第229話 集う挑戦者たち

   ▽第二百二十九話 集う挑戦者たち

「いやあ、助かりましたぜ、アトリの姐御」


 上機嫌に微笑むのはギースでした。

 眼鏡に燕尾服に涼しげで整った顔立ち。知的で理知的な姿……からは想像もできないほど下劣にギースは笑います。笑うときに舌を出す癖は直したほうが良いでしょう。


 ギースは凶暴な相貌ながら、指先で蝶をはね休めさせていました。


「ペニーも助かったわ」

『ギースさんはもっと上手く動けるようになってほしいですねー。私を使うにはまだまだ腕が不足しています』

「はいはい。どうせ俺様はど雑魚でーす」


 ギースの仕事を手伝うべく、今回は渋々とペニーはギースにも協力してくれました。世界一の情報収集能力を持つペニーは、数時間でギースの敵の情報をすべて詳らかにしました。

 それからは簡単です。

 アトリとセック、ギースとここには居ませんがミャーが分担して敵を壊滅させました。


 それぞれが相性の良い戦場に、完璧な差配で以て挑んだのです。


 数日前まではマフィア同士の情報戦や遭遇戦、細々とした陣取り合戦をしていたらしきことがまるで嘘のようでした。


 掲示板では大商人プレイをしていたマニープリーズさんが発狂していたくらいです。


 マニープリーズさんは便利な武器や情報、あらゆるモノを販売している商人プレイヤーです。最近は麻薬にも手を出したようなのですよね。


 麻薬撲滅をモットーとするジョッジーノの敵でした。


 今回の件ではかなりの大損害を受けた模様。

 ギースへの懸賞金も上がりに上がったとのこと。


 さすがにアトリへの懸賞金はかけられていません。

 あまりにも大義のないプレイをすると、商人としての信用が失墜しますからね。麻薬を販売していて信頼? と思われるかもしれません。けれど、ゲームで麻薬を販売することって、けっこうあるので忌避感は少なめとのことです。


 頭の後ろで腕を組んだギースは言います。


「ま、これでしばらくは安心だろうぜ。これで協力もできまさ。そういえばボスが報酬ってこいつを寄越しましたぜ」


 そう言って渡されたのはゴーレムコアでした。

 上級も混ざっていますね。初級から中級、上級までも含めて三十を超えるゴーレムコアでした。


 前にほしいものリストを要求されたので、とりあえず書いて渡したモノでした。オーク戦でちょっと減ったので嬉しいです。


「これはありがたいですね。労働力はいくつあっても結構です」

「受け取った。神様も喜んでいる」

「そうですかい」とギースは引きながら呟きました。


       ▽

 神器使いの会談は第四フィールドにて行われます。

 それはすなわち第三フィールドの試練を突破せねばならぬ、ということでした。魔王四天王が一翼《神薬劇毒のピティ》によって、第四フィールドへ向かう方法は変更されました。

 

 今は大型ダンジョン――試練迷宮アモルヘイアをクリアせねばなりません。


 アモルヘイアは全10階層のダンジョンです。

 クリア難易度はフィールドボスを倒せるレベルなら、頑張ってクリアできるくらいとのこと。今のアトリならば余裕かもしれません。


 メンバーはアトリ、ミャー、ペニー、ギースでした。


 ダンジョン前の広場にて、久しぶりの再会にミャーが沸いています。


「お久しぶりです、アトリ隊長! 相変わらず小っちゃいのにオーラ半端ないっすね!」

「うん」


 ミャーもかなり育ったようです。

 テクニックだけの上級者ことジャックジャックより薫陶を受けた羅刹○さん。受け継がれた技術や心得が横流しされて出来たのが、今の暗殺狙撃手ミャーでした。


 ミャーは風猫族という獣人です。

 ちっちゃな猫耳はオシャレな帽子で隠されています。羽根飾りがチャームポイント。ですのでぱっと見は純粋なスレンダーな少女のように見えるでしょう。


 かつての部下にアトリも珍しく会話に乗り気です。


「羅刹○とは上手くやっていけているの?」

「はい! かなり相性は良い感じですね。紹介してくれてありがたいっす」

「紹介したのは神様。すべて神様のお力なのだ」

「うわあ、神様万歳っすね」

「うん」

「あー、ただ○さんは髪と肌の手入れ? にうるさいのが玉に瑕っすかねえ。まあ、お陰でこの通り肌も髪も艶っ艶ですけど」


 そう言ってミャーは自分の髪質や肌を見せます。

 昔に見た時よりも、たしかに綺麗になっているようでした。金色の頭髪も今では輝き出す寸前のように見えます。


「ほんとは狩り用に、もっと髪の色は落ち着かせたいんすけどね。発色まで良くなっちまって」

「綺麗なのは良いこと」

「ま、そっすかねー。あたしはまだオトコを狩るのは解んねえですけど。オンナなら重要なことらしいすもんね」


 ミャーはあまり美容には興味がないようでした。

 こよなく狩りを愛し、淡々と獲物を仕留めることが何よりモノ趣味のようです。魔物から人まで全力で狩れるモノを狩る。


 ペニーとは違った職人気質です。


「準備は整いましたねー?」


 そう間延びした口調で話すのはペニーでした。

 いつもの使い魔ではなく、今回は本体がやって来ています。噂ではペニーの本体を見たことのある人は数えられるほどしかいないとか。


 普段は厳重な警護をされた屋敷の奥で、数百もの使い魔を放って世界の情報を牛耳っているようです。


 やって来たのは車椅子に乗った女性でした。

 押しているのは、彼女の召喚モンスターらしきテディーベアのような熊(二メートルサイズ)でした。


「それでは行きましょうかー」


 力仕事をしたことのなさそうな清楚な印象の美女です。アトリの周りには少ない大人の女性、という雰囲気です。豪奢なドレスは車椅子のカバーのように感じられます。

 ただし、車椅子よりも目を引くのは、その容姿。

 なんと耳が四つありました。


 エルフの長い耳、それから頭上には狐の耳がふたつピンと延びています。


 エルフと狐帝族のハーフ。

 それこそがペニーの正体のようです。噂ではハイ・エルフやハイ・ドワーフと言われていましたが偽りの情報だったのでしょうね。


 とりあえず迷宮攻略のメンバーが揃いました。

 いざ、突入しようとした寸前。ギースが眼鏡の位置を直しながら、ポケットに手を突っ込んで苦言を呈します。


「ところでペニーさんよお。弱え奴を連れてダンジョン攻略くらい問題ねえけど、自分で立って歩けねえ奴を連れてくのは話がちげえだろ。聞いた話じゃあ、べつにあんたの本体が来る意味はねえんだろ?」

「ですねー。私の蝶をメンバーに加えてくれるだけで、私も突破メンバーに数えられますから」

「だったら大人しく屋敷に帰っとけや。死にてえのか?」

「おや、心配してくれるんですかー?」

「ちげえに決まってんだろ! ぶち犯すぞ、ど雑魚!」


 ギースがペニーの胸ぐらを掴み上げ宙づりにします。

 相変わらず短気ですね。

 まあギースの言うように危険なのはその通りでした。アトリもギースも、今や過去のアトリていどには強いらしいミャーがいるのでよっぽどはなさそうですけれど。


 危険なのは危険です。


 そもそもギースはダンジョンが苦手っぽいんですよね。何かトラウマでもあるのでしょうか。彼には珍しく準備は入念だったようです。不要と言っていたはずの回復アイテムも大量に持ってきているようですし、ダンジョンが怖いのかもしれません。

 迷った時用の非常食として、スティック状の食料も一ヶ月分あるとのこと。


 マジックバッグの容量を【暴虐】で無視しているのでしょうか。


 ギースはペニーを車椅子に叩きつけるようにして投げ捨て、代わりにアトリのほうに向き直りました。


「動けねえ奴とダンジョンを潜る気はねえですぜ。さすがに今回の話は断らせてもらう。前提が違いすぎるからな」

「ええー、私がギースさんみたいな弱者相手に使われてあげたのにー」

「黙れ、ど雑魚! 俺様は最強なんだよ!」


 ギースがぶち切れます。

 ダンジョン前広場にいるのは、私たちのグループだけではありません。ギースを知っている者たちは距離を取り、知らない者は動けない女性を恫喝する男に嫌悪を向けています。


 そのような中、ふと愛らしき声が響きました。


「ちょっと待つみゅーん!」

「はあ?」

「そのお話、大天使みゅうみゅさんが聞いちゃったみゅん! さあ、協力してダンジョンを突破するみゅんな! みゅうみゅクラスのヒーラーがいればすべて解決みゅん」


 ……

 よく解りませんけれど、大天使みゅうみゅさんが現れました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る