第219話 オーク混成軍

    ▽第二百十九話 オーク混成軍

 オークたちは恐慌して撤退していきました。

 ですけれど、それを数時間後には忘れたように押し寄せてきたようですね。我々にオークの個体を見分ける術はありませんから、撤退させたのとは違う部隊の可能性もありますけれど。


 大鎌を取って、アトリはすでに戦場に辿り着きました。


 前回、オーク軍は北側から攻め降りてきました。対して、今回は北と南からの同時侵攻のようでした。

 北側はアトリが対処し、南側にはセックとシヲ、ロゥロを派遣することにします。


 ちなみにセック以外のゴーレムは使いません。

 レベル60や70のオークたちにとって、我々のゴーレムは経験値の元でしかあれないからです。良い装備を使わせれば戦いにはなりますが、武器を鹵獲されかねません。


 こちらには十名の獣人が駆けつけてくれています。

 全員、表情には疲労と眠気が貼り付いてしまっているようでした。一応、昼と夜とで人員の交代はあるようですけれど、何人かは心配なので連続で戦うようです。


 我々も心配なので休みなしです。

 強制任務は「死ぬまで戦え」という意味ではありません。最低限の協力を終えれば自己判断によっての撤収は許されています。


 ピンチになれば逃げることも考慮しますけれど。


「牛がいる。です」

「ミノタウロスもいるようですね。あちらにはゴブリンたちもいますよ」


 オーク帝国は他種族も傘下に収めているようでした。

 しかも、一回目の侵攻とは異なり、ミノタウロスたちは重装備をしています。全身鎧とヘルム、業物らしきハルバードを肩に載せています。


 どうやらオークたちは鍛冶もしているようでした。


「第二ウェーブで難易度上昇、タワーディフェンスじみてきましたかね」


 では。

 と私はアトリに目配せをしました。頷いたアトリが【カーネイジ・ライトニング】による選別を開始しました。


       ▽

 選別を生き残った敵は、思ったよりも多かったようです。

 初戦の失敗を反省したのでしょう。今回は盾持ちの防御特化兵が【カーネイジ・ライトニング】を防いでしまったようです。


 アトリは強いですけれど、カラミティーであるフィーエルほどの能力はありません。


 それでも百は倒しましたけれど。


「攻める!」


 アトリが大地を踏みしめて駆け出します。

 同時に獣人たちも前に飛び出しました。


『ぼおおお!』


 雄叫びを上げたオークが大盾を構えます。アトリは盾を踏みつけて跳躍、大鎌を巧みに操って首だけを飛ばしました。

 しかし、敵ミノタウロスは気にしません。

 仲間の死体ごとハルバードを振り下ろしてきました。轟音を伴う鋭い一太刀に、アトリは冷静に新アーツを発動します。


【アタック・ライトニング】


 これは【閃光魔法】の新アーツであり、アトリにとっては【閃光魔法】では初のバフアーツとなっております。

 その効果は「一瞬だけ攻撃速度を上昇させる」というもの。


 この《スゴ》は攻撃速度も重要です。

 ただ刃を当てただけではダメージにはなりません。振らねばならないわけですね。その振る速度や勢いにより、ダメージにも変化が生じます。


 ゆえに【アタック・ライトニング】や空気抵抗を無視できる【奉納・災透りの舞】などは速度バフでありながら、攻撃力上昇バフとも言えるかもしれません。

 何よりも重要なのは、【アタック・ライトニング】があれば後から攻撃しても先に命中すること。


「遅い」


 先に攻撃を開始したミノタウロスよりも、アトリの大鎌が敵の首を落とすほうが早かったようです。ミノタウロスが握っていたハルバードはすっぽ抜け、見当違いな場所に転がりました。

 続いてゴブリンからの矢も、【ティファレトの一翼】で強化された左腕で払い落とします。


 オークたちも連携をしてくるようになりましたね。


 獣人たちも押され気味です。すでにかすり傷を負っている戦士も見受けられます。敵の軍団も減ったようには見えませんね。


 仕方がありません。


「後ろを取りましょうか」

「【コクマーの一翼】使用。――【シャイニング・スラッシュ】!」


 光を纏った大鎌より、刃状の破壊が放たれます。

 地形を変動させるような一撃が、敵の軍団の一角を消しゴムで消したかのように片付けました。何名かは大盾や鎧、【致命回避】などで生存したようですが満身創痍です。


「【フラッシュ】」

「【クリエイト・ダーク】モード・スモーク」


 アトリが敵の目を潰し、私も闇で霧を生み出します。【霊気顕現】に至ったことにより、私の闇霧はより広範囲を包み込みます。

 オーク軍を相手取るに際して恐ろしいのは、拘束系の固有スキルでした。

 ですが、視界を潰せば対象にされるリスクを減らすことが可能でした。


 一瞬でアトリは千を超えるオーク軍の背後を取ります。

 たった一騎ではありますが、アトリは一騎当千。アトリに算数を教えた実績のある私の計算によれば、戦力は互角以上。


 前方の獣人たちよりも、真後ろを取ったアトリのほうが危険度は上です。敵軍はどちらを向けば良いのかが解らなくなったようです。

 アトリを狙ってくるオークは無視し、前進しようとする敵を後ろから叩き殺していきます。


 そうすれば敵が前を向けなくなります。

 獣人たちはより安全になり、しかも攻撃力が上昇することに繋がります。見る間にオークたちが減っていきました。


       ▽

 オーク軍の会議は怒声に満ちている。

 オークたちは住居を欲しない。ゆえに【建築】スキルを持ったオークに作らせたのは、石畳での広い広場である。


 その中心にあぐらをかいて座るのは、エンペラー・オークである。


 巨大なオークたちの中でも殊更に巨大なかのオークは、会議だというのに何も意見しない。当然だ。皇帝とは意見を出す者ではない。

 意見を決める者だ。

 ゆえにエンペラー・オークは会議で口を開かない。


 代わりに意見を出すのは将軍たちである。


『ぶおおおおおおおおおおおおお!』

『ぐ、ぐおおおお!』


 さすがは数多いるオークの中でもエリートたちだろう。

 多種多様な素晴らしい意見が飛ぶように生まれてくる。どれを採用しても、一定以上の成果は挙げてくれることだろう。


 とくに【賢将軍】ドッドの意見には目を見張る。

 三体のオーク・ジェネラルの中では武勇に落ちるが、その代わりにオークを超越した軍略の才を持つ。


 実りある会議になっている。そのようなただ中、何も発さないエンペラー・オークは目を閉じた。

 エンペラー・オークは黙祷の中、思う。


 戦とは空しい。

 ひとつの目的のために、無数の命が散っていく。

 敵も、味方も。たくさん。

 けれど、オークが繁栄するためには戦うしかない。この世界はあまりにもオークに厳しい。群れねば、国を作らねばやっていけぬほど……オークとは脆弱な魔物なのである。


 そのために平定は必須。

 どれほど仲間が殺されようとも、生まれてくる子どもたちのため、民のため、オークという種族が喰らわれぬため、種の明日がため――兵は戦うことを辞めるわけにはいかぬ。


 突如として出現した、無法者共。


 当初、エンペラー・オークは使者を送った。

 不意打ちのように出現し、そこで栄えていたオークの村を蹂躙してきた獣人に対し、それでもエンペラー・オークは和平を申し込もうとしたのだ。


 だが、答えはノーだった。

 否、おそらくはこちらの使者が使者だとさえ気づかれなかったのだろう。ただ襲ってきた、奇妙な衣服に身を包んだオークだとしか認識しなかったはずだ。


 解っていた。

 オークと人類種とでは会話ができない。

 数百年も遭遇することがなかったので、どのような知恵者でも人の言葉は知らぬ。そもそも価値観も合わぬため、和平なんて成り立たぬ。


 それでもエンペラー・オークは国の代表として、形だけでも和平交渉を行ったのだ。国としての威厳を保つべく、正式な形で最後通牒を送らせてもらったのだ。


 戦わねばならぬ。

 敵は人類種。オークは本能として人類種を喰らい、犯す……そう思われているのだ。


 それは事実ながらに、今のオークたちは生き残るためならば我慢することができるだろう。現に人類種がいない数百年、オークたちは本能から隔離されて生きてきたのだから。

 だからこの戦は……避けることだってできたかもしれぬ。

 しかし、それは解ってもらえない。


 仕方がないことだ。

 これがどれほど空しい種族戦争であろうとも手加減してやることはできない。こちらとて死にたくはないからだ。


『ぶおっふぉっぶ』


 会議の中、煩わしい声が響く。

 それはオーク・リーダーの一人、ベッフォット卿の発言である。相変わらずベッフォット卿は貴族らしい意見を述べる。


 やれ利権だの、やれ領地だの、やれ政治だの。

 今は全オークが協力して戦わねばならぬ場面だというのに……彼はことの重要度を理解していないのかもしれぬ。


 しかし、古来よりベッフォットの名を継ぐ貴族たちは、帝国を支えてくれた忠臣の一族でもある。前代のベッフォットには世話になったのも事実であった。私人としては優遇してやりたい。

 けれど、彼は帝王である。


 目を見開いたエンペラーオークが立ち上がる。


『ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

『――!』


 会議は決した。

 先鋒はベッフォット卿に任せよう。彼は優れた軍人ではあるまいが、最低限のリーダーとして集団を率いることはできるだろう。


 ベッフォット卿が功を立てられるのならば問題はない。仮に失敗しても問題はない。敵の戦力を観察することもできるし、今後、足を引っ張る貴族の戦力を削れるのは有益だ。

 尖兵が時間を稼いだ隙に、ドッドの意見を採用することになるだろう。


 人類種に領地を奪われて巣くわれるくらいならば……エンペラーオークは誰にも気取れないように溜息を吐いた。

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