魔章 一幕
第254話 ゲヘナVSルルティア前半
▽第二百五十四話 ゲヘナVSルルティア 前半
第二フィールド・森林国家エルフランドの森奧。
エルフランドには小さな集落がいくつか存在している。首都たる場所以外にも、森の中、至るところにエルフは小さな集落を築いているのだ。
それにはエルフという種族の面倒さが起因している。
エルフは長命である。
ゆえに精神的な強さが必要となってくる。メンタルが弱いままでは「長い年月」を生きていく上で、どうしても絶望してしまうからだ。
ゆえにエルフたちは数十年、ともすれば百年単位で自分探しを行う。
そのために首都以外にも点々とこぢんまりした集落を作り、そこで「自分を探す」という思春期のような行為に年月を費やすのだ。
さて、そのような「精神の修行場所」たる集落の、近くにありながら誰もやって来ない森奧にて。
エルフ擬きこと――《徘徊騎士のゲヘナ》は退屈そうに欠伸を漏らしていた。しかし、その怠惰な様子とは裏腹に、その立ち居振る舞いに隙は皆無。
緊張とリラックスが見事に調和した姿である……と武術の達人であれば喝采を送るだろう。
そのような絶技にも気づかず、同行者たる精霊……ミリムは呆れた目を向けた。
「で、先輩さんよお。新人教育って言うから黙って来てやったが……俺は何をすりゃ良いんだよ」
「もう少し待つっすよ、ミリムっち」
「俺は魔王様に侍るっつー、崇高な使命が――」
とミリムが言い終えるよりも早く、地面から「何か」が生えだしてきた。
それは禍々しい、紫色の妖気を放つ――巨大なキノコであった。大きさは自販機くらいを想像すれば正解に近いだろう。生まれた瞬間だというのに、まるで枯れ果てたかのような見目の菌糸類。
ゲヘナはそれを睨み付け、手にしていた剣で指し示す。
「これが俺っちたち魔王軍の仕事っすわ」
「キノコ農家さんが?」
「違うっすよ、逆っす。これを見つけて破壊することが魔王軍四天王の一番の仕事っすわ」
「……地味じゃないですか?」
「派手な仕事なんて中々ないっすよ」
妖気を放つキノコについて、ゲヘナは語る。
「これを魔王軍は暫定的に【魔の根】と呼んでいるっす。内部に大量の魔力がため込まれてる危険物っすね」
「潰さねえとどうなる?」
「魔王様が困るっすよ」
「よし潰しましょう」
「まあ、待つっす待つっす」
任務のために一時的に契約していたゲヘナから、ミリムは何の躊躇もなくMPを拝借しようとする。勝手にMPを使用されては堪らぬため、ゲヘナは慌てて抵抗した。
契約者と精霊とは、MPを共有している。
が、契約者自身が拒絶すれば勝手にMPを使用されることは拒めるのだ。
どのように精霊に心を許そうとも、あるいてどの「伝達速度のロス」があるのが精霊と契約者である。そのロスの瞬間、ゲヘナはMPの簒奪を防いだのである。
「これはてきとーに壊しちゃいけねえんすよ。ピティの薬をぶっかけてからっす」
「っち、早く言えよ」
「まあまあ。俺っちがついてやれるのは今回だけっす。次回からはミリムっちがてきとーに契約者を見つけて、この【魔の根】を破壊していくんすから。丁寧に教えさせてくださいよ」
「は? てめえがやっとけよ」
「いやいや。今まではそうして来たんす。けどアトリが俺っちたちの現し身をぶっ殺しちまったんで」
今まで魔王軍は現し身にて【魔の根】を管理してきた。
だが、アトリによって倒された現し身は、もはや固定沸きのボスと化した。四天王自身のコントロール下から離れてしまったのである。
ミリムが舌打ちした。
「じゃあ、今回みてえに本体で来れば良いだろ? しかも本体はカラミティークラスなんだ。そっちのほうが色々できて良いだろうが」
「……本体で騒ぐとあいつが来るんす」
「あいつ?」
「ルルティアっすよ。あいつって人類種の守護者っすから。餌たる人類種が滅ぼされたり、減らされすぎたら防ぎに来るんす。うちらが第一フィールドをずっとヘルムートで蓋するだけで攻め滅ぼさなかったのは、あのクソキモ悪魔がいるからなんすよねえ」
魔王グーギャスディスメドターヴァは第二フィールドにて侵攻を辞めた。
それには色々と理由がある。
もっとも最上の領域到達者が多かったエルフ族と戦い、盟友である勇者メドと決着をつけ……さすがの魔王も疲弊した。
彼の魔王は、新たなる目的のために体力を温存することを選択したのだ。
ゆえに第一フィールドを攻め滅ぼしたい場合、四天王が動くしかなかった。
が、カラミティーレイドボス・ルルティアはあまりにも悪質である。四天王でさえ「勝負をすればどうなるか、何をされるか解らない」相手である。
来たるべき決戦のため、力を温存しておきたいのは四天王も同様のこと。
それゆえに魔王軍は第一フィールドを攻め滅ぼすことはしなかったのだ。いや、できなかったと言い換えても良いだろう。
悪魔ルルティア。
アレは人類にとっては害悪そのものである。けれど、彼女が居なければ今頃、人類は魔王軍が家畜として管理していたことであろう。
わざわざ反撃のチャンスを与えている理由はおもに二つ。
「魔王本人が人類種からの反撃を気にしていない」こと。
そして「反撃の芽を潰しておきたい派のゲヘナやピティが手を出したくないルルティアが守っている」こと。
このふたつである。
ゲヘナは気に入って被り続けている学帽を脱ぎ、軽く髪を手で整える。綺麗な黒の髪は、あまり森に似合わない。
「こうして来てるだけでも、あのクソキモ悪魔が来るかもしれねえんすけど――」
ゲヘナが全部を言い終える前に……空気が一変した。
森が押し潰されるような威圧。
空気が。重力が。世界の法則が一手で書き換えられたかのような錯覚。ゲヘナはともかくとして、まだ慣れていないミリムがプレッシャーで物理的に地に伏す。
ふと空を見る。
そこには……
息を呑むような美しい女性である。怜悧で冷たい、機械的な美しさ。肩口で綺麗に切り揃えられた黒髪は、右目下の泣き黒子を強調しているようである。
ミリムは思う。
この女性にスーツを着せて秘書でもやらせれば、とてもよく似合うだろう……と。
「うわ」
ゲヘナが表情を引き攣らせながら、それだけどうにか口にした。
あまりもの美しさにミリムは着眼が遅れたことを悟る。あの美人の頭上で黒く輝く輪……それから背にて展開される十の翼。
それはどうみても――悪魔の特徴である。
異常な威圧を放つ美女は、ゆっくりと……その可憐で赤い唇を開く。
「ういうい♡ ゲヘナくーん♡ こんなところで本体で……なぁにしてるのぉ♡」
とても綺麗な美人。
その美人が己が両の人差し指で、ぶりっ娘のようにえくぼを突いて言う。ミリムは思う。なんだかとても気持ち悪い、と。
ミリムは話では知っていた。
悪魔ルルティアは依り代に拘らない。その理由は「自身の魂こそが最強に可愛いので、その器は何でも構わない」かららしい。
ゆえにルルティアは、その言動に似合わぬルックスの器で暴れ回り、掲示板などでは「キモいので要注意」とされている有名NPCである。
だが、ルルティアの本体は。
あらゆる器の中でもっとも「マシ」なはずなのに、なんだか一番もったいなくてムカつかされる気がした。せめて愛らしい系の容姿ならば似合うのだが……せっかくの美貌が踏みにじられている。
アレが美人である事実が、こちらを一番おちょくっている気がした。
そしてその歪さが――妙に気持ち悪い。
そのようなミリムの苛立ちと嫌悪感など気にせず、ルルティアは横ピースをしながら口元だけを歪ませる。
「ルルティアちゃんね、悲しいの♡ だってだって♡ ゲヘナくんって元人類種の裏切り者のカスの癖にね、すぐに人を虐めちゃうの♡ やだやだぁ♡ 人類種側だった時は最強だった癖になんの役にも立たなかったのに、敵の時だけ本気出しちゃらめらめ♡」
「……ミリムっち。気をつけてくださいね。こいつ記憶を読んで、的確に言われたくないことをキモい口調で言い続けるマシーンっすからね。そういう機械だと思ってくださいっす」
「は? 効いてる癖に冷静アピールしてんのダサ……そりゃあ想い人を取られて、親友も自殺みてえな戦い挑んで死ぬわ。お前の冷静アピールの所為でぜんぶなくなったのに学ばないのかにゃん♡ にゃん♡」
「……聞いてくださいっす、ルルティア」
「うっわ、今度はルルティアちゃんに発情したの♡ ね・が・い・さ・げ♡ うげえ♡」
ミリムは見た。
ゲヘナは明らかにぶち切れている。長寿エルフとしての精神修行をサボった彼は、エルフにしては精神的に成熟していないのだ。
しかし、無論その怒気は表情には出さない。平静を装い、魔王軍幹部は息を吐く。
拳を握り締めながらも、ゲヘナが説得の言葉を繰ろうとして――
「じゃ、悪い子は殺しちゃうよーん♡」
問答無用でカラミティー・フィールドが展開された。
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