第225話 エンペラー・オーク討伐戦
▽第二百二十五話 エンペラー・オーク討伐戦
「どうやら」
私とアトリ、それからシヲが歩いて行けば、そこにはオークの軍団が待ち構えておりました。完全武装した数千のオーク、ゴブリン、ミノタウロスの混成軍。
「少しだけ待たせてしまったようですね」
山の麓の広大な大地。
それでも収まりきらなかったであろう五千あまりが、山の中で待機しているようでした。ですが、オークたちのステータスでしたら大した距離ではありません。
いつでも参戦可能な距離でしょう。
「……神様。あのオークは何かある。です」
アトリが注目するのは美しい王冠を被ったオークです。通常のオークよりも巨大で筋肉があり、精悍な顔をしているような気がします。
立派な鎧とサーコート。
それに不釣り合いなみすぼらしくも汚らしいスカーフを巻いております。
乾いた風にたなびくスカーフは、さながら龍の尾のようでした。
「……変ですね」
「変……です!」
「ええ。あのスカーフがあまり汚く思えないのですよね。何か魔法の効果でもあるのでしょうか」
私は芸術面に於いて最高峰の力を持っています。
それは当然ながら審美眼にも及びます。その私の審美眼をして、あのスカーフがただのボロ布だとは判断できないようでした。
私がスカーフに注目するのに対し、アトリはあのオークの雰囲気を警戒しているようでした。
ただ迫力が凄まじい。
実力ではアトリに遠く及ばないはずですけれど、何かを感じさせるような威厳があります。かつて最上の領域たるヨヨは、弱者たる新兵ゼラクを「強者の魂である」と称賛しました。
強さはいくらでも後付けできる。
必須なのは心。精神。どのような強者とて心が伴わねば弱者である。
それがヨヨの主張なのでした。
そして、今。
目の前のオークは……エンペラー・オークは――強き魂を持つ者。
少なくとも、そんじょそこらの強者よりも……対峙している
まあ、ただのイベント戦のオークに、そこまで深いバックストーリーが用意されているとは思いませんけれどね。少なくとも、私たちはオークの事情を知る機会はありませんでした。要するにただの相手はただのモブです。
ですが。
「ちょっとアトリを警戒して、周りを殺したヨヨの感覚が解りますね。けれど……我々は彼とは違って負けませんが」
「ボクのほうが強い。です」
「ええ。では、イベントを楽しみましょうか」
エンペラー・オークが遠吠えをあげる。
それが開戦の合図でした。オークの足音が連続し、まるで雷鳴のように轟きました。
▽
アトリのステータスがあるので問題ありませんが、弱いNPCでは進軍による地揺れで動けなくなりそうですよね。
油断なく大鎌を構える中。
敵の初手は、大盾を前方に尽きだした部隊を押し出すことでした。
エンペラー・オークが大剣の切っ先をアトリに向ければ、軍はひとつの生物のように動き出しています。
このゲームでの盾は強いです。
シヲはまだまだですけれど、メメなどを思い出していただければ解るでしょう。難しい代わりに使いこなせば、スペックで惨敗している相手でも一方的に弄べます。
メメは上澄み中の上澄みで例外ですが。
それまで行かずとも、あの数ならばアトリでも突破は不可能です。ヴァナルガンドを使ったり、未来視を使いながら【狂化】をすれば可能ですけれど。
「アトリ、後退しますよ」
アトリは敏捷値の高いキャラクターです。
対してオークは重装な上、元々種族的に鈍足とのこと。引き撃ちしながら前衛を減らし、突出した前衛部隊の隙を突いて後方に回ります。
そうして後衛から全滅させていきたく思います。
正面から軍と激突するのは、敵に利するだけですからね。
大鎌を杖に持ち替え、後ろに下がった瞬間でした。眼鏡をかけたオークが扇を振り下ろしながら、何かを叫びました。
直後のこと。
大盾を構えて前進していたオークたちが、盾に隠していた杖や弓を取り出しました。放たれるのは色取り取り、多種多様な破壊の奔流でした。
「――っ!」
《スゴ》の遠距離攻撃は、距離が離れれば離れるほどに威力が減るものが多いです。少なくとも、近いほうが当てやすく、高火力になることは事実でした。
純後衛を前衛に見せかけ、後衛火力職なのにアトリにギリギリまで接近してきたのです。
「これは防ぎ辛いですが……」
「開け【死に至る闇】。万死を讃えよ」
あらゆる魔法や矢、遠距離系固有スキルを薙ぎ払うべく、アトリは初手で奥義を使わされることになりました。
「――【
破壊を死で塗り潰しました。
▽
凄まじい爆風。
飛ばされそうになっているのを耐えていれば、やがて破壊に伴った煙が晴れました。そこには本当の前衛が突撃を敢行している姿がありました。
それも危機的ですけれど、もっとも危機的なのは……エンペラー・オークがいないこと。
それもそのはず。
エンペラー・オークは空に居ました。かつて第一回イベントにて、初手でいくつものレイド・パーティを壊滅させた初見殺し。
空中からの投下爆撃でした。
『ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
「ボクは強い」
大剣を振り下ろしながら落下してくるエンペラー・オークに、アトリはぐるぐると瞳を回しながら、大鎌を全力で振り上げました。
前回は逃げるしかありませんでした。
けれど、今のアトリは最上の領域。
人類種の到達点のひとつ――怪物じみたステータスを持ちます。
『ぶぶおおおおおおおおおお!』
「――ぐっ」
正面衝突。
エンペラー・オークの巨体が乗った大剣での斬撃を、アトリは小柄な肉体と大鎌とで強引に受け止めました。
私に負けず劣らず、アトリは負けず嫌いですからね。
代償としてアトリの腕はビリビリと痺れたのでしょう。拮抗している鍔迫り合いですが、僅かにアトリが不利なようでした。
死神幼女が叫びます。
「ロゥロ!」
『がらああああああ!』
ロゥロが出現し、エンペラー・オークをぶん殴ります。
同時、エンペラー・オークもアトリの腹を蹴り抜きました。互いの臓物が吹き飛び、肉体のほうも遅れてそれに続きました。
地面を転がされるアトリでしたが、気配に気づきます。
影より這い出るように、いつの間にかアサシンオークに囲まれています。首狙いの斬撃、刺突。
「【ヴァナルガンド】」
咄嗟に切り札を発動。
アトリの肉体を光炎が守護します。刺さるはずだった短剣が、光の発する熱に耐えきれずに溶け出します。
ただの拳さえも、アトリに届くことなく消え失せました。
「【シャイニング・バースト】」
暗殺者たちを範囲魔法で掻き消しました。
魔法の隙を【奉納・停克の舞】でキャンセルし、一気に疾走します。
それを咎めるように、槍を構えたオークが立ち塞がりました。今度の敵の武器は業物のようです。槍は光炎を突破し、アトリの腹を軽く掠めました。
槍オークは腕を溶かし尽くされながらも、掠り傷を与えてきたのです。
腹の傷から大量の蟲が湧き出してきます。おそらくは何らかの固有スキル。すぐさまアトリは該当箇所を切除しました。
『ぶおおおお!』
僅かに足止めされた時間を使い、エンペラー・オークが最前線に復帰してきます。大きく剣を振りかぶった敵に、アトリは掴みあげた槍オークを投擲しました。
ですが、エンペラー・オークは構うことなく、味方ごとアトリを斬り裂きます。
直前でシヲが割り込んで、その身でダメージを肩代わりしてくれます。
その後ろからアトリが【出血量増大】の効果を持つ小鎌を投擲しました。軽く血を流すオークの皇帝。
彼は味方を斬り裂いたことにより、顔面が血だらけ。
さながら血の涙でも流すようでした。しかし、まったく止まることなく、皇帝は大剣を竜巻のように振るいました。
「!」
ですが、皇帝の剛剣も【ヴァナルガンド】起動中のアトリにとっては問題ではありません。もはや力比べでさえもアトリが優勢です。
皇帝は腕をジリジリと光炎で溶かされながらも、剛力で突破しようと試みます。
「それは悪手」
アトリが冷淡に断言した直後。
皇帝の覇剣が音を立てて砕けました。あっさりと大剣を砕き、致命の一撃を入れようとして――追いついた大盾部隊に邪魔されます。
オークの盾部隊たちは、自らアトリの光炎に飛び込んで身を焼き払われます。内臓の焼ける嫌な臭い。
命を捨てた、一秒に満たぬ時間稼ぎ。
皇帝が大きく後ろに跳躍。
代わりに前に出た前衛に阻まれて追いかけられません。
「まずは減らしていきましょう」
アトリに【ダーク・オーラ】を付与します。また、敵一体に【邪眼創造】で魅了を付与し、一瞬だけ裏切らせました。
これで連携の精度を減少させることが可能です。
敵の数が多いため、【邪眼創造】や【ダーク・オーラ】でのMP消費もチャラになります。どころか【MP吸収】と【MP超吸収】の効果でMPに余剰が生まれました。
敵が【ダーク・オーラ】の状態異常でバタバタと倒れていく中。
下がった皇帝から凄まじい気配が立ち上っていました。
『ぶぶお【ぶおおお】!』
それはさながらアトリの【
それはさながらヨヨの【
大技の行使。
その――詠唱。
『ぶっぶおおおお! ――【ぶうお】!』
エンペラー・オークから放たれたのは、極彩色の波動――凄まじい威力を内包したビームでした。
喰らえばアトリとて一撃ロスト必須であろう、攻撃。
しかし、これならば無効化することが可能です。
「【ティファレトの一翼】使用」
その効果は「ダメージ判定の失効」です。
それを適用されたエンペラー・オークの切り札は、もはやただの綺麗なだけの光でしかありません。
敵の切り札を無効化した、と安堵する……ことも許されず。
私たちは見ました。
無効化される前提で、同じ詠唱を始めているエンペラー・オークの姿を。
『ぶぶお【ぶおおおお】』
「アトリ! 終わらせます」
「……狂い開け【死に至る闇】」
周囲の有象無象は私とシヲが阻み、アトリに付与した【ダーク・オーラ】と光炎で撥ね除けていきます。
皇帝と死神幼女は、全力疾走で迫りながら、奥義を詠唱していきます。
『ぶっぶおおおお! ――【ぶうお】!!』
「万死を崇めよ――【
極彩色の波動。
死と生の混沌を意味する、白黒の巨大な斬撃。
力は一瞬の拮抗を見せます。
オークの民たちが喝采を挙げる中、私だけは結末が見えていました。当事者たるアトリもまた理解したようです。
「神は言っている」
『ぶ、ぶおおおおおおおおおおおおおお!』
必死の形相を浮かべる皇帝。激しい戦士の顔ながら、そこには皇帝として……君臨する者としての強さが見え隠れします。
ですが。
紅の瞳が輝きを放ちます。
「この勝負はもう――終わり」
決着でした。
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