第246話 神器使い@3
▽第二百四十六話 神器使い@3
翌朝、アトリはホテルの庭先で大鎌を振り回していました。
練習相手はギースとミャーの二人がかりでした。二人は殺す気でアトリに猛攻を繰り広げていましたけれど、すべてをアトリは涼しい顔で躱し、お返しで攻撃を叩き込んでいきます。
ギースには絶対防御があるので、練習場で首が飛びまくることは防がれていますね。
ただしギースは大量の汗をかき、ミャーは特大の狩りの相手に興奮しているようでした。
「やばっ、全然狩れねえ! ……面白い」
「ミャー」
「あ、すみませんっす。格下なので舐めた口効きました」
「それは良い。お前の攻撃には殺意が足りない」
「え、そうなんすかね」
ミャーの矢は殺意が乏しいです。
それがおそらく「暗殺者の矢」としては必須の条件なのでしょう。けれど、本気の殺し合いは時として「殺意」が重要となります。
「場所も威力も良い。けど殺意がないから怖さがない」
「……かもしれないですね」
「殺意と無殺意を混ぜれば、もっと怖い」
ミャーの目の色がすうっと移り変わりました。それが狩りに集中し出した証拠なのか、それとも別の意味があるのかは知れませんが。
ふとゾッとするような殺気が膨れ上がりました。
そして気づけば……アトリが跳んでいました。その足元には動きを止めるための矢。次々と放たれる矢を大鎌で落とし、こくりと幼女が頷きます。
「今の感じ」
「いや避けられましたけどね」
「殺意で隠して、無殺意の矢を放つのはすごい」
「いや避けられましたけどね!?」
「殺意が足りない」
「今のでですか!?」
いきなり口で教えたことの応用をかましてくるミャーです。さすがはアトリの部下というだけはありました。
ジャックジャックの間接的な教え子として、よくやっているでしょう。
対するギースは下手な剣術を振り回しています。
鍔迫り合いにもならず、アトリは一方的に大鎌を叩き付けていきます。
「お前はどう足掻いてもスキルの使い方が下手」
「んなこと解ってんだよ! おらあ!」
「だから無理にスキルを使うな」
アトリが大鎌でギースを掬い上げ、その肉体を宙に放り投げました。太もものホルスターからポーションを投げつけます。
業炎ポーションは砕けた瞬間に炎を生みだし、空間から一気に酸素を奪い取ります。
「っ!」
ギースには事前にあのポーションの存在を伝えていました。
ギースは基本的に無敵ですけれど、殺す手自体は色々とございます。そのひとつに酸素を奪うというものがあります。
……まあ、あのポーションの中身は粘着ポーション。
下手に砕けば全身が粘着液に捕まえられ、地面に縫い付けられてしまいます。
「【自爆攻撃】!」
ギースは咄嗟に空中に「爆破」を行使、吹き飛ぶことによってポーションから逃げました。自分で自分の動きにビビり散らかし、マフィアの若頭は地面を転がりました。
泥だらけの顔を、すぐに上げて目を輝かします。
「どうっすか、今のは!? ちょっとした崩技でしょうぜ」
「隙が多い」
「……なんか哀しいっすわ」
ちなみにセックの口癖は「わたくしは悲しい」です。ここに来てから何度か「どうせならセックさんの料理が食いてえぜ」と言っていたので似たのかもしれません。
倒れたギースにアトリが手を貸します。
……それを爆破しようとして、アトリがギースを投げました。
「狙いは悪くない」
「めっちゃ投げられたが!?」
「お前はスキルに頼るべきじゃない。固有スキルを練習するのだ……」
固有スキルに頼りすぎはギースの悪いところとされています。けれど、じつのところ、ギースは固有スキルに頼り切りになるのが一番強い状態です。
下手に剣術を使うようになった彼は、現状、ちょっとだけ弱体化しているまであります。
無論、使えるようになったら強くなれます。
いつかの為の今の弱体化ですね。スタイルを変えるためには弱くなる必要があったりします。今のアトリも【神楽】と【体術】の兼ね合いを訓練で試しています。
アトリが言います。
「攻撃に【暴虐】を使うべき。良いアイテムを探すと良い」
「攻撃アイテムって言われても困りますぜ。おすすめはあるんで?」
「自分で探す。ボクで試せば良い。戦闘中に思考ができないのもお前の弱いところ」
「はっ、なら試させてもらいますわ。殺しちまったらすんません」
「お前では無理。ボクは邪神ネロ様の唯一の使徒」
ギースはアトリに敗北してから、あるていどレベルを上げたようです。そのために【暴虐】の適応数も増えていることでしょう。
アトリの【神器創造】も90レベルになったことによって一枠増えています。
今後、おそらくレベル100になった時にも一枠増えることでしょう。そろそろ神器の枠を決めてしまっても良いかもしれませんね。
現状、ひとつは大鎌。
ひとつはセック。
ひとつはシヲが持つ大盾という風になっています。
残りの一枠はアトリで固定してしまって良いでしょう。本当は「新しく得た武器スキル」用の武器に適応するつもりでしたがね。
武器スキルを後回しにしたのでしょうがありません。
ひとしきり訓練を終えれば、ホテルの掃き出し窓から人が現れました。拍手を送ってくるのは静かに憤怒するような雰囲気の、黒髪黒目の男性でした。
凄まじいオーラを纏う男でした。
陰気そうな見た目ですが、
「貴様がアトリか……はっ、第一フィールドはずいぶんと大きな人材を失ったものだ」
「おやおやー、これはこれはー」
庭の隅で観戦していたペニーが会釈をしました。にまり、と嗤う口元。
「第一フィールドの王子様が自ら失態の吐露ですかー? レジナルド殿下ー?」
「はっ、敬いと敬意のない口で『殿下』だなんて口にするモノではない」
「こういうキャラでしてー」
「貴様の不敬を許す。……そもそも貴様も狐帝の血族であるようだしな」
「半分だけですがね」
私たちの前に現れたのは、第一フィールドの王子様の一人――【英傑】のレジナルド・フォースでした。
第一回イベントでアトリよりも順位の高かった一人です。
そして最上の領域の一人。
鋭い眼がアトリを見つめます。そのままレジナルド殿下は靴音を鳴らし、アトリのほうまで歩いてきます。
やがてほとんどぶつかるような距離で、レジナルド殿下がアトリを見下ろします。
……凄まじい殺意。
「貴様。タタリ村を囲んでいた騎士どもをどうした?」
「? なんのこと?」
「……はっ、嘘ではないようだな」
口元を手で覆ったレジナルドがぶつぶつと独り言を始めました。
「アトリが始末したわけではない。ならば、まだ覚醒していなかったアトリを守るため? 他の覚醒者を許さぬため? 囲うためか? 誰だ? 何故、アトリが選ばれた? 我が配下に弱兵はおらぬが始末した徹底ぶり…………オウジンと視るべきか。くだらぬ狂人め」
「なに?」
「……はっ、なんでもないとも。失礼したな【死神】。言っておこう。我々第一フィールドの王族は貴様を引き戻すことについて肯定的だ。いつでも言うが良い」
「要らない」
「はっ」
鼻を鳴らし、レジナルド殿下は踵を返しました。
ちなみに上階の窓からは、欄干に身を委ねたクルシュー・ズ・ラ・シーが小さく手を振ってくれています。どうやらジークハルトの護衛三名は「【英傑】レジナルド・フォース」「【呪獣】クルシュー・ズ・ラ・シー」「【楽園】コーバス・ノノ・ロア」の三名のようでした。
かなりガチガチです。
ジークハルト自身も最上なので、あの陣営は最上が三名も搭載されていることになりますね。やり合えば確実にアトリがロストするでしょう。
また、最後の【楽園】のコーバスもかつてのアトリと並べて語られた《動乱の世代》の一人です。
思わぬ別陣営との接触でしたね。
アトリをしてやや空気が重くならざるを得ませんでした。
そのような緊張の最中、遠くのほうから足音が聞こえてきます。視線を見やれば見たことのある顔でした。
「きゃー! かわいい! 美幼女!」
跳躍して抱きつこうとしてきたのは……エルフの王女殿下。
レメリア・シュー・エルフランドでした。彼女はアトリを抱き締めようとして、その顔面を蹴っ飛ばされてしまいました。
地面をゴロゴロ人転がっていく王女殿下。
がばり、と起き上がった顔には靴跡。しかし、嬉しそうに王女殿下は微笑みました。
「懐かしいですわね、アトリさま!」
「…………うん」
「忘れていませんわよね!? 一緒に戦った仲のわたくしですわ!」
アトリは驚いたようです。
何故ならば、王女殿下が……その雰囲気を大きく変貌させていたからです。具体的に言えば王女殿下はどう見ても――最上の領域に至っていますから。
アトリが上目遣いで赤い瞳を向けます。
「いつ至ったの?」
「おそらくはアトリ様の少し前です。わたくしの神器の性質上、どうしても成長は早くなりますもの。今戦えば、おそらくはアトリさまには負けますけれど」
神器を使わなければ、と王女殿下は言い添えました。
神器を使った王女殿下に勝てる人物は最上の領域でも少ないでしょう。
神器【
具体的に「どういう身体能力を与えるのか」と言えば「所有者のレベルを50上昇させる」というものです。
レベル100の者が使えばレベル150になる、という神器でした。
つまり人類種でもカラミティーの力に至れる神器ということです。
ちなみに制限時間があるようで、ずっと+50レベルというわけではないようですね。しかし、使われればアトリでも時間内は逃げに徹するしかありません。
昔に倒した王子は、半分適合者から外れていたので出力が甘かったようです。
精々が+10レベルくらいだったのでしょう。
それでも王子は「HPが残り僅か」「理性の残る限り手加減した」「そもそもアトリは殺されていたのを蘇生薬で復活させて相打ちにした」という事実が積み重なっていますけれど。
首狩りのあるアトリでなければ、普通に殺されるだけだったでしょう。
あとで思い知ったあの時のピンチですね。
王女殿下を追うようにして、三名の護衛役が現れました。頭をがしがしと掻くのは「《天撃ち》のユークリス・レオ」です。自国の王女殿下の痴態に困っているようです。
続いて現れたのは、汚れた衣服の職人「《鍛冶師》ゴーシュ」でした。
元々王子だったという鍛冶師ですね。
本人も凄腕の戦闘系召喚術士だったりします。ただし、彼の本領はあくまでも鍛冶師のようですけれど。
最後にお付き兼護衛のシシリーでした。一緒にゴーシュに会うべく森の中を冒険した仲ですね。短剣使いのエルフです。
どうやらセッバスは置いてこられたようですね。
こうしてみればエルフ陣営も強いです。
最上が二人。
こっちもギースやミャーを連れてきて過剰戦力だと思っていましたが、むしろ、今回の規模では私たちは弱い陣営にカウントされてしまうかもしれません。
さて、最後の神器使いであるメメは……まだ第四フィールドに辿り着いていないようです。
まだ時間はありますからね。
私たちが早かっただけ、というのはあるかもしれません。
しかし神器会談。
強者が集まってきて、ちょっとだけワクワクしてしまいますね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます