第257話 魔教教祖オウジン・アストラナハト
▽第二百五十七話 魔教教祖オウジン・アストラナハト
「ご紹介いただいた。俺の名はオウジン・アストラナハト。小さな組織で頭をさせてもらっている。固有スキルは【完全未来予知】……どうぞよろしく頼むさ。世界が終わる、その時までね」
そう言ってローブを脱ぎ去った先。
オウジンの顔面が外気に晒されます。とくに特徴のない中年男性……なのは目以外。片目が抉り取られており、眼孔には漆黒のみが映し出されています。
眼帯も義眼もない眼孔は、まるでこの世のすべてを見透かしているかのような――虚空。
闇が光りに乗り出しました。
「さて殺される前に用事を済まさなきゃな。ローゼ」
「はいはい」
ローゼ、と呼ばれた女性がナイフで首を掻っ斬りました。大量に出血してから、そのままあっさりと絶命してしまいました。
しかし、血に濡れた、先程のジークハルトたちと契約を交わした書類が輝き出します。
それを見てオウジンが何も入っていない眼孔を眇めます。
「今のはローゼの固有スキルさ。自分の命を代償に契約を絶対に遵守させる能力だよ。約束を違えれば死ぬ。今よりその契約書は【真実の契約書】と変わった。ああ、裏向きに共闘もしないほうが良いだろう。破ったら死ぬんだ」
「キミは今、この場で死ぬがね!」
「おいおい、ジークハルト。てめえの可愛い妹まで連れてきてるんだぜ? そんな酷いことをしなくても良いだろう?」
そう言ってオウジンが顎を向けたのは、彼の背後で佇んでいる瓶底眼鏡の女性。これには昔、一度だけ会いましたね。
魔教・司祭のエリザベッタです。
どうやら彼女はジークハルトの妹だったようです。眼鏡のデザインが似ていましたが、よもや血縁まであるとは思いませんでしたね。
ひらひら、とエリザベッタが兄に向けて手を振ります。
「兄さん、久しぶりだべな――」
「【
妹をガン無視し、ジークハルトは神器を一閃しました。
その斬撃はオウジンの首を両断し、妹たるエリザベッタの上半身と下半身とを分離させました。
血飛沫の中、立ち上がったジークハルトが叫びます。
「クルシュー・ズ・ラ・シー! すぐに第一フィールドに帰還し、彼の者を連れてくるようにお願いさせてもらうよ! 使っても良い! 良いね!? 契約が交わされた今、我々は全力で敵対せねばならない!」
「解ったわ。で、オウジンはどうなったの?」
「致命傷は与えたが致命傷で死ぬ輩ではない! 何か対策してきているだろう! 急ごう! 私とレジナルド殿下、コーバスくんはすぐさま封印の地へ向かう!」
ぎょろり、と最強最優の目玉が、この場にいる全員を見据えました。
「この場にいる全員を惨殺してからね」
「【
「【
それは同時でした。
メメがこの場にいるジークハルト以外を無敵化し、レメリア王女殿下が神器を使ってジークハルトに突撃しました。
レメリア王女殿下の杖が、真正面からジークハルトの顔面を殴打します。
鼻を砕き、歯をいくつも砕きます。
壁が破壊され、レメリア王女殿下とジークハルトが外に飛び出しました。外から聞こえてくるのは悍ましい量の打撃音と魔炎による爆音です。
「アトリ、私たちも封印地へ向かいましょう」
「神様、こいつの死体はどうする。です?」
「オウジンたちの死体ですか……これは」
私が【アイテムボックス】にでも死体を放り込もうとしたところ、オウジンとエリザベッタの死体が消え失せました。霧が晴れるように、その場から綺麗さっぱり消え失せます。
残ったのはローゼという女性の死体のみでした。
どうやら彼女だけは本当に「固有スキルを使うためだけに死んだ」ようです。
こういうのが邪教の嫌なところですよね。
死ねと言われれば信仰のために死ねるイカれた人物……アトリ!?
なんてふざけている場合ではありません。魔教もジークハルト陣営も動き出した今、私たちも「契約に従い」全力で神器の奪い合いに興じねばなりませんからね。
「案内。ペニー」
「はい、アトリ隊長。行きますよ、ギースさん」
舌打ちをしてからギースは走り出します。ミャーについてはレメリア王女殿下が神器を使った瞬間、すでに封印地へ向けて走り出したようですね。
有能な人物は行動と判断能力が高く、失敗してもそれを修正する能力があります。
「行きましょうか」
神器争奪戦。
その幕開けでした。
▽
一歩。
市街地に出た瞬間、私たちはレジナルド殿下からの奇襲を受けていました。鋭い冷気のような印象のある美男子兼リアル王子様です。
かつてのアトリの教え子。
ユピテル・フォースの実兄でした。
アトリはレジナルドのサーベルを大鎌で受け止めながら、静かに告げました。
「お前の弟は知ってる。だから、お前を殺すのは好きじゃない」
「ユピテルが世話になった。貴様の教えを受けてから、奴は……なにかおかしくなった。だが、おかしさというのは強者に必要な要素。感謝しよう」
はっ、とレジナルドが鼻で嗤います。
「ユピテルには伝えておくよ。兄が貴様の恩人を殺した、とな」
「そう。ボクは秘密にしておく」
鍔迫り合いが解除され、両者が共に後方に跳びます。
レジナルド・フォースは戦闘系の最上の領域ではありません。あくまでも彼は「サポート職」であり、最上の領域の中では珍しいヒーラーのようです。
しかし、数多の要素で強化された力は、通常状態のアトリに匹敵します。
じつはアトリもヒーラーみたいなところがありますしね。セルフですけれど。大鎌に闇が纏わり付きます。
レジナルドもまた【光属性】です。
ゆえに私の【闇魔法】である【エンチャント・ダーク】が効果的なのです。元々、アトリの大鎌が纏った【混沌付与】の効果も上昇しますしね。
臨戦態勢に入ったアトリを見やり、レジナルドは苦笑します。
「これは支援役である俺では勝てないか……一人ではな」
言ったレジナルドの背後。
たくさんの獣人たちが武装して出現しました。
「ジークの護衛は私、クルシュー・ズ・ラ・シー、コーバスのみだ。だが、王子たる私の護衛はたくさん連れてきている。当然だろう」
「どうでも良い」
「そう思っているのなら死ぬだけだ」
おそらく獣人国に潜入するために、獣人の配下だけで揃えてきたのでしょう。身体能力が高い獣人の強者部隊が、レジナルドの支援を受ければ……困ります。
最上ではない大天使みゅうみゅさんが敵に回っても厄介なのですから。
最上たるレジナルドの支援ともなれば、その効果はジャイアントキリングを狙っていけることでしょう。
アトリが邪神器を握る力を強めます。
最上の領域の厄介さは、同じ最上たるアトリも理解しています。ましてや彼女は先昨日、最上の領域たるシンズと戦っていたわけですからね。
しかし、それは同様に最上と戦い、勝つことができることの証明です。
「行く」
「待ってくだせえや、姉御」
「? ギース?」
アトリの横に野蛮な青年が立ち並びます。手には二本の魔剣を構えて、指にはじゃらじゃらとアクセサリーを装着しています。
「俺様もいますぜ」
「思ったよりも協力的。おまえも神様の良さを理解したの?」
「い、いやそれは違いますぜ。ただ……俺様は俺様がスッキリしてえだけだ。有象無象のど雑魚をぶっつぶすのは俺様の役割だろうがよ」
凶暴に嗤うギースに、レジナルド殿下はサーベルを鞘に収めながら言います。
「ジョッジーノと貴様の暴虐について国は見逃してきた。他のマフィアどもよりもマシだったし、裏社会の面で抑止になっていたからな……その見逃しに免じてこちら側につくが良い。マフィアは義理を大事にせねばやっていけぬのだろう?」
「知るか。俺様はマフィア以前に【暴虐】のギースさまだあ!」
「はっ」
飛び出したギースが二本の魔剣を振るいました。
その不器用な剣術もどきから放たれたのは、破壊の閃光が二筋。どちらも一撃を放つ代わりに、使用者の寿命を減らすなんて大デメリットがある魔剣でした。
しかし、そのデメリットは【暴虐】で無視。
敵兵士たちを強引に薙ぎ払いに行きます。すべてを決着できそうな攻撃に対し、レジナルド殿下は冷静に魔法を張り巡らせました。
「はっ、火力だけだな――【閃回】」
瞬間。
ギースが放った攻撃がまったく同じ威力で跳ね返ってきました。
あれはレジナルド殿下の【神聖魔法】の【オーバーライト・ライトニング】と【閃光魔法】の【ミラー・ライトニング】の合わせ技ですね。
攻撃属性を強引に【神聖属性】に変化させて、【ミラー・ライトニング】で反射するという贅沢な合わせ技。
レジナルド殿下は【光魔法】【閃光魔法】【神聖魔法】の三つを覚えています。
また、別枠で【補助魔法】をスキルとして所有し、生産系スキルとして【魔札制作】を持っています。
かなり面倒な相手ですし、やっぱり王族の権力ってすごい。
カウンターされた魔剣の波動に、ギースは問答無用で突撃していきます。
彼は【暴虐】を使用した絶対防御があります。自身の攻撃さえも無効化してしまい、一挙に敵陣へ切り込みました。
指輪が輝きます。
「【オーバースキル】! 【自爆攻撃】」
ギースが道具で強化した【自爆攻撃】を放ちました。
範囲と威力が拡大した自爆が解き放たれます。
ギースを中心とした範囲が爆発しますけれど、レジナルド殿下が強化した兵士たちは当たり前のように後方へ跳んで回避。無数の攻撃をギースとアトリを攻撃してきます。
すでにアトリは動いていました。
場所はレジナルド殿下の背後。
静かに大鎌を携えた死神幼女は目立つギースを囮に、その敏捷値を十全に利用して、敵の真後ろに立っていたのです。
大鎌一閃。
あくまでも補助特化の最上では防ぎえぬ死神の攻撃。
「――っ!」
ですが、その攻撃は。
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