第217話 難しくないお話
▽第二百十七話 難しくないお話
強制任務を受諾しました。
すると、ギルドがにわかに騒がしくなりました。どうやら受付とアトリとの会話を盗み聞いていた冒険者たちが――ステータスが高く、元々聴力の高い獣人冒険者からすれば聞かないほうが難しいでしょう――情報量にドン引きしているようでした。
真偽も疑われているようですけれど、冒険者カードを偽ることは至難です。
問題はヨヨ討伐に関する真偽でしたが……同行させたキッドソーが頷きます。
「ガチだろうぜ。俺は最上一歩手前だ……まあその一歩がどうしようもなく果てしないんだが……その俺がアトリさんたちから逃げ切れなかった。山の中で、だ」
「キッドソーが!? 跳び足が捕まるだと……?」
キッドソーは山の中では強力なNPCでした。
今のアトリでも捕まえるのに苦労させられましたからね。神器所持前の彼女でしたら、山の中では一生追いつけず、いずれ弓で頭を撃ち抜かれてロストさせられていたかもしれません。
キッドソーが近寄って、アトリに耳打ちしました。
「アトリさん、ちょっと良いか?」
「……神様?」
アトリが私に返事を問うて来ます。アトリは自分でも思考できますけれども、これくらいでしたら私が答えてしまっても良いでしょう。
こくり、と私は頷きました。
アトリが山猫族の青年に向け、小さく首肯します。
「ここには山猫族しかいねえ。だから貴女が頑張る必要はない」キッドソーが言います。「あー、なんていうかな」
それから長々と説明を受けました。
あまり口上手な人ではないようでした。が、その声音には不意打ちで攻撃してきた人物とは思えないような切実さと誠実さが含まれておりました。
要約しましょう。
山猫族……というか獣人は上下関係が重要な種族とのこと。つまり、彼らにとっては「敵」「格上」「格下」の三種類しかないのです。
格付けせねば、どう接して良いのかが解らなくなるようでした。
それは種族の性質でしょう。
禁じるということは、こっちに強引に合わさせるということは、花粉症の人に『花粉吸ったくらいでクシャミすんな!』と怒鳴りつけるような無理難題。
発言したほうの品位が疑われます。
そういう事情で山猫族は獣人以外を歓迎していないようなのです。
彼らが交流したくないわけではなく、獣人以外では理解できない価値観で生きているからです。交流を試みれば、どちらも損をするのでしょう。勝手に領地に侵入してきたアトリ相手とも、当初は穏便に話し合って出て行ってもらう予定だったそうです。ですが、本能が邪魔して穏便に話し合いができないほどでした。
まあ、それは狩人としての本能が強かったキッドソーだから、というのもあるかもしれませんが。
話し合いをしておけば、我々に正当性がなさすぎて出て行かざるを得ませんでしたね。
向こうが攻撃してくれたお陰で、我々は山猫の村に入れたわけです。
こほん、とキッドソーが咳払いをします。山猫の特徴として生えた耳が、しゅんと落ち込んでいるようでした。
「他種族を歓迎していない村が、有事になったら他種族を頼る。そんなのは恥知らずだ。だから、貴女は今回の依頼を断ってくれて良い」
「強制任務だけど」
「強制任務は正当な理由があれば受けずとも良い。俺が貴女を不当に攻撃した。共同で任務遂行するのは危険だと判断した……それを理由に断ってくれ。ちゃんと俺自身が証言する」
そのような事実が露呈すれば、キッドソーは冒険者としてキツい罰則を受けることでしょう。それくらいの代償は覚悟の上で、他種族のアトリを巻き込むことが嫌なのでしょう。
ちなみに受付員も山猫族でしたが、彼女は仕事だったので仕方がありません。
勝手な判断で強制任務を伝達しないのは職務放棄の越権行為ですからね。
山猫族の事情と習性は理解しました。
理解できても共感はしてあげられませんがね。かといって邪険にするほどでもありません。ファーストコンタクト時、殺意を込められていたのならばロストさせています。
そうしていないのは殺意がなかったから。
実験に付き合わせ、村を案内してもらった分でチャラにしても……まあ今回は良いでしょう。
「難しい話だとは思うが」
言い掛けたキッドソーに、死神幼女はグルグルした目で答えます。
「難しくない。神は言っている。依頼は受ける」
「……解った。無理に辞めさせることはできねえ。よろしく頼む」
「うん」
キッドソーは偵察を任せられるほどの実力者。
実力主義たる彼に認められるということは、この村での地位を約束されたも同然でした。作戦時にはかなりやりやすくなることでしょう。
頭を下げるキッドソーを見やり、様子を窺っていたギルドの面々が息を呑みました。本当は頭を下げたりするキャラじゃないのかもしれませんね。
▽
ギルド前の広場では、三十を超える戦士たちが佇んでいます。
全員が山猫族ですけれど、手にしている武器は異なります。この光景こそが私が見たかった光景でした。
かつて私の幼馴染みであり、戦闘の天才――陽村ナナは言いました。
アトリの行動は最適解すぎて読みやすい、と。
一番喰らいたくない場所を的確に狙うため、逆に防御ができてしまう……というのは陽村クラスだからこその意見でしょうけれど。
私は陽村の実力は信頼しています。
ですから、彼女のアドバイス通りに二つ目の武器スキルを所持させることは決定事項でした。今回は色々な武器スキルを確認し、アトリに最適な武器を探す一助となるでしょう。
大鎌に合う別武器って中々に思い付きません。
一応、武器を奪われた時なども考慮し、【神楽】スキルから【奉納・戦打の舞】は取得させています。キックの攻撃アーツですよ。あくまでも攻撃アーツなため、MPを消費したり後隙があったりで滅多に使いませんが。
もっと自由度の高い力がほしいわけです。
今回は集団戦イベントな上、敵は格下のはず。
必死に守る人たちでもない上、全員がそこそこに実力者。
「たくさん観察させてもらいましょう。ところでアトリは希望する武器はありますか?」
「!」
アトリがホルスターから取り出したのは、私が昔に与えた教科書でした。
誇らしげに天に教科書が掲げられます。
「偉大なる邪神器! です」
「教科書で戦うのは保留しましょう」
魔道書はアリですけれど、アトリにとっての魔法は遠・中距離の手札です。接近戦に無理に組み込んでも、むしろ【鎌術】の邪魔になりかねません。
理想は大鎌の邪魔にならない武器です。
まあ……そのようなモノがあるのかは不明瞭ですけれど。
「えー、お前ら」
今回のエンペラーオーク討伐部隊を代表し、キッドソーが話し始めます。
「今回の敵はレイドボスであるエンペラーオークだ。が、ボス自体は問題ない。ソロで倒せる人物が六名もいるし、エンペラーオークはレイドボスの中では弱い部類だ。が……あいつらには軍隊がいやがる」
昔、我々がエンペラーオークと戦ったとき、敵はソロでした。
実際のエンペラーオークは集団戦を得意としており、圧倒的な繁殖力と指揮能力によって本領を発揮するようでした。
「敵の数は推定すれば……万を超える」
「!?」
その場に居た全員が目を見開きます。
いえ、私とアトリは落ち着いたものですけれど。
「その万を俺たちで絶滅させるわけだ。無論、村は村で防衛戦力が整ってる。うちらの守護者たるハテンさんも今は都だ。オレらでなんとかするしかねえ」
「やるしかねえ……」
やや戦士たちは絶望しています。
敵が万です。遙か格下とはいえど、昼夜を問わずに攻められてはどうしようもありません。かつてギースが格下相手に睡眠攻めされていた時を思い出しますね。
ですが……今回、山猫族はまだ実感していないようですが最強の助っ人を得ています。
昼夜を問わずに戦い続けられ、しかもスペックも最強格。
――そう。
死神幼女がいるのです。
「おー」
いつもの棒読みでアトリがひとり腕を掲げました。
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