第230話 試練迷宮アモルヘイア

   ▽第二百二十九話 試練迷宮アモルヘイア

 私たちのダンジョン攻略に、なんと大天使みゅうみゅさんが参加しました。

 断ろうとするギースも、配信者として鍛えられた大天使みゅうみゅさんのマシンガントークを前に絶句させられました。


 なんだか必死感が違います。


 しょうがないのかもしれません。

 試練迷宮アモルヘイアは「フィールドボスと同等」の難易度です。契約NPCであるノワールがロストした場合、大天使みゅうみゅさんは大バッシングされることでしょう。


 ヒーラーって死の責任を負わねばならぬのが大変です。


 アタッカーやタンクは間違っても誤魔化しが効きます。ゲームによってはミスに気づかれない、なんてこともあるでしょう。

 けれど、ヒーラーだけはまったく誤魔化しが効きません。

 ちょっとでも遅れれば「ヒーラー!」と怒鳴られるのもヒーラーのお仕事です。すべてのロールの中でもっとも大変だと思います。


 命を握っている感覚が楽しい、というタイプもいますけれどね。


 私がゲームでヒーラーをやる時は、たいてい「ヒーラーが弱いと勝てないゲームだから、勝率を上げるために仕方なくやる」というスタンスです。

 ヒールワークが上手く行っている時の、無敵感は嫌いではありませんけれど。


 絶対に死なないために、必死に強い味方を探している。


 それが今の大天使みゅうみゅさんでしょう。

 彼女は固定のパーティを組みません。視聴者差別をしないようになるべく野良で、その場のノリでパーティーを組むタイプでした。


 組みたがる相手は数多いるでしょうけれど。


 最近の大天使みゅうみゅさんは悲しいと評判です。第三回イベントの時、仲間のVtuberに裏切られたのです。

 間違って天軍討滅戦にエントリーしちゃった、助けて! と言われたのでリスクを犯してまで参加しました。けれど、応援要請を送ってきた相手は「ごめん、キャンプのほうに参加してたみたい!」と安全なイベントに参加。


 それだけなら不幸なミスでしたけれど、その相手の裏アカウントが晒され、意図的に大天使みゅうみゅさんのキャラクターをロストさせようとしていたことが判明。相手は散々に暴言を巻き散らかし、あることないことを言い放ち、最後には失踪。


 大天使みゅうみゅさんは参加表明した以上は、と危険なイベントに参加。


 それ以降、相手Vtuberのファンに粘着され、ずっと契約NPCノワールの命を狙われているようです。大天使みゅうみゅさん自体もコラボ仲間に裏切られ、パーティーを組むこと自体をリスクに感じている節があるようです。


「ちっ、解った解った! てめえもついてくれば良いだろうが」

「理解サンキューみゅん! ところで他の人もオッケーみゅんかな?」


 とうとうギースは参加を承知しました。

 アトリが私のほうを見上げてきます。そこに私は上下に揺れて肯定しました。


「よろしいでしょう」

「うん。です! 神は言っている。参加を許可する」

「ありがとうみゅん、ネロさん、アトリたん! コラボよろしくみゅん!」


 みゅーん、と大天使みゅうみゅさんがポーズを取ります。


 大天使みゅうみゅさんはファンも多く、配信もしているために目立ちます。

 私は目立ちたくありませんけれど、私は身バレしていますし、アトリだってとても目立ってしまいます。今更ですよね。


 情報についても同様。

 アトリの秘匿すべきスキルは【天使の因子】くらいでしょう。それはもうイベントで私自身が公表しております。


 あとは【造園】【鎌術】【月光鎌術】……を共存して取得できていることでしょうか。

 それくらいですね。

 それでも私が「鑑定無効」効果のある【偽る神の声】を変更しないのは、これを解除するとアトリに嘘が露呈するかもしれないという危機感からです。


「大天使みゅうみゅさんは有能ですしね。アトリも頼って良いと思いますよ」

「……ボクのほうが強い。です」


 目立つ点を除けば、大天使みゅうみゅさんはとても優秀なヒーラーです。


 ダンジョン攻略の役に立ってくれることでしょう。

 私が同意した以上、アトリも同意です。そして、アトリが同意したのでしたら、ペニーやミャーも否定することはないようでした。


 アトリ、ノワール、ミャー、ペニーにギース。

 プレイヤーは私、大天使みゅうみゅ、羅刹○。

 

 この五人でのダンジョンアタックが始まりました。


       ▽

 試練迷宮に足を踏み入れた瞬間、私の前に選択肢が出現しました。


【このダンジョンにキミが望むモノを選んでねーい!】

【望んだモノに応じた試練が与えられちゃうから気をつけるんだよ?】


 出現したのは「武器」「防具」「アクセサリー」「経験値」「スキル経験値」「固有スキル獲得率上昇」「称号獲得率上昇」……などなど。

 どうやら望んだモノが手に入りやすくなるダンジョンのようでした。

 望むモノの規模によって「試練」なるものの難易度が変化するとのこと。


 ちなみに一度選択した「望むモノ」はダンジョンをクリアするまで変更不可とのこと。一度脱出しても選び直せないようです。


「これ、【固有スキル獲得率上昇】とかを選んだら大変そうですね」

「固有スキル、たくさん! ですか?」

「たくさんみたいですね」


 ほしくはあります。

 けれども、あくまでも「このダンジョンで戦うと固有スキルを得やすくなる」という感じです。確定ではありません。


 固有スキルはほしいですけれど、あくまでもほしいのは強力な固有スキルです。


 世論では「固有スキルは取得する度に、新しく取得することが難しくなる」となっています。下手な固有スキルを手に入れるのはデメリットかもしれません。

 我々は「経験値上昇」を望みました。

 選択を終えた後、私たちはようやくダンジョンを進もうとしてペニーに止められます。


「少し待ってくださいねー」

「あ!? なんだよ面倒くせえなあ!? さっと歩かせろ」


 ギースが苛立つ中、ペニーが無数の蝶を呼び出しました。五分ほど待っていれば、蝶がダンジョンのすべてを把握してくれたようでした。

 敵の数、種類、持つ固有スキルや武器防具の特性。

 マップのすべては隠し通路に至るまで暴かれました。


 どうやらこのダンジョンの第一階層は、たったの五分でペニーに掌握された模様です。典型的な迷路型のダンジョンだったのも相まって、一気に難易度が低下したことでしょう。


「では」


 車椅子に腰掛けた美人が、底の知れぬ微笑を浮かべます。


「お散歩、行きましょうか?」

「お、おう……」


 さすがのギースも気圧されてしまったようです。情報を制するペニーを前にすれば、たしかにダンジョンだって散歩と変わらないのかもしれません。

 私たちは正解ルートを一直線に進み出しました。


「あ、敵ですねー」

「もう撃ってますよ」


 ペニーが索敵し、直後にミャーが狙撃します。

 最強のスポッターと優秀な狙撃手の組み合わせは凶悪でした。【弓術】のアーツを使い、曲がり角の向こうの敵さえも撃ち抜いていきます。


 羅刹○さん自身が有している【致命攻撃補正】や【暗殺補正】【渾身強化】などなどによって、奇襲狙撃に関してミャーの火力は想像を絶します。

 頭を撃ち抜いたのに、何故だか肉体まで木っ端微塵になるわけですね。


 ただし、それでもミャーは何かに納得できないようで首を傾げていますけれど。


 とはいえ、過去のミャーとは別格の力です。

 本人の資質もありますけれど、羅刹○さんとの相性が抜群なのでしょう。


「どうです、アトリ隊長。あたしもちょっとは使えるようになりましたよね?」

「お前は前から使えた」

「はっ! ちょっと感激しちゃいました」


 ミャーは前に共闘した時も、縁の下の力持ちでした。

 敵を矢で足止めしたり注意を分散させてくれたり、敵を追跡したり誘導したり、ルートを選択したりといった狩人としてのスキルはずば抜けていました。


 実力以上の結果を出していました。


 羅刹○さんと組むようになって、今のミャーの実力はAランクでも上位……限定条件かに於いてはSに届く能力があるかもしれませんね。彼女はジャックジャックが遺した遺産や技術、あとは私たちが提供した世界樹産の弓もありますし。


 攻略は順調すぎるくらいです。


「お散歩配信も悪くないみゅん! てか、みんな強いみゅんな。これはノワたそも負けてらんねえぜ! じゃないと寄生とか言われるみゅん……!」

「みゅうみゅ様。私は常人なので……」


 ノワールも弓タイプの後衛キャラでした。

 が、さっきから一度も弓を放っていません。彼女が動くよりも早くミャーが敵を射貫き殺しているからですね。


 大天使みゅうみゅさんが気まずげに視線を泳がせ、下手な口笛を吹きます。ですが、すぐにノワールに向き直ります。

 がしっ、と大天使型の美麗なアバターが、同じく美しい少女NPCの肩を掴みます。


「大丈夫! アトリたんは最強だし、ギースさんもダメージ受けないし、ミャーちゃんの弓はノワたそを遙かに上回ってるし、ペニーさんもなんだか凄いけど……ノワールちゃんは――――頑張ってる!」

「頑張ってるだけですか、私!?」

「自分の努力を『だけ』なんて卑下しちゃ駄目みゅん! 生きてるだけで偉い!」

「赤ちゃんに言う台詞じゃないですか、それ!」

「ええ!? そんなことないみゅん! みゅうみゅの視聴者さんもよく『みゅうみゅは生きてるだけで偉い』って慰めてくれるみゅんな!」

「それ、あやされてるんですよ、みゅうみゅ様!」

「そ、そんなこと、ない……みゅん、な」


 めっちゃ賑やかです。

 配信者ですしね。トークの善し悪しはともかく黙っている配信はいまいちです。私がラジオに出た際も「三秒以上は無言にならないようにお願いします。放送事故扱いされるので」と言われたくらいです。


 だからラジオのパーソナリティーはゆっくり喋るんだなあ、と思い知った思い出です。


 無言が許されるのは「長長時間系の配信者」くらいでしょう。

 とはいえ、大天使みゅうみゅさんたちが「何もしないない」わけではありません。ヒーラーは出番が来るまで何もしないことをしています。


 ノワールにしても実力は普通ですけれど、きっちりと仕事はしているようでした。


 弓には色々なスタイルがあります。

 ミャーは狙撃、【命中】のルーは爆撃、【天撃ち】のユークリスは一発の火力に特化しています。


 この中ではミャーは格落ちですけれど、今ならば比べられる領域に至っております。

 ちなみに外さないのは全員が当然のことのようでした。


 ルーがそれでも【命中】の二つ名があるのは、弾幕すべてが当たるからです。


 そのようなたくさんのスタイルがありますけれど、ノワールの【弓術】は支援を専門としているらしいです。強者とは比べられませんけれど、いざという時は戦力と期待してもよろしいでしょう。


 いざという時が来ないのが一番ですけれど。


 というようなことを思った瞬間、いざという時がやって来ました。

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