第234話 暗躍する悪魔
▽第二百三十四話 暗躍する悪魔
第一階層の最奧までやって来ました。
到着したのはまたもや広い場所。第一階層のボスが待機しているお部屋のようでしたね。入るまでは半透明のバリアが邪魔します。
広間には巨大なミノタウロスが正座して佇んでいます。
「あー、このバリアに遮られて【鑑定】が通りませんねー」
「狙撃も無理っすねー。ダンジョンとかじゃなかったら、容赦なく狩るんですけど」
正攻法しかないようでした。
無論、嫌はありません。ギースとペニーが戦えないだけで戦闘が得意な人のほうが多いですからね。
「準備万端ですかみゅん? 良いなら……討ち入りじゃおらー!」
率先して突っ込んで行くのは大天使みゅうみゅさんでした。
精霊は死ぬことがありませんからね。【永続顕現】が切れたとしても、すぐに【決戦顕現】などに切り替えるのでしょう。
『ぶ、ぐおおおおおお!』
怒声を上げて立ち上がる牛の怪物。
二足歩行の彼は地面に突き刺していた長大なハルバードを持ち上げます。咆吼と共に突撃してきます。
「ロゥロ」
アトリががしゃどくろ少女を召喚しました。瞬時にロゥロはぬいぐるみを骨に変身させて、ミノタウロスへと襲いかかりました。
ミノタウロスよりも巨大ながしゃどくろが、ハルバードを真っ向からぶん殴ります。
『がらああああああ! あああ!』
刃と拳の鍔迫り合い。
爆発音じみた地鳴りに、配信者たる大天使みゅうみゅさんがリアクションを取ります。
「す、すごいみゅん! 怪獣バトルだあー! ……みゅうみゅが声優を務めた怪獣アニメーション『夜と怪物の空』大好評上映中みゅん! 劇場で待ってるみゅんな!」
宣伝も挟みます。
ロゥロは余ったもう片方の腕で、ミノタウロスの首を握り締めました。彼女には【握撃】スキルがあります。
絞める力が発達している、ということです。
ミノタウロスの首の骨がミシミシと音を立てています。苦しそうに顔が青くなる中、手にしているハルバードを握る力も弱まっていきます。
そこに弓音がふたつ。
狩人のミャーとノワールが、同時に矢を放った音でした。
その矢はミノタウロスの指を狙い撃ち、共同で親指を吹き飛ばします。親指なき指の保持力では、ロゥロの膂力は抑えきれません。
ぐちゃり、とミノタウロスの胸にがしゃどくろの拳が突き立ちました。
『がらああああああああああ!』
勝負が決まった、と思われた直前、ペニーが告げてきます。
「復活しますよー。どうやら三回、あのミノタウロスは復活できる固有スキル持ちです。復活時にバフが掛かるので気をつけてくださいねー」
「シヲ」
アトリが呟けばシヲが巨人モードとなって、私たちの前に陣取りました。神器化した大盾で防ぐ姿勢です。
ロゥロがミノタウロスを壊しました。
途端、光がミノタウロスを包み込んで、負っていた傷が消え失せていました。そして、折れた武器さえも再生したミノタウロスが吠えました。
『ごおおおお!』
衝撃波。
がしゃどくろが吹き飛ばされてしまいます。
また、その余波でロゥロの本体にダメージが入りました。【致命回避】が発動してしまいます。相変わらず本体は紙装甲ですね。
ちなみに私たちはシヲの防御によって無傷です。
シヲのダメージは小さかったですけれど、アトリの【リジェネ】で回復しました。
ミノタウロスが駆け寄ってきます。
一歩の度に激しい土埃。精霊でなければ埃で目を開けていられなかったことでしょう。そのような中でもNPCたちは怯みません。
「……ミャー様! 【破撃の矢】!」
「助かる! 【ピアッシング・アロー】」
ノワールによって強化矢を喰らったミャーが、世界樹産の弓で攻撃アーツを放ちました。単純に貫通力を上昇させるアーツですけれど、その貫通力は凄まじい。
目玉に突き刺さった矢は、その勢いで脳みそを、頭蓋を越えて壁に激突しました。
からん、と矢が床に落ちたと同時に、ミノタウロスもぐったりと床に倒れ伏します。
ですが、またもや光り輝いて立ち上がります。
復活バフによって筋肉は肥大化し、その肉体体積は倍近く膨れ上がりました。ロゥロと力比べしても勝てるようなバフ量なのでしょう。
中々に厄介そうでしたけれど……残念。
復活したミノタウロスの背後では、私が【シャドウ・ベール】を付与しておいたアトリが回り込んでいました。
ゆっくり歩くなら【シャドウ・ベール】は解けませんからね。
ミノタウロスが咆吼し、ミャーたちに襲いかかるよりも早く。
すでに跳んだアトリが大鎌を振りかぶっていました。【狂化】を使用しているので、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいます。
月夜のように美しい、宙の幼女。
大鎌――一閃。
ミノタウロスが三度目の死を迎えました。
「終わり」
数メートルの身長があったミノタウロスの首を断つべく、跳んでいたアトリが静かに着地しました。ですが、勢いを制御しきれずにこてんと転びました。
そこに大天使みゅうみゅさんが【ヒール】して駆け寄ります。
「可愛いみゅん! 転けるアトリたん、レアレアのレア! むしろウェルダン! ありがとー!」
「……」
アトリが睨み付けていました。
まだ【神楽】と【体術】の併用に慣れていないようですね。今は【再生】もありませんので、いつもの強引な動きもできません。
大天使みゅうみゅさんが居てくれて良かったですね。
一家に一台、大天使みゅうみゅの時代がやって来たのかもしれません。人気者の彼女を独占すると嫉妬が凄いと思うので、なるべく距離は適切に保ちたいですけれどね。
まあ、あくまでもただの臨時パーティメンバーです。
そこまで仲良くなりようもないでしょう。
「!?」
ふと大天使みゅうみゅさんが周囲をキョロキョロと見渡しました。
その不自然な仕草に、車椅子に腰掛けたままのペニーが首を傾げます。
「どうしましたか、みゅうみゅさん?」
「いや、なんか絶望的な気配を感じたみゅん」
「……? そのような気配ありましたか? 一応、調べてみますけれど」
「頼むみゅん! みゅうみゅの人生が掛かっているような気がするみゅんな」
結局、何もなかったようでした。
▽
その配信を見つめていた女性は、わざわざ【決戦顕現】を切ってまで壁を殴りつけた。現実ではあり得ないような破壊力は、壁ドンだけで家屋の壁をぶち破る。
その威力はゲームを始めた当初は興奮できた。
特別な力を得たような気がした。
平凡な自分でもゲームの中でなら主人公になれる。そう勘違いした。
いやきっと本心では勘違いさえできていなかった。自分ていどに可能なことが他者にできぬわけがないのだから。
「……大天使みゅうみゅ!」
射殺すような目で配信画面の少女を睨み付けた。歯ぎしりをする。
「どうせ、どうせリアルじゃブスなくせに。配信時間的に絶対に引き籠もりだし、トイレ行く時とか床にゴミを放置してるっぽいし……ホント見苦しいなあ! きらいきらい」
そういう女性のアバターも愛らしい少女のモノである。
大天使みゅうみゅに対抗するような黒のイメージ。《スゴ》はキャラクターのアバターを自由に弄ることが可能だ。
プレイヤーの中にはドラゴンの姿をしたモノやハムスターなどもいる。
ならば美少女だって制作可能である。
その制度を十全に利用したルックスだ。原案モデルデザインは有名絵師の過村逸先生。高いお金を払ってvtuberとしてのママになってもらったのだ。
少しだけ人気に成れた。
だって女性は……後乗りしたから。
大天使みゅうみゅが流行しているのを見て、女性は……「大悪魔りゅりゅん」という活動を始めたからだ。
最初はアンチが多かった。
大天使みゅうみゅをパクるな、という意見が煩いほどだった。それでも活動を続けていたある日、大天使みゅうみゅがSNSを通して連絡を寄越してきた。
注意勧告や苦言かと思った。
でも、違った。
大天使みゅうみゅはコラボに誘ってくれた。心広く大悪魔りゅりゅんなんてパクり女を許してくれ、美味しくネタにしてくれた。
それからアンチは一気に減り、ファンが増えた。
大天使みゅうみゅのファンがついでに見に来てくれただけだろうけれど。
それからは何度もコラボ配信をした。
いつの間にかコンビだと思われていた。「天使と悪魔」と言えばみゅうみゅとりゅりゅんのコンビだった。
でも、このゲーム《Spirit Guardian Online》が始まってからすべてが変わった。
大天使みゅうみゅは完全にこのゲーム専門の配信者となった。たまに雑談や歌配信をするのみで、あとは流行の単発系ゲームをするくらい。
大悪魔りゅりゅんとの時間は減っていった。
頑張って追いつこうとしたけれど、ハッキリ言って大天使みゅうみゅは異常だ。
ノワールだなんて平凡な相手と組んだのに強くなり続ける。
いつの間にか大悪魔りゅりゅんは追いつけなくなり、一緒に配信する機会もなくなり、無理なレベリングを強要して契約NPCをロストさせた。
大バッシングを喰らう。
このゲームのAIは出来が良すぎる所為で、ロストした時のバッシングが酷い。
誹謗中傷が「ほんとうの殺人者」に向けられるくらいに苛烈なのだ。
別ゲーではキャラを何度殺しても「草」だったのに、このゲームでは「死ねよクズ」と言われてしまうのだ。
「……」
しょせんはゲームの中のキャラクターという意識は消えなかった。むしろ、キャラロストで過剰にバッシングされたことにより「よりゲームのキャラくらいで」という思いが強まった。
大悪魔りゅりゅんは……魔が差した。
だから大天使みゅうみゅに嘘を吐いた。
バーベキューイベントで久しぶりにコラボしよう、と言われた時、つい嘘を吐いた。大天使みゅうみゅは真面目だし、それに……嫌になるほどに良い人だ。
ゆえにフレンドたる大悪魔りゅりゅんが言えば助けてくれる。
助けようとしてしまう。
配信でほんとうに天軍防衛戦に参加表明した時は驚いたし、少しだけ怯えてしまった。それでも……もしもノワールがロストしてくれたら。
また一緒に配信ができる。……そう思ってしまった。
結局、みゅうみゅは天使を退けて、アトリとフィーエルの激戦を特等席で配信した。
一方、大悪魔りゅりゅんはイベント前に嘘が露呈し、露悪的に呟いた鍵アカウントでの己が言葉が晒されることによって、配信活動休止にまで追いやられたのだ。
「……ぐす」
思わず涙が込み上げ、顔を手で拭う。
無駄にリアルなこのゲームは表情さえもリアルに再現してしまう。
「絶対に見返してやる。……ぜったいに」
そうして大悪魔りゅりゅんはゴースティングを開始した。僅かに残ったファンと共に……悪魔は暗躍を開始したのだ。
新たに契約した、強いと噂の屈強な髭もじゃの傭兵が……大悪魔りゅりゅんを見て嗤った。
「♡ ダンジョンなんて久しぶりすぎりゅ♡ いっーっぱいぶち殺しちゃお♡ お♡」
「マジでキモい」
「やーん♡ 嫉妬はげしー。すぐ嫉妬するなよ♡ 寝取られ女が無様すぎて泣いちゃう♡」
気持ち悪い男ではあるけれど、その実力は本物だろう。そう思うことにした。
そして大悪魔りゅりゅんは思う。
べつに寝取られてなんかいない、と。そもそも自分とみゅうみゅはそういうのじゃないし、自分は色々言われてはいるけれどノーマルのはずだし、たしかに毎日のようにコラボしていた時期は世界で一番楽しかったし幸せだったし、ライブだってぜったいに行ったし、今だってグッズはすべて買っているし、配信だって欠かさずに見て、すべての配信に裏アカウントでウルチャを送ってはいるし、ASMR配信をしてほしいと裏アカウントで永遠に提案しているし、声優をやった映画は五回も見に行ったけれど、ちょっとファンみたいに思われるかもしれないけれど、断じてガチ恋ではないし……寝取られてはいない。
――寝取られてはいない。
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