第255話 ゲヘナVSルルティア 後半
▽第二百五十五話 ゲヘナVSルルティア 後半
凄まじい戦闘であった。
カラミティーVSカラミティー。
互いに絡め手重視の構成だというのに、その存在同士のぶつかり合いは神話での戦争のようであった。
えげつない手札のぶつけ合い、削り合い。
ルルティアの領域である、黒い神殿は粉々に砕け散り、あとに残ったのはボロボロの二人。
無数の魔物の肉体を持つキメラであるゲヘナは、五メートルもある肉体の八割を失っていた。翼は穴だらけであり、三十本に増やした腕もほとんどが半ばからへし折れている。首元から生えた三つの頭部も、すべてがグチャグチャで見られたものではない。
唯一、無事な目が一個だけ、ルルティアを睨み付けている。
対するルルティアも無事ではない。
翼は残り二翼。
両手両足は切り離されており、今は【悪魔の因子】で浮くのに任せている。綺麗な顔も酸でぐずぐずに溶かされ、鼻も目も口も区別がつかぬ。
が、ルルティアはそのような状態でも「嗤う」
「もう♡ もっと先に言えよな♡ 【魔の根】の処理なら早く済ませろ♡」
「いや、言おうとしたら襲いかかってきたんじゃないすか」
「敵の言葉を聞く馬鹿じゃないの、ルルティアちゃん♡ 賢いでしょ? 褒めてよいぞよ♡」
「もう死んでくださいっす」
うんざりしたように、怪物の姿をしたエルフは学帽を被り直す。徐々に肉体が元の美形のエルフに戻っていく。やがて完璧な美貌を取り戻したゲヘナは、確認するように首を左右に振った。
それを隣で見ていたミリムも【顕現】を解く。
先程まで疲労で肩を上下させていた姿は、ふわふわした精霊のモノに置き換わる。
「……いきなり化けもんの戦いに巻き込むなよ」
「良かったっすよ、ミリムっち。キミがいなかったら殺されてたっす」
「ひっどーおい♡ ルルティアちゃんがそんな酷いことするわけないないない♡」
ともかくルルティアは落ち着いたらしい。
いや、ルルティアは記憶を読むのだ。おそらくは理解した上で「釘を刺すため」に殺し合いを演じたのだろう。
実際、ルルティアはまったく悪びれもせずに告げた。
「じゃあじゃあ♡ 約束通り、殺すのは百人までだよ♡ かわゆいルルティアちゃんとの約束、破ったらぶち殺しちゃう♡ ……第一フィールドにいるアリスたんの写し身をね」
「はいはい、解ったっすよ」
魔王軍が【魔の根】を解放すると、そこには魔物が出現してしまう。そして近くの人類種に襲いかかり、互いに命を減らし合う。
基本、魔王軍は【魔の根】を解除したら放置してきた。
時空凍結された世界では、魔物を野放しにするデメリットはなかった。
第一フィールドでは魔教が動いていたし、たまに発見されない【魔の根】の処理をするときも見つからないように迅速に移動を心がけていた。
何よりも魔王軍が人類種のために魔物を狩ってやる必要もない。
だから今回も、そして今後も【魔の根】を解放後は放置するつもりだった。それをルルティアによって制限されてしまう形となった。
「でもまあ」
とゲヘナは口笛を吹く。
「ミリムっちには吉報っすかね?」
言われた虚無の精霊は首を傾げた。
ふわり、と精霊の肉体が傾いだ。まったく意図が伝わらなかったことを理解し、ゲヘナが肩を竦めた。
「この世界が現実だと文字通り痛感した今、自分の所為で人が死ぬのは嫌でしょ?」
「あー」
ミリムはようやく理解して視線を泳がせた。
だが。
「正直なところ、どーでも良いんです。魔王様の敵なら殺すだけ。そういう覚悟を決めました」
ミリムにとって魔王の価値は、全人類よりも高い。
人類たちはミリムに優しくないし、ミリムに価値なんて感じていない。自身をなんとも思っていない奴らが「人類のために魔王と戦え!」なんて言ってきても知らない。
もちろん、言ってくる分には構わない。
それは自由だろう。
そしてミリムもまた自由である。
文句があるのならばリアルでもゲームでも殺しに来れば良いと思う。
正義の味方にならねえなら死ね、と言われても「キモい奴がなんか言ってる」としか思えないようになった。
開き直ったというよりも、理解した。
そんなに救って欲しいならば魔王様を越えるメリットを寄越せ、と思うくらいだ。
社会は間接的にミリムを苦しめ、殺そうとしてきている。
そのような相手のために命を懸けてまで、恩人に牙を向ける意義が見出せない。魔王の勝利の果て、自身が死ぬことになろうとも……社会や人の悪意に殺されるくらいならばずっとマシである。
そもそも魔王の部下はピティ以外、魔王に殺されることを許容しているのだから。
「戦争で兵士は雇われて敵を殺す。俺は魔王様の部下だから殺す」
「思い切ったっすねえ。ニホンって平和な国じゃないんすか?」
「殺し合いがないだけですよ……俺は俺のために殺すんだよ。大義も正義もねえ。何故ならば俺は小物だから、一時の安寧と幸福のために他者を犠牲にしてやるんだ」
「大なり小なり、みんな平然とやってることをそんな覚悟みてえに言われても反応に困るっすね……そういうの、わざわざ覚悟しねえとできないところが生きるの下手ポイントっすよ」
「てめえも下手だろ」
「そうでした」
とゲヘナは露悪的な笑みのもと、肩を竦めて戯けて見せた。
方針は定まった。
近くにあるエルフの集落が全滅しないように、あるていど【魔の根】から生み出される脅威を排除せねばならない。仕事がひとつ増えてしまったけれど仕方あるまい。
悪魔が自身のダメージをミリムに移して回復してから、嫌みたらしく嗤った。唇に人差し指を添え、媚びるような甘い声をもらす。
「ん、じゃあ♡ ルルティアちゃんが見ててあげる。ねえ嬉し?? さっさとしろ♡」
「おい、ゲヘナ。やっぱりこいつ上から目線でうぜえよ。殺そうぜ」
「殺せたらさっき殺してたっす」
「あは♡」
魔王軍たちは【魔の根】を処理した。
その日、エルフの小集落から命が百個……ちょうど消え失せた。
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