第261話 ギースVSオウジン

    ▽第二百六十一話 ギースVSオウジン

 斬り裂かれたアトリは、けれども【再生】で万全な状態に回帰します。

 不意打ちで【死に至る闇】で斬られましたけれど、ハッキリ言って意味の解らない手でした。【鎌術】系スキルを持たないオウジンでは、杖で打撃したほうがダメージになったでしょう。


 それでもあえてアトリの武器で攻撃をしかけた。


 綺麗に治ったはずの腹部を押さえ、アトリは唖然としています。

 敗北しました。

 ジークハルトや魔王は強者の中でも別格の存在。それに負けたとしても、アトリは「いずれ勝つ」と挑む心が増すばかりでしょう。


 アトリは狂信者ではありますが愚かではありません。

 自身がいまだに最強に至っていない、その途上であることくらいは弁えています。


 けれど、今回の敗北は違います。

 神器を持っただけの最上でもない男に、最上の領域たるアトリが敗北しました。格下の敵に負けました。

 しかもくだらない挑発に乗せられて……いえ、あの挑発はアトリにとって譲れない。


 仕方のない敗北のはずでした。


 それを「仕方ない」と諦められないのもまたアトリという人物でした。

 ……いえ、厳密にはまだ負けていません。アトリはまだ戦えますし、上手いこと一撃を入れられただけですからね。元々、アトリの戦闘方法は被弾が前提です。

 まだ【致命回避】されも発動しないダメージ。


 それでも。

 それでも、この戦いでアトリは敗北した……と思わされました。


「……」

「知ったかい、お子様。所詮、お前は強いだけの未熟なガキだ。世界の広さをねじ伏せられるほどの強さはなく、ジークハルトや俺にさえまだ勝てぬ。たしかにお前は強いよ。しかしね、最強になれるほどの器ではない。最強という言葉は、お前ていどが口にして良いほど甘い言葉じゃねえよ」

「神様は! ボクが一番つよくなれるって言った!」

「優しさだろう? 邪神は優しいからな、お前には」

「っ!」


 いつもならばレスバを受けるアトリではありません。

 しかし、オウジンだけは違う。彼の言葉はすべてがアトリにとって致命的なのです。たとえば私にあらゆる侮辱はちょっと効きますけれど、決して致命的にはなりません。

 けれど『お前の絵、酷かったぞ』と言われれば絶対に口論に発展するでしょう。


 人にはそれぞれ「譲れない言葉」というモノがあります。

 その人がその人であるための言葉。そして、強者や天才が強者や天才である所以の言葉。

 絶対に否定せねばならぬ言葉。


 オウジンの放つ言葉は、すべてが凶悪な刃でした。


 私が「気にせずに殺せ」と命ずれば良いだけの話です。こういった場面でアトリの精神的な成長は望めませんし、このレスバに勝利することに実利はありません。

 ですが、私は言いませんでした。

 理由は簡単なことです。


 ……このまま戦いに入って、オウジンに勝てる気がしないから。


 レスバで時間を稼ぐことがもっとも最善かもしれないのです。敵の固有スキルの正体が得体の知れぬ現状、その攻略方法さえも見えておりません。

 オウジンがまるで教祖のように告げます。


「アトリ。何度も言う。諦めろ。【勇者】を持つお前が敵対するというのならば、俺たちは何度でもお前の前に立ち塞がる。正直なところ、面倒臭いんだ。うぜえんだ。ダルい。いちいち邪魔をするな。こっちには魔王を勝たせるっていう目的がある。キミに『魔王討伐』という目的があり、俺たちが邪魔なようにね」

「……」

「キミにとって俺が邪魔なように、俺にとってもそれは同様だ。俺たちは正反対の存在。このままでは無駄なだけだ。どちらかが諦めるべきで、そして諦めるべきはキミだろう」

「ボクは諦めない」

「今は、ね。いずれ諦める。ならば、早いほうが良いぞ」


 アトリが己が手首を斬り裂きます。

 予備の大鎌を神器化し、ゆっくりと携えます。そのスペックは元々がユニークでアトリ向けだった【死に至る闇】ほどではありません。


 それでも神器は神器。

 杖を構えたオウジンが嘲るように肩を竦めました。


「最高の武器があって敵わぬ相手に、贋作で――」

「――ごちゃごちゃうるせえんだよ、ど雑魚があ!」

「っ!?」


 オウジンの頭部を後ろから掴みあげたのは、別の場所で戦っていたはずのギースでした。彼は獰猛な目で、ツバを撒き散らして叫びます。


「死ねや【自爆攻撃】」


 ギースの手が爆発しました。

 しかし、ギリギリのところでオウジンが何かをして回避しました。数十メートルを移動したオウジンは、額を伝う汗を腕で拭いました。


「…………ここでギースだと? そもそも、何故ギースがいる? レジナルドに完全に殺されているはずだ。……ヘレンか。ズレたようだな」

「どうやら最強たる俺様のことは予知できなかったみてえだな!」

「くだらぬ男が。いい大人がガキに教導されてんじゃねえよ。子育てかって」


 オウジンが杖に魔力を込めます。

 しかし、それを速度重視の装備に替えたギースは許しませんでした。一瞬でオウジンの腹に拳を叩き込み、それから【自爆攻撃】で爆破します。

 臓腑を撒き散らす、オウジン。

 後方に吹き飛びながらも、神器から風の刃を放っていきます。


 ギースが風刃を手で払いのけました。


「効かねえんだよ、ど雑魚!」

「相変わらず【暴虐】は面倒だな」


 風の刃がギースに触れる度、意味もなく散っていきます。剣を振りかぶったギースが、剣アーツたる【カタストロフ】をぶち込みにいきます。

 殺しうる一撃に対し、オウジンは神器を盾にして防ぎました。


 地面を転がる、ボロボロローブの男。

 理由は解りません。ですけれど、オウジンの予知は狂い始めたようです。予知がなければオウジンは勝てないNPCではありません。


「【月収爆弾】!」


 ギースがアイテムポーチより取り出したのは、私が与えておいた【月収爆弾】です。サラリーマンの平均月収にも匹敵する制作費の、超強力爆弾でした。

 ギースでしたら「使い捨て」というデメリットも消去できます。


 爆弾が投擲され……それは見当違いな方向に飛びました。


「ちっ、スキルアシストなしじゃこれかよ」

「――視えた。ギース、お前の勝ちは万に一つもなくなった」

「勝てるから戦ってるほど、俺様が賢者に見えてんなら衣装の力も馬鹿になんねえなあ!」

「愚者が」

「強えええ愚者は怖えかあ!!」


 ギースが疾走します。

 立ち上がり、悠々と埃を払ったオウジンが神器を輝かせました。おそらくは【世界女神の節制ザ・ワールド・オブ・テンペランス】が起動しています。


 まったく問題なさそうに突撃したギースに、オウジンが告げました。


「アトリが死ぬぞ」

「っ! てめえ!」


 戦闘素人たるギースは思わずアトリを振り返りました。けれど、アトリにはなんの問題も見受けられませんでした。

 噂によればギースは「平常時、子どもを殺せない」人間です。

 それが事実ならば……子どもたるアトリの危機に反応してしまう。


 後ろを向いたままのギースの肉体を杖が薙ぎ払います。

 防御できるはずの一撃が、けれども……絶対防御を抜けてギースを真っ二つに切断しました。


「ギース!」

 アトリが叫びます。

 すべてを守ると言ってのけたアトリ。ギースはかつて敵でしたし、今でもろくでもない悪党のクズです。多くの人が彼をどうしようもないと見なし、その死を願っています。

 それでもギースはもう仲間でした。


 アトリが守るべき仲間が、アトリを守るために……!



こっちは慣れてんだよ、、、、、、、、、、、ど雑魚が」



 肉体を真っ二つにされながら、ギースは上半身だけで剣を構えていました。剣が神々しき光を纏っています。

 剣技一閃。

 その固有スキルは――


「【虚実の太刀】」

「っ。ここまでの誤差が……!」


 オウジンがローブを翻しますけれど、しかしその動きは遅すぎる。

 剣は――届きます。

 重なる爆音。

 凄まじい剣技にてオウジンが一閃の元、斬り伏せられていました。


 地面に転がったオウジンを、ギースは血を吹きながら眺めます。上半身だけなので、彼もまた地面を転がっています。

 捨てた剣。

 ギースはグッと拳を握り締め、その自分の拳を信じられない目で見ています。ですが。


「はっ、万に一つも勝てねえだと? 次は億を見てから喋れや」

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