第260話 封印の地
▽第二百六十話 封印の地
ヒルダたちが去った後、私たちは休憩……をする暇も許されずに襲撃を受けていました。攻撃してくるのは大量のゴーレムでした。
おそらくは魔教の仕業なのでしょう。
アトリが仕留めたはずのオリバーがまだ生きている……あるいは別のゴーレム使いがいると見るべきでしょう。
ですが。
「はっはー! ようやく俺様の時代がやって来たなあ、おおおい!」
「人類種の時代はもう終わりってことですかぁー?」
「うるせえぞペニー!」
私たちには雑魚狩りのギースがいます。
彼はすべてのレーザー攻撃を無効化し、ゴーレムに駆け寄っていきます。習得した【風魔法】のバフによって、その速度はそこそこに到達しています。
また、レベルアップによって増えた【暴虐】適応枠にも速度系を入れているようですね。
ゴーレムの頭部を握り締め、炸裂するように嗤います。
「【自爆攻撃】! いひひ!」
ゴーレムの頭部が爆ぜました。
そうやって大量の残骸を生みだしたギースは、少しだけ走り回って疲れてしまったようです。肩で息をしながら戻ってきました。
けれど、眼鏡の奥の瞳はドヤの色合いを帯びております。
「で、姉御? 回復はしそうなのかよ?」
「うん。問題ない」
かなり消耗しているのは事実です。
けれど、ヨヨ戦の時ほどには疲労していません。【ヴァナルガンド】をもう少し使っても問題はないでしょう。
連続で長時間……は不可能ですけれど。
引っ切りなしに襲いかかってくる雑魚ゴーレムたちを退けながら、私たちは神器【
かつては人類種の存亡を握る重要拠点だったようです。
ですが、ひとまず魔王軍の侵攻が収まった今、絶対に死守すべき地ではなくなった模様。
数百年も放置された結果、どうなっているのかは見物ですね。
▽
しばらく駆け抜けました。
今回の会談が行われたのは、封印の地に近い場所にありました。所有国が決まり次第、すぐに取りに行けるようにという配慮でしょう。
走りながらギースは言う。
「ってかよ、あのクソみてえな契約書の所為ですっかり命懸けだ。第一フィールドのお貴族さまどもは無能揃いかあ? なんなんだよ、あのクソ条件はよお!」
「そうとは断言できませんねー」
新しい車椅子に乗り、アトリに押されているペニーが首を振りました。
「敵は魔教のオウジンさんです。あの人は完全な予知が可能ですー。つまり、自分の望むような未来になるまで色々と試行錯誤できるわけですね。あの文章になるまで、何度も貴族を殺す未来を視たり、殺さなかったり、云々……色々したのでしょう」
「それがマジなら最強すぎねえか?」
「ですからジークハルトさんもレジナルド殿下も魔教を滅ぼせないのです」
自分の勝利を確定シミュレートしてから動き出す。
一体、どのようなシステムで未来を予知しているのでしょう。AIがラプラスの悪魔的な働きをしているのにしては、あまりにも技術力が凄まじすぎるような気がします。
アトリの数秒先の予知とは次元が違います。
これが本当の異世界ファンタジーでしたら信じましょう。
けれど、これはゲームです。
オウジンの能力は何か秘密がある、と私は想定しましょう。まあガチの異世界ファンタジーだったら、オウジンは本物の未来視持ちと想定しますけれど。
ゲームですからね。
「着いた」
ちょうど私たちは封印の地に辿り着きました。
第三回イベントで訪れた砦は、ずいぶんと廃墟然とした雰囲気になっております。積み上げられた岩壁は苔で彩られ、一部については崩れ落ちています。
もはや砦としての機能は認められません。
ですが、その砦の周囲を囲うようにして青白い壁が展開されています。おそらくはアレこそが封印なのでしょう。
アトリが車椅子を見ました。
「封印。どうやって解くの?」
「四方に守護獣がいます。あれをぜんぶ倒せば封印が解け、内部に安置されている神器に触れることが可能でしょうー。ですが――」
視線を砦に戻しますと、すでに激戦が終えられた軌跡があります。
抉られた大地には巨大な魔物の死骸が三つもございます。生き残っている守護獣とやらは残り一体。
そして今。
最後の一体を争うようにして、五つ巴の乱戦が行われていました。
ジークハルト陣営からは【楽園】のコーバスが。
メメ陣営からはメメとヒルダ、そしてワープ使い。
レメリア王女殿下陣営からは、従者のシシリーと鍛冶師王子のゴーシュが。
アトリ陣営からはミャーが。
そして魔教陣営としてオウジン、オリバー、エリザベッタ。
……その他しらない魔教の人たちが数名、入り乱れての大乱戦となっていました。
一応、守護獣も戦っていますけれど、ラストアタックを誰が取るかという戦いになっています。残念ながら守護獣討伐戦に於いて、守護獣さんは戦力外のようでした。燃え盛る炎の鳥は、籠の外ではありますが蚊帳の外でもあります。
アトリの到着は……ギリギリで間に合いませんでした。
「終わりだ」
腕を組んだオウジンが呟きます。
彼の部下である司祭のエリザベッタが、空飛ぶ守護獣に短剣をめり込ませていました。それが致命打となり、炎の鳥が大地に墜落しました。
青白いバリアが解除されてしまいます。
そしてアトリがオウジンに大鎌を叩き込んでいました。
近未来的なデザインの大鎌と杖が火花を散らし、ステータスが不足しているオウジンのほうが地面を削って押されてしまいます。
オウジンの片目しかない目が、爛々と怪しく輝きました。
「お前を止める手札だけがどうしても用意できなくてね。筆頭魔術師さまは面倒なことをしてくれた。ゆえに俺が出向いたというわけさ」
「おまえを殺せば魔教は終わり」
「鋭いな、アトリ。その事実に至れるのは俺の存在を知った全員くらいだけだな」
高速の切り結び。
アトリの斬撃はすべてが致死性。
最上に至っていないオウジンでは、瞬時に微塵に刻まれる――はずでした。
殺せぬ。
殺せるはずの斬撃が、何故か一歩だけ命に届きません。その事実にアトリさえもが僅かにたじろいだようです。
「あ、当たらない……!」
アトリは圧倒的なスピードとステータスを誇ります。また、鎌系のスキルをトータルで200以上得ているので、その技術力はゲーム内でも最高峰となっております。
おそらく後衛であるオウジンに、アトリと斬り合えるスペックがあるわけがありません。
だというのに。
大鎌と杖とは互角。
すべての攻撃を先読みされ、ギリギリのところで防がれていきます。オウジンの動きはあまりにも無様です。醜いと言っても良いでしょう。ほとんど転げ回るような動作ですけれど、奇跡的な動きで猛攻を凌いでいきます。
アトリの刃が――届かない。
片目の教祖がくつくつと嗤いました。
「凄まじいね。この互角を行うために予知が五千回も必要だったよ。五千回も死ぬ未来を視るのは実に辛かったさ。が、すべては予知の通りだ。そして」
オウジンが魔法を放ちます。
その魔法は真っ直ぐに私のほうへ飛んできます。
「っ!」
アトリが目を見開き、咄嗟に飛び出しました。
精霊はダメージを受けません。その事実は魔物や小動物、すべての生物が把握しており、それゆえによほど酔狂な人物でない限り精霊を狙った攻撃なんてあり得ません。
おそらく、私が《スゴ》を始めてから、初めて――狙われました。
アトリはほとんど反射の領域で、私へ向けられた魔法を大鎌で断ち切りました。魔法を斬り裂いた途端、魔法に仕込まれていた魔糸が大鎌を絡め取ります。
と同時、私にもう一度、攻撃が放たれました。
アトリは神器を手放し、私への攻撃を肉体で防御します。
幼女の腹に風穴が空きます。
腹を押さえたアトリを尻目に、魔教の教祖は指を振ります。
「神器、もうひとつゲットだな」
オウジンが嗤えば、糸に吊られて【死に至る闇】がオウジンの手に渡りました。確認するように【死に至る闇】を振るい、魔教の教祖が顔を顰めます。
「やっぱり要らねえよ、使い辛い」
大鎌が地面に捨てられました。
それをボロボロの革靴で踏みつけ、代わりとでも言うように近未来的デザインの杖を突きつけてきます。
「反動がデカすぎる。こんな神器はアトリくらいにしか扱えねえな。使ったところで身の破滅だ」
「アトリ」
オウジンの言葉を無視し、私はアトリに告げます。
これは想定していなかった行動パターンでしたね。予知能力者という喧伝は、中々に侮れないようでした。
致命的にアトリと噛み合いません。
アトリがアトリである以上、致命的な行動ばかりを繰り返されるようでした。
「私への攻撃は無視して良いです。効きませんからね」
「……神様は無敵。です」
「邪神ですから」
アトリがしゅんとしています。
アトリはかつてヨヨ戦の時、私すらも守れるくらいに強くなると決意しました。その決意を真っ向から踏みにじるような命令でしょう。
俯いたアトリへと。
魔教の教祖が柔らかに微笑み掛けました。
「悲しいかい、アトリ?
「うるさい」
「予知しよう。キミはこのままでは邪神……ネロに見捨てられる」
「! そんなわけない! 黙れ!」
怒号をあげ、アトリは感情を剥き出しにします。
元来、アトリは外に露出しないだけで……その本性は激情家。
【勇者】スキルにより、その憤怒が痛いほどに周囲に撒き散らされます。
神器化もしていない、予備の大鎌を手にオウジンに飛び掛かり――そしてあっさりと【死に至る闇】で斬り裂かれました。
「使わない、とは言ったが。……嘘は吐かないとは言っていないぞ、【勇者】」
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