第248話 最上の頂点

   ▽第二百四十八話 最上の頂点

 私が劣化蘇生薬でギースを治療すると同時、アトリがジークハルトに斬りかかっていました。両者、ともに近未来的な武器を鍔迫り合わせています。

 大量の火花が散る中、ジークハルトは白い歯を輝かせます。


「アトリくん! そうだ、キミにも言わねばならぬことがあったんだ!!」

「殺す」

「アトリくん! 神器を返そう! それは国のモノだ! 個人が国家レベルの武器を所有するべきではない! それにキミの行いは盗難だ! 嫌なことがあったから国の至宝を盗んでも許される……なんてわけがない!! 人の安寧のため、国のため、何よりもキミ個人のためのお話だ!!」

「お前は使ってる」

「違う! これは国の武器だ! そして私は国の剣、刃そのもの! 私は国の武器なのだ!!」


 ジークハルトは有名NPCです。

 その戦闘方法やステータス、スキル構成から神器の能力についてまですべてが割れています。


 神器【世界女神の勤勉ザ・ワールド・オブ・デリジェンス】の効果は「一秒以内に決着のつく勝負の勝敗を勝利にする」というもの。

 絶対勝利の異能力。

 ジークハルトが【最強最優】と呼ばれる所以です。


 これでは「勤勉」って何? と思えるようなチート能力かもしれません。

 しかし、この能力ほどこの世界で「努力」が要求される力はありませんでした。というのも、この能力は「一秒で決着がつけられる」範囲が広がれば広がるほどに強くなります。


 たとえば所有者が最上の領域者ならば、大抵の敵は「1秒以内」に殺せます。つまり、神器を発動するだけで「敵が死ぬ」わけですね。

 これが弱者でしたら1秒では勝てないために神器は発動しません。


 ジークハルトは「どちらの刃が先に相手に届くのか」なんて勝負を仕掛けて勝利してきます。使用者が弱ければ「どうやっても当たらないので勝負にもならぬ」となるようですが。


 強者たるジークハルトが使えば手が付けられません。


 知っていても対処できない、圧倒的な力と言えるでしょう。

 おそらくアトリでも勝利することは難しいでしょう。それでも今、勝たねばならぬというのでしたら……


「そこまでよ」


 私が覚悟を決める寸前、クルシュー・ズ・ラ・シーの美声が乱入しました。


「ジーク、一度オフにしなさいな。賊の鎮圧が優先でしょ?」

「そうだね、クルシュー。見れば先にペニーくん、メメくんは行ってしまったようだ! 有能すぎるというのは楽しいことだねっ!!」

「殿下とコーバスも向かったわ」


 ジークハルトが剣をおろしました。

 それを鞘に仕舞い、ポケットから眼鏡を取り出します。それをすちゃ、と装着しました。瓶底のダサい眼鏡でした。


 赤かった髪が金色に変わり、それを本人がボサボサに乱しました。


「あー、安心するですだ」


 ほっと溜息を吐き、肩を落としたジークハルトは続けます。


「アトリさん、ごめんなさいですだな。私、仕事のためとはいえ女の子に怖い思いさせただ。べつに私としては個人が神器を持とうが良いんですだが、上がそれを良く思わないんですだよ。注意して出来れば返してもらえって煩くってですだ」

「……だれ?」

「ああ、私の言動が変わったからってお兄さんを許す必要はねえだよ。公私を分けているのはお兄さんの都合ですだ。殺したかったらご自由にですだよ。じゃ、さっさと移動するべや」


 ジークハルトの言葉にクルシュー・ズ・ラ・シーが頷きました。


「そうね、行きましょ。そうだわ、アトリ。成長中の時は戦う相手を選びなさいね? あたくしは女子どもの味方だけど、常に助けられるわけではないもの」


 そうして室内からジークハルト陣営は行ってしまいました。

 残されたのは血塗れながらに無傷のギース。それから杖の切っ先をジークハルトに向けていたエルフの王女殿下たちでした。


「アトリ様」

 エルフの王女殿下が話掛けてきます。

「わたくしたちと組みませんか? アトリさまたちの目的は把握しておりますの。わたくしたちエルフランドの中から神器使いをペニーさまに選んでもらう形でどうですか?」


 こくん、とアトリは頷きました。


「ペニーが満足するなら構わない」


 こうして私たちとエルフランドは同盟を結びました。

 アトリには珍しく、私の判断を仰がなかったのは……理解したからでしょう。


 現状のアトリではジークハルトには勝利することが不可能だということに。最上の領域とは異次元の強者たちの総称です。

 けれど、その最上の中にも優劣は存在します。


 最上の頂点。


 それがジークハルト・ファンズムの実力というものでした。

 思わずアトリが同盟を結ぶことを選ばさせるほどの実力差。本来、神器使い同士は敵ではありませんけれど、今後、何があるか解りませんからね。


 吉良さんの言を信じるのでしたら……今回ではなく、二回目のほうが危険そうです。


 神器会談。

 私たちが思っているよりもハードな予感がしてまいりました。




――――――――

 作者からの補足情報です。

 もしかしたら抱かれる疑問として「じゃあ【勤勉】持ちがめっちゃ弱ければ、逆に一秒以内に負けて勝敗が着くので神器を使ったら勝利できるのでは?」という疑問があると思います。


 それはについては「そうなります」が正解です。


 けれど、【勤勉】は取得条件に「レベル100」「全スキルレベル100」「固有スキル所持2つ以上」「国家規模での武闘大会での優勝」「人類種、生物に対する一定以上の愛」がなければ持ち主になれません。


 ゆえに弱者が持つこと自体難しいようです。

 勤勉の名を持つ武器なだけはあるようです。


 また、魔王は神器の内容を知っているので、神器を見せた時点で「一秒以上時間を長引かせる」ことによって「一秒以内での決着で即死」から逃げるようです。

 気づかれねばワンチャンあります。


 とはいえ、ジークハルトは普通に魔王と勝負できるスペックがあるので、弱いからこその勝利判定はどのみちできないようですが。

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