第250話 最上VS最上

   ▽第二百五十話 最上VS最上

 真っ先に動いたのは、楽器を背負った少年――《楽園》のコーバスでした。


【命中】のルーたちと同格と語られる、いずれは最上に至るであろう才能の持ち主です。その彼はヴァイオリンを手に持ったかと思えば、激しく掻き鳴らしました。


「では、早速一曲差し上げましょう。作詞作曲コーバス・ノノ・ロア――聴いてください『有能すぎて失敗したから帰るねっ――秋の章・序章――』!」


 とコーバスは楽器を掻き鳴らしながら、ビルの屋上から飛び降りてしまいました。距離が物理的に遠くなっていくので、歌声も徐々に小さくなっていきます。


 変な人です。


【楽園】のコーバスは戦士ではありません。彼の注目スキルは【音楽】のようでした。ずっと屋敷に引き籠もって楽器を演奏し続けた少年です。

 ゆえに精霊が現れるまで、彼はレベル10。

 生産スキル【音楽】だけはレベル100という歪な人物だったご様子。

 けれど、いざ戦ってみれば……【楽器】スキルを応用してあっという間に強者に至りました。


 今回も何らかの音を応用して、敵のリーダーたるシンズを発見したのでしょう。


 それ、多分私もできますね。


 やったことがありませんけれど、楽器を弾いて音の聞こえ方で索敵くらいできそうです。身体能力的に大したことはできませんが。シヲの【音波】スキルみたいなことですね。

 具体的なことが解らないので、結局はシヲに任せたほうが良いですけれど。


 メメが困ったように頬をぽりぽりと掻きました。


「なんやあの子。……えっとうちらでやるってことでええの?」

「ボクが倒す。神器はもらう」

「あー、せやね。どないしよ」


 メメも積極的に動いた以上、神器の獲得に前向きということです。所属的にメメは第一フィールドの人ですけれど、ジークハルト陣営というわけでもなさそうでした。

 大盾を構えながら、メメが事情を説明してくれます。


 なお、敵であるシンズはメイスを肩に担いで、にこやかに見守ってくれています。


「うちらは所属的には第一フィールドやねん。せやけど、元々は第三フィールドにおった種族でもある」


 とはいえ、それは六百年も昔のこと。

 ドワーフはそこまで長生きではないので、当時の故郷についての思い入れはまったく皆無とのことでした。


 それでも差別と区別はありました。


「ドワーフは強い種族やない。鍛冶とか物作りが得意な傾向があるねんな? で、うちらの里はアルビュートに良いように使われてきた。それは悪いことやない。そうしたほうが国も人も、うちらドワーフ自身も安全やったし上手く行ってたからや」


 せやけど。


「事情が変わったんや。……たぶん魔教が色々と弄ったんやろな。ろくでもない貴族がドワーフの里と交渉するようになったんや。アルビュートの貴族は基本的に有能やけど、歴史が長い分、どうしようもない奴が力を持っとることもある。とくに魔教が関係してたら尚更やね」


 どうやらメメはジークハルトたちと交渉するべく、神器を獲得する権利を得たいようでした。つまり、アトリとは目的が合致しません。

 これでは共闘は難しい……と思われましたが。

 メメは首を左右に振りました。


「ジークハルト。あいつはあかんわ。あれはプライドや信条で戦ってない。騎士にあらずやね。精霊の世界で言うサラリーマン、最強のサラリーマンや。あんなん怖い」


 ジークハルトの生き方は、たしかにそうなのかもしれません。

 どのような本心があろうとも、上の言う通りに労働を行う。業務内容が「戦闘」なので解りづらいですけれど、その有り様はいわゆる社畜なのかもしれません。


 つまり、ジークハルトは「上」が言うなら「何でも殺す」歯車。


 そして、メメが言うにはアルビュートの「上」は魔教が何かをしたことにより、かなり調子が思わしくない様子でした。


 メメはすべてを語りません。

 けれど、推測するに目的は「神器」を手に入れて独立することでしょう。譲渡は扱いが難しい代わりに、全神器の中でもっともイカれた性能をしているようですしね。


「だから、アトリ。自分に完全協力はできひんけど、ジークハルトに渡すくらいなら共闘するで。さっさと片付けようや」

「解った」


 話がまとまったのを見て、メイスを構えていた賢羊の女性が髪を手で払いました。


「お話し合いは終わったかしら?」

「終わったでお姉さん。なんや自分綺麗やね? その調子で潔く諦めてほしいんやけど」

「諦めることは美しくないもの。ごめんなさいね?」

「何やの、お姉さんは王様になりたいん?」

「そうなの。だってお姉さんって雑魚オスを鞭で打つの好きだし、きっと女王が似合うとは思わない? 少なくともダドリーよりは上手くやるわよ」

「そうなん」


 突如、爆音。


 アトリの大鎌による斬撃が、シンズのメイスに受け止められた音でした。にこやかな笑みを絶やすことなく、シンズが細目を開きました。

 真っ黒な目。


「可愛がってあげるわね、お嬢さん」


 シンズの背後から巨大な炎の巨人が現れました。


       ▽

 最上同士の激突は……巨大な炎の魔神とがしゃどくろの打撃合戦で始まりました。一打ごとに空間自体が震え、その余波で頑強なビルが大きくたわみました。

 アトリと鍔迫り合いながら、シンズが小さく微笑みます。


「あら、お姉さんの炎魔と打ち合えるなんて素敵ね?」

「ロゥロのほうが強い」

「そうかしら? だって、あの子もう溶けちゃっているわよ?」


 見やればロゥロの拳が溶けてきています。

 固有スキル【死者の爪ナグルファル】によってダメージを受けていないはずの、がしゃどくろ体のほうが熱で融解していました。


「じゃあ、お姉さんのほうも勝っちゃおうかしら」


 シンズのメイスに業炎が纏わり付きました。

 大鎌を保持しているアトリの手が燃え始める中、その背後でドワーフの少女の声が聞こえます。


「いてこましたれ! 【世界女神の忍耐ザ・ワールド・オブ・ペイシェンス】!」

「【月天喰らい】」


 メメの神器によって無敵化したアトリが、強引に【鎌術】アーツを行使しました。膂力で吹き飛ばしてから、アトリは【ハウンド・ライトニング】を連射します。

 さらに一歩を踏み出し、今度はシヲを召喚しながら突撃しました。


 振り上げた大鎌。

 シンズは【ハウンド・ライトニング】をあえて喰らい、迎撃にメイスを振るいました。


 踏みつぶすような打撃。

 対するアトリも大鎌を一閃しようとして――目を見開きます。


 アトリの左右。

 そこを包囲するように炎魔が出現していたからです。ロゥロと単独で打ち合える打撃力のある召喚生物が……追加で二体。


 アトリが咄嗟に防御姿勢を取ります。

 シヲが肉体でアトリを守護しましたが、一瞬でHPが全損してしまいました。シンズ自身の打撃と炎魔二体の攻撃を耐えきれなかったのです。


 シンズたちの攻撃により、ビルの階層が一気に十階ほど砕け散りました。


 足場は崩れ、大量の瓦礫が舞い上がります。

 堕ちていくアトリとメメ。


「アトリ、下です」

「っ!」


 砕けたビル。

 その新たな最上階に当たる位置には、五対の炎魔が待ち受けています。業火を纏う両腕が、まるで歓迎するように抱擁の姿勢を見せていました。


 炎の翼で空を舞うシンズが、うっとりと微笑みます。


「お姉さんと同じ最上だものね? これくらいはどうにかしちゃうわよね。そのデータが取れるのって嬉しいわ。こう見えてお姉さんってデータキャラなのよ」


 いやいや。

 データキャラがしていて良い戦い方じゃないでしょう。


 アトリはとくに何も行動しません。

 ただ重力に従って堕ちるに任せています。が、これはおそらく私のお仕事なのでしょう。私は【遅視眼】を起動しながら【クリエイト・ダーク】を繰ります。


 生みだしたのは闇の階段。

 その数は一手で数十にも及びます。アトリは突如として空中で姿勢を変え、一気に階段を駆け上がってシンズの後ろを盗りました。


 大鎌一閃。


 ですが、その攻撃は紙一重で回避され、代わりに裏拳がアトリの顔に叩き込まれました。鼻を潰されたアトリは吹き飛び、隣のビルの上半身を破壊しました。

 二件隣のビルの壁に立ち、顔の血を腕で拭います。


「凄い疾さね? でも的確すぎるわ。大鎌で首を落とすのは、勝つときだけよ?」

「うるさい」

「あらごめんなさいね、お姉さんったらじつはおばさんだから若者にお説教しちゃうの」

「殺す」

「あら生け捕りにしてくれないの? あと後ろ」


 アトリの足元……すなわちビルの壁。その向こう側で炎魔が再召喚されていたようです。壁をぶち破って、炎の拳が炸裂しました。


 業火豪腕の一振り。


 アトリの下半身が燃え尽き、それから爆散するように消滅しました。

 動きを物理的に止められたその刹那、いつの間にかシンズのメイスがアトリの頭部をぶん殴っていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る