第240話 女同士のあれこれ
▽第二百四十話 女同士のあれこれ
ルルティアの【アィーアツブスの一翼】によって、与えていたダメージがノワールに移されました。
絶叫をあげたノワールは、そのままドサリと床に倒れ込みました。
【鑑定】を使うまでもなく、どうやらノワールは死亡したようです。彼女のHP総量よりも多いダメージを押し付けられてしまったのでしょう。
「っ!」
これは私たちの失態でした。
とはいえ、ルルティアの技を妨害することは難しかったでしょう。アトリと私の手持ちの札でアレを止める方法はありません。
いえ、なくはないのです。
アトリが【ビナーの一翼】で敵の【悪魔の因子】をオフにすることです。そして、敵が再度【悪魔の因子】をオンにして発動する一瞬の間で、敵をロストさせてしまう。
これができていれば防げたでしょう。
しかし、ルルティアは雑魚ではありません。
アトリは未来視によって、実行しないことを選択したようです。
失敗したのでしょう。
どうせ失敗してしまうのでしたら、MPと翼を消費しない今を選んだのは正解でしょう。
前線から引き返してきた大天使みゅうみゅさんと交差するように、アトリは前に飛び出しました。
「交代お願いみゅん!」
「解った。……ごめん」
「しゃーなしみゅん!」
ノワールの額に大天使みゅうみゅさんが手を触れさせました。彼女の手に大量の魔力が込められていきます。
ですが、その背後から女性のヒステリックな声が聞こえてきます。
「交代して!」
何が行われたのかは想像がつきます。
このままでは契約者を喪った大悪魔りゅりんさんは、スポーン地点まで送り返されてしまいます。それを遅延するべく、生き残ったファンの契約NPCを譲ってもらったのでしょう。
大悪魔りゅりゅんが【闇魔法】の攻撃アーツ……【ダーク・ハンマー】を放ちました。ノワールの死体の上空に、漆黒の槌が出現しました。
振り下ろす動きに合わせて、槌が落ちましたけれど。
アトリは二度目の失敗を許容しませんでした。振り向くこともなく、未来視を使って【ライトニング・ボム】を投擲。
闇の槌を光の爆弾で吹き飛ばしました。
「さんきゅーみゅん!」
叫んだ大天使みゅうみゅさんは、長い詠唱を終了させました。発動するのは光属性回復系の最高峰――【レイズ】。
そう。
蘇生魔法です。
泡を吹いて倒れていたノワールが、ぱちりと目を見開きました。
たしか【レイズ】は完璧な蘇生が実現できるはずです。私の劣化蘇生薬とは違ってHPデバフもなく、激痛の後遺症もないようでした。
ただし、発動した側にはデメリットありです。
MPが五割、数日間だけ失われた状態で回復しないようです。クールタイムは三分間なので、無理をすれはもう一度だけ撃てるようですが……MPがゼロになってしまいます。
しかし、蘇生は完遂されました。
復活したノワールを見やって、大悪魔りゅりゅんさんが悔しそうに歯噛みしています。握られた拳は今にも血が垂れそうなくらいでした。
相当、ノワールの生死に執着しているご様子。
それは大天使みゅうみゅさんも気づいたのでしょう。困惑の隠しきれない声音で問います。
「ど、どうしてみゅん? どうしてそこまでノワールを」
「……」
「一緒にコラボした時、内心は――」
「――違うもん!」
もん! と大悪魔りゅりゅんさんは叫び、やはりヒステリックに続けました。
「だって! だって……寂しかった!」
「え?」
「今まで一緒に配信してきたのに、そこの泥棒猫にみゅんちゃん取られた! 返してよ、私のみゅんちゃん!」
「……えっとぉ」
「私のこと嫌いになったから、その女とだけ遊ぶんでしょ!」
話を耳にしている限り、どうやら……よくある女の子同士の面倒なタイプの喧嘩です。かつて私が学生をやっていた時代、こういうやり取りは何度も耳にしました。
ちょっとすれ違っただけで喧嘩をし、壮絶な罵り合いの末に絶縁。
それから一ヶ月後くらいには仲良く遊んでいる……そういう女子あるある。
これが30代くらいになると一生の絶縁になるようですけれど。
若い女性はこういうやり取りを頻発しますよね……若いのかどうかは知りませんけれど。
大天使みゅうみゅさんも顔を引き攣らせながらフォローを入れます。
「えっと。べつに嫌いになってないよ……みゅん」
「嘘! だったらノワールとばっかり遊ばない!」
「いや、みゅうみゅは配信者だし……」
「《スゴ》しかしないじゃん!」
「そういう方向性にはなったけどみゅん」
大天使みゅうみゅさんは現状では《スゴ》専門の配信者です。かつては色々な種類のゲームを行っていたようですけれど、今では《スゴ》配信、雑談配信、歌配信くらいのようですね。
後者ふたつは聞いたことがありませんけれど。
ともかく、大天使みゅうみゅさんが《スゴ》しかしなくなったことは、ファンの間でも賛否両論ではあるようでした。このゲームに興味がない人やトラウマを覚えた人は見たくないでしょう。
大悪魔りゅりゅんさんは厄介ファン代表みたいなところがあるかもしれません。
ノワールが居るからこそ、大天使みゅうみゅさんは上位プレイヤー。それをロストさせればまた遊べる……大悪魔りゅりゅんさんはそう判断したようです。
「うわ、めんどくさ」
と羅刹○さんが【顕現】を解除する間際に言い捨てました。彼女は私たち《独立同盟》の中にあって数少ない「対人関係OK」な人です。
ですけれど、女性にしてはサバサバしているのも事実。
こういう関係はお嫌いのようでした。
私は気にならないタイプです。
というか、他人の人間関係に口出しして、ああでもないこうでもない、と考えること自体が嫌ですね。芸能人の不倫とかどうでも良くないですか?
そのようなことで傷ついていたり、意見を持っちゃうだけでしんどいです。
PK合戦を仕掛けられたのも、純粋な悪意や殺意を向けられるよりはマシでしたし。
何よりも得心しました。
今回のPK……おそらく大悪魔りゅりゅんさんは「本気での成功」は目論んでいません。だって本当にノワールをロストさせた場合、完全に関係が敵対関係になってしまいます。
意識的か、無意識的か、あえて失敗するように大悪魔りゅりゅんさんは動いたのでしょう。
それでしたらルルティアが「攻撃することだけ」が目的だったのも解ります。まあ、あの悪魔はついでに一回だけロストさせていきましたがね。
大悪魔りゅりゅんさんは「NPCはNPC」と割り切るタイプのようです。
こういうタイプと大天使みゅうみゅさんのように「NPCも生きているのと変わらない」派閥はどうしても相容れませんからね。
今回は《スゴ》だから過激に見えただけで、本当なら「そのゲーム辞めて、他のゲームで遊ぼうよ!」と訴えていただけで終わったかもしれません。ただ《スゴ》は時間を長く拘束されるゲームです。
時間加速はありますし、ログアウト中もゲームは進んでしまいます。
「やめて!」で辞められるタイプのゲームではないのです。
これは女性同士のアレコレですね……
ゆえに、私は……教室の隅でクラスメイト女子が争っているくらいの距離感でお話を聞こうとして――アトリが敵を惨殺して会話が強制中断されました。
血まみれになったアトリは、こくりと頷きます。
「終わり」
「どうやら終わったようですね……」
私は大天使みゅうみゅさんを評価しています。
同じゲームをプレイする人間として、多少なりともリスペクトもございます。
チームを組んだ以上、その人が関係した問題が発生したからと言って「面倒だから消えろよ……」なんて思いはしません。
というか、それって小説やゲームでいう雑魚の言動ですしね。
厄介な事情を抱えた仲間を見捨て、いずれ主人公が「その厄介ごと解決」して本当の仲間になる。そして、見捨てた元仲間たちは報いを受ける……みたいな。
べつに報いなんて来ないでしょうけれど、見捨てて気分が良いわけではありません。
そこまで必死に見捨てる理由がないだけですね。
ただし、軽く確認してみたところ、大天使みゅうみゅさんの配信のコメントは酷いもの。誹謗中傷の嵐。「はよ進めろ」「死ね」「消えろ」「ゴミ」「女さんクソで草」のようなコメントが続きます。
まあ、仕方がないでしょう。
コメント投稿はどうしても言葉が荒くなってしまう人もいますし、忙しい日常の中に楽しみを求めているのに女同士の嫉妬喧嘩を見せられては心の余裕をなくす人も出てくるでしょう。
いえ、まあ、仕方ないで誹謗中傷したらいけないですけどね。
ですが、ネット民に期待するだけ無駄という気もします。
彼らは配信者同士が「喧嘩」することは悪だとし許さずとも、自らが有名人に「死ね」という分には問題を感じないですから。
生きている倫理観が違います。
問題を問題として捉える気がない相手と会話するのは疲れるでしょう。今回の問題、大悪魔りゅりゅんさんもですけれど、視聴者の機嫌も取らねばならないのは大変でしょうね……
つくづく配信者って大変なお仕事です。
溜息を吐いた私はアトリに耳打ちします。
アトリは耳も弱いらしく、私の囁き声でもぞもぞしましたが、すぐに頷きました。視線を大天使みゅうみゅさんに向けます。
「神は言っている」
死神幼女が冷酷に告げました。
「裏で解決しなさい……と」
「ご、ごめんなさいみゅーん!」
大天使みゅうみゅさんがログアウトしました。ちなみに大天使みゅうみゅさんは悪くないです。
▽
その三時間後、大天使みゅうみゅさんは帰還しました。
かなり泣きはらしたようで、その様子はグッタリしているようでした。ああいう関係特有の「全力で泣きながら言い合い」をしたのでしょう。
ある程度、叫び合って最終的には「悲しかった!」「私も!」みたいな感じで仲直りしたのでしょう。
和解後、どうやら大悪魔りゅりゅんさんも配信を取り、そこで正式に今回の事情説明、謝罪を行ったようでした。
ネット民は賛否両論。
仲直りできて偉い、てぇてぇ派。
知るか死ね派。
人に迷惑をかけるな派(《スゴ》はそういうゲームなのに)。
大悪魔りゅりゅんを許す大天使みゅうみゅを許すな派。
大悪魔りゅりゅんって誰派。
などに分かれました。
ちなみに私は最後です。
巻き込まれてしまったのは面倒でしたけれど、即席とはいえ仕事仲間が上手く行ったなら良かったでしょう。
私が大天使みゅうみゅさんの能力を買っているからそう思うだけですが。
これが全然知らない、態度の悪い即席パーティメンバーだったら放置していたかもしれません。
最終的な結論として、大天使みゅうみゅさんは《スゴ》を続けるようです。その後、私と羅刹○さんのアドバイスによって《スゴ》内で別ゲーの配信をする方式を採用するとのこと。
課金でPCやゲームなどを買い、それでゲーム内配信をするようでした。
まあ、このゲームって移動時間も長いですからね。
それから大悪魔りゅりゅんさんは「生産職」になるようです。
プレイでは大天使みゅうみゅさんのような上位勢にはついていけないため、消耗品を補うことを目的とするようでした。幸いなことに彼女は「悪魔っぽいという理由」から【魔女術】を覚えています。
いずれは大天使みゅうみゅさんの冒険に一役買うでしょう。
こうして私たちは……まだ解決していない第十階層をようやく見据えたのでした。
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