第224話 暗殺者との死闘
▽第二百二十三話 暗殺者との死闘
シヲが【音波】スキルによって隠れた敵を暴きました。
村への襲撃が緩和されている今、シヲはこっちに専念してもらっています。
暗い夜の山中。
虫たちが奏でる音楽と森林たちが夜風にそよぐ心地よさの狭間で。突如として銀閃が幾重にも迸ります。
月光だけを頼りに、今、私たちはオークの刺客と交戦を始めたのです。
『ぶ、ぶおー!』
覆面をしたオークは、クナイのような形状の短剣を使って攻めてきます。
二刀による怒濤の攻め。
流れるような美麗な剣筋は、オークの巨体を感じさせません。そのような刺客が四体。四方向からの攻撃に、さすがのアトリも防戦一方のようでした。
ただし、アトリが防戦している中でも私の手は空いています。
「時間が悪かったですね」
「闇は神様のもの……ボクも神様のもの!」
「持ちすぎて重量オーバーかもしれません。【クリエイト・ダーク】」
時は夜。
闇精霊――しかもこのゲームの闇の根源の一画を担う私にとって、これほど有利なフィールドもございません。
私が生みだしたのは細かな粒子です。
その小さな粒子は埃のように舞い、それから敵の目に侵入していきます。そこから目玉を突き破って脳みそをズタズタにする――ことはできませんけれど、敵の視力を一瞬だけ奪いました。
その僅かな隙を突き、アトリが暗殺者を一体仕留めます。
『ぐ、ぶお! ぶおおお!』
『ぶ』
暗殺者の一人が突如として大爆発。
己が肉片を撒き散らし、それで以てアトリの視覚を奪いました。私の攻撃への意趣返しのようでした。
「アトリ」
私は声を掛けてから【邪眼創造】により【遅視眼】を発動しました。
この眼球を使えば、私の動体視力でも強敵の速度を把握できるのです。その視力でアサシンの動きを見ます。
視界を奪われたアトリに、アサシンオークたちは見事な連携を取っています。
投擲されたクナイが、アトリの首に突き刺さる寸前。
私は闇を操りました。
【ダーク・リージョン】
闇精霊としての実力を上げたため、以前よりもスムーズに発動できます。完璧なタイミングで発動したので、クナイがアトリを透過していきました。
アトリは私を信頼しています。
ゆえに見えないというのに防御は捨て去り、大鎌での攻撃を選択していました。
回避や防御は視認が大切です。
ですが、大鎌のような大型の武器での攻撃は、見えずともあるていど大ざっぱに振っても悪くありません。
ステータスが伴えば。
「【アタック・ライトニング】――【月天喰らい】」
大鎌はアサシンオークの腹を掻っ捌きました。
敵は鎌の特性を知っていたようです。首を完璧に防御していたようですけれど、今のアトリのステータスでしたら弱点に拘らずとも勝てるのでした。
アトリがアーツを放った硬直で止まっていると、そこに最後のオークが刺突を放とうとしてきます。
突撃してきたオーク。
その速度と威容は暴走したトラックを思わせます。小柄な幼女が踏みつぶされる姿を常人でしたら思い浮かべるところでしょう。
ですが、ここはVRMMOファンタジーの世界。
「だめですよ」
『――っ!』
オークが突如として停止しました。
私が設置しておいた【ダーク・ボール】に衝突してしまったのです。【シャドウ・ベール】で透明化していたので、罠として【罠術】の効果まで加算されています。
私がよく使う……けれども対策の難しい黄金コンボですね。
闇属性ですけれど。
敵が止まった時間は一秒にも満たない。
けれど、アトリの技後硬直は解けてしまい、死神幼女の手前では……もはや己が屍を晒したも同然でしょう。
アトリの紅目が、夜空を彩る星々に負けぬほどに禍々しい輝きを持ちます。
「神は言っている。お前はもう――だめ」
オークの首が夜空まで……吹き飛びました。
「集団で無理なら暗殺でしたか。今度は集団戦中の暗殺を試みてきそうな気がしますね。注意しておかねばなりません」
「頑張る。です」
「シヲにも見張ってもらいましょうか」
「頑張る。です。ボクが……! です!」
アトリがシヲへの対抗意識を強めました。
死体を【鑑定】してみれば、一体はなんとエンペラー・オークでした。ボス戦クリア……かと思いましたが違います。
エンペラー・オークはそういう種族です。
エンペラー・オークが皇帝に選ばれた時、彼らはレイドボスクラスの力を持つようになるのです。
つまり、いま討伐したのはエンペラー・オークの子どもでしょう。
いわゆる王子様ですね。
王子様もその配下も、戦闘前に毒を呷っていたようです。アトリに勝っても負けても、おそらくは毒で死んでいたことでしょう。
その目的を推測するに、倒された後、自分たちの肉を食料にさせないためでしょう。
「ちょっと怖いくらいの愛国心ですね。自分で毒を飲んで暗殺に出向くなんて」
「ボクも神様のためなら毒を飲む……です……たくさん」
「オークの暗殺者と似ているみたいですね。ただし、アトリは可愛いですけれど」
「!! !!」
死神幼女がぷるぷると感激に打ち震えているようです。
アトリは自分が可愛いことに自覚的です。
何故だか世界で一番かわいいと自称しているくらいです。ちょっとキャラに合わないようにも思われますけれど、私が可愛いと言った=自分が可愛いのは世界の法則という方程式のようでした。
まあ当たらずとも遠からずです。
「毒を帯びたエンペラー・オークの死体。錬金術に使えそうな気がしますね。回収しておきましょう」
こうして私たちは新たな素材を手に入れました。
そろそろ敵も万策尽きてきたように思われます。軍勢も駄目、個人的な強者も駄目、暗殺者も駄目。
ならば、もはや……敵はすべてを複合した総力戦をするしかありません。
「昨日は村への襲撃が最低限でした」
……セックやシヲ、ロゥロがおらずともクリアできる襲撃でした。
ちなみにロゥロは敵を追い返した後、ひたすらに死体を損壊し続けておりました。アトリが居ないので消すと村の防衛に参加できなくなりますからね。
一部のオークたちは仲間の死体への損壊について激怒し、むしろ隙を作ってしまっていました。
ロゥロの悪癖が活かされた数少ない事例ですね。
なんというか私やアトリ、ロゥロたちを客観的に見れば悪役ですよ。オークたちの知能や品性次第では一方的な悪と見られることでしょう。
まあ、私たちは正義の味方プレイなんてしていませんがね。
正義の味方なんてジャスティンだけで十分でした。
「エンペラー・オークの王冠はレアアイテムのようですよ。彼らは王冠に固執するようです。自分の命よりも重要視するとか。どのような素材か楽しみです」
「神様が楽しみなら、ボクも楽しみ! です!」
オーク帝国。
その首都と思わしき土地が見えてきました。小規模の山……それひとつが村のようです。武装した多くのオークたちが蠢いております。
さあ、経験値イベントのクライマックスです。
荒稼ぎして無理そうなら逃げましょう。
▽
エンペラー・オークは報告を耳にした。
自らの直息であるダッダダが戦死したという情報である。思わぬ報に目を見開き、配下の言葉を疑いたくなるのをグッと堪えた。
『ぶっぶお』
冷静に応える。
ここで自分が取り乱せば、戦争は不利になる一方だからだ。
ダッダダは優秀だった。
オークは自分の子どもに拘らぬ。子を認知するという文化があまりない。
けれども、それでは皇帝や貴族は困ってしまう。自分の後継者を血で選べないことは、オークにとって良いことではない。
実力で選べ、というのはオークには似合わぬ理想論。
仮にオークが実力主義を採用してしまえば、あっという間に味方同士で殺し合いが勃発してしまうだろう。
ゆえに直息、直娘制度は存在している。
大量に生まれる中、自分が確実に生ませた子の中から「血統保障」を指名する。それこそが直息、直娘制度である。
無論、エンペラー・オークに何かあれば、ダッダダが後を継ぐはずだった。
そのダッダダが死んだ。
可愛い息子が死んだのだ。期待していた次の皇帝であった。それでもエンペラー・オークはあえて告げた。会議のための広場から冷静沈着にして、酷薄で偉大なる皇帝の声が轟く。
『ぶ――ぶお! おおおおおお!』
そういうことだ。
皇帝は説明した。すべては計画通り、だ、と。
ダッダダは直息として力不足であった。ゆえに継承権を消す予定であったが、彼は最後にチャンスを求め、国が相手取っている敵に向けて単独で挑みに行った。
そして力が及ばなかったのだ、と。
すでに次の後継者は用意してあるし、ダッダダは元々皇帝の器がなかった。
そう宣言したのだ。
無論、嘘である。
ダッダダならばいずれエンペラー・オークをすべての面で越えただろう。武勇にも優れ、学ぶことを楽しみ、政治もこなせ……あの歳で清濁を併せ飲むことを覚えていた。
まさに理想の子にして、理想の次代の皇帝であった。
その可能性が潰えた。
評価してやることもできぬ。ここでダッダダを喪ったことが哀しい損失であると知れれば、戦前だというのに士気が落ちてしまうからだ。
いくら可愛い息子のためでも、それは許すことができない。
だが、エンペラー・オークは理解した。
ダッダダの暗殺は悪い手とは言えなかった。将来性のある息子ではあったけれど、現在ではまだエンペラー・オークのほうが強くカリスマもある。
今、生き残るべきはエンペラー・オーク。
息子は次の皇帝として、やがて国を治める者として動かずには居られなかったのだろう。
成功した場合、それが最善手だったから。
せめて相談してくれれば、とも思う。
だが、自分が彼の立場だとしたら同じように動いたであろう。民の損失を少しでも減らすため、ダッダダは必死に思考して命を賭した。
公には認めてやれぬ。
だが、父としてエンペラー・オークは子の懸命を理解した。
それから感謝した。
亡き息子に想う。この国や民を愛してくれてありがとう……と。
『ぶおおおおおお!』とドッドが叫ぶ。
喪に服す間もなく、オーク帝国の準備は佳境を迎えたようだ。
明日である。
明日こそがヒトの娘との決戦の時である。
逆略奪作戦によってオークは深刻な食料被害を受けている。このままでは戦う前にオークたちは飢え死にしてしまうし、死なずとも飢えれば弱体化してしまう。
今が仕掛け時だ。
武器の手入れをしていると、ふと幼いメスオークが現れた。彼女は薄汚い、汚れたスカーフを控えめに差し出してくる。
思わず受け取ってしまう。
『ぶ?』
『お、おお! ぶおおお! ぶお!』
『……ぶ』
心して受け取る。
そのスカーフは薄汚れた、無駄に長いだけの布の切れ端にしか見えぬ。けれど、そこに刻まれた文字たちはすべて……この都にいる戦えぬ者たちからのエールであった。
たくさんの言葉が綴られている。
子を孕んで戦えぬメスが、今日産まれたばかりの子が、老人が、重傷を負った元兵士が、鍛冶師が、医師が、産婆が、あまねく帝国の非戦闘員たちが……このスカーフに言葉を刻んだ。
『勝て!』『皇帝陛下万歳!』『オークの希望を託す』『良き戦いを』『信じています』『頑張って』『死なないで』『格好良い! 尊敬!!』『皇帝は最高で最強だ!』
ギュッとボロ切れを握り締める。
皇帝には似合わぬスカーフだ。あまりにも長い布は首に巻いても不格好だし汚いし、文字だって多すぎてろくに読めやしない。
皇帝が纏うような装飾ではない。
エンペラー・オークの誇りたる王冠に、あまりにも合わない。
それでもエンペラー・オークはスカーフを首に巻く。何度も何度も確かめるように巻きつけ、それを誇らしげに装備した。
その時、一陣の風が吹き、スカーフが風にたなびく。
皇帝には似合わぬ。
けれど、これを纏えぬ者は皇帝ではなかろう。
『――ぶおおおお』
業火のような熱が、魂の奥底から湧き上がる。
嗤いたくば嗤うが良い。
だが、エンペラー・オークは確信する。この装備はなんの力も持たぬが、けれど、これを纏った自分は纏わぬ自分よりも遙かに強い、と。
布一枚分だ。
そこに汚い文字で、雑多な想いが押し込められているだけだ……それだけだ。
なんの役にも本来ならば立たぬだろう。
だが、そうは考えられなかった。
ここには布、それと汚い文字たちが刻まれている。
ならば布一枚、願いと想いの分だけ強くなっているはずだ。
それは大した力ではないのかもしれない。だが、この力を些事と嗤う者に負けてやれるほどに、エンペラー・オークは弱くない。
砂粒一つの差で生死が決まるような世界の中で、エンペラー・オークは闘争を繰り返してきたのだから。
勝つ。
何故ならば、エンペラー・オークは皇帝であるからだ。
エンペラー・オークこそがオーク族の希望にして英雄。どのような絶望も困難も、強敵も振り払い、次代に繋げてきた傑物の名を継いだ男。
我こそが史上最強のオークなのだ。
『ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
エンペラー・オークは進軍を開始した。
目標はたった一人のヒトの子ども。
率いるは数千を超えるオークの勇士たち。吊り合わぬコトは承知している。だが、絶望の向こう側にのみ、希望は広がっている。
決戦の日がやって来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます