第23章 エンペラーオーク討伐編

第215話 追跡者

    ▽第二百十五話 追跡者

 獣人の青年は絶望していた。

 ……本能だったのだ。

 獣人はよくいる人類種とは異なった生態を持つ。どちらかといえば獣の本能が強く、理性を上手く使うことができない種族なのだ。


 極上の猫じゃらしを前に、猫に待てを要求するようなもの。


 青年は頑張った。

 必死に必死に我慢し、まずは穏便に話しかけようとして――つい撃ってしまった。


「! だって仕方ねえだろ! あんな見た目に反してヤバい奴! 俺の腕を試したくなっちゃうだろうがよお! 我慢できねえって!」


 そう叫んでみるも応えてくれる人物はいない。


 異常な幼女だった。

 天使の輪があり、背には翼。しかしながら、天使族は九尾兵筆頭のリタリタたちが命と引き替えに絶滅させたはずだ。


 何よりも、青年の本能が「あれは天使ではない」と教えてくれた。


 人なのに【天使の因子】を会得しているということだ。

 背に負った大鎌も異質。あのような使いづらい武器なのに、あの大鎌が自分の首をアッサリと落とす瞬間がありありと想像できてしまうのだ。


 魔王を思わせる白髪赤目も……やはり興味を引いた。


「てか! なんで幼女が山駆けできんだ! そもそも木を通り抜けてねえか!?」

「……」


 青年は村の中でも、こと狩りに関しては上位勢である。

 守護者たるハテンには及ばぬものの、青年だってレベル80を超えた強者のはずなのに……いくつもの死線を潜り抜けてきたはずなのに。


 木の枝から木の枝に飛び移り、麻袋から罠を捨てていく。


 そのすべてが幼女を止められない。

 移動系の固有スキルさえも使っているというのに、徐々に……徐々に距離が詰まってきた。尋常ではない敏捷値と謎の障害物をすり抜けるアーツ。


 時折、放たれるのは追尾性の【閃光魔法】――【ハウンド・ライトニング】

 肉体にはいくつかの風穴。出血。躱しても被弾しても、その度に徐々に距離が縮められていく。


「っ!」

「……神は言っている」


 真後ろで幼い声が聞こえてくる。

 愛らしくも、無機質で悍ましい――幼女の声。青年の脳裏には「死」が横切る。


「捕まえた」


 青年は地面に叩きつけられた。


       ▽

「……【霊気顕現】の使用制限について知れたのは収穫ですね」


 凄まじい勢いで逃げた山猫の獣人。

 せっかくなので【霊気顕現】で止めようとしたのですけれど発動しませんでした。


 新技も使えず、ちょっとだけ手こずりましたね。

 敵は移動系の固有スキルを有していたため、アトリでも捕獲に時間が掛かってしまいました。通常ならば移動系の固有スキル持ちに追いつけただけで御の字ですけれど。


 追跡の道中、改めて【霊気顕現】について掲示板で調べました。

 私が習得する数日前、どうやら大天使みゅうみゅさんが先に取得していたようですね。


 人助け系のイベントをハシゴすることにより、【霊気顕現】に触れるイベントがあったようです。野良の精霊に導かれ、彼女は光の根源の欠片に至ったようです。


 私も切り抜きを確認しましたが――すごかったです。


 それにしても殺した数によって、発動するかどうか、効果の上下も左右されるようです。私はけっこう殺してきましたけれど、たったの三秒しか止められないようですね……


 次に発動する時は、一秒も止められないかもしれません。


 命をアトリに捧げられなければ……


       ▽

 捕まえた獣人の青年は、シヲが触手で完全に拘束してくれています。

 それでも暴れたため、いくつか錬金術の薬の実験体になってもらいました。十本ほど注射をしたところで、涙塗れで青年は抵抗を完全に諦めました。


 べつに危険な薬ではなかったのですけれど。

 まあ組み合わせが悪かったのか、途中で痙攣が止まらなくなったりしましたけれど。何本か追加で打ったら止まりました。


「残念でした。もう少し耐えてくだされば、もっと薬を試せたというのに」

「……お前、頑張る! 神様はもっと口を割らないことをお望みなのだ……」

「う、うわああああああ!」

「おや、アトリ。この叫びはおそらくは抵抗です。この期に及んで仲間を呼び出そうということでしょうか。中々に侮れませんね、獣人とは。これはお薬を注射するしかありません」

「侮れない。です。注射する、です」

「獣人はそんなんじゃないよー! もう抵抗しないからあ! 怖い注射やめてー! 何も起こらなくても逆に怖いのー!」


 シヲが肩を竦めています。

 私はポーションを追加させていただきました。獣人の青年は首を必死に左右に振るいますけれど、やがてシヲの触手で顔すらも固定されてしまいました。


       ▽

 大量の泡を吹いた青年が意識を取り戻しました。

 私は良いタイプのマッドサイエンティストRPなので、今回の投薬で死亡した場合、劣化蘇生薬を使ってあげることも視野には入れていました。


 けれど、やはり何事もないのが一番でしたね。


 意識を取り戻した青年は青ざめています。


「な、なんでこんな酷いことを……」


 かなり錯乱しているようです。

 私はアトリに優しく言います。


「アトリ、青年に言ってあげましょう。先に攻撃してきたのはそちらだ、と」

「神は言っている。先に攻撃してきたのはそちらだ……」


 青年はうっ、と息を詰まらせました。思い出したようですね。ですが、彼の言い分はまだ終わらぬようでした。


「あれに殺意がなかったことは、貴女たちのレベルならば解るでしょう! 私はつい本能で狩りをしたくなってしまっただけで……それでも殺す気はありませんでした!」

「どうでも良い。攻撃は攻撃」

「そ、そんな……」


 獣人の青年の文化では「試し打ち」は挨拶程度のコミュニケーションだったのかもしれません。海外で剥ぐ挨拶するような感じ。

 ですけれども、それはあくまでも彼らの文化でした。

 まあ、ここは彼らの土地です。

 郷に入っては郷に従う、なんて言葉はありますけれど……よく解らない文化はよく解りません。


 この村は代々、余所から来た者を生け贄にしておるのじゃ。

 なんて言われてもお断りするのが人情というもの。この青年の言い分も文化も、我々にとっては無視しても良いでしょう。


「ひ、ヒトこわい……怒ったら注射してくる」

「怒ってはいないのですけれどね」

「神様は怒っていない。まだ序の口なのだ……」


 青年もまた我々の文化に恐れを成したようでした。

 いえ、私の文化に怒ったら敵に注射するなんて文言はありませんけれどね。なんですか、その知的な野蛮人は。


 ひとしきり悲しき文化交流を行い、私は第四フィールドについての調査を終えました。


 結論としては面倒そう。でした。


 というのも、第四フィールドではプレイヤーとの遭遇が多くなりそうだったからです。

 狭くはありませんが広くはないフィールド規模。

 また、三十二の部族単位に別れているようですが――逆に言えば大きな集落は三十二個の村しかありません。


 その上、その三十二の部族も魔王戦で半数に減らされています。


 話を訊けば青年の村にもプレイヤーが十人以上もやって来ているようですね。契約済みのNPCを捨てて、我先にと第四フィールドでリスポーンしたのでしょう。

 人がたくさんです。


「とはいえ、わざわざ人里を避けるのも面倒なのですよね」


 料理はセックが作れますし、武器の手入れもセックができますし、材料の調達もセックがやってくれますし、消耗品の補充もセックがやってくれますけれど……人里は便利ではあります。

 理想のアトリエを使わずとも、比較的安全に寝食できますし情報も集まりますからね。

 対人は面倒ですけれど、避けてより面倒に陥っては本末転倒。


 それに私はこういう時のために【顕現】を取得していないのです。


「良いことを思い付きました」


 私は閃きました。

 数時間後、私たちに村を案内する青年の姿がありました。彼は死んだ目で近寄ってきた仲間たちにこう言います。


「俺が案内している。放っておいてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る