第26章 神器争奪戦編

第256話 魔教、乱入

   ▽第二百五十六話 魔教、乱入

「茶番はお終いにしよう! 神器はアルビュートが所有するべきだろう! それが強者揃いたる第一フィールドの宿命と義務であり、使命であると判断させてもらう!」


 なんてジークハルトは無茶苦茶なことを言い出しました。

 これについて顔を顰めるのは【世界女神の譲渡ザ・ワールド・オブ・ヒュミリティー】の正式な所有国――第四フィールド・獣妖帝国アルカブルスの帝王。


 狼王族のおじ様――【暴帝】ダドリーでした。


「おい、聞き捨てならねえな」


 サングラス……否、グラサンをズラし、その奧の眼孔が刃の如き鋭さでジークハルトを睨み付けています。


「我の決定が『茶番』だと?」

「そうだろう! 神器の所有国を遊びで決めるだなんてとんでもない! 我々はただ善意の元、友好国の珍事の解決に奔走しただけのこと! それで神器のような重要な兵器の扱いを決めるなんて、国が国として正常に機能しているのならばあり得ぬことですね!」

「ははっ! マジで面白えよこいつ! 帝王は虫けらの名前じゃねえぞ!?」


 ダドリーは怒ってはいませんでした。

 むしろ、どこか楽しそうでさえありました。強者を尊ぶ意識の強い帝国。その中でも最上位に位置する彼にとって、暴論を実力だけで正論にしているジークハルトは好ましいのでしょう。

 

 あるいはいかれ過ぎていて面白いのかもしれません。


 正直、私もここまで「徹底できる」人は評価してしまいます。

 命じられたら、そこに何か違和感があっても遂行できてしまう。しかもジークハルト本人はおそらくそこまで愚者ではありません。


 その彼がここまで徹底して愚者を一直線、進んでいけるのです。


 ちなみにアトリならば素でこれをやりかねません。

 強かったら何でも許される、はどうやら邪神ネロの教えのようです。なんて奴なのでしょう、邪神ネロ。親の顔が見てみたい。私だって見たことありませんしね。


 まあ、名前が売れたら百人からの母が立候補してきましたけれど。


「しかしだね、アトリくん!」

「なに?」

「キミが神器を持ち帰ったとして、その権利があったとして……行使したいかい?」

「する」

「……ほほう。これは私の話ではあるまいが、神器なんて大仰なモノをふたつも所持していれば、色々なところから恐怖と怒りを買うと思うが? キミにはそれから身を守る力があるのかい?」

「ある」

「ペニーくん、ギースくん、ミャーくん、ノワールくん、サクラくん、ヒルダくん、ルーくん、元ダート領のお婆さま、キミにはたくさん大切な人がいるじゃないか! それがどうなっても良い……そんな悲しいことを言うべきではないっ!! 愛と絆よりも武器を優先するような女の子には、キミにはなってほしくないと思っているよっ!」


 ぶわり。

 とアトリが尋常ではない殺意をジークハルトにぶつけました。圧殺しかねない威圧に対し、ジークハルトは白い歯を輝かせて微笑んでいます。


 ジークハルトの脅しは「国や外交官」としては大間違い。

 ですが、この世界は《Spirit Guardian Online》です。強き者が許され、ソレ以外は路傍の果てで転がるしかない世界。


 アトリは強者です。

 けれど、未だ実力はジークハルトに及ばず、その手が届く範囲は個人の範疇を逸脱していません。この場でジークハルトと戦った場合、おそらくロストするのはアトリのほうでしょう。


 アトリはこの場での解決は諦めたようでした。

 ただし、部下からのおねだりを無視するほど、アトリは狭量ではありません。


 アトリは色々なところで学びました。

 貴族の生き方は勝つことが目的である、と学院で学びました。

 時に諦め、逃げることが解決への最善手であることを友人から学びました。


「おまえのは」

 死神幼女が目を爛々と紅く輝かせました。

ボクと敵対するの、、、、、、、、?」

「……ふっ」


 ジークハルトが僅かに表情を強ばらせました。しかし、それは一部の人しか気づかなかったようです。即座に表情をいつもの輝きに回帰させて、堂々と騎士は仁王立ちします。


「それは脅しかい? ずいぶんと恐ろしい脅しであるが屈さないさ!」

「そう。好きにしたら良い」

「……良いだろう」


 アトリの恐ろしさは、恐ろしいことに幾重にも折り重なっております。そのひとつに「多すぎる可能性」についてが挙げられるでしょう。

 まだアトリは本格的に戦い始めて……一年くらい。

 たったそれだけで最上の領域に至った彼女が――一週間後、どうなっているのかは誰にも解りません。


 そのような可能性、、、に敵と認識される寸前なのです。


 根は常識人らしきジークハルトは嫌な気持ちなのでしょう。場合によってこの後すぐに消そうとしてきてもおかしくないですね。


 沈黙を選択したアトリに、ジークハルトは優しく微笑み掛けました。


「それで良いのさ。では、改めて神器の取り扱いについて決めよう。先のような茶番ではなく、しっかりと書類で契約を交わした試みさ!」

「それはちゃぶ台返ししないのですね?」

「ちゃぶ台返しをそもそも行った覚えはないが、そうですねっ!! 私個人に二言は許されても、アルビュートに二言は許されないですからねっ!」


 エルフの王女殿下が能面のような顔で《最強最優》を見つめています。彼女はアトリのように論破されたりしないでしょう。

 それ故に正式な書類を交わしてのもうワンチャンなのですから。


 ジークハルトの後ろ、無言で立っていた王子・レジナルドが巻物を広げました。


「はっ、これが【上】が制作した書類だ。文句があれば言えば良いだろう。ジークが飲むかは解らんがな」

「ああ! これがもっとも対等な条件だ! これ以外を飲むのだったら、その我が儘を収めるために実力行使しかなくなってしまうぞ! 流れる血液は一滴でも減らすべきだ」


 巻物に書かれていた条項はこの三つ。


「封印地にてもっとも早く神器を手に入れた陣営が、神器所有者の任命権を得られる」

「全神器使い陣営が『それぞれ別陣営』として全力で動くこと」

「あらゆる妨害活動は神器を得るに足る証明をするために許されること」


 でした。

 二つ目の条件が面倒かもしれませんね。

 これは共闘の禁止です。共闘がありになってしまえば、私たちは真っ先にジークハルト陣営を潰しにかかるでしょうからね。


 他の二つはまあよろしいのですけれど。


 これにエルフの王女殿下が抗議します。


「共闘の禁止は意味が解りませんわね。外交的な手腕もまた国としては重要な能力でしょう」

「これは外交力ではなく、神器を有するための個人力の問題ですね!! そこはお間違えなきように……!」

「……解りましたわ、そうしましょう」


 エルフの王女殿下は要求を呑みました。

 たしかに共闘は禁じられました。各陣営が全力で神器取得に取り組まねばなりません。けれど、それは表向きのお話です。


 積極的な共闘でなければ、結果的に共闘になってしまえば問題はないのです。


 これで「ようやく神器の確保合戦」についての結論がまとまりました。この場にいる全神器使いが指紋による署名をしたところ……


 突如として円卓の上に気配が三つ増えました。


 三人組の中央、テーブルに胡座をかいているローブの男性が、酒やけの酷い声をあげます。


「俺も署名しよう。『全神器使い陣営』……良い言葉だ。全力で動かせてもらうさ」


 ローブの男が片手に持ち、肩に乗せているのは近未来的なデザインの杖。【鑑定】を使うまでもなく、それが神器【世界女神の節制ザ・ワールド・オブ・テンペランス】であることが理解できます。


 その乱入者について、ジークハルトが神器のグリップに指を触れさせました。


「魔教教祖……オウジン・アストラナハト! キミが神器を所有していたのだね。歓迎しよう。もてなしは刃で十分だろう!?」

「あー、そうだな。知ってたさ。俺はこの会議室で知らないことは何もない」


 ……ふと思い出しました。

 この人とは前に会いました。ギースを探してジョッジーノ・ファミリーが根城にしている街へ乗り込んだ時。


 数秒後に爆破が起こると言い、私たちから金貨二枚を巻き上げた人でした。


 あの時はただの浮浪者だと思いましたけれど。

 魔教教祖がローブを剥ぎ、その下の顔を露わにしました。まるでもう潜伏する必要は失せたのだ、とでも主張するかのように。


「ご紹介いただいた。俺の名はオウジン・アストラナハト。小さな組織で頭をさせてもらっている。固有スキルは【完全未来予知】……どうぞよろしく頼むさ。世界が終わる、その時までね」

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