第216話 強制任務
▽第二百十六話 強制任務
私たちは第四フィールドの部族村のひとつにやって来ました。「山猫族」の村のようです。住民たちもほとんどが山猫の獣人のようでした。
村にはこぢんまりした小屋がたくさん。
その小屋のひとつが冒険者ギルドでした。
久しぶりにギルドに入ります。
ギルドに足を踏み入れた途端、鋭い視線がアトリに突き刺さります。その視線の多くは、気配を抑えたハイ・ヒューマンの幼女に「何しに来た?」という疑問の視線をぶつけてきます。
思い出すのは、ジャックジャックとダンジョンに潜った時です。
あの時も獣人の街のギルドでしたね。
獣人は縄張り意識が強く、また負けん気も強烈です。自身の格付けに異常に拘るので、どうしても他者との衝突が避けられぬようでした。
そういう種族、ということです。
いつもでしたら絡まれたことでしょう。ですが、今回の我々には秘策がございました。愛らしい幼女に先行する青年――《跳び足》のキッドソーの力です。
幼女に絡もうと席を立った獣人を、キッドソーは死んだ目で牽制します。
それだけで大抵のNPCは「ただ事ではない」と認識したようですね。
わりとキッドソーの地位は高いようでした。
こうして安全安心に列に並んだかと思った時。
アトリに乱暴な口調で声かけする女性が現れました。顔面に入れ墨を入れた、三十代くらいの猫耳女性でした。
二本の刀を持った、すらりと背の高い人でした。
「おい、ガキ。ギルドに何の用だい? キッドソーを生意気にも躾けたようだけど」
「誰?」
「あたいはマリー。《跳ね猫》のマリーさ」
「誰?」
キッと《跳ね猫》マリーが睨み付けてきます。
慌てたように前方にいたキッドソーが駆け寄って、マリーの肩をがしりと掴みました。
「待て待て待て。この人はヤバいんだ」
「……ちっ。情けない男だね、ホントに。こんなガキにへこへこしやがって……あたいの婚約者がこんなポンコツじゃやってらんねえよ! 退きな! あたいが躾けてやる」
キッドソーに肩を掴まれた瞬間、マリーはちょっと嬉しそうでした。
どうやら女性の……メスのあれこれに巻き込まれてしまったのかもしれません。それだけでしたら大した問題ではありませんけれど。
「アトリ、気をつけましょうか。精霊がいます」
「はい! 神様」
マリーの右横にはふよふよと浮かぶ精霊がいます。野良の精霊はもっと動き回るため、おそらくはプレイヤー。しかもログアウト中だと考えるべきでしょう。
ログイン中ならアトリに喧嘩を売ってくるとは考えづらいですしね。
まあ、今第四フィールドでプレイしている人は、私以外は契約NPCを切ったかロストしたかです。我武者羅に襲ってくることもあり得ないとは断言できませんがね。
沈黙を貫く精霊。
そして怒声をあげ、挑発の言葉を並び立てるマリー。
それを囃し立てるギルドに所属している面々。……ちょっと面倒になってきたので、私は【クリエイト・ダーク】で目玉を作り出しました。
突如として宙に姿を現した、禍々しき黒眼球。
いつでも使えるように、すでにモードにアイは追加してありました。
「な、なんだい、この薄気味の悪い――」
「【邪眼創造】……【混乱眼】」
「あ」
目と目が触れ合うような距離で、私は固有スキルである【邪眼創造】を使用しました。
つう、とマリーの口端から涎が流れ落ちます。
その目はぐるぐるとアトリのように回っており、酒に酔ったかのような千鳥足。やがて立っていることもできず、マリーは汚いギルドの床に崩れ落ちました。
「あへー」
と天井を見てぽわぽわしております。
中々の効果がありますね、【邪眼創造】は。
今の邪眼は対象を重度の混乱状態にする力を持ちます。参照されるのはアトリのステータスなので、強引に敵を混乱させてしまえたようですね。
目と目がしっかり合わねば発動しないため、強者には通用しません。
普通、強い人はいきなり現れた目玉と目線を合わせるほどに愚かではありませんからね。
「便利ですね、これ」
「神様のお力……」
「そうですよ」
「ボクもぐるぐるしたい。です」
「いつもしてますね」
「いつも!」
私の固有スキル【邪眼創造】は強いスキルではありません。
ですが、たくさんの効果を作れるため、戦闘以外の場面で使いやすいですね。シティ系のシナリオイベントでは大活躍の予感です。
MP消費はちょっと重めですけれど。
崩れ落ちたマリーの肩をキッドソーが何度も揺すります。
それを尻目に改めて受け付けの列に並び直します。ですが、他の冒険者たちは無言で場所を譲ってくれ、結果としては時短になりました。
やはり邪眼は便利なようですね。
▽
「A……A級冒険者!? し、失礼しました。この村のギルドは大きくないのでA級以上用の受付がなく……」
「良い。素材の買い取りは受け付けている?」
「はい、お待ちください……あのアトリ様。第三フィールドの王家がギルドを通じてメッセージを送ってきていますよ」
「そう」
受付員が目を丸くしました。
王家からの要請をアッサリと受け流したことが驚きなのでしょう。アトリの価値観からすれば「王族よりもすごい神様」と常日頃から一緒に居るわけですからね。
王族でいまさら緊張することはないのでしょう。
アトリは上目遣いで――身長上、そうするしかありません――受付員を見ます。
「用件は?」
「えっと……真祖吸血鬼ヨヨ討伐の報酬について、ですね……ヨヨ討伐!? ヨヨ様は死んだのですか!? というか討伐!? どういうこと?」
「ボクがヨヨを倒した……殺したのは先生だけど」
「先生? というか、ヨヨ様が子どもに……何が」
ヨヨはかつて英雄と呼ばれていたようですからね。彼は色々と悪いこともしたようですけれど、一方で彼がいなくば人類種はとっくの昔に負けていたかもしれないようです。
二週間前まで時空凍結されていた第四フィールドからすれば、まったく以て意味の解らない展開なのでしょう。
「理解した」
アトリが頷きます。
「王城には行かない。罠かもしれない」
「いやいや、いくら王族といえどもギルドを通して謀り事はしませんよ。とくにメテオアースの現王は……神眼王アドラス様はそのようなことをするとは思えませんけれど」
「行かない」
「そ、そうですか……解りました」
こくり、とアトリは頷きました。
私の王族嫌いがアトリにまで伝染しているのかもしれませんね。何かされる可能性が低いことは承知していますけれど、何かされた時が怖いです。
このままだと「最初は何もするつもりがなかったが、メンツを潰されたので対処せざるを得なくなった」パターンが待っている気もしてきています。
いずれ、とてもとても暇が空けば行くのも悪くないかもしれません。
たとえば、別の王族を敵に回しちゃった時とか。
ひとしきり素材の売買を行いました。
すると、最後に言い辛そうに受付員が告げてきました。とても申し訳なさそうな顔です。
「えー、アトリ様。Aランク冒険者である貴女様に強制任務が発令されています」
「? 強制任務?」
「はい。現在、この山猫の部族はエンペラーオークの国と戦争状態にあります」
エンペラーオークというのは、第一回イベントにてアトリが瞬殺したレイドボスです。そのエンペラーオークがこの村を狙っているとのこと。
時空凍結されている間だ、この周辺の魔物は好き勝手していたようです。
解除された以上、魔物との正面衝突は避けられなかったようですね。
「Aランク冒険者であるアトリ様にはこの戦争に参加する義務が生じてしまっています……」
上位冒険者には色々とメリットがあります。
そのメリットや優遇の代わりとして、ギルドが困った時は助けるという義務が生じます。これを「嫌だから」という理由で拒否したいならば、冒険者は冒険者を辞めねばなりません。
今のアトリは冒険者ギルドに拘る必要はありません。
何かあった時、情報を優先して教えてもらえるのはメリットでしょう。今回のようにギルドを通したならば、王族とて策謀を張り巡らせてはならない……みたいなのもメリットのひとつと言えるでしょう。
しかし、最悪の場合は冒険者でなくなってもよろしい。
身分証明と後ろ盾がなくて詰む段階は突破しましたから。
……拘る必要はありませんけれど、逃げ出すほどのクエストでもありません。今回のイベントを拒絶する理由がありません。自分から所属を望んでおいて「命令されるのがなんか気にくわない」みたいなことを思うほどに獰猛ではありませんしね。
社会の歯車になるのはごめんですけれど、受付員もギルドも配慮はしてくれているようです。
敵がカラミティーならばともかく、レイドボスレベルならば参加しても良いでしょう。
それに今回は良い機会かもしれません。
「受けましょうか。ちょっと期待したいこともありますしね」
「解った。です、神様! 受付員、ボクは強制任務を受ける」
受付員は深く頭を下げました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます