第238話 プレイヤー戦の切り札

   ▽第二百三十八話 プレイヤー戦の切り札

 私たちはルルティアたちと会敵しました。


 私とアトリ、羅刹○さん、ノワールと大天使みゅうみゅ、ギース、ペニーは並んで敵と対峙しています。

 それぞれ武器を構えて準備は万端です。


「やあやあ我こそは!」

 大天使みゅうみゅさんが勢いよく名乗り上げる中、介入するようにルルティアと一緒にいた精霊が【顕現】しました。


 いつも自信たっぷり、明るい様子を絶やさぬ人気配信者が――一瞬言葉を失いました。


 大天使みゅうみゅと対を成すような見目。 

 漆黒の輪と翼を持った美少女です。怜悧な顔を激情に染めあげ、感情的な声を大天使みゅうみゅさんにぶつけました。


「みゅんちゃん、悪いけどここでノワール殺すから」

「りゅんたん……」


 目を見開いた大天使みゅうみゅさんが一瞬だけ息を呑みました。しかし、すぐさまいつもの朗らかに笑みを湛えます。

 けれど、観察眼に優れた私には、その笑みはぎこちなく映ります。


 明るい中に、一滴の寂しさ。


「き、奇遇みゅんな……あ、良かったら先に進むかみゅん?」

「解ってるでしょ、みゅんちゃん。私が何をしたか」

「いや、あれは、べつに……そういうドッキリじゃんね? みゅうみゅは解ってるみゅんな! ね、みんな! みゅうみゅはあんなの気にしないし……」

「ノワールを殺させてくれたらそれで良いから。みゅんちゃんはログアウトして良いよ。しないならこの場にいる全員をロストさせるから」


 ……なるほど。

 大悪魔りゅりゅん、というのは名前だけ耳にしたことがあります。大天使みゅうみゅさんを天軍防衛戦に参加させた切っ掛け。

 自分はバーベキューイベントで命の危機もなく遊ぼうとしていたプレイヤー。


 それが悪いこと、だとは思いません。

 このゲームは蹴落とし合いを「是」としていますから。ただし、それはあくまでもゲームでのこと。配信者的には「加減」を覚えるべきでしたね。


 まあ、私が配信者について語るなんて烏滸がましいですが。


 それにしても敵の異常なペースでの攻略の所以が知れました。【悪魔の因子】ではなく、純粋に私たちは「ゴースティング」されていたのでしょう。

 普段、配信をしない私や羅刹○さんは気づけませんでした。

 また大天使みゅうみゅさんも、配信者だからこそ気づけなかったのでしょう。


 だって、アトリやミャー、ギース(今回はポンコツですけど)がいるところに乗り込むなんて死にに来たも同然なのですからね。

 襲ってくるにしても「今はありえない」と判断したのでしょう。

 おそらく、敵もだからこそロストしても良いNPCだけで固めているでしょうが。


 肩を落とした大天使みゅうみゅは、大きく息を吐いてから鋭く目を見開きます。


「ごめん。ノワールは殺させられない。……ネロさん、羅刹○さん」


 ふと大天使みゅうみゅさんが敵から視線を外し、私たちのほうを見やってきました。申し訳なさそうに頭が下げられました。


「これはみゅうみゅのクエストみゅんな。手出しはご無用。ご迷惑をおかけしたみゅん。先に行っててほしいみゅん!  みゅん! 大天使みゅうみゅVS大悪魔りゅりゅん! これは撮れ高みゅん! せ、世紀の決戦となるであろう!」


 おや。

 どうやら襲撃の責任を感じて一人で対処(ノワールもいますけれど)しようとしているようです。


 私がなるべく穏便な台詞を考えていると、先に羽帽子の少女の肉体の頭上にあった水精霊が動き出しました。

 巨体の美女が低い天井の下、窮屈そうに【顕現】しました。


「あのさ、みゅうみゅさん。あたしは配信者じゃないから撮れ高とか解らないのさ」

「それは――」

「あたしは他者のプレイにとやかく言えるほど偉くないし、驕っちゃいない。配信したけりゃすりゃ良いし、PKしたかったらすれば良い。嫌がらせ粘着も良いだろうね。このゲームは自由が許されるし、その責任だって自分で取れる。嫌なら辞めれば良い」


 だから、と水精霊の美女は豪快に口元を吊り上げて笑います。


「あたしはPKはキルしなきゃ満足できねえのさ! PKKだからな! ――【アクア・バレット】!」


 羅刹○さんが【大海魔法】の弾丸をいきなり乱射しました。

 これは意外なほどに効果的でした。


 人は人の話を聞こうとする性質があります。卓越したコミュニケーション能力が強みたる人類は、他者の話にどうしても耳を傾けてしまいます。

 それが自分たちよりも遙か彼方、有名人同士の対話であれば尚更。


 大悪魔りゅりゅんの視聴者たちは、つい話に聞き入っていたようでした。


 この会話に割って入るという思考がなかったわけです。

 空気を読めてしまう日本人のデメリットですね。つまり、この初撃は私を含めた全プレイヤーが想定できておらず、また反応できませんでした。


 それでも。


「防げ!」


 敵NPCたちはこの世界の住民。

 荒事の道理を弁えています。奇襲的な初撃も次々と防がれてしまいます。何発かは命中したので、大ダメージは与えましたがね。


 反射的に攻撃を凌ぎ、遅れて敵NPCたちが意識を覚醒させていきます。


「始まった! 始まった! 戦――」


 最初に動き出した敵NPCの右耳から矢が入り込み、左耳の位置から抜けていきました。脳を横断された男が地面にぱたん、と倒れました。

 計画が開始されています。

 今の奇襲は狩人のミャーの仕業でした。


 ミャーはこの戦闘が始まるよりも早く、別位置で待機してもらっていました。彼女の持つ【狩猟術】アーツである【気配断ち】と私の【シャドウ・ベール】で隠密していたわけです。

 私たちと並んでいたのは【狩猟術】で作った【ダミードール】です。


 第九回層の構造は第二階層と同じでした。

 つまりワッフル構造。あるいは京都構造……敵が足を踏み入れた部屋の二つ隣から、ミャーは容赦のない狙撃を連続させました。


 追加で二体のNPCが死亡します。

 三体目を殺そうとしたところ、判断力の高かったプレイヤーが【顕現】で身を挺して防ぎました。


「まずは狙撃手を殺せ! 孤立してる!」


 ミャーに向けて三名のNPC、【顕現】したプレイヤーが駆け寄ります。スキルやステータスによって一秒もせずに辿り着けてしまうでしょう。

 ですが。


「私も仕事をしましょうかね」


 すでに【アイテムボックス】より二本のポーションを取り出しています。ひとつは【低級生物支配ポーション】と言ってロゥロにあるていど指示を通せるようになる薬です。

 薬を受け取ったアトリが、ロゥロを呼び出してポーションを投擲しました。


「ロゥロ。地面」

『がらあ!』


 大地へがしゃどくろが拳を叩き込みます。

 破壊することはできませんけれど、ロゥロの膂力での打撃は地揺れを発生させました。襲撃に行ったプレイヤーが姿勢を崩します。


 同時、私は二つ目のポーションを投げていました。


「ノワール」

「撃ちます! すみません!」


 アトリの号令にノワールが冷静に応じました。空中を踊るポーションが矢で破壊された直後、信じられないような大音声。

 雷や花火の音が小さく感じられるほどの音でした。


 ――これぞ対プレイヤー用の秘策【音響ポーション】!


 精霊は無敵です。

 ミリムの時に困った私がいつまでも対処を考えないわけもなく。


 かつて私はミリムを掴んで振り回し、三半規管に攻撃しました。要するにゲーム的なダメージでなければ、プレイヤーに攻撃することは可能なのですよ。

 だから、防ぎようのない音を武器にしました。


 音響兵器は現実でも実用化されている、立派な兵器です。


 あまりにも効果が強いので使いづらいそうですけれど、そのようなことは私の知ったことではなく。巨大すぎる音を喰らえば、人体は物理的に動けなくなります。

 私や他のメンバーは「音の方向」で対処できました。


 ミャーには対策アイテムを持たせていました。

 使い切りなのでもう壊れてしまったことでしょう。すなわち、この戦闘中、もう私たちは音響ポーション攻撃ができないということです。


 そして、敵はそれを知らない。


 アトリが毒入りの瓶を投げました。宙を舞う瓶に対し、本当のダメージに慣れていないプレイヤーたちが阿鼻叫喚を上げました。何名かはログアウトしたようです。

 残留組の全員が耳を塞ぎ、一部の人は被害を減らすために口を開いたりしています。


 ノワールの矢で瓶が砕け散ります。


「残念でした」と私は笑います。


 割れた瓶から飛び散ったのは、シンプルな猛毒でした。

 耐性のないNPCが毒状態になり、彼らは驚いたように目を見開きました。そこにアトリが呟きます。


「【フラッシュ】」


 閃光が世界を白く染め上げました。


       ▽

 残った敵NPCたちは三名。


 輝きに満たされた世界の中、アトリが一瞬で敵を蹂躙したのです。【狂化】を解除したアトリはルルティアと対峙しています。


 ルルティアはあらゆる妨害を大笑いしながら見ていて、閃光の中の猛攻もすべて裁ききりました。今のルルティアの肉体はレベル100。

 十分なステータスを有しています。

 それの操作主がカラミティークラスだというルルティアならば、防げて当然でしょう。


 生き残った二人についても強者です。

 完璧なタイミングでの【フラッシュ】を防いだ、あるいは効かなかった猛者どもでしょう。それぞれに憑いた三名の精霊も加味すれば、敵の戦力は甘くありません。


 個が軍をなぎ払える世界なのですから、敵が減ったことは安心たり得ません。


「ルルティアは」アトリが真剣な声音で言います。「ボクがやる」

「じゃあ、他のはあたしらで潰しときます」


 応じたミャーは自身の役割を完遂する気でしょう。

 遠距離が得意なミャーは真正面からの時間稼ぎは不得手でしょうけれど。敵の精鋭の前にギースも立ちはだかっています。


 固有スキルなしのギースでは蹂躙されるしかない敵。

 その脅威を前にして彼は、大天使に向けて睨み付けました。


「おい、ど天使!」

「どうして『ど』を付けたかみゅん!?」

「俺様をサポートさせてやる。良いな? 俺様に前衛をやらせろ」

「えー、ちょっと厳しいみゅんけど……即死したら回復する方法が二つしかないみゅん」

「黙ってやってろ、ど雑魚」


 あちらでも戦闘が行われるようですね。

 対峙した、本当の天使と悪魔の因子持ちが向き合います。


「ひさしぶりー♡」


 槍を方に担いだ髭塗れの男性は、己が片目を隠すように横ピースをしています。ばちばち、とウインクを送ってきます。


「あのねあのね、天使たそ。ちょっと言い訳を聞いてほしいなって、ルルティアちゃん思うの。聞いて聞いておねがぁーい♡ ね♡」

「死ね」

「ああーん♡ 会話ができない低・知・能・さーん」


 アトリが大鎌で突撃しました。

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