第262話 神器奪取

    ▽第二百六十二話 神器奪取

 地面を転がったギースに有りっ丈のポーションを与えていきます。が、その投与も虚しく、彼のHPは0となりました。

 色を失うギースの瞳。

 けれど、ギースは【劣化蘇生薬】のデメリットを無視しました。


 ゆえに連続で使用することも可能でしょう。

 劣化蘇生薬によってギースが回復します。千切れた肉体をアトリの【リジェネ】とポーションで回復させます。


 まだ死んだダメージを引き摺っているようで、ギースはふらふらとしています。

 けれども舌を出し、未だに地面を転がるオウジンに親指を下に向けます。


「おい、ど雑魚!? イキってた癖に雑魚の俺様に敗北した感想だけ遺言して死ねや」

「そんなの要らない」


 アトリは容赦なく拾った【死に至る闇】を振りかぶります。

 闇と光を纏った一撃が放たれようとする、その間際でした。背後でペニーが大きな声をあげました。


「アトリ隊長! 神器が持って行かれます!」

「! 解った。こいつを殺したらすぐ行く」


 アトリはそれでもオウジンの抹殺に優先順位をつけたようです。ギースによる攻撃を受け、オウジンはすでに致命傷のはずでした。

 それでも死なないのは【致命回避】か何かがあるのでしょう。


「アトリ、まだ警戒は解いてはいけませんよ。オウジンがこの程度で黙って死ぬとは思えません」

「はい。です」


 離れたまま、アトリが【閃光魔法】でトドメを刺そうとします。

 頭部を狙った攻撃は、ギリギリのところで首を振って回避されました。ゆっくりとオウジンが起き上がり、血塗れの顔面で嗤います。


「前言を撤回させてもらう。【勇者】。きちんと仕事を果たしていたようだな……それで良い。そうでなくば良くはない。お前の存在はやはり計画になくてはならないようだな。そう、今、予知が確定した」

「うるさい」

「あはははははははは!! まだ世界は終わらない! だが、素晴らしい次の世界はもうすぐだ! その調子で予知に貢献し、終わらせる手伝いをするんだ、勇者ぁ!!」


 すでにアトリは冷静になりました。

 もはやオウジンの言葉は届かないでしょう。オウジンの言葉はおそらく「嘘を見抜ける」はずの【勇者】を貫通しています。


 それに加えて弱いはずなのにアトリに殺されない力。


 それらが合わさってオウジンの言葉には「真」が宿っていました。

 つまり、ギースに敗北した事実はとても大きい。

 オウジンの予知は「完璧」ではありません。


 そもそもアトリは感情を何よりも優先するタイプですけれど――私への感情を見れば明白でしょう――、色々な経験が合わさって暴れるだけの怪物ではなくなっているのです。冷静に思考することができるのならば、レスバで翻弄されることはありません。


 立ち上がったオウジンの横、瓶底眼鏡のエリザベッタが並んでいます。その手には扇形の神器――【世界女神の譲渡ザ・ワールド・オブ・ヒュミリティー】が握られています。

 どうやらエリザベッタでは適合できなかったようですね。

 扇を胸の谷間に差し込んでから、エリザベッタが眼鏡を指で押し上げます。


「どうするべや、教祖さま。足特化の私でもアトリさんからは逃げられないべよ」

「俺が足止めしても、ジークハルトたちが追いついてきて俺が殺されるか」

「教祖さまがアトリさんを殺せなかった以上、もう神器の回収は無理めだべ。オンの時の兄さんは妹でも容赦なく斬れるべな」

「もっと兄の教育を頑張っておくべきだったな、司祭」

「一般的に言って教育を失敗しているのは兄さんのほうだべな」


 頷いたエリザベッタは胸元から扇を取り出し、それを空に投げつけました。誰もその扇に見向きもしませんでした。

 がっくり、と瓶底眼鏡の女性が項垂れます。


「誰もダミーに騙されないべ……」

「そりゃあそうだろ……」

「じゃあ、もう本物捨てるべ」


 今度は本物の神器が空に投擲されました。

 最後、とでも言うようにオウジンが神器から魔法を放ちます。その矛先はアトリや私でもなく、真っ直ぐに神器に向かっていきます。


 神器は所有者がいれば再生することが可能です。


 けれど、持ち主が不在の時に破壊されれば……どうなるのかが解りません。問題がなければ良いのですが、問題があった場合……それは魔王戦に対する損失でした。


「誰か合わせてください!」

 ミャーが特殊な鏃の矢を放ちます。それに合わせるようにして、ヒルダと田中さんが【合技】を撃ちました。

 どうにか魔法を相殺。

 ゆっくりと落ちてくる神器については、巨大な獅子が咥えてキャッチしました。


 それはエルフの鍛冶師の元王子――ゴーシュの召喚獣でした。

 彼は召喚術士としても一流のようです。まだほどほどだった時のアトリでも対処できるレベルではありますが、それをいくつも自在に使役してくるのは厄介でしょう。


「戦いも争いも流儀じゃないが。元王子の役割は果たさねばだな。今更の話だが……どはははは!」


 と、ゴーシュはハイ・エルフだというのに職人ドワーフのように笑いあげます。次々と中ボスクラスの魔物が召喚されていきました。

 手に入れた扇が従者暗殺者のシシリーに渡ります。


「王子、神器に適合できませんでしたあ! それに戦いでかなり疲れました……」

「どわははは! 残念だったな、守り切れ! 戦闘は俺がやろう!」


 あの一瞬で魔教たちは逃げ出しました。

 アトリでしたらエリザベッタに追いつけますけれど……一人で追いついたところで魔教全員を一人で相手取るのは危険でしょう。


 せめて【ヴァナルガンド】の疲労がないか、シヲが残っていれば追いかけましたけれど。


 今、追いかけることは無謀かもしれません。

 まあ、私が【神威顕現】を切れば良いだけですけれど。魔教は面倒極まりありませんけれど、あくまでも倒せる敵ではあるところが面倒なのですよね。


 すべてを賭けて倒す敵!


 ではないのです。

 それよりも今は神器についてでしょう。オウジンは一貫して「邪神ネロ」を愚弄しませんでした。すなわち、どれだけアトリとレスバを繰り広げたところで、アトリ自身がムカついただけです。


 そうなった場合、アトリは自分のことよりもペニーを優先するのでしょう。


 神器を取ってきてほしい、という願いについてです。

 アトリもリタリタには間接的な借りがありますし(魔女討伐がスムーズに実行できたのは、リタリタによって蘇生されたルーの存在が不可欠でしたから)、その神器については関心があるのでしょう。


 オウジンは仕留められませんでした。

 ですが、ここに乗り込んできた魔教のメンバーは数名死んでいます。敵は神器も得られず、正体を晒した挙げ句、仲間を数名喪ったわけです。


 形としては勝利で良いでしょう。


 今はそれよりも神器でした。

 これより神器の奪い合いが本格化するわけですから。


       ▽

 ゴーシュが風属性の魔狼を出現させました。


「突破口を開け、レティ!」


 あの狼はかつてアトリと戦わせたことがあります。

 風魔法の上位【疾風魔法】を扱い、速度バフを連鎖させて目にもとまらぬ突進を行う召喚獣です。その突破力は今のアトリでも脅威でしょう。


 されど。


「ロゥロ」


 アトリがロゥロを呼び出し、疾走を始めた狼をねじ伏せます。巨大ながしゃどくろが狼を掴み挙げ、そのまま天高く持ち上げて握り潰しました。

 今のロゥロは本体以外にダメージを受けません。

 魔狼の突進さえも無効化し、強引に捕まえて壊せます。


『がらああああああああ!』

「アンセム、潰せ!」


 次にゴーシュが召喚したのは巨大な二足歩行の兎でした。ロゥロと同サイズくらいの兎は、力尽くでロゥロを抑えに掛かりました。

 本体のロゥロが腕をクロスします。

 すると、がしゃどくろが【格闘術】アーツを起動しました。オーラを放って範囲攻撃を行うアーツです。

 

 威力は大したことがありません。


 しかし、ノックバック性能が高く、巨体に縋り付かれた時に役に立つアーツでした。吹き飛ぶ兎にロゥロが追撃を仕掛ける中、シシリーがアトリの背後を取っていました。

 短剣を扱う暗殺者が、おそらく固有スキルを使ったのでしょう。

 アトリの反応は間に合いますが……その必要さえありませんでした。


 ミャーの矢が放たれ、シシリーの頭部を爆発四散させましたから。


「まあ、一応は使っておきましょうか」


 私はシシリーに劣化蘇生薬を投与しておきます。彼女は仲間ではありませんけれど、一度だけ一緒に冒険した仲ではあります。

 レメリア王女殿下の好感度も考慮するなら、殺しっぱなしでは良くないでしょう。


 向かってきたらまた殺すだけですしね。

 蘇生されたシシリーは激痛に呻き、それでも立ち上がろうとしてゴーシュに止められます。


「もう良い。間に合わなかったユークリスとレメリアが悪いんだ。シシリーは休んでろ」


 シシリーが所持していた神器を奪取しました。

 アトリを囲むようにして、陣営のメンバーが勢揃いします。ギースとミャー、それからペニーもいます。


 対峙するのは、他の全陣営。

 そして、おそらくはそろそろ――他の最上たちが追いつきます。そう考えたことがフラグだったかのように、気配がいくつも戦場に現れました。


「おお! どうやらアトリくんの手に神器があるようだね! 良かった! すぐに私に渡せる準備ができているようだっ!! 殊勝な心がけ、よしよしだ!!」

「アトリさま、申し訳ございませんが全力で妨害せねばなりません」

「……あまり美しくはない仕事だ」


 ジークハルト。

 レメリア王女殿下。

 それからユークリスが弓を向け、静かにアトリを警戒していました。

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