第24章 試練迷宮アモルヘイア編
第228話 仮面の使徒
▽第二百八話 仮面の使徒
薄汚いスラム街にあって、その室内は貴族も頷くほどに趣味の良い調度品に彩られていました。ゆったりと腰掛けられる、革張りのソファはカウチ。
稀少な石を削り出して作られたテーブルは品よろしく。
黒の壁紙は部屋の高級感をグッと演出していました。
というのは過去のお話。
どれくらい過去のお話かと言えば――三分前でした。
「ふ、ふざけるなよ……」
引き攣る声でそう抗議してくるのは、麻薬の売買で一気にのし上がったテーヤデー・ファミリーのボスでした。
この三分間、彼は多くのものを失いました。
調度品は破壊し尽くされ、ソファは跡形もなく、テーブルはただの石片に。
そしてたくさんいた悪辣なる部下どもや護衛たちは――肉片に。
スラム街に相応しい数ある物件のひとつに変貌しています。
大量の血で黒の壁紙は真っ赤に染まり、紅い部屋の中、髭を生やしたマフィアのボスは泣き喚いていました。
「ふざけるなよ、アトリイイイイ!」
「違う」
仮面を被った、黒衣の幼女は大鎌を振り上げて首を振りました。背から展開した七つもの翼は、その異様を凄惨なる室内で際立たせています。
「ボクはアトリじゃない。謎の仮面の使徒」
「どうみてもアトリだろうがあああ!」
「違う」
「せめて……せめてギースやもっとマシな奴に潰してほしかった……」
「ボクはアトリじゃない」
そうアト――謎の仮面の使徒は淡々と告げます。
しかし、錯乱したマフィアのボスは髪を掻き毟ります。責任能力の放棄でした。
「アトリだろうおおおお! どうみても! メスのガキで大鎌使って、天使の輪と羽があって白髪なんだぞ! 仮面くらいで隠せるかああああああ!」
「ボクは謎の仮面の使徒」
「なんの使徒だよ! 例の邪神だろうが! 違うのか!? 他の神か」
「違わない。ボクは邪神ネロさまの唯一の使徒」
「だったらアトリだろうがよ!」
ばしゅん、という音が響き渡りました。
それは謎の仮面の使徒が、マフィアのボスの首を断った音でした。
「神様。バレてる、です。賢かった、です」
「やはり無理があったようですね。しかし、すべては計画通りですよ」
「すべては神様の手のひらの上。……です!」
我々はギースが所属するジョッジーノ・ファミリーと共同で、かの組織と敵対するマフィア撲滅キャンペーンに従事していました。
このファミリーで壊滅させたマフィアは四つ目となります。
マフィアに関わるお仕事のため、一応、変装させていました。
私は姿を偽れるようになる仮面を所持しています。
それを使って潜入をさせましたが、あの仮面はMPを消費し続けます。
大した消耗ではあまりせん。
ですが、マフィアに強かったり、厄介な護衛がいるかもしれず、余計なコストは支払いたくありません。ゆえに乗り込むと同時に解除し、ただの謎の仮面の使徒を名乗らせていました。
あまり意味はありませんでしたけれど。
蝶がゆらりゆらりと近づいてきて、そこから女性の声が聞こえてきました。
『アトリ隊長、お疲れさまですー』
「終わった」
『少し休んだら、次はピトール・ファミリーです。敵の情報はネロ様にお送りしますねー』
「解った。……神様に情報以外は送らなくて良い」
『大丈夫ですよー』
こくり、とアトリが頷きました。
会話していたのは、かつてのアトリの部下たるペニーでした。第七遊撃部隊の通信兵として、アトリたちに貢献してくれていたAランク冒険者です。
弱者には一切寄り添わない性格のため、評価が落とされていますが、実際の性能はSランク以上との評価を受けている人だったりします。
そのような人物が手伝ってくれているのには、ちょっとした訳がございました。
今回はペニーからの依頼なのです。
▽
オークイベントを終えた私たちは、ゆっくりとエルフランドへ向かっていました。
山猫族のキッドソーから得た報酬「謎の青い石」を使い、アトリの武器を強化することが目的の旅路でした。
急ぎの旅ではございません。
徒歩での旅でした。
シヲを使わなかった理由はとくにありません。たまには異世界の景色をたんまり堪能しようかな、という気分の問題です。
思えば、我々の冒険は忙しかったですからね。
このゲームを始めてのんびりしたのなんて、世界樹を育てる時くらいだったでしょう。それからは戦闘に次ぐ戦闘。イベントに次ぐイベントの数々。
暇する暇がなかったのは幸いですけれど。
ちょっとは異世界ファンタジーを楽しんでも罰は当たらぬでしょう。
急ぐ理由もありませんしね。
なんて思っての徒歩移動でした。アトリは徒歩での移動を苦にしません。どころかシヲを呼び出さずに済む、と大喜びの大歓迎のようでしたね。
アトリがこの世でもっとも恐れることがシヲです。
和解の可能性はないようです。
なんの抵抗もできずに飲み込まれていったことが、トラウマとしてしっかりと刻まれているようでした。トラウマの克服って人生をかけて行うモノです。
忘れがちですが幼女のアトリには難しいようでした。
シヲも気にしていないようなので幸いですね。彼女の「矮小なモノが何をしようとも、気にする必要はない」とでもいうようなスタンスには助けられています。
木材を渡せば大抵のことは許してもらえるのです。
シヲは木工作業の虜でした。
今も理想のアトリエの一角を自由に使い、おそらくは何かを作っているのでしょう。
前回のイベントではシヲを酷使しました。テイムモンスターには労働基準法は適用されませんけれども、それでも可哀想とは思ったり思わなかったりです。
ですから、今は休暇を取らせています。
「……おや。町が見えてきましたね。ちょっと寄りましょうか」
「ごはん! です!」
「ですね」
私は動画投稿者でもあります。
アトリが食事する風景を撮影、投稿するという【アトリはよく食べます】チャンネルの主でした。
コメント欄ではよく「良いから戦闘映せ!」や「攻略情報を教えろ!」や「【天使の因子】の消し方を教えてください!」などのコメントがやって来ます。
全無視で食事だけあげ続けています。
いえ、一回だけシヲの希望で「シヲのよく解る木工講座」も投稿しました。
木工の素晴らしさよりもシヲのエルフ形態の美しさへのコメントが多く、シヲは人類への期待を捨ててしまったようでしたが。
町へ辿り着いた我々は、まず宿を取ります。
その後、冒険者ギルドへ向かい、滞在の報告を行いました。今までは冒険者ギルドを軽視してきた私ですけれど、経験値をたくさんもらえる可能性があるならばお話が変わってきます。
マルチ商法への勧誘と美少女からのデートのお誘いくらいの違いがあります。
まあ、私は美少女からデートのお誘いがあっても、美人局の可能性を払拭できずにお断りするのですけれど。
女性って怖いですね。
べつに騙されたことなんて一回もないので、想像で語っていますけれど。
「え、Aランク!? えっとアトリさま……メテオアースの王族よりご招待が――」
「要らない。強制クエストはある?」
「いえ、今はございません」
「そう。ありがとう」
とてとてとギルドを出て行こうとして――ふとアトリの肩に蝶々がとまりました。それを払うことなく、アトリは平坦な声で尋ねます。
「何の用? ペニー」
『アトリ隊長ー』
蝶の使い魔を媒介にして、かつての部下ペニーが言いました。
『アトリ隊長は神器使いの会談にお誘いされていますよー? 是非、参加してほしいとのことです』
アトリに神器使い同士の会合、そのお誘いが持ち込まれました。
神器使い。
このゲーム内で七人しかいないとされる、チート級装備の持ち主たちのことです。
私が知っている神器使いは。
1、救恤のアトリ。
2、慈悲のレメリア・シュー・エルフランド(エルフの王女殿下ですね)。
3、忍耐のメメ。
4、勤勉のジークハルト。
この四人くらいです。
聞いた話によれば、先日、第三フィールドにいた節制の神器を持つ人物が殺害されて、その神器を何者かに奪われてしまったようですけれど。
ちなみに純血の神器は魔王軍に奪われているようですよ。
魔王としては神器は人類種が持つべきだとは考えているようです。
しかし、部下であったノックスハードがせっかく回収してきたので、その功績を無に帰すわけにもいかず管理しているようでした。
ノックスハードだけ人類種への攻撃がガチなんですよね。
いえ、まあ、やっていることの規模としてはゲヘナの「第一フィールド侵略」も結構な攻撃ではありますけれど。
そして最後に。
リタリタが封印した譲渡の神器は、未だ所有者が存在しないようですね。私たちが第四フィールドの時空凍結を解除したので、すでに取得することは可能のようですけれど。
ペニーが言うには、今回はそれについてのお話のようでした。
面倒な上、あまり私たちに関係のあるお話ではありません。
私が不参加を命じようとした時でした。
珍しくペニーが真剣な声音を漏らしました。
『……アトリ隊長に依頼を出したいです。神器【
「ほしいの、神器?」
『いえいえー、戦士でもない私が取得しても困りますー。でも、リタリタおばさまの武器ですから、受け継ぐ人にはそれ相応の格というモノが必要です。それは姪である私が見極めます』
どうやらペニーは神器使いリタリタの姪御であるようでした。
亡き叔母の後継者を、自分で選びたいご様子。
そのためには勝手に神器を回収されるわけにはいかない、ということのようでした。
アトリが私のほうを見やってきます。
アトリは自分の味方には甘いほうです。受けたいと感じているようでした。
「受けましょうか、アトリ。ペニーが依頼だと言うのです。報酬も期待できますしね」
「はい! です! 頑張る、です」
「武器の強化は後回しでも良いでしょう」
会談には王女殿下も来ることでしょう。
ならば、帰る時にでも同行して、エルフの鍛冶師のところへ行きましょう。
アトリは蝶の羽根を軽く撫でます。
ふわり、と鱗粉が舞い上がりました。死神幼女はとんでいく鱗粉を流し目で見てから答えました。
「神は言っている。報酬に期待する」
『! ありがとうございます、ネロさま、アトリ隊長』
「うん。神様への感謝することは偉いこと」
アトリはご機嫌そうでした。
『会談は一ヶ月後、第四フィールドで行われる予定です。そして……メンバーの護衛として三名を連れて行くことが推奨されています』
「護衛?」
『神器使いが殺されましたからねー。神器使いの損失は世界の損失です。また、あちらでも交戦する可能性はあります。戦力の確保は必須です』
「? 解った。三人、連れて行く」
『今回ばかりは私も行かせてほしいです。足手まといでしょうけれど、英雄たるアトリ隊長でしたら問題はないでしょう』
ペニーは弱者へ期待しません。
その代わり強者へは信頼を寄せます。自分を連れて行ってもアトリならば大丈夫、と確信しているようでした。
連れて行くメンバーを考えます。
結論としてギースを連れて行くことに決めました。アトリの知り合いでアトリが戦力として見られるのは、ギースと独立同盟のメンバー、あとはキッドソーくらいのもの。
『すでにミャーさんには話をつけていますー。アトリ隊長に断られた場合、ミャーさんなどに頼る予定でしたからー』
正式に会談に出られなかった場合、暗殺が得意なミャーに頼る。
かなり強硬手段に打って出る未来もあったようですね。現在のミャーの契約精霊たる羅刹○さんはNPCのやりたいことは容認しますが、基本のスタンスはPKKです。
積極的に「そういうこと」には協力してくれなかったことでしょうけれど。
とりあえず連れて行く三名は決まりました。
ペニー(本体)。
ミャー。
そして【暴虐】のギースとなります。
あの時、ギースを殺さなくて良かったですね。彼は生粋の小物の悪ですけれど、我々にとっては使い勝手の良い駒です。善も悪も関係ない、私たち邪神陣営としては悪者だってどうでも良いわけです。
私たちは早速ギースのところへ向かい、会談への参加を要請しました。すると、
「いや、無理だ姐御。今、ジョッジーノは忙しいからな」
こうして我々はギースのお仕事を手伝うことになったわけです。
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