第249話 鎮圧戦
▽第二百四十九話 鎮圧戦
私たちは会議室――高層ビルの最上階――の窓を蹴破って、一気に地面に降り立ちました。一応、私の【クリエイト・ダーク】で衝撃などを緩和しましたがね。
地上に辿り着いたアトリの元に、一頭の蝶がやって来ました。
『この戦いは有利ですよー。なんせ私とミャーさんがいますからね』
「うん。場所を教えて」
フェンルの集落は至るところから火が上がっています。
魔物が市中に放たれ、住民たちは楽しそうに戦っています。この集落には色々な種類の獣人がいますけれど、中でも目立つのは狼王族たちでした。
誰もがかなりの強さを誇っています。
おそらくは戦士として優遇された種族なのでしょう。高い膂力と敏捷値によって、一方的に魔物たちを血祭りにあげています。
「これ、私たち要らない可能性が高いですね……」
「です! でも、勝つ! です!」
魔物は大した脅威ではないようですね。
むしろ、獣人的には「突発イベントだあ!」のようです。
ならば、今回の問題は人。ペニーが報告してくれた場所に急行してみれば、そこには羊の獣人がビルを魔法でなぎ倒していました。
豪奢なローブを羽織った少年です。
特徴的な羊耳が頭部の横から生えています。
「おや。ヒトの最上がお出ましだ」
「お前を殺す」
「アトリ……殺さずに捕らえるに留めましょうか」
こくり、とアトリが頷いて深紅の瞳がぐるぐると回しました。
「神は言っている。お前は殺さずに生け捕りにする」
「どうぞ、どちらでもお好きに」
戦闘が始まりました。
ついでに私はアトリ経由でペニーに命じ、なるべく賢羊族を殺傷しないように頼みました。これについてはペニーも同意見だったようですね。
というかすべての陣営が同意見のようでした。
▽
賢羊の少年が杖を振りました。
出現したのは巨大な石の壁。と同時に上空には規則正しく石の杭が並んでいます。
「貫きなさい」
「シヲ、ロゥロ」
上空から堕ちてくる石杭をシヲが触手で受け止め、正面の巨壁をロゥロが殴りつけました。粉砕される壁。大量の石片が舞う中、賢羊の少年が魔力を込めました。
破壊された石片が散弾として、アトリに向かっていきます。
アトリ単独に対する範囲攻撃でした。
「【シャイニング・スラッシュ】」
魔力を込めた光の斬撃が、石片をすべて消滅させました。
しかし、消した瞬間、またも賢羊は巨大な石壁を生成して隠れてしまいました。上空にはまたもや石杭が生成されています。
おそらく敵はMPに自信があるタイプなのでしょう。
このパターンを延々と繰り返し、やがて敵の防ぐ手段が失われるのを待つことが必勝のパターンだと見るべきでした。
アトリには【ビナーの一翼】も【再生】もあるのでMP勝負で負けることはないでしょう。
けれど、今回の戦いは「最初に暴動を鎮圧した者が勝利」という戦いでした。ゆっくりと持久戦に付き合ってやる義理はありません。
「決めましょう、アトリ」
「決める。です」
一歩。
大きく踏み出すと同時、【死に至る闇】を強く一閃しました。【狂化】や【ライトニング・アタック】あらゆるバフを併用して叩き込みます。
崩れる巨大な壁。
その壁の石材を利用した攻撃が放たれるよりも先に、アトリは敵に突っ込みます。けれど、踏み出した途端に足元が輝きます。
「すまないね、罠を仕掛けさせてもらっている」
おそらく【土魔法】のひとつ。
罠系魔法【ソイル・マイン】でしょう。踏むだけで即時発動する爆弾です。アトリの敏捷値でも回避できないのは、併用されたアーツ【マッド・スティッキー】による効果です。ベタベタした土がアトリの靴に貼り付き、その動きを一瞬だけ止めたのです。
――爆破。
本来でしたら足を吹き飛ばされ、動きを止めたところに何かの追撃が与えられたのでしょう。けれど、アトリのダメージをシヲが盾アーツで肩代わりしました。
【カバーリング・ダメージ】
これは盾アーツのひとつですね。効果は「対象のダメージを肩代わりする」というもの。
強いアーツです。
けれど、じつのところ契約NPCで取得している人物は少ないです。
というのも、このゲームで盾を使っての耐久というのは、基本的にダメージをカットして行われるモノなのです。
【カバーリング・ダメージ】の場合、対象が受けたダメージをそのまま術者が喰らいます。盾職なのに盾を通さないダメージを喰らっては、盾は正常にタンクを行うことができなくなります。
これを覚えるのはダメージ無効の精霊くらいでしょう。
……ダメージを受けない精霊と盾の相性は微妙です。攻撃を後ろに通さないアーツなどもあるので、一概に無意味とはいえませんけれど、元々ダメージを喰らいませんからね精霊は。自分の肉体そのものが無敵の盾みたいなところがあります。
しかし、シヲにはそういったデメリットはあまり関係ありません。
魔物なのでHPに特化したステータスがありますし、召喚魔物なので最悪喰らって倒れても問題ありませんから。
何よりも相性が良いのは――
「っ!?」
突如、正面の賢羊がびくりと肉体を跳ねさせて気絶しました。
敵は見事な罠を使いましたけれど、シヲに中途半端なダメージを与えてはいけません。彼女の固有スキルである【相の毒】によって相打ちにされてしまいます。
シヲ自身はHPに余裕があるらしく、平然としていますが。
少なくとも魔法系獣人のHPではギリギリ耐えられなかったようですね。
危なげのない勝利を掴みました。
▽
シヲの触手でグルグル巻きにされた賢羊の少年は、口元に笑みを湛えて言い放ちます。
「さあ、ヒトの英雄《死神幼女》のアトリさんよ、私に苛烈な拷問を与えるが良い」
「よし、ロゥロに拷問させましょう。ぐちゃぐちゃ拷問です」
「ロゥロ」
出現したロゥロが賢羊に拳を振り下ろした時、慌てたように彼は防壁を作りました。あっさり破壊されましたが、同時に発動していた石の鎧でどうにか瀕死で済みます。
少年が叫びました。
「待って待って待って! べつに可愛い幼女に拷問されたい性癖とかないの! 聴いて聴いて」
「まあ聴きましょうか、アトリ」
もう一打を見舞おうとしていたロゥロが消されます。
アトリは首を傾げて、そのぐるぐるとした紅い瞳で賢羊を見つめました。その目に圧された少年は思わず息を呑みました。
「え、えっと。今回の首謀者について情報を吐かせてもらう」
「?」
「今回、我々の後ろには黒幕がいるのだ。その人を殺す、あるいは捕獲することによって今回の謀反は抑えられたとされることだろう」
「解った。そいつはどこ」
ずいぶんとまあ素直に吐きますね。
今のところ、アトリの【勇者】に反応はないようでして、敵は少なくとも悪意の元に嘘を連ねているわけではなさそうです。
まあ、今回の蜂起はあまりにもおかしいです。
だって最上の領域が大量にいる時に襲撃するメリットが皆無ですから。敵が愚かすぎる、というのは考えられません。
その場合、てきとーに戦っていれば解決できてしまいますからね。
考える価値がない。
ですので、思考するのでしたら「今、敵には攻撃する必要があった」という可能性です。
「まあ、考えるのは面倒です。黒幕を倒して終わらせましょう。シナリオはあとで読めば良いでしょう」
「神は言っている。黒幕を吐け」
ぶんぶん、と賢羊の少年は何度も頷きました。
「今回の首謀者は賢羊の首魁。最上の領域が一画――《炎魔》のシンズ・スカードシープです。彼女の居場所ですけれど、貴女たちが会談を行っていた施設の……屋上にいます」
「解った」
こくりとアトリは頷きました。
さて、あとはこの敵をどうやって回収するか、というお話ですけれど。ギースの到着を待っているのも面倒そうです。
と、困っていたところ、向こうのほうから手を振って歩み寄ってくる(笑)さんを見つけました。後ろには賢そうな眼鏡の少年が付き添っています。
ぺこり、と会釈してくる眼鏡の少年。
そして相変わらず距離感という概念を失しているペースの(笑)さん。
「やあ、ネロロン。その子、ぼくたちが確保しておくよー。あ、大丈夫大丈夫、功績を盗ったりしないからー」
「お前とお前の契約者では力不足」
とアトリが目を眇めて言います。対する(笑)さんは首を左右に振りました。
「ああ、大丈夫大丈夫。賢羊たちは本気で謀反したいわけじゃないのさー。だからぼくたちみたいな弱者からも『倒されたという体裁』があるなら逃げないよー」
「……嘘は吐いていない。です」
どうやら(笑)さんにお任せしてもよろしいようですね。
とはいえ、敵は最上の領域らしき女性……《炎魔》のシンズ・スカードシープとのこと。私はその人のことを知りませんけれど、最上同士の潰し合いは大変なことでしょう。
少なくともヨヨ戦並みに危険なはず。
あまり参加したくない、という気持ちはありますけれど。なんて、私の懸念を察知したのでしょうか、(笑)さんは補足情報をくれました。
「屋上に居るんでしょ? ぼくの指示でメメちゃんが行ってるから一対一にはなんないよ」
「すでに情報を得ていましたか」
「昨日時点で推理できていたさー。敵の正体も居場所も、目的もねー」
と問答をしているうち、ペニーの蝶々も同意してくれたようです。
『ですねー、討伐数は十分でしょー。これからはミャーさんとギースさんで稼ぐので。これで首魁討伐に間に合わなかったジークハルトさんたちが『数』で抗議してくる展開は防げるでしょうねー。行って良いと思いますー』
ペニーのほうも屋上で待機するシンズについて知っていたようですね。
ペニーや(笑)さんを見ていると、知っていることの強さがよく解ります。結局、いくら強くても「情報を制する人物」に使われるだけみたいなところありますよね。
まあ、ペニーにも(笑)さんにも「情報を使ってアトリを使い潰そう」という目論見は皆無です。ならば、友好的な情報強者に使われるほうが安心安全安泰というものでしょう。
報酬もくれるらしいですしね。
敵は最上の領域ですけれど、最強を望むアトリには良い経験です。
メメもいるのが思ったよりも心強いですしね。
私たちは会談のあった建物に向かいました。
アトリは【奉納・災透の舞】を使用します。このアーツは「魔力のない障害物を無視する」という効果があります。
それは重力にも言えること。
アトリはアーツを使って高層ビルの壁を登っていきます。なんなく最上階に辿り着いたアトリが見たのは、美しい四十台頃と思しき女性でした。
羊特有の耳。
首元を被う白いもこもこはマフラーではなく、おそらくは自前の毛なのでしょう。
細めの女性は困ったように、頬に手を添えて言います。
「お姉さん、困ってしまうわ。こんなに可愛らしいお客さんが……三人も」
アトリ、メメ、そうして楽器を背負った少年……この三名が最上の領域と対峙します。
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