第258話 撤退という選択肢

   ▽第二百五十八話 撤退という選択

 補助特化のレジナルドでは防げない一撃でした。

 アトリの殺傷能力は最上の領域の中でも突出しています。それが容赦なくレジナルド殿下の首に到達しようという時。


 声が乱入します。


「【決戦顕現】! 間に合ったぜええええ!」

「おにぎり冷やします、そのまま俺を守っていろ」

「はいはい、王子さま!」


 出現したのは銀髪のホストのような男性でした。彼は両腕にラウンドシールドを装着し、不敵にアトリに笑いかけてきます。

 防御特化の精霊のようでした。

 おそらくは両方の盾を使い、なおかつ隙があれば【格闘術】で殴ってくるのでしょう。


 技術力と忍耐が必要ですけれど、有名ビルドのひとつです。

 強いのですけれど、最善ではないとされるスキル構築です。私よりはまともですけれど。


「メメレベルの技術はねえけど、精霊は何度ミスっても良いんだ。ダメージねえから」

「だから下手なまま」

「おい! 死神幼女は言葉の切れ味まで致命的なのか!?」


 アトリが超高速で斬撃を放ちます。

 ゲームのスキルアシストにより、敵精霊おにぎり冷やしますは何度か盾で防ぎます。喰らう分にはお構いなしのようでした。

 どうやらノックバックを無効にするアーツを使っているようです。


 吹き飛ばせないと判明した直後、アトリは【狂化】を利用しました。姿が掻き消えた瞬間、アトリが地面に倒れ込みました。

 おそらくは敵兵士が何かをしたのです。


 初見の敵は何をしてくるか解らない、それがこのゲームの対人戦の怖さですね。


 私はゆっくりと【アイテムボックス】からポーションを放り投げました。それを目視したおにぎり冷やしますは焦ったように、獣人の兵士たちに叫びます。


「耳を塞いで口開けろ! 目も閉じとけ! 爆音か光くるぞ!」

「配信のご視聴ご苦労様です」私は聞こえないにも関わらず言います。「私って侮られやすいのですかね?」


 ポーション瓶がアトリの魔法によって割られます。


 突如、瓶から解き放たれたのは異常なまでの――臭気でした。嗅覚が敏感な獣人族……しかも彼らはおにぎり冷やしますの命令によって、耳を塞いで目を閉じました。


 どうしても研ぎ澄まされる、強力な嗅覚がソレを捕らえました。

 獣人の兵士たちが悲鳴をあげ、おにぎり冷やしますもまた絶叫をあげます。唯一、レジナルドが平然と魔法を放とうとしたところに、ギースの突撃が間に合いました。


「死ねよ、ど雑魚おおおおおお!」

「はっ、攻撃に重さが足りていないぞ」

「黙れええええええええええええええええええ!」


 レジナルドはギースの斬撃を受け止めました。

 自爆攻撃を放たれ、ダメージを負いますもセルフヒールで回復が間に合っているようでした。両者ともに実質的なノーダメージです。


 その均衡はアッサリとレジナルドによって崩されます。


「【ルカスの凋落】起動」


 何かの歯車が狂った感覚がしました。


 呟いた時、レジナルド殿下のピアスが砕け散ります。それと同時、殿下は片手でギースの胸に抜き手を放ちました。


 それを見てもギースは笑い飛ばします。


「そんな攻撃が効くかあ!」


 ギースには絶対防御があります。ですけれど――その抜き手はギースの胸を貫いていました。貫通した腕が、ギースの背から伸びています。

 おそらくは「装備の効果を書き換える」レア装備……みたいな感じでしょう。ギース特攻のアイテムのように見えますが、通用するならば神器使いにも特攻の装備です。


「はっ、外させられたか」


 思わぬ感触に、首を傾げたのはレジナルド殿下でした。


「やるな、アトリ」

「退け」


 レジナルド殿下が「攻撃を通せるようになった」ことを察知したアトリは、咄嗟の判断で小鎌を投擲していました。

 それがレジナルド殿下の腕に命中し、ギースの心臓への攻撃を防いだのです。


 立ち上がったアトリが【ヴァナルガンド】により獣耳を生やします。その愛らしい容姿とは裏腹に、悍ましいまでの殺意が空間を掌握しました。

 光炎が地面を融解させていきます。


「一瞬で片付ける」

「それは良いアイデアだが待ってもらおう!」


 飛び出そうとした寸前、上空から神器を振り抜いた――ジークハルトが満面の笑みで降り注いできました。

 光に煌めく神々しき刀剣型の神器。


「――!」


 神器激突。

 神器能力【ヴァナルガンド】を用いていたので、どうにか上空からの斬撃を防ぎます。


「レジナルド殿下! 一旦、退却しよう!」


 そう。

 血塗れのジークハルトが仲間にそう提案していました。

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