第232話 試練開始

    ▽第二百三十二話 試練開始

 モンスターハウスが起動しました。

 広場と通路の行き来が封鎖され、壁からは大量の魔物が這い出し、地面には見えない罠がいくつも仕掛けられたようですね。


 私たちはペニーを中心に置き、その隣をシヲに守護させます。


 ペニーもサモナーですけれど、戦闘用の召喚魔物は一体しか持っていません。あとは周囲にたくさんの蝶がひらひらと舞っています。

 その蝶はペニーが購入したらしい、ちょっとした爆弾を装着されています。


 大した効果はないでしょうけれど、最低限の自衛はするつもりでしょうね。車椅子の後ろ位置には、移動補助のための魔物も用意していました。


「私にはお構いなくー。いやあ、偶には最前線での観戦も良いモノですね」

「ったく、遊びじゃねえんだよ、ど雑魚!」


 ギースが怒声を上げて真っ先に突っ込みました。

 敵は熊のような怪物です。三メートルはありそうな巨体、腹には大きな口が三つもあり、牙だらけの口内はヤツメウナギを彷彿とさせます。

 

 些かグロ。

 

 同じことを思ったのか、ギースも顔を顰めながら剣を振りかぶりました。


「死ね、ど雑魚キモ熊!」

『がああああ!』


 ギースが【自爆攻撃】と【カタストロフ】を乗せた攻撃を発動しようとして――突如としてギースが爆発して右腕を飛ばしました。

 ひらひら舞う腕。

 信じられないという顔で硬直するギース。


「【クリエイト・ダーク】……おや」


 とっさにギースを守ろうとして、しかし【クリエイト・ダーク】が発動しませんでした。熊の爪がギースを切断する間際、ペニーの蝶が爆発してギースを吹き飛ばしました。

 空を過ぎる大爪。

 吹き飛んだギースは血塗れになって地面を転がっています。爆発による腹部からの出血を残った左腕で塞ぎながら、熊を睨み付けました。


「何しやがった、このクソ熊ぁ! 俺様の【暴虐】に何をした!?」

「発動しないのでしょう? 試練じゃないですかー」

「はあ!?」


 動揺するギースを尻目に、今度は大天使みゅうみゅさんが叫びます。


「【詠唱短縮】スキルが機能してない!? どういうことなの……みゅん! 困っちゃうみゅんなー! ノワたそはなんかない?」

「……【イシュタル・ペース】が発動しません」

「みゅ、みゅんですとー! 多分、一番使っているスキルやアーツ、戦闘スタイルが封じられていると仮定して動いたほうが良いみゅんな! 何が使えないか確認! シヲたん、時間稼ぎよろみゅん! ヒールは任せろマスクメロン!」


 大天使みゅうみゅさんが既存情報から、とりあえずの仮定を決め、動きを促します。困った時だけ異様に役立つ天使ですね。

 シヲがモード・クラーケンで時間を稼ぐ中。

 それぞれが使えない手札を理解しました。


 数十の魔物からの攻撃をシヲがひとりで耐久します。あっという間にHPが削れていく中、しかし、その一瞬で現状が解析されました。

 大天使みゅうみゅさんが意識を統一するために言い放ちます。


「みゅうみゅは【詠唱短縮】、ノワたそは「バフを上書き変更する固有スキル」、ギースさんは【暴虐】、ミャーちゃんは【頭部ダメージ極大増加】、羅刹○さんは【光魔法】、ネロさんは【クリエイト・ダーク】みゅんな! 把握! それぞれ気をつけて、解ってないアトリたんはとくに! ギースさんは下がって」

「ちっ、くそが」


 舌打ちしながらも、ギースは大人しく下がりました。

 彼も死にたくはないのでしょう。我々の中でもっともダンジョンに備えていたのも彼でしたしね。


 ギースはアイテムボックスからダガーを取り出しています。

 何かしらの魔法武器でしょう。


 反撃に転じましょう。

 最初に声を上げたのは、ミャーの隣を浮遊していた水精霊。


「【決戦顕現】! ここはすぐに仕留めるよ」


 出現したのは羅刹○さんです。

 巨人型のアバターを持つ彼女は、長い腕を広げて魔法を練りました。


「【タイダルウェイブ】!」


 あれは魔血龍テスタメントが使っていた【大海魔法】の大技。

【タイダルウェイブ】でした。

 何らかの方法で長めの詠唱時間を踏み倒し、【決戦顕現】で強化されたステータスを武器に津波で敵を押し潰してしまいます。


 一気に敵の数が半分にまで減少します。

 アトリが駆け抜けます。まだアトリが「何を制限」されているのかは不明なので前に出したくありませんけれど、今は速度が求められる場面です。


【死導刃】【吸命刃】【殺生刃】を重ねた大鎌が、敵を容赦なく一閃しました。

 敵の魔物の首が吹き飛ぶ中、アトリが顔を顰めてバックステップを踏みました。その顔は珍しく苛立っているようでした。


「……回復しない」

「おっとそれは問題ですね」


 アトリが制限されているのは「回復能力」のようでした。私の【再生】もアトリ自身の【リジェネ】や【吸命刃】でのドレイン回復も禁じられているようでした。

 アトリの戦闘スタイルの根本的な否定です。


「【殺生刃】のダメージが戻らないわけですか」

「はい。です……【ハウンド・ライトニング】」


 アトリは動揺しながらも、まったく動揺を感じさせずに後衛の仕事を開始しました。しかし、これによって前衛が絶望的に不足します。


 ギースもアトリもおらず。

 シヲオンリーで耐久をさせられます。シヲは強いですけれど、数十を超える魔物と罠に耐久をずっと続けられるチート性能ではない……はずでしたが。


 シヲは平気で耐えきりました。

 何故ならば。


「……ヤバいですね」


 大天使みゅうみゅさんが居るからです。


「【アフター・ハイヒール】【アフター・リフレッシュ】【ハイヒール】!」


 大天使みゅうみゅさんが使用しているのは【アフター】系ヒールです。この回復は「効果量が高く、消費MPがとても少ない代わりに発動タイミングが五秒後」という産廃スキルです。

 ヒールとは本来、即効性が必要とされます。

 とくにゲームスピードが速い《スゴ》では、その数秒は致命的でした。


 アトリの【リジェネ】の評価が低いのだって、本当はそういうところに起因します。


 だというのに大天使みゅうみゅさんは完全に使いこなしていました。高度な戦況把握能力が必須とされるスキルを手足のように自在に使いこなします。純粋なヒーラーの腕としてゲーム最強候補に挙げられる一人なだけはあるでしょう。


 アトリのダメージが回復されます。

 どうやらアトリが禁じられているのは「自己回復」だけであり、他者からの回復は受けることが可能のようでした。


 理解したアトリが前に出ます。


 後衛で大天使みゅうみゅさんが可愛い声で指揮を執りました。


「みゅうみゅが居るから安心して突っ込んでオッケー。回復させるから……みゅん!」

「……解った」


 突撃していくアトリに対し、大天使みゅうみゅさんの契約NPCノワールが支援します。その背中に向けて矢を射ました。

 殺意のない攻撃は、アトリにさえ気づかせずにアトリに命中しました。


「矢にバフを込める支援ですね」


 私も情報収集のために他者の配信を見たりします。

 そのような時、最優先で閲覧するのが大天使みゅうみゅさんでした。彼女のヒールは手際がよろしく、色々な視聴者と組むために色々なスタイルが見られるからです。


 ゆえに当然、大天使みゅうみゅたちの手札は知っています。


 ノワールは、アトリが大鎌にアーツを付与して使用するように、矢に支援系バフを込めて対象に打ち込んでバフするのです。

 今回、ノワールが付与したのは【増治の矢】でしょう。

 あれは対象の回復効果を増加させるアーツでした。弱いヒールでも大回復するようになります。


 ただし、矢系のバフスキルは同時にひとつまでです。


 その問題を解決するのがノワールの固有スキル【イシュタル・ペース】でした。自分が他者に与えたバフを好きに変更できる固有スキルです。

 これを使えばダメージを喰らいそうな瞬間だけ【防御力上昇】バフを、ダメージを喰らわせる瞬間だけ【ダメージ増加】を付与することなどが可能です。


 また、入れ替えは一瞬で終わる仕様上、詠唱時間が長いバフアーツをノータイムで付与することも可能。


 あと悪質な応用として敵にバフをして、それを操作して敵の動きを破壊することも可能です。要するに【スピードアップ】をオンオフして、敵が自分で自分の速度を管理できなくさせる、みたいなことですね。


 ノワール自体の性能はそこまで高くありません。


 それでも大天使みゅうみゅの的確で迅速な指示と状況判断が合わさり、その支援性能は大天使みゅうみゅと組み合わせればトップクラス。


 数十いた魔物たちがアトリに薙ぎ払われていきます。


 また、敵の後衛や厄介な固有スキル持ちは、ペニーが指示を出してミャーが射貫き殺します。彼女の固有スキルである【頭部ダメージ極大増加】がないために一射一殺はできないこともありますけれど、それでも十分な火力があります。


 蹂躙しました。


 ちなみにギースは魔剣から魔弾を放っていました。

 すぐにMPが尽きてぜえはあ、と息切れしていましたし、敵を倒せていませんでしたが。ただし、今回もっとも役に立たなかったのは……何を隠そう私だったりします。


 これだけいれば私が牽制する必要もなく。

 指示は大天使さんが出しますし……【顕現】のない私は火力が出ません。もしや、私って要らない子?

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