第223話 焦土作戦

    ▽第二百二十三話 焦土作戦

 辿り着いた村は無人でした。

 家畜はすべてばらされて回収され、井戸には毒が投げ込まれておりました。連れて行けなかったであろう、小さな動物などは疫病に感染しているようでした。


「? 自滅してる。です? 神様の威光に恐れを成した! です!」

「いえ、これは焦土作戦でしょうね」

「? 難しい。です」


 ネット小説を愛好している方や歴史小説、歴史に詳しい方はみんなご存じでしょう。

 私はネットで知った知識を幼女にドヤ顔――精霊に表情はありませんし、リアルでもこんなことで表情は変えませんけれど――で説明します。


「侵略者側に物資を奪われぬように、自分たちで自分の物資を破壊する作戦のことですよ。敵に補給を依存している戦力の場合、途中で物資が尽きて引き返すしかなくなるわけです」

「! 神様は叡智の塊……です。みんな真似すると面倒です」

「いえ、発案者は私ではありませんよ」


 それに敵は知らないでしょうけれど、私たちには理想のアトリエがあります。あちらには大量の食料が保存されていますし、農業だってゴーレムたちが行っています。

 この前、オークの村で略奪した未知の作物さえも、すでに理想のアトリエ内で育てています。


 私たちに兵糧攻めは効きません。


 ただ置き土産の疫病散布は面倒でした。


 普通にアトリも病気になることはありますからね。魔女との戦闘時も疫病にはやられました。彼女自身が渡してくれていた治療薬で治りましたけれど。

 その物資に関しては限度があります。

 予防薬を飲ませているのでしばらくは大丈夫でしょう。


「私たちがエンペラー・オーク一点狙いなのは露呈していることでしょう。どう動いてくるでしょうかね」

「ぜんぶ潰すだけ。……です」

「良い子ですね、アトリ。ちょっと殺気を抑えましょう」

「抑えた。でした!」


 オークもやっていられないでしょうね。

 戦争中だというのに、軍を個人相手に運用せねばならぬのですから。これぞ異世界ファンタジーの醍醐味と言えますが、仕掛けている側だから楽しいわけで。


 また呼び出されたシヲが【音波】スキルで仕掛けられた罠を看破していきます。これが終われば村へ帰還。シヲのように色々できすぎるのって損な時がありますよね。


 まあ、それがテイムされたモンスターのお仕事でもあります。

 あとで良い木材を探しましょう。あるいは木工関係のお仕事を振ってあげましょうかね。

 次の村へ向かいます。


       ▽

 いくつもの死んだ村を通り過ぎました。

 意地でも我々に物資を提供するつもりはないようでした。このままではエンペラー・オークの元に全軍が集結するのでは、なんて懸念も出てきますね。


 さすがのアトリでも万全状態のオーク軍に、エンペラー・オークまで加えて相手すると……ちょっと危ないでしょう。

 敵が強い固有スキルを持っていたら、ですけれど。


 固有スキルは一概にハイスペックです。

 が、たとえばアトリの【殺生刃】は当たらねば意味がない純火力強化ですし、そもそも自傷ダメージというデメリットもあります。


 私の【邪眼創造】も効果の多さの代わり、効果量は高くありません。

 シヲの【相の毒】などもそうでして、固有スキル=最強ではないのですよね。例外はギースの【暴虐】くらいでしょう。


 あれ、使い方によっては防御にも攻撃にも、遠距離攻撃にも支援にも使えますしね。


 しかしながら、噛み合った固有スキルほど恐ろしいモノはありません。

 軍を相手取るということは、そういった噛み合った固有スキルへの対処が遅れるということ。アトリにはたくさんの無効化スキルがありますが発動できねば意味がなく。


「できれば数を減らしたいですが」

「神様」


 私の欲望を肯定するように、アトリが声を発しました。どうやら伏兵を発見したようですね。

 狩りましょう。


       ▽

 エンペラー・オークを除いたオークたちは、少なからず混乱しているようだった。

 挙げられた報告は――呪剣のブーズーが戦死したというモノである。あれはオークの中では異質なほどの傑物であった。


 なんの才能もないオークだった。

 だが、あれは異常なほどの愛国心を持ち、誰よりも英雄気質で皇帝への忠義に溢れていた。そのメンタルだけで呪われた剣を飲まれずに振るい、やがて呪剣を扱う固有スキルまで手に入れた。


 狂気をねじ伏せ。

 ただ心だけで強者へ至った、尊敬すべきオークである。


 純粋なオークの中では最強であっただろう。

 エンペラー・オークは当然のこと、ジェネラルやリーダーまでもが認める傑物。


 権威と貴族主義であるベッフォット卿でさえ、ブーズーに自分の直娘じかむすめを娶らせたがったのだ。


 それが呪剣のブーズーであったのだ。

 貴族の一匹が咆吼するように、報告にやって来たゴブリンに問う。


『ぶーーーーーーーーーーーー!』

『ぎゃっ! じっぎゃ、ぎー……ぎゃああ!』


 エンペラー・オークは思わず目頭を押さえてしまう。

 皇帝は涙を見せてはならぬ。

 だが、ブーズーの忠義を聞き、それについて何も思わぬようでは――それもまた皇帝の資格あらず。


 敵はヒトの子ども。

 ブーズーはそれと遭遇した瞬間、己が死を理解したという。


 少しでも情報を国へ残すべく、彼は配下のゴブリン【憶の鏡】を持つ配下にすべてを託したのだ。そのゴブリンの固有スキルは「対象から記憶を奪う」というモノ。


 ゴブリンはブーズーに固有スキルを使った。

 そして逃げた。逃げながらも固有スキルに魔力を注ぎ込み、戦闘中のブーズーから記憶を奪い続けた。


 結果、そのヒトの子どもの脅威を知ることができたのだ。


 きっとブーズーは人生最期の戦いで、自分が誰なのかも、何故戦っているのかも、大切な家族や友人のことだって忘れてしまっていただろう。

 ただ胸を焦がすほどの使命感だけを頼りに、最期まで誇り高く剣を振るい続けたのだ。


 だから、ゴブリンは怪物から逃げ切った。


 得た情報は多かった。

 情報を総括してしまえば、敵は化け物である。


 二匹の異質な魔物を操り、おそらくは【天使の因子】を持つ。

 武器は大鎌。使用するスキルは刃に能力を付与するアーツ。それから移動系がいくつか。呪いで暴走強化されているブーズーを遙かに超越する身体能力。


 何よりも恐ろしいのは技術力。


 大抵の攻撃は容易くいなし、的確に急所を斬り裂いてくる。

 仮にダメージを与えてもすぐに再生してしまう。一撃死させねば止まらない癖に、一撃死を許さぬ身のこなしをする。

 攻撃に集中しようにも、敵はこちらを一撃死させてくることに特化しているらしい。


 嗤ってしまうほどに強すぎる。


 神はどうしてオークにここまでの苦難を用意するのだろう、と笑わずにはいられない。だが、神が居てくれたお陰でオークは生まれ、生き、ここまでやって来られた。

 神を非難はできぬ。

 悪いのは力を手に入れられなかった、自分なのだから。


 だから冷静に勝ち筋を、情報を脳内でまとめていく。


 回復アーツを使ったこと。

 目眩ましのアーツから推測するに【光魔法】使いだろう。……ブーズーを倒す近接戦闘力持ちで遠距離が得意とは思えぬが、ブーズーが本能で死を察したのだ。


 遠距離も使えるくらいの強者……だとエンペラー・オークは確信する。


 敵は恐ろしいほどに強い。

 下手をすれば個人で軍を、国を、潰してしまえるほどに。


 だからこそエンペラー・オークは決断した。ドッドの提案した逆略奪作戦だ。自身の領地を放棄させ、食料生産場所や井戸を破壊し毒を撒く。

 そうすれば敵が喰うモノがなくなる。


 上手くいけば毒と疫病で、戦わせることもなく殺せる。


 ドッドの作戦は有効で素晴らしい。

 デメリットはただひとつ。


 ……自ら苦労して作ったモノを潰すことになること。

 この戦で勝利しても、きっとたくさんのオークが飢えて死ぬ。だが決断した。


 一秒たりとも悩まなかった。

 そのようなことは許されぬ。

 ブーズーが評価した敵を相手に、悩んでいる時間など許してもらえるはずがない。


 腸が煮えくりかえる。

 敵にではない。敵はよくやっている。この世界は才能だけでは生きていけぬ。強者に至れる資質がある者でも、いくつも死地を、苦しみを、絶望を抜けねば前へは進めぬ。


 あの子どもは乗り越えた者。

 そしておそらくは、領域に踏み至った者。


 敬意を払いこそすれ――怒りなど向けぬ。


 少なくとも皇帝とはそのような怒りは持たぬ。敵への尊敬なくして威厳は保てず、威厳なくして君臨者たり得ぬ。


 だが皇帝はいかる。

 敵にではなく――弱き自分に、だ。


 民が必死に作り上げたモノを守ることもできず、自らの手で焼き払わせる。そのような正しく効果的なだけの愚策を取らさねばならぬ、己が無力に激怒する。


『ぶぐおおお!』


 帝王が命じれば、配下のオークが報告してくれたゴブリンを介錯する。

 あの固有スキルは脳への負担が大きい。限界を超えて使用した上、あのゴブリンが記憶を奪ったのは呪い武器を扱うブーズーだった。


 皇帝への忠誠で堪えてはいたが、あと数分を待たずに正気を失ったことだろう。


 報告を完了したゴブリンの死に顔は、やり切った誇りに満ちている。

 信じられている。

 この情報を届けさえすれば、皇帝たるエンペラー・オークがどうにかしてくれる、と。彼の誇りを、守りたかった者を、国を、何もかもを……救ってくれるのだと!


 その切ないまでの忠義に、燃えるほど心が熱を持つ。


 優秀なゴブリンであった。

 ……虚しい戦が続く。有能な者も無能な者も、等しく愛おしい。それでも戦場はすべてを奪っていく。食らいあっていく。


 勝ても負けても、戦いは続く。

 生きることは彼にとって、戦い、喰らい、奪い、失い、哀しく寂しく、そして愛おしいこと。

 エンペラー・オークは自らの尾を喰らい続ける蛇を想像した。


『……』


 エンペラー・オークは瞳を閉じ、静かに黙祷する。


 必ず勝たねばならぬ。

 全力を費やして、必ずやあの子どもを潰さねばならぬ。


 小さな子どものメスを相手に、罠を張り、数で飲み込み、なぶり殺そうとする――それを悪だとも苦だとも思わぬ。

 むしろ誇りこそする。

 国の敵に全力をぶつける。その全力をぶつけるに相応しい敵と戦う。


 それは皇帝の義務、使命であるからだ。

 オークという種を――守ってみせる。


 弱い種族だからなんだと言う。

 レイドボスの中でも弱者であることが、なんだと言う。

 敵が人類種の最強最悪の殺戮者であることが、なんだと言うのだ!


 エンペラー・オークは……オーク帝国の皇帝であるぞ!!


『ぶわああああああああああああああああああああああああ!』


 これは戦争。

 良き戦をするのだ……エンペラー・オークはそう決意に漲った目で、喪った配下のゴブリンの死体を凝視した。


 仲間の、敵の死を見る度、エンペラー・オークは胸が張り裂けそうになる。

 だから目は逸らさなかった。

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