第241話 最終階層

   ▽第二百四十一話 最終階層

 ようやく最終階層に辿り着きました。

 じつのところ、かなり状況は悪化しています。


 まずペニーとギースは戦闘ができません。

 さらにアトリは長所たる「再生力」を封じられており、その「再生力」を補ってくれていた大天使みゅうみゅさんはMPが半減しています。


 大天使みゅうみゅさんとMPを共有しているノワールも戦力減。


 唯一、まったく問題ないのがミャーと羅刹○さんでした。

 ミャーも固有スキルを禁じられているため、火力はかなり落ちているようでしたが。ソロでの狙撃とは違い、一撃で仕留められなくても前衛がいるのでマシでしょう。


「アクシデントはありましたがー」

 ペニーが間延びした声で言います。吉良さんもですけれど、このような喋り方の人は「脳内情報量が多すぎて整理しながら」話しているので喋るのが遅いのかもしれませんね。

「最終階層までやって来られましたねー。一応、確認なんですけど、みなさんって何を望みましたかー?」


 意外と重要な情報かもしれませんね。

 私たちはこの迷宮をクリア後、オリハルコンを採掘するために再入場する気です。その際、また今回のような試練を受けては困りますからね。


 オリハルコンの採取がなければ、大天使みゅうみゅさんのMP制限が取れるまで待っても良かったくらいです。

 あとシヲの再召喚もできるようにしていたでしょう。


 しかし、ことは一刻を争います。

 このダンジョンは週替わりで内装が変化しますからね。オリハルコンが消えてしまいます。


「ボクと神様は経験を望んだ」

「あたしはスキルレベル上昇を、○さんは補助具でした」

「みゅうみゅ様はアクセサリー、私は経験値でした」


 そしてペニーは「何も望まなかった」ようです。

 ……そのような選択肢があったのですね。いえ、なかったのですけれど、無理矢理に交渉したのでしょう。私が【月光鎌術】のために【農業】を使った時と同じですね。


「ギースは?」

 アトリが尋ねれば、視線を逸らしたギースがぶっきらぼうに答えます。


「金っすわ」

「……何故、嘘を吐く」


 アトリには固有スキル【勇者】があります。この【勇者】の正しい効果は不明ですけれど、少なくとも「害意・悪意のある嘘」を見抜くことが可能でした。

 今、ギースは何かしらの悪感情を伴った嘘を吐いたようです。

 この「悪」はたとえば「罪悪感」などにも適応されます。私も【偽る神の声】がなければアトリに嘘が露呈しまくる、ということでした。


 ギースが肩を落とし、気まずげに言いました。


「…………嗤うなよ? 固有スキルだ」

「うえええええ!? 欲張りさんみゅん! 最強の固有スキル持ってるのに!」

「黙れ! 嗤わなくても大袈裟に驚くな!」

「なんか強さはもうあります。興味ありませーん、みたいな顔してるのにみゅん」

「うるせえって言ってんのが伝わんねえのか馬鹿が!」


 どうやらギースは新しい固有スキルがほしかったご様子。

 ギースはこの《スゴ》に於いて最強の固有スキルを持っている……と表されます。そのような彼は固有スキルにあぐらをかいて、その所為で実力を磨くのを怠っていると思われがちです。


 しかし、アトリや【命中】のルー、そういった強者を見やれば真実が解ります。


 ギースが強いのに弱者扱いされているのは、才能が致命的に欠如しているからです。


 つまり、ギースは今後、どのようなスキルを得ようとも、武器を得ようとも……それを上手く扱うことができません。努力でどうにかなるような才能ではないのです。

 だからこそ、ギースはもうひとつ固有スキルを求めた。

 アトリやルルティアと戦って、自身が最強ではないことを痛感したからでしょう。


 この世界は強者が優遇されます。

 逆説的に、弱者にはなんの権利もございません。彼らは強者が気まぐれを起こさぬように祈ることしかできないのです。


 それを理解し、そして強者に救済されない立場のギースは強くあらねばなりません。


「……固有スキルを望めば試練の難易度が上がるのは解ってた。だが、望んだ。あげく、固有スキルを封じられちまって役にも立ってねえ。あんたらがムカつくのは仕方ねえだろうさ」

「いやいや」


 大天使みゅうみゅさんが首を左右に振りました。


「これくらいでムカつくほどに余裕ない奴いないみゅんよ! それよりもみゅうみゅ的には悪いことはあんまりしないでほしいなあ、っていうかあみゅん」


 まあ、ここまで来てしまいました。

 今更、その点に怒っても意味がないでしょう。そもそも「何を望むか」はそれぞれの判断に任せていましたしね。空気を読めと言っておいて、失敗したら激怒するなんてイカれています。


 アトリが言いました。


「神は寛容。でもギース」

「なんです?」

「固有スキルは何もせずには手に入らない。この階層でお前は活躍するべき」

「……っす」


 ギースは九階層でのPVPで活躍……できませんでした。

 大天使みゅうみゅさんにヒーラーをお願いして前衛を試みましたけれど、まったく役に立てなかったようでした。


 みゅうみゅさんのチャット欄では「必死乙」「無様すぎ」「悪役が頑張ってるのダサすぎ」というコメントが主流でした。

 普段は、大天使みゅうみゅさんのところのチャットはもうちょっと穏便なのですけどね。


 大悪魔りゅりゅんさんのアレコレ、ギースの好感度のなさなどが響いたのでしょう。


 あと女性たる大天使みゅうみゅさんとコラボの形になっている私へも暴言が来ていますけど。ミリムのようにリアルで殺しに来る気概のある人物はいないようでした。

 私としてはリアル襲撃のほうがありがたいです。

 だって陽村が確実に無力化してくれますからね。


 見えないところで誹謗中傷を繰り返されているほうが面倒です。


「では、アトリ。ポーションを飲んで行きましょうか」

「はい。たくさん飲む。です!」


       ▽

 最終階層はボスのみ。

 ですけれど、ボス部屋には大量の罠が設置されているようです。


 今回、ボスと戦闘するのはアトリ、ミャー、ギースの三名。

 ノワールは支援を撒きながら、ペニーの護衛を担当することになりました。ペニーは罠の解除を行うようですね。


 バリアの向こう。

 広い空間に君臨しているのは二頭を持つ一体の竜でした。その竜はペニー曰く「アンフェスバエナ」というドラゴンらしく、毒と氷を自在に操り、二つの頭で独自に思考する怪物とのこと。


 また再生能力を持っているのも特徴のようです。


 ちなみに本来のアンフェスバエナは、頭と尻尾が頭部となっているのですけれど、今回のアンフェスバエナは首が二股に分かれているタイプです。


 バリア越しでも威圧を感じさせられます。

 おそらくはパーティーのレベルや試練難易度に合わせて、かなり強化されているのでしょう。フィールドボスと遜色のない脅威なのでしょう。


「ギース、行け」

「うっす」


 こうしてバリアを破り、私たちのパーティーはアンフェスバエナ戦を開始しました。


 鍾乳洞のある、高い天井の広場。

 そこにギースが足を踏み入れた瞬間、双頭竜は大咆哮をあげました。


『ぎゃああああああああお!』

『ぎゃあああああああああお!』


 二つの首が叫び、そして右の首がすかさず口元に魔力を溜め込みました。あれは闇属性……毒を付与したドラゴン・ブレスの予兆です。

 ギースが怯えを隠すように吠えました。


「おりゃああああああ!」


 彼が前に出したのはひび割れた小盾。

 何かしらのデメリットのある装備品で、いつものギースでしたら無代償に使えた品物です。それを【暴虐】なしで使うようでした。


 ブレスが炸裂。


 小盾で受け止めましたけれど、ギースの小盾はあっさりと砕け、ギースの腕が吐息に触れただけで腐り落ちました。


「っ! 姐御!」


 ギースはその悍ましい状況でも、退かずに作戦を続行しました。

 ギースは無敵キャラにしては「痛みに対しての耐性」があるようです。こういったタイプってダメージを喰らうと痛みでのたうち回るイメージがありますけれど。


 さすがは精霊の助けなしで【自爆攻撃】を取得したキャラクターと言えるでしょう。


 基本、精霊のいないNPCはその行いや精神性によって獲得スキルが手に入りますからね。昔は特攻タイプのキャラクターだったのかもしれません。ギースは過去を語りたがりませんけれど、自分の過去をひけらかす人は面倒ですからね。

 その点は評価に値します。


 大鎌を構えたアトリが、気づけばアンフェスバエナの首上に立っています。


「ひとつ」

『ぎゃあああ――!?』


 大鎌が一閃されました。

 敵がいかに大ボスといえども、首に対する攻撃でしたら【首狩り】が成立します。今回は【再生】がないので【殺生刃】は使っていませんが、それでも大ダメージでしょう。


 アトリが両断したのは、氷ブレスを吐くはずだった首です。


 毒は対策してきましたからね。

 落ちた氷の首。しかし、その首は独りでに動き出し、一直線に罠を解除しているペニーのところに向かいました。


「ひ、ひい!?」


 と混乱しながらノワールが首に射かけます。

 すべて華麗に回避されてしまい、急に方向転換した首がノワールを絡め取ります。ドラゴンの肉体、その首だけを見れば蛇にも似ています。

 

 蛇は全身が筋肉。

 そのようなモノに締め付けられれば、ステータスが高いわけではないノワールでは厳しいでしょう。途端に肺が押し潰され、呼吸が止まってしまったようです。


「こ、ひゅっ」

「【ダーク・リージョン】」

「あ、ありがとうございます、ネロさま!」


 私の【ダーク・リージョン】で首から抜けたノワールは、ペニーを担いで跳躍しました。ですが、そこにアンフェスバエナ本体が【闇魔法】の弾丸を放っています。

 目を丸くしたノワール。

 されど、ちょうど良い位置にミャーの矢が入り込みました。


「魔法と相殺くらいできますよ」


 放たれた魔法に対して、矢での相殺。


 常人離れした技術に、同じ弓師であるノワールは驚愕したようですね。ようやく着地したノワールが、即座にアトリに攻撃力上昇バフをくれました。

 今回、大天使みゅうみゅさんのMPを確保するべく、ノワールは最低限の支援しかできませんからね。


「首、治った」


 アトリが言うようにアンフェスバエナの首は再生してしまいました。

 しかも、切り落とした独自の意思で稼働する首は、まだ蛇型モンスターとして生き残っています。


「首は切断しちゃ駄目みたいみゅんな!」

「アンフェスバエナにそのような力はありません。おそらくは固有スキルですねー。名称しか解りませんでしたがそういう効果でしたかー」


 ノワールの小脇に抱えられたペニーが、平然と顎に指を添えました。


「あとアンフェスバエナの反応がおかしいですー。たぶんですけど、胃の中に何かいて、そっちのほうが本命かもです」

「相変わらずギミックブレイク性能が高いですね、ペニー」


 私がペニーを評価しますれば、隣のアトリがムッとしました。小さく挙手します。


「ボクはギミックごと殺せる。です……!」

「偉いですねえ、アトリは」


 対抗嫉妬幼女を宥めました。

 じつに物騒な嫉妬でしたね。

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