第259話 VSヒルダ
▽第二百五十九話 VSヒルダ
ジークハルトは致命打こそ受けていないものの、全身が血だらけでした。幾本か骨が折れているようでしたが、それはレジナルド殿下によって即座に癒やされてしまいます。
ふう、と一息をついてジークハルトが苦笑します。
「私といえどもカラミティークラスのステータスを持つレメリア様と同格のユークリスくんを同時に相手はできないねっ! つい逃げてきてしまったよ!! レメリアさまを瀕死にし、ユークリスは武器を一つ破壊するていどに留められてしまった」
「はっ、あの二人から逃げ切れるのは、最上でもそうそうに居ないだろうよ。何度、使った?」
「五回ですね!」
「ならば撤退も致し方あるまいよ。アトリを相手にしている時間で他に追いつかれれば厄介だ」
「オウジンたちを追う為に余力は残しておきたいですからね。いくら私たちといえども、アトリくんと戦えば消耗は避けられない」
こくり、と男たちは頷き合って逃げ出す算段を立てたようです。
私たちも今すぐに戦いたいわけではありません。彼ら二人を相手取るのでしたら、私も【神威顕現】なり【霊気顕現】なりの手札を切る必要があるのでしょうからね。
アトリとギースだけでは、些か荷が重いでしょう。
ゆっくり撤退を始めようとした二人が、ふと空を仰ぎます。アトリもまた空に視線をやっていました。
そこには二人の精霊が並んで浮かんでいます。
一人は田中さん。
もう一人は(笑)さん。
リアルでは兄妹だという二人が、並んで――莫大な魔力を肉体から放出しています。離れているのですが、何故だが二人の声はよく聞こえてきます。
そしてこの気配。
「田中の名に於いて大地に命ず」
「(笑)の名に於いて水に命ず」
属性がそれぞれ二人に掌握されてしまいます。
都市の頭上では止めることのできない詠唱が続けられました。世界が二人の色に塗り潰されていきます。
「アトリ、ペニーとギースを連れて全力で撤退です」
「!」
アトリが【ヴァナルガンド】状態で二人を掴みあげます。
私も慌てて彼女の頭に乗ります。
上手く光炎を操作してダメージを受けないようにしてから、【狂化】まで使用しての全力疾走。
一秒も経たぬうちに都市から離脱し、さらに全力での疾走を続けました。
五秒後。
都市から凄まじい破壊音が連続しました。あそこに居たらどうなってしまったのか。そもそも、あの無差別攻撃について獣人たちは無事なのか……まあどうでも良いですけれど。
そもそも二人の【霊気顕現】の効果も知りませんでしたしね。
よもや田中さんも【霊気顕現】に至った一人だったとは思いませんでした。やはり掲示板の情報を鵜呑みにするものではありませんね。
凄まじい技術ではありますが、覚えられる人は覚えられる技術ですから。
こてん。
とアトリが地面に倒れ込みました。【ヴァナルガンド】は使用時の運動量やMP使用量によっては激しく疲労してしまいます。
ジークハルトと一瞬交戦し、なおかつ二人を抱えての全力疾走。さすがのアトリでも疲労してしまったようですね。
シンズ戦の時も使いましたし。
地面に寝転がるアトリは、余力でどうにかシヲを召喚しました。最上同士の戦いではギリギリ頼りにならない戦力ですけれど、それでもシヲは色々とやってくれる万能タンクです。
今も【音波】スキルで偵察を行い――触手を伸ばしました。
大盾が魔法による攻撃を防ぎます。
放たれたのは属性不明の魔法でした。木の後ろから透明化できるらしいローブを脱ぎ、杖を向けたままのヒルダが現れました。
そのイケメンに見える、中性的な美少女は悲しそうに微笑みました。
「すまないね、アトリ。仲間たるキミに、それに格上といえど子どもに杖を向けたくはない。だが、今回の契約で全力を尽くさねばならないんだ。田中さまも頑張ってくださったしね」
「あれはどうなった?」
「ジークハルトを狙い撃ちにした。怪我は負わせたが殺しきれなかったようだよ。ただし、しばらく動けないようだけどね」
化け物すぎます、ジークハルト。
ユークリスと王女殿下、精霊二人の【霊気顕現】を向けられて「怪我をしただけ」というのは怪物としか言いようがありません。
「さて」
ヒルダの杖が虹色に輝き始めました。
「戦争を始めようか、諸君」
▽
ヒルダというNPCは、この《スゴ》に於いて「地雷」と呼ばれるスキル構成をしています。というのも、彼女は全属性の魔法を扱えるのです。
これだけならば「すごそう」と思われるかもしれません。
けれど、このゲームでそれは弱い構成なのです。
元々に持っていた魔法以外を覚えるためには、魔法チケットが必要となります。それが自分の属性に合致したチケットでしたら、取得した魔法は【魔法】欄に入ります。
アトリが【閃光魔法】と【光魔法】を同時に持っているのがそれですね。
ですが、関係のない属性を選択した場合、スキル枠がひとつ減ります。
10レベル毎にスキルを得られますが、そのタイミングでスキルチケットを使うことになります。
これによってヒルダはスキル枠をいくつも【魔法】で潰しています。ゆえに【渾身強化】や【魔法威力増大】【詠唱延長】【MP軽減】【属性強化】……そういった魔法運用スキルが揃っていないわけです
つまり器用貧乏。
何でも出来るように見えて、じつは何もできない構成なのです。
……が、それを解決する方法がじつはあったりします。それはすなわち――、
「解放・《スースの刻印杖》」
ヒルダの持つ杖が縮み、タクトサイズに変化しました。しかし、凝縮された力は周辺の空間を歪めています。
器用貧乏の解決策。
それは……強い装備で誤魔化すことです。
強い装備を揃えたヒルダは今や万能の魔法使い。さらには魔法と魔法を合成させることによって放たれる【合技】の火力は尋常ではありません。
タクトが振るわれました。
「【破雹烈風】」
大量の氷の刃を孕んだ、竜巻が発生しました。
竜巻が触れる度、木々や石ころが惨殺されていきます。咄嗟にギースが前に出て魔剣を振るいます。
しかし、彼の魔剣の威力を以てしても、その氷の竜巻は破壊できませんでした。
「まだ終わりではないよ」
ヒルダは続けざまに魔法を放ちます。
炎と風を合成した、凄まじい威力の火炎放射でした。シヲが咄嗟に盾で防ぎますけれど、威力をカットしても大ダメージをもらってしまったようです。
固有スキルの発動はタイミングが掴めずに失敗したようですね。
ギースとシヲが身を張り、身動きできないアトリとペニーを守護します。その様子を悲しそうに見つめながら、ヒルダは淡々とタクトを振るっていきました。
「(笑)さまの仰った通りだったね。アトリはこの位置で疲労して動けなくなる。そこを私が魔法で攻撃し続ければ……いずれシヲが落ちる。そうなれば私でもアトリに勝ててしまう」
「……!」
「後衛で魔法を撒くことが私の役割だ。キミたちのように前衛で器用に立ち回ったりはできない。最低限はやるけれど、最低限でキミたちには抗えない。本来、私はキミたちの前に立てるほどの実力者ではないのだよ」
アトリとペニーを土が拘束していきます。
ペニーは戦闘用の使い魔である【トゥーン・ベアー】で抵抗を試みましたが、土の威力の前にアッサリと絡め取られてしまいます。
自虐するほどヒルダは弱いNPCではありません。
今では二つ名――《多色》のヒルダと呼ばれるだけの力はあります。そこに(笑)さんの情報力が加味されれば、ここまで凶悪に昇華され、アトリにさえ勝ててしまうのでしょう。
まあ、残念ながらアトリを殺すことはヒルダでは不可能です。
何故ならば、ここには私がいるからです。
いざという時は固有スキルを切ることを躊躇いません。ゆえにヒルダが行っているのは勝利を目的とした攻撃ではなく、おそらくは。
「……なるほど。かしこまりました、田中さま」
街のほうで大規模攻撃をして帰還した田中さんが、何かヒルダに指示を出しました。すると、イケメン風の美少女はタクトを懐にしまい、ホッと息を吐きました。
「時間稼ぎは終了ですか。実際」
ヒルダの魔弾がシヲのHPを全損させました。
よく凌いでくれましたが、アタッカーが不在の時のシヲはHPを削られる一方です。何度か【相の毒】で引き分けを狙いましたが、完全に固有スキルのことがバレています。
その情報を与えたのも(笑)さんでしょう。
いつ知ったのかは知りませんけれど。敵に回しても味方に回しても、厄介で有能すぎるのが吉良さんの鬱陶しいところでした。
「シヲは倒せた。現状のアトリ陣営では大きな痛手でしょうね。行きましょう」
「ふざけやがって! ここでぶち殺してやるぞ、ど雑魚が!」
ギースが魔剣を振って攻撃を仕掛けますが、水を纏った土壁で防がれてしまいます。あっさり防がれたことにより、ギースが怒声をあげました。
鋭い視線を、車椅子がなく地面に寝そべるペニーに向けました。
「おいペニー! てめえも攻撃しやがれ! なんかいねえのか!?」
「えー、私の攻撃用の使い魔はトゥーン・ベアーくらいですー。強さ的には【暴虐】なしのギースさんくらいですよー」
「ど雑魚じゃねえか!」
「そうなんですー。もっと鍛えてくださいね、ギースさん」
ヒルダを逃がすまいと攻撃するギース。
しかし、ヒルダの隣に新手が立ちました。それは会談に参加していたメメ陣営の、謎のローブの人でした。
そのローブの人がヒルダと握手すれば、彼女たちの姿が掻き消えます。
瞬間移動系の固有スキルなのでしょう。
それを見た私とアトリは同時に言いました。
「だれ?」
どうしてもっとも交流のある陣営のメンバーにだけ、まったく正体の解らない人がいるのでしょうかね。さすがは田中さんと(笑)さんが所属する陣営です。
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