第263話 ルール設定
▽第二百六十三話 ルール設定
始まりは無差別な爆撃でした。
私を除く全プレイヤーが【顕現】して最大火力を放ち、最上の領域到達者たちが破壊の限りを仕掛けました。
すでに【ヴァナルガンド】を起動したアトリは、ペニーとミャーを抱えて離脱しています。
「さすがに速い! すでに速度面に於いてキミはトップかもしれないな!」
そうアトリよりも早く、彼女の後ろに立っていたジークハルトが歯を見せます。煌めいたのは歯と神器、その両方でした。
咄嗟にアトリは【
神器で足を受け止められましたが、剣を足場に跳躍します。
そしてアトリの紅目が捕らえます。
自身を狙って放たれた極大威力の矢。ユークリスが得意とする超火力攻撃でした。
「【天撃ち】」
他の弓師と違うのは、その射撃がゼロ距離にて放たれることです。ナイフや拳の間合いで撃たれた神速の一撃。
範囲攻撃ですけれど、ユークリスの腕があれば神器に傷を付けずにアトリだけ殺せます。
「【ティファレトの一翼】解放」
攻撃の当たり判定を消去し、反撃に大鎌を回そうとして腕を撃ち抜かれました。
速度ではアトリが優勢。
しかし攻撃速度ではユークリスの圧勝のようでした。腕の次に足が、胸が、と風穴を開けられていきます。
強化されているアトリは、この程度のダメージでは死にません。
平然と攻撃行動に移行します。
肉体を纏う光炎が解き放たれました。
「【レージング・ウィップ】」
光の炎がユークリス、そして背後から迫っていたジークハルトに襲いかかります。また、腕の中のミャーも追撃と牽制を兼ねた射撃を行います。
しかし、さすがはユークリス。
見事に無駄のないステップにて、それらの攻撃を回避していきます。
ジークハルトのほうは光を剣で切り伏せました。
その勢いで踏み込んできたので、私が【邪眼創造】を発動します。生みだした目玉は【曲眼】と言い、僅かに重力を強くして「曲げる」ことのできる目です。
達人同士の近接戦闘は、微かな「ズレ」が致命打となり得ます。
ゆえに強い邪眼なのですけれど、消費MPが多すぎて下手に使うとピンチに陥る目です。普通にアトリに戦わせていたほうが強い……というのは【遅視眼】を除いたすべての邪眼の性質でしょう。
しかし、ジークハルトは「警戒」しました。
よく解らない時はとりあえず距離を取る。
という正解行動によってジークハルトの距離が離れます。落ち着いたアトリはペニーたちを降ろしてから、手にしていた神器を見つめました。
「神様」
「そうですね、アトリ。ジークハルト、ユークリス……彼らに狙われてはやっていられません。とりあえず放置しましょう」
「置く。です!」
アトリが扇形の神器を地面に置きます。
神器から数歩距離を取り、低い姿勢でアトリが大鎌を構えました。
落ちた神器を見やり、ジークハルトが首を傾げました。
「それにしても争奪戦の終了条件が解らないねっ!」
「諦めない限りずっと?」
「良い質問だね、アトリ! 答えはそうだね、解らない!!」
ジークハルトが持ってきた契約書類は「終了についての条項」がありませんでした。あれは話をスムーズに進めるためにあえてそうしたのでしょう。
けれど、魔教の介入によってあの文章がそのまま採用されてしまいました。
内容の書き換えやなあなあの結論が許されません。
弓を背負い直し、髪を乱雑に掻いたユークリスが応えます。
「こういう固有スキルの場合、使用者、あるいは対象者の認識が鍵になる。使用者はもう死んだ。ならば、私たちの認識が優先されると見るべきだろう。とりあえず認識を統一しよう」
「神器がアルビュートのモノになるまで! それ以外の認識を持つつもりはない!」
「それでも良いだろう」
ユークリスが頷きました。
ただし、と何でもないことのように最強のエルフは言い添えました。
「生きて国へ帰れるとは思うなよ、ジークハルト」
結局のところ、こうなってしまうのです。
自らの望まない結果を強者は力で書き換えることが可能です。同格の力を持つ男同士が居る以上、この神器争奪戦は……勝者以外の全員が死ぬまで終わらない。
ですが、この場にいる誰もが殺し合いを望んでいません。
今回は争う仲ですけれども、カラミティーボスなどの時には力を合わせたいメンバーです。魔王との戦も想定するならば、神器持ちやその仲間は生存させるべきでした。
誰もが神器を見やり、困ったような顔をしています。
「正直な話な?」語り始めるのはメメでした。「うちらの陣営はもう負け確や。最上の領域もおらへんし、盗ったところで維持できる戦力もない。唯一、可能性のあった最上を足止めして、こっちだけ全戦力作戦も魔教に防がれてしもうた」
なんだか殊勝なことを言っています。
ですが、アトリが到着する瞬間までもっとも優位だった陣営がメメ陣営だったりもします。おそらく守護獣を三体討伐したのもメメ陣営なのでしょうね。
そう考えると、どの陣営も勝利の可能性のある戦いだったのかもしれません。
メメ陣営はメメの実力よりも、吉良さんがヤバかった気もしますが。まあ、メメは集団戦で真価を発揮するタイプなのでしょうがありませんけれど。
ドワーフの少女が胸を張り言います。
「半分、諦め気味や。だから徹底抗戦はしとうない。納得できるルール決めてくれへん、アトリ?」
「……ボク?」
「せやよ。この代表の中で一番、自分が【自由】な立場やろ? 自分が平等な条件を出してくれたら従いやすいわ」
アトリは厳密に言えば第一フィールド所属です。
ですけれど、第一フィールドとの距離感は良好とは言えません。他のフィールドとも友好でも敵対でもない関係を保っています。
他のメンバーは自分の所属があります。
「……神様」
「えっと」
正直なところ、この場に相応しいルールが思い付きませんね。私は何処まで行っても日本人でした。このようなファンタジーに即した政治的に中立な意見を出せる手腕がありません。
日本人としての立場で意見を出すなら「まず国民の意見を広く募集しましょう」です。
このようなスピードが必要とされる異世界ファンタジーで民主主義って毒ですね。
困った私はアトリに丸投げしました。
「アトリ、貴女が決めると良いでしょう。これもまた勉強です」
「……べんきょう」
「間違っていたらとりあえず全滅させれば良いだけの場面ですよ」
「かみさまの使徒には……叡智も求められる……」
現状、アトリはかなり不利な立場……と思いきやそうでもありません。
なにせ私が居ます。
まだ私の【神威顕現】も【霊気顕現】も温存できています。
全力は出したくありませんが、出す必要があるならば出しましょう。絶対に勝てるとは言いません。
けれど、負けるつもりもありませんからね。
こくり、と幼女が頷きました。
無表情で戦場を見回してから、ゆっくりと唇を広げました。
「……全員の意見を採用する。神器使いを変更していく」
「っ!」
アトリが出した提案に、ジークハルトやレメリア王女殿下、メメが目を見開きました。ニマニマしているのは王子・レジナルド殿下でした。
レジナルド殿下が不敵に笑いました。
「はっ、悪くないぞ、アトリ。ユピテルから教わったのか?」
「ボクは学院で貴族を学んだ」
「貴族を学ぶ。じつに平民らしい意見だ。平民は見習うべき、という肯定的な意味でな」
絶賛されていました。
私にはよく解らないのですが、アトリの意見はこの世界的には最高だったようですね。困惑するのは私たち精霊陣営です。
が、【顕現】した(笑)さんが嬉々として解説していきます。
「ぼくたちからすればハテナだろうねー。けれど、この世界、この場面では一番にほしい言葉なのさー。各国には【国として譲ってはいけないライン】が存在する。ゆえに妥協の案を提示することはできない」
だからこそ、今回の戦いの勝利条件があやふやになりました。
何処かが勝ったとしても、帰り道に襲って奪うという選択肢ができてしまいます。それが「全力」でした。それゆえに別陣営の皆殺しが勝利条件になりかけていたのですね。
それをアトリが上手い具合に防ぎそうなようです。
「つまりアトリが言うにはねー、神器使いを次々に用途に応じて変更していけば良い、という意見なんだ。第一フィールド奪還、エルフランドの戦力増強、ドワーフの独立……それぞれに必要ならば、神器使いを変えていこうという意見だね」
「そんなこと……通用するの、お兄ちゃん」
「するよ、田中ちゃん。させるしかない。じゃなきゃ人類種は主戦力を無駄に失う」
この場で勝利すれば神器が手に入ります。
しかし、このままでは現場を全滅させるしかありません。
けれど、それは魔王への戦力を失うということです。自分が勝てればまだ良いでしょう。けれど、この中で「自陣営が確実に勝利できる」と確信できる陣営は居ません。
自分が負けた後は、自分の所属陣営はひどく弱体化してしまう。
他国から滅ぼされることはまずあり得ませんけれど、魔王に対して詰んでしまう。
このアトリの甘い条件を彼らは飲むしかありません。
「少なくとも可能性は残した」という実績こそが彼らが終戦に必要な条件でした。同時、その条件はたしかにフリーな立場のアトリにしか出せないでしょう。
そして。
どうやらアトリの攻撃はまだ終わっていないようでした。戦闘の時と同様の殺意を込めながら、言葉を紡いでいきます。
「……神器使いには人格と実力が必要。国だけには任せられない」
「ならば、どうしろというのだい、アトリくん」
ジークハルトは穏やかな口調で問うて来ます。
おそらく、アトリの出す条件を理解しているからでしょう。
ジークハルトは愚かさの強みを振り回すだけで、本当に愚かではないようですからね。
頷く死神幼女。
「ペニーが見る。ペニーはすごいから便利」
「ふっ、そうだろうね。キミの出した案ならば、絶対に国に関連しない第三者は必須。そして、世界最高峰レベルの審美眼を持つペニーくんならば、獣人でありエルフであり、便宜上第一フィールド所属のアトリくんの部下である、情報屋たるその立場ならば最適と言えるだろう!! そこまで行けばもはや政治の話。私が関与するところではないなっ!!」
「そう」
「アトリくんっ! まるでアルビュートの負けないタイプの貴族のようだ!! 学院に通った経験はキミをより厄介にさせたようだね! 正直、ちょっと怖いねっ!」
私たちの目的は「神器を手に入れること」ではありませんでした。
ペニーの依頼により「ペニーが神器所有者を選べるようにする」ことです。つまり、アトリはちゃっかり自分の目的だけは完遂しようとしています。
これには背後のペニーもニッコリでした。
「やはり英雄は無限に成長しますねー。良いですねー。まったく政治ができない強者は、ただの駒か兵器か殺戮者にしかなれません。戦力でジークハルトさんを上回る日が待ち遠しいですー」
「ははっ!」
ジークハルトが爽やかに歯を見せて微笑みます。
炎色の髪を鮮やかに払いました。
「それは待ち遠しい! 是非、そうなった暁には第一フィールドに巣くうカラミティー討伐を手伝ってほしいところだ!! 王都への道に三体もいてね! まだ一体しか狩れていない!!」
とりあえず建前は確定しました。
アトリがパッと私を見上げてきます。
私は良く解っていませんが、それを見せぬように頷きます。
「よくやりましたね、アトリ。素晴らしい成長です」
「う……! ボクは、神様の使徒……当然! です! 邪神の使徒は強くて賢い、です!」
「では優秀な使徒・アトリ。最後です」
であれば、最後に決めるべきは「とりあえずの戦闘終了条件」ですが……それについてもアトリが提示しました。
すでにアトリは臨戦態勢。言います。
「次に神器に触れた人」
全員が頷くと同時、全員が同時に全力を発揮しました。
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