第247話 踊らぬ会議
▽第二百四十七話 踊らぬ会議
後日、ようやく全神器使いとその護衛が集結しました。
メメの護衛は三名。
一人がヒルダです。私たち《独立同盟》の一員ですね。契約精霊は田中さん。
それから知らない眼鏡の少年。
ただし、彼自体は一般人ていどの実力しか持たないようです。厄介なのは少年と契約している精霊――明らかに(笑)さんでした。
最後に…………まったく知らない男性です。
もっとも交流のある神器使いの陣営が、いちばん得体が知れないの怖いですね。おそらくはヒルダの契約精霊・田中さんの伝手でしょう。
と。
突如【顕現】して(笑)さんが挨拶してきます。
「やあー、ネロロン。(笑)だよー? 今回は妹共々、お世話になっちゃうんだぜー?」
「妹ですか?」
「もっちろん、我が賢妹こと田中ちゃんだよー」
……おや。
そういえば昔、「妹をよろしく」と言われたことを思い出します。その妹というのがどうやら田中さんだったようですね。
(笑)さんの妹ということは、本名は吉良だったりするのでしょうか。
あるいは結婚して田中になったとか。
複雑そうな理由がありそうですね。
「ううん、ないよー。単純に身バレ防止の偽名でしょ。ぼくの妹だからねー、けっこうおかしいよ、この子も」
「ちょっとお兄ちゃん!」
田中さんが慌てて【顕現】して抗議します。
「あることないこと言わないで!」
「あることもないことも言えないなんて、ぼく、ちょっとしかお喋りできなくなっちゃうよー」
いや「あること」と「ないこと」を封じられて何を喋ることがあるのですか?
なんて疑問に応えてくれることはなく、(笑)さんは続けました。その肉体は妹らしき田中さんに揺さぶられています。
なんていうか、田中さんってお兄さんの前だと……妹っぽいですね。
当たり前かもですけど。
「妹はぼくとは違い、足で情報を稼ぐタイプでね。あっ、ぼくと同じ情報集め大好きっ子だから気をつけてねー。ま、彼女はぼくみたいに掲示板にはあげないし、普段のぼくたちは協力者ってわけじゃないけどさ」
「ばらさないでって言ってるわよね、お兄ちゃん!」
「大切な情報を独占して、ほくそ笑んでいる黒幕タイプなの、うちの妹ちゃん」
思えば田中さんの行動力は、ちょっと吉良さんに似てましたね。
吉良さんは動かぬ考古学者です。
対して妹さんは自分で確かめるタイプのようでした。実際、この《スゴ》でたくさんの人とパーティーを組んでいるのは恐ろしい手腕です。
それはどうやら情報収集のためのようでした。
「さて」(笑)さんが笑います。「妹がぼくの手先じゃないアピールを終えたから本題だ。今回の会議……二回ほど荒れるよー? 気をつけてね」
「それはどういうことですか?」
「二回目だ。二回目に荒れた瞬間は、アトリちゃんには何もさせちゃいけないぜ」
それだけ告げ、(笑)さんは【顕現】を解除してしまいました。
こうして不穏な空気と共に、神器会議は幕を開けたのでした。
▽
「率直に言わせてもらう!!」
室内には青年の声が響き渡りました。
よく通るハキハキとした声でした。如何にも軍人然とした、ともすれば騎士然とした声音。発するのは火色の髪色をした、美しい青年でした。
「第五神器【
円卓。
その一画に腰掛けたジークハルトはそう宣言しました。
対して抗議したのは、アトリの後ろで車椅子に座っているペニーです。
「えー、なんでですー? 普通は第四フィールドのモノですよねー?」
「そうだな!! だが、我々第一フィールド・人類国家アルビュートには実績があるっ!! 六百年、唯一、魔王軍より侵略を防ぎ続けてきたという実績だっ! 神器は人類種の至宝である! それを奪われるわけにはいかない! もっとも強く強靱で有効活用できる国家が握るべきだっ! そうは思わないかい!?」
「ですが――」
「――そもそも第四フィールド・獣妖帝国アルカブルスの統治方法には疑問が残る! 国家として成立していない! 帝王が年代わり、強き者が尊重されすぎており、なおかつ侵略だって視野にあるとのことだっ! このような国に力を赦すことは危険極まりない!」
あのペニーが喋ることを許されません。
勢いのある声ですべて押し潰されます。議論や会議の場でもっとも強いタイプでした。いかにも正しい雰囲気を持つ、相手の話をまったく聞かない主義主張の強いタイプです。
ディベートだったら強いですけれど、国同士の政治に連れてくる人材ではありませんね。
「それとも何かい、情報屋ペニーさん! キミは侵略に賛成ということかな!? キミの所属は元々は第四フィールド! 祖国に協力したい気持ちはよく解る! だが、今回は平和のためにアルビュートに味方してはくれないかい!?」
「条件次第では良いですよー?」
「条件とはなんだい!? 大抵の条件は飲まない! 何故ならば人類国家アルビュートは誰にも屈しないからだっ!」
「ええー」
ジークハルト。
ネームバリューのわりにあまり露出の多いNPCではありません。ですが、なんだか思ったよりもぶっ飛んだ性格ですね。
見た目だけは主人公みたいな感じなのですけど。
エルフの王女殿下などは目を白黒させています。政治が解る人物として「こいつマジか」と思っているのかもしれません。
ですが、ジークハルトの言葉はこの世界では間違ってはいません。
第四フィールドは魔王軍に負け、アルビュートは守ることに成功しています。力こそすべてというのならば、すべて主張が通されるべきはジークハルトなのです。
それに対し、神器使いではないものの会議に参加している【暴帝】ダドリーが口を開きました。40代くらいのサングラスをかけたおじ様です。王冠がまったく似合っておらず、衣服に関しては素肌の上にジャケットというモノ。
細いのに筋肉質な胸板が見えています。
そのようなダドリーが驚くようなことを口にしました。
「構わねえぜ。くれてやらあ、神器」
「そうかい! ありがとう! もらった!」
「待て待て待て待て」
面倒そうに割って入ったのはユークリスでした。彼はこういう場に口出しするのも面倒そうでしたが、唯一、あのジークハルトと互角と評される人物です。
彼の言動に異を唱える権利がありました。
ユークリスが面倒そうに言います。
「どういうことですかな、ダドリー王。神器の所有権を自ら手放すとは、力を尊ぶ貴国の主張とは思えませんね」
「簡単なことだぜ。譲渡は弱え」
「……そうなのですか?」
強いて言うならば、と狼王の獣人は腕を組みました。
「譲渡は使用者を弱体化しやがる。かつては我と互角だったリタリタちゃんが、最期のほうにゃあ十把一絡げの強者に成り下がっちまったんだぜ? 薄気味悪ぃ武器なのよ、アレは」
ダドリーもまた最上の領域が一員です。
アトリが最上の領域に至ったので、同格と知り合う機会が増えました。最上と渡り合え、対等でいられるのは同様の最上だけです。
おのずと最上が出張れば、最上と出会いやすいのは自明の理。
基本、最上の領域って国に数名しかいませんからレアなのですけれどね。
神器所有者リタリタもまた最上だったようです。
が、神器を繰り返し使用することにより、最終的には「何処にでもいる強者」レベルにまで堕ちたようでした。
中々の事実です。
最上とは別格の総称。
それが普通の強者に堕ちるということは、相当に神器にはデメリットがあると見るべきです。
それっきり帝王は口を噤みました。
目を深く閉じきり、あとは会議の向くままに任せるつもりのようでした。最大の所有権利者が所有権を手放しました。
勢いよくジークハルトが立ち上がります。
「良かった!! では神器は我らがもらい受けるっ! コーバスくん! キミが神器の所有者となるのだっ! すごいよ、神器とは!」
「では、【楽園】のコーバスより一曲捧げます。『やっぱりさっぱり面倒くせえ』、聴いてください!」
立ち上がった少年がヴァイオリンをギターのように掻き鳴らし始める中、エルフの王女殿下が控えめに挙手しました。
「あのー、エルフランドとしても神器には興味がありますの。国家間でのバランスを考えれば、第一フィールドは神器を持ちすぎだと考えますが?」
「なるほど! レメリア王女殿下! キミの考えは……考えすぎだな! 神器は我々がもらい受けよう! それが世のため、人のため、世界のためだ!」
「しかし、一国だけが強くても魔王には対抗できません。第一フィールドは魔王が直々に責めてきていない国。魔王の脅威を知らぬ国ですわ」
「知らぬならこれから知っていけば良いだけのこと! 少なくとも我々は魔王軍に対する敗北は知らない! そしてこれからも知るつもりはないっ!!」
「第一フィールドはアリスディーネに首都を奪われましたわ」
「そうだ! 第二フィールドの援軍に私が出向いている間だにね! じつに悲劇! これを改善し、魔王軍の戦力を減らすためにも第一フィールドにはもうひとつ神器が必要と考えるべきだろう! そう、すべては人類種の未来のためだっ! 解ってくれてありがとう!」
あまりなにもジークハルトは強引でした。
その暴論にレメリア王女殿下は必死に食らいつこうとします。グッと拳を握り一声。
「そ――」
「そもそも第二フィールド解放も第一フィールドの功績となっている!! すっかりあやふやにされているけれど、アトリくんは第一フィールド所属であるからねっ! 登録上!! 助けられた恩について、貴国はずいぶんと軽視しておられるようだね!!」
会議は踊りません。
これは華麗な舞踏会などではなく、ただ意見の主張合戦。強い国が勝つ、というだけの……そういう次元の言い争いでした。
むしろ、ジークハルトの手腕に恐れを成すほどです。
絶対に交渉しない、というスタンスがありありと感じられますからね。これは諦めるしかないかも、と思わされるくらいでした。
そうしてジークハルトと王女殿下が主張をぶつけ合うだけの時間に、ふと異物が混入します。
「報告いたします!」
会議室の扉がばん、と力強く開かれました。
目を見開いた【暴帝】ダドリーが口元を緩ませました。
「このタイミングで謀反か?」
「そ、そうです! 賢羊族の者たちが蜂起!」
「シンズは?」
「居ません! おそらくは配下の者たちの独断かと!」
ダドリーが立ち上がるよりも早く、ジークハルトが椅子から立ち上がりました。
「素晴らしい機会だ! 賊を始末する! 友好国との関係を良好にしたいからね!」
「ふはははは!」
ダドリーが呵々大笑します。
「てめえイカれてるな、面白え。政治ができるのにあえてやっちゃいけねえことを真顔で踏みにじってやがる。だから良いぜ、許す。賊を最初に鎮圧した奴が神器の所有国だ」
そうダドリーが宣言した瞬間でした。
悠然と歯を輝かせるジークハルトに向け、ギースが剣を振りかぶっていました。真っ先に競争相手を失脚させようとする、マフィアらしい選択肢でしたが――、
スッとジークハルトの目が細められました。
今までのあたおかムーブが失せるほどの冷たく、理知的な瞳。
「【
瞬間。
この会議室で誰も見えぬうちに、ジークハルトはギースの真後ろに立っていました。跳んでいるのはギースの首でした。
血塗れの剣がゆっくりと鞘に収められていきます。理知的な目を閉じた後、現れたのは再び熱意だけの瞳でした。
転がった首が、ジークハルトの魔法で粉々に砕かれます。
「誰だい!? この重要で崇高なる会議に無法なる弱者を連れてきたのは!? うっかりロストさせてしまったじゃないか!?」
アトリが大鎌を握り締め、真っ赤な目を光らせました。
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