第252話 シンズ戦決着
▽第二百五十二話 シンズ戦決着
シンズとの戦闘は激化しています。
最上の領域とは、人類種に於ける超上位勢の総称とされています。人口に対する割合は一%にも及ばない精鋭たちです。
それでも十数人、あるいは二十数名はいるのでしょう。
三十人も居ないとは聴いていますけれど……ともかく、その最上位同士の潰し合いなんて滅多にあることではありません。
対峙し合うだけで消耗していく世界。
アトリは【ヴァナルガンド】を発動することに決めたようです。このモードはアトリをして消耗が激しく、ちゃんとした戦闘を行えば……三分も持たないでしょう。
その後は疲労で一歩も動けなくなります。
切り札中の切り札。
対するシンズのほうも切り札を切るしかなくなりました。
「【
炎の巨人。
それがシンズの肉体に重なりました。彼女自身の肉体も燃え盛っていますけれど、平然とした様子でメイスを構えます。
「いける。です」
アトリが靴で私の闇を確認するように踏みしめます。【ヴァナルガンド】の光炎を制御することにより、足裏の闇を破壊しないようにしているのです。
「では、アトリ。殲滅です」
「神は言っている。――殲滅。です」
閃光が――弾けました。
私が闇の球体を空中に無数に浮かべます。それを足場としてアトリが空中を自在に跳ね回りました。
高速移動。
シンズの上から、下から、右から左から真正面から――あらゆる場所からアトリが攻撃を仕掛けました。すべてが殺す気の亜音速の斬撃。
移動の余波と光熱によって、ビルがいくつもなぎ倒されていきます。
その死の衝突に対し、シンズはメイスを巧みに放って相殺していきます。彼女が纏っている炎魔がいくつも潰れて、新しい物に代わっていきます。
シンズの頭上で青い精霊が出現します。
どうやらシンズも契約精霊がいるようですね。ですが。
「気にしなくて良いのよ、ゼオン。貴方始めたばかりでしょ? 【MP消費軽減】だけで助かっているわよ。ずっとほしかったけれど取れなかったスキルなの」
「余所見」
「ふふ、余裕というのよ、お嬢さん」
アトリが動きを止めます。
シンズの左腕が根元から切断されています。アトリは全身が火傷だらけな上、腹に一撃をもらってしまったようでした。
すぐに【再生】させます。
対するシンズは現れた精霊が【顕現】し、ポーションを手渡そうとしましたが、私が即座に【ダーク・オーラ】をポーションに使って破壊しました。
シンズの【炎魔羽織】は思ったよりも厄介な技でした。
あれは攻撃技ではなく、防御系の技だったようですね。炎魔を斬り裂くために刃が鈍り、その瞬間に最高峰の前衛たるシンズの防御が間に合ってしまいます。
また、近づくだけで炎によってダメージを負います。
シンズのほうもアトリの光炎でダメージを受けているので、その点は互角でしょう。
アトリと同格たる最上の領域。
豊富な手札のすべてが厄介極まりなく、今までアトリと相対した敵のことも思えば可愛そうになってきます。こんなレベルの敵と戦っていたんですね……
シンズが細い目で空を見上げます。
ふと私も釣られれば、なんと次の瞬間、アトリの背後に十体からの炎魔が出現していました。炎魔たちは手をアトリに翳し、そこから高出力の炎属性のレーザーを放ちました。
音を置き去りにする攻撃が、一息に十以上。
殺戮の光線の雨。
アトリは【狂化】やその他のバフも使い、それらを紙一重で回避していきます。
「……そんな原始的なフェイントありですか」
シンズクラスが「初歩的な視線フェイント」を使って来るとは思いませんでした。というか、彼女クラスの一挙手一投足は常人とは情報量の価値が違います。
しかも、一瞬の油断が死に繋がる、緊張の緩められない激戦。
そこからの初心者のような初歩的な視線誘導……致命的な技術でした。
この場合、騙されなかったアトリが凄すぎるようですね。
「相当に基本を練習してきたようね、お嬢さん。今のフェイント、最上でも引っかかる子がいるのよ? 偉いわあ」
「?」
「あら、フェイントとさえ思われなかったみたい。悲しいわお姉さん」
それにしても。
と戦闘中だというのにシンズはのほほんとしています。それが余裕ゆえか、挑発なのかについては定かではありません。
アトリも息を整えがてら、話に応じています。
「貴女のスキル構成良いわね。敏捷と即死力を押し出しながらも、色々とできる手札。あと耐久力に無効化能力の多い安定性。もっと攻撃に寄っても良いはずなのに……貴女、契約精霊から愛されているのね?」
「精霊の愛は知らない」
「あら、反抗期かしら? 闇精霊さんが可愛そうよ」
「?」
ちょっと話が噛み合っていませんね。
しかし、今の一瞬の小休止により、互いに攻める準備は終わりました。今のは戦闘中の息継ぎのような間だったのでしょう。
シンズが呟きます。
「――【
十の炎魔が掌を向けながら、アトリに向かって殺到します。
空中でも走れるのは、炎魔が元々浮いているからでしょう。対するアトリは私が作った足場を使うしかありません。
これが地上戦でしたら、【ヴァナルガンド】で強引に攻めることができるのですが。
ここは狼王族の集落――フェリルの上空です。
「撃ち囲いなさいな、炎魔たち」
光線を放ちながら、炎魔が迫ってきます。
同時、シンズ本体も加速して迫ってきました。片手で振りかぶられたメイス。対するアトリは身体をぎゅっと丸くし、纏う光炎を凝縮させました。それから、
「【レージング・ウィップ】」
アトリが纏う光炎を操り、鞭のように繰り広げました。たこ足のような軌道で、すべての光線を叩き落とし、前方から迫ってきたシンズ自体も叩き付けます。
シンズを被っていた炎魔が腕で鞭を受けます。
シンズ本体がメイスを振り下ろし、アトリもまた大鎌を放ちました。交差する打撃と斬撃――速いのはアトリのはずでした。
ですが。
シンズの胸からは、新たな炎魔の腕が生えていました。その腕が大鎌の犠牲となる代わり、アトリの腹にメイスが直撃していました。
「っ」
アトリが吹き飛ばされ、いくつものビルを倒壊させていきます。
スキル【致命回避】が発動しています。今のは素で受けていればロストしていたということ。
「まだよ、お嬢さん。【ハード・プロミネンス】」
先程、アトリの【コクマーの一翼】を真正面から突破した、大火力の一撃。およそ連打可能であって良い技ではないでしょう。
しかし、実際に敵は連発してきました。
極大威力を秘めた熱波が、容赦なく地上まで落ちたアトリに襲いかかります。
「決まったかしら?」
とシンズが糸目をひらけば、その瞳に映り込んだのは小さな少女。ドワーフ族由来の小柄な体躯に不釣り合いな、巨大な大盾を構えたメメが笑っていました。
甘い少女の笑みではなく、壮絶な職人の笑み。
「なんやの、うちって影薄い? ……めっちゃ厄介やと自負してんねんけどなあ」
大盾が静かに振るわれます。
「【マジック・カウンター】」
「う、うそ――っ!」
シンズが絶句しながら、慌てて上空に飛んで回避します。今のアーツは「魔法攻撃をカウンター」するという【盾術】のアーツのひとつでした。
例のことながら、タイミングが異常にシビアです。
失敗すれば攻撃が直撃しますし、成功しても狙った場所に攻撃を返すことは至難。
何よりも魔法攻撃は「どこに命中判定のタイミングがある」のかが解りづらいです。
二回しか見ていない魔法に使って良いアーツではありませんでした。
メメはそれを当然のように反射しました。
どうにか回避したシンズは、額の汗を腕で拭い、吐き捨てるように言います。
「貴女、どうして最上じゃないの?」
「知らんけど。そんなんならんでも全部、盾があったら防いだるだけや」
「戦士じゃなくて職人なのね。戦場でいちばん怖いタイプだわ」
渾身の致命打を防がれ、シンズもわずかに動揺したのでしょう。
その背後で出現した濃厚な気配に、慌てたようにメイスを薙ぎ払いました。物体を砕く快音が響き渡ります。
「あら、お嬢さんの使い魔――」
「じゃ、ないですよ」と聞こえないでしょうけれど、私は嗤います。
それは私が即興で作り出した闇製のロゥロ人形でした。しかし、唯一異なるのは「何もないはずの眼孔」に目玉があること。
その目には私の【邪眼創造】によって【威圧眼】を付与しています。
メイスの一撃で闇が打ち払われます。
それと同時、シンズの真後ろから本物のロゥロが仕掛けていました。重ねた拳がハンマーのように振り下ろされます。
無論、シンズの能力ならば防御は可能。
メイスと拳が火花を散らした時。
おそらく賢羊の長は幼い声を耳にしたことでしょう。ゾッとするような可憐なだけの、悍ましい声が。
「おわり」
アトリの大鎌がシンズの首を両断していました。
空中を舞う首は……あまりにも鮮やかに断たれたためにまだ生きています。血を吐きながら、シンズが微笑みました。
嬉しくて堪らない、という獣人特有の強さへの寛容さ。
「……ボクの勝ち」
決着しました。
――――――
作者からのお知らせです。
本日から新連載を始めています。
第一話がすでに公開されており、一時間後、二時間後、と更新が0時まで五回続きます。
ちょっとダークな要素のあるファンタジーバトルロワイヤルです。
よろしければそちらも是非。基本的に毎日更新予定です。
このお話も毎日更新を続けていく予定なのでよろしくお願いいたします。
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