第253話 シンズの目的

   ▽第二百五十三話 シンズの目的

 決着は一瞬でした。

 最上の領域同士の戦いというのは「一手ミスしたほうの負け」です。


 シンズのミスはたったひとつ。

 道を走った時のアトリの速度を知らなかった……ということです。


 アトリが地上に叩き落とされた時、私は【クリエイト・ダーク】で道を作りました。ステップによる階段ではなく、一直線の闇の道でした。

 それを生み出すと同時に【シャドウ・ベール】で隠匿。


 あとはロゥロなどで隙を生み出してトドメを刺しました。


 如何に最上の領域とはいえ、苦手分野というモノがあります。

 シンズの場合は地上戦での鈍足さです(最上の中では足りないというだけで、普通に戦えば大抵の敵は追いつけませんけれど)。


 それを飛行能力で補って戦っていたようです。


 最上が弱点を弱点のままで置いておくことなんてありませんからね。しかし、ずっと空中戦だったために、アトリの全力疾走への反応が一瞬だけ遅れ、首を刎ねられてしまったのです。


「いやいや」


 何が起きたのかを見ていたペニーが首を振ります。


「アトリ隊長が疾いのは【ヴァナルガンド】……神器によるものなので解りますけどー」


 と車椅子の美女が私を見つめました。その目には動揺が映っています。


「ネロさまのアレはなんですかー? 咄嗟にシンズさんが『本物』だと判断するほどの質感でロゥロさんを作って、同時に道を作ってノータイムで【シャドウ・ベール】で隠匿って……人類種技じゃありませんよー。あと使い捨ての道なのに無駄にデザインが美しかったですし……ドン引きしてますー」

「神さまに不可能はないのだ……」

「私、神業って初めて見ましたー」

「ボクはいつも見ている! うへへ……」


 アトリが無表情でドヤ顔の雰囲気を出します。胸を張っていますね。


 強者は肌で色々と気取ります。

 完璧なロゥロの造形を作れば反応するしかなかったでしょう。まあ、視線誘導で騙された仕返しではありますけれど。


 逆に造形が少しでも違えば、【威圧眼】も意味なく囮を見破られたことでしょう。


 それと遺憾ながらメメの絶技でシンズが動揺していたことも手伝った……かもですね。あくまでも可能性です。私の造形は完璧でしたし、なくてもどうにかなりましたし……たぶん。


 私はシンズに劣化蘇生薬を使いました。


 起き上がったシンズは周囲を見渡し、困ったように頬に手を添えます。


「あらー、お姉さんぶち殺されちゃったのね」

「おい! シンズちゃん!」


 すでに場所は地上です。

 たくさんの獣人に囲まれた都市の道路。そのど真ん中にシンズは横たわっています。薬の後遺症たる激痛はまったく感じていない、とでもいうような雰囲気です。

 その彼女に向かい、狼王の長――【暴帝】ダドリーが駆け寄りました。


「てめえにしては怠ったな。事前に情報を調べ尽くしてから戦うのがシンズちゃんだろうが。速度を知らなくて負けるとはな」

「お姉さんったらうっかりだわ。小さいからって侮ったのかしら?」

「むしろ『若さがいちばん怖い』ってのがシンズちゃんのスタンスだろうがよ」

「お姉さん、じつはおばさんだからね。若いって恐ろしいわ……!」


 シンズは飄々とした雰囲気を崩しません。

 やったことは明らかに「一族郎党死罪」レベルのことでした。獣人の法律は知りませんけれど、少なくとも他の国ではそうなることでしょう。


 とりあえず、我々はシンズを連れて会議室へ戻ろうとして……アトリたちの戦いで失われていることに気づきました。

 というか街は半壊しています。


 アトリが【ヴァナルガンド】を発動しながら駆け回ったからですね。あと外れた攻撃の余波もあります。

 復興にセックを派遣せねばならないでしょう。

 この世界には【建築】スキルや【土魔法】、魔道具があります。


 個人が重機を上回る力を持つので、思ったよりも早い復興が可能でしょう。


       ▽

 翌日。

 アトリが【マルクトの一翼】で生みだした会議室型のお城にて、関係者の全員が向き合っていました。

 口を割らぬシンズに、焦れたようにダドリーが告げます。


「この国では下克上は問題ねえよ。主犯以外は死罪にもしねえ。『イケる』って思わせた頭が雑魚だって話しだからな。だが、シンズちゃん……てめえは謀反するタイプじゃねえだろ」


 なによりも、とダドリーはサングラスを小指でぐいと持ち上げます。


「こんな勝ち目のねえ戦いはしねえ」

「勝てると思ったのよ、お姉さん?」

「まだ言うかよ」


 あきれ果てた、と肩を竦めたダドリーに向け、【顕現】した(笑)さんが嬉しそうに語り始めました。


「簡単なことさー。シンシン……パンダみたいだな……ンズっちは他に謀反させないために動いたんだよー」

「他の謀反だと?」

「だって第四フィールドは『魔王軍と戦うことさえ許されずに時空凍結』されたんだぜー? そりゃあ、このままじゃいけない。じゃあ、手っ取り早く変わるためにはトップを替えりゃあ良いじゃんーってお話さ」

「我は構わねえぞ。全員を叩きのめすだけだが?」

「んふふー。状況が違うんだ。時代は変わりつつある。統治に手間取っている間だに、この国は手遅れになってしまうー、とンズっちは考えたんじゃないかなー? またいつ魔王が攻めてくるか解らないしねー」


 ゆえにシンズは「命を懸けて謀反を起こした」のです。


 最上の領域たる自分がアッサリと鎮圧されてしまうほどには、今だダドリーの力は健在である、と他の獣人たちに見せつけるために。

 しかし、それでも疑問は残滓します。

 ダドリーの力を見せるためならば、私たちが居るときに戦うべきではありませんでした。


 と、という私の思考を読んで(笑)さんが続けました。


「駄目なんだよ、ドリーが強いだけじゃねー。それだと前と変わらないさー。今回、彼がアピールすべきは――」

「――力を貸してくれる強者たちがいる、とアピールすることですねー? 前回と同じではないアピールとしては上等すぎるかとー」

「う、うん。そうだけどー、人の説明を取っちゃだめだよー? 情報屋ちゃん」

「誰だって解ってることを訳知り顔で喋るのでついー? すみません、お喋り屋さん」


 ペニーと(笑)さんが満面の笑みで視線をぶつけ合いました。


「どうだい、情報屋ちゃん。ぼくと組まないー? 最強になれちゃうぜ?」

「いいえー、私は弱者とは組まないのでー。スライムを殴り殺せるようになってから喋ってくれますかー?」

「おおっと。発言だけは許されちゃったみたい!」

「でも、自分の契約者の前でそのような勧誘する人はー、人格的にお断りですー」

「人格批判!? ぼくが毎日受けてるやつだー!」


 二人の能力的な相性はともかく、人格的な相性は最悪のようでした。似ているからこそ相容れないことってよくありますよね。


 ともかく。

 シンズの真意は理解されました。どうやらシンズ自身は死刑になるようですけれど……それくらいの秩序は仕方ないのかもしれません。

 今後あったはずの獣人族のいざこざを未然に解決した功績は、されども謀反を起こした事実だけが世に残るのです。変に思考が回る人って損ですね。私は思考を投げ捨てているところがあるので、彼女のような生き方には畏敬を感じてしまいます。


「まったく」と獣人の帝王は苛立たしげに吐き捨てました。


 ダドリーがサングラスをズラし、その下の鋭い目をシンズに向けます。


「じゃあ、処分だ。シンズちゃんは表向き死罪。数年は『国の影』として働くっていう屈辱を受けてもらう。終わったら里に帰って長に戻れ。良いな?」

「死刑のほうが良いのだけど、まあ長が決めたことに敗者は逆らわないわよ」

「それで頼む。部下に助けられたのに、そいつを処刑するだなんて耐えられねえ。我が我を殺しちまうわ」


 どうやら丸く収まりそうです。

 今回の謀反に於いて、私たちは巻き込まれた被害者とも言えます。けれども、私たち陣営に犠牲者はゼロでした。


 何よりも、本来でしたら「私たちは獣人族の帝王に借り一つ」となるところだったのです。いきなり相手の国に乗り込んでいって「お前らの国が所有する最強兵器の所有権奪いに来たから」が今の私たちのスタンスです。

 それを賊の制圧でチャラ(ほんとうはチャラにしてもらえるほど、私たちがやっていることってまともではありません。ですが、ダドリーならば国のメンツのためにチャラにしてくれることでしょう)にしてもらえるのです。


 首謀者の処遇くらいはどうでもよろしい。


 そもそも国内の罪を裁くのは、その国の支配者のお仕事。私たちが口を出す権利は端からございませんとも。


 すべて丸く収まった異常事態。

 今回の功労者はアトリでした。つまり、事前の取り決めによって神器はアトリ陣営が所有することになる――という間際のことでした。

 解っていましたが、黙っていない人物がいます。


「待ちたまえ!」


 そう。

 ジークハルトでした。すでに瓶底眼鏡は外し去り、無駄に凜々しくハキハキとした口調で、最強の人類種は主張しました。


「やはり神器はアルビュートが持つべきだろう! 茶番で神器の所有権を決めるなどあってはならぬこと! 事態は世界の平穏と安寧とを左右するのだぞ!? ちゃんと議論と正義と義で以て決定されるべきだっ!」


 二回戦が始まろうとしていました。

 それは吉良さんが予告していたこと。つまり、シンズ戦さえもが前座になるほどの「何か」がこれから起こるのです。


「さて」私は呟きます。「何が起こるのでしょうかね」

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