狙われてしまうねっ!」
「神器を使っている時は、わたくしが最強ですわ」
「そうは思わない!!」
「【エンプレス・フレア】」
杖を受け止められた姿勢のまま、レメリア王女殿下が炎を放ちます。
けれど、ジークハルトは一歩を下がり、炎とレメリア王女殿下を切り裂きます。神器を起動してカラミティーレベルのステータスを有する王女殿下は、ジークハルトの斬撃を喰らってもHPに余力があるようでした。
倒せなかったことを理解したジークハルトが微笑みます。
「ただ斬るだけでは終わらないか!! ならば! 固有スキル【
神器の光が強まり、目を開けていられません。
太陽そのものみたいな輝き。それから七色の極光。
目を開けた時、破壊が行使されていました。
レメリア王女殿下が全身から血液を流し、グッタリと倒れています。無事な箇所が見受けられず、折れていない骨を発見することのほうが難しい状態でした。
ジークハルトが首を傾げました。
「ふむ? 私の固有スキルを喰らって生きていられるとは人類種の耐久度を超越している!! 素晴らしい神器だ!! が、最強はやはり私だったようだね……はあ」
そう息をついたジークハルトに、突如として極大の殺意がのしかかります。
それはミャーとユークリスが撃ち込んだ矢によるモノでした。彼はその矢をすべて剣で叩き落としました。
目を細め、ジークハルトが厳しい視線を送ってきます。
「まったく!! 強者虐めは感心しないな! ……ちょっと目薬を差す時間をくれないかい?」
夥しい数の矢が最強最優を襲いました。
▽
アトリは猛攻を仕掛けていました。
その対象はドワーフの筆頭戦士――メメです。
アトリよりも背は高いものの、小柄なはずのドワーフの戦士は、大きな盾を器用に扱います。最上の領域たるアトリの大鎌が、絶妙な盾捌きに弾かれています。
千を超える火花。
私も【遅視眼】がなければ見えない速度領域での攻防でした。
大鎌を自在に扱いながら、アトリは驚いたように零します。
「……すごい」
「うちは盾しかできへんからな。当たり前……とは言わんけど」
アトリの攻撃すべてを盾で弾き、メメはたった一人でアトリの前進を食い止めます。勝つことはできずとも、絶対に逃がさない、そういう技術力をメメは秘めているようでした。
けれど。
いくらメメが巧くても肉体のほうに限界はやってきます。
「……あと数分ももたへん。せやけど、どうせこの戦いは数分も続かへん」
「精霊を【顕現】させないのもそれ?」
「せやで。うちが守って止めて、旦那はんが仕留める。それがうちらの黄金パターン。でも、アトリを一人で抑えるんやったらMPを攻撃に回してる暇ないわ」
かなり厄介です。
逃げだそうとすれば、その瞬間に足止め系の盾アーツを放たれ、硬直させられたところを剣で仕留められかねません。
消耗を加味すれば【ヴァナルガンド】は使えません。
何よりも私はまだ魔教を警戒しています。彼らも契約に縛られているので、大人しく撤退できるはずがありません。
まだ、何かをしてくる。
それを想定する以上、この場の全員は余力を遺して戦おうとしています。
攻めあぐねるアトリの隣に、突如として弓師が並びました。弓に矢を番えた姿勢のミャーでした。彼女は全身を血まみれにさせています。
「無理でした。あたしレベルじゃジークハルトたちの戦いに乱入できませんっす」
「解った。メメは任せる」
「っす」
メメの「タンクとしてのヘイトの取り方」は、「自分で前に出る」「敵の大技を防いで排除優先度を上昇させる」くらいしかありません。
アトリが野生の魔物ならば、ヘイト上昇系のスキルも有用でしょう。
けれど、アトリは精神攻撃について対策があります。
走り抜き、ミャーによる妨害があればメメは追ってこられないでしょう。それを理解しているのは、アトリもミャーも、メメも同様のようでした。
メメが肩を竦めました。
「かーなし。うちの弱点やね。ヘイトを取る力が技術と立ち回りしかないのは。……旦那はん」
「……了解」
メメの合図に応じて、一匹の竜が【顕現】しました。
それは私の数少ないフレンドの一人であり、まったく交流することがない(つまり好感度の高いムーブの)プレイヤー。
我らが《独立同盟》が一員。
竜の形状を持ったプレイヤー・ゼロテープさんでした。彼は【巨大化】スキルを使って立派なドラゴンに成れば、その大口に竜の武威を見せつけます。
ドラゴンを背後に従えた、小柄な少女がドヤ顔を浮かべます。
「なら火力担当にヘイトを取ってもらうしかないわな! 全部、使ってええで旦那はん!」
「【
ドラゴン・ブレスが放たれました。
かつて目撃した時のゼロテープさんのブレスとは破壊力が段違いです。当然のようですけれど、私たち以外のプレイヤーもNPCもぐんぐんと成長しているようですね。
焼却の奔流に対し、アトリは術を行使します。
「ロゥロ」
出現するのはロゥロでした。
ぬいぐるみを持った少女が、巨大な骨を生み出します。がしゃどくろは一目散に攻撃を行おうとして、ドラゴンブレスに飲み込まれてしまいました。
攻撃の余波で本体も消えてしまいます。
ですが、ロゥロは【致命回避】がありました。一瞬とはいえどもブレスを堰き止め、それによってアトリもミャーもブレスを回避します。
「まだやで」
ゼロテープさんの口には別のブレスが込められています。
ドラゴンのブレスにはクールタイムがございます。連発は不可能。ですけれど、二種類あるのでしたら事実上の連発は可能でしょう。
かつて戦った魔血竜テスタメントがそのタイプです。
私たちは痛感できませんでしたが、本来のテスタメントは下手なカラミティーボスよりも無理ゲーのようでした。手の届かない遙か上空で停止し、そこから二種類のブレスを降り注がせます。クールタイムが上がるまで【大海魔法】で足止めし、クールタイムが上がればブレスで狙い続ける……という悪辣ムーブをしてくるようでした。
今のゼロテープさんはその領域に踏み行っています。
ミャーがメメに矢を打ち込んでいきます。が、そのすべてを平然と盾で叩き落とされていきました。不意打ちや暗殺でなくば、ミャーの矢はメメに通じません。
「ギース」
とアトリが呼べばヒルダたちと交戦していたギースがバックステップで戻ってきました。彼は「何か」をされて被弾したようです。出血した肩を押さえて、顔を顰めています。
「何用ですかい、姉御」
「ゼロテープを防げ。メメには近づくな」
「はいはい、わーかりましたよ。代わりに……」
こくり、頷いたアトリが動き出しました。狙うのはヒルダたちです。
▽
その一分後。
あらゆる戦場で勝者が確定していました。
ヒルダやゴーシュたちを単独で殲滅したアトリは、血塗れの大鎌をゆっくりと携えています。
ジークハルトとユークリスが距離を取り合い、まだ生存。
他にはレジナルド殿下とギースだけが戦場に存在できているようでした。
メメはガス欠、ミャーはドラゴンブレスを喰らって瀕死のようでした。ペニーについては今も戦場の端でのほほんと車椅子に腰掛けていますね。
残ったのは五名だけ。
メメ陣営は脱落。
しかし、あとの陣営はまだ勝利の目があります。レジナルド殿下が鼻で嗤い、数歩を後退していきました。
「下がっておく。ジークハルトが怪我をした場合、治すのが我が陣営の最適解だろう」
どうやらレジナルド殿下は「戦後の回復」のために下がったようですね。第一フィールドが勝利したとして、この場の全員が死ねば色々と問題が出てきます。
外交の問題……はジークハルトの強さで無視できるでしょう。
核のある強い国が、核のない弱い国に弱気になるならば、核を持つメリットがございません。
第一フィールドは国としても単独でやっていけますしね。
伊達に数百年、単独国家だったわけではありません。
時空凍結を喰らった国は敗戦した直後。それに対し、アルビュートは唯一の国として数百年間も存在し続けました。アルビュートが大国だとしたら、現在の他の国は悲しいかな小国です。
まあだからこそジークハルトのムーブを許すしかないのですが。
そこまで思考するとジークハルトのあのムーブに優しさも感じます。大国は存在するだけで神器を差し出されたでしょう。
それをあえて「大国への貸し」にしかねない動きです。
ジークハルトの真意は知れませんが。
けれど、魔王軍への侵略についてはジークハルト単独では厳しいのが現状。全フィールドの強化は大前提なのでした。
傷ひとつないジークハルトが、綺麗な歯を見せて笑います。
見た目だけならば、完全に物語の主人公。まさしく勇者の如く。
「さあ、最後の交戦だ!! 魔教のちょっかいを警戒しつつも、全力でつぶし合おうじゃあないか! 正々堂々と戦おう!」
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