第210話 根源の間
▽第二百十話 根源の間
水精霊王は遊んでいるようです。
雪女じみた無表情の中には、無邪気な子どものような雰囲気があります。捕まえた虫の足をもいで遊ぶような……悪意なき暴虐ですね。
「――遊ぶ」
「遊ばない」
水精霊王が槍のような氷を生み出します。それがドリル状の回転を始めます。
放たれる螺旋の弾丸。
私では視認できない速度の射撃でした。
アトリの頬に傷。
アトリは未来視とステータスで回避できたようですね。水精霊王に突撃しようとして――大鎌で防御姿勢を取りました。
がぎん、という重い音。
見れば大猿がアトリに不意打ちを仕掛けていました。
私は大猿を守るように展開されていた大瀑布の壁を確認します。維持されていました。どうやら、最初から大猿はあの中にいなかったようですね。
姿と気配を隠す
アトリやシヲから気づかれずにシュークリームを台無しにできた所以が知れました。
しかし、いくら知能が高かろうとも、シュークリーム殺人罪は死刑を免れません。
少なくともアトリの法律の中では。
「想像以上に賢いようですね、お猿さんも精霊王も」
「ボクのほうが賢い。です! 神様のお陰で算数ができる! です!」
「それは偉いですね」
おそらく猿もできるでしょうけれど。
アトリが走り出します。敵はこちらの手札を知りません。ゆえに、姿を消していても攻撃の瞬間を先読みでき、そこに致命打を与えられることを知られていないのです。
あえて無防備になり、そこをカウンターで仕留める作戦でした。
ただし、敵も動きを止めてくれません。ぱん、と水精霊王が手を叩けば……周囲の地面が一気に凍り付きました。
視ていたアトリはジャンプでギリギリ回避できましたが。
今日ほど【天使の因子】を取得させて良かったと思う日はありません。
ノータイムでの凍結。
これは未来視がなければ初見殺しされていたことでしょう。
空中に浮いた状態のアトリの腕が吹き飛びます。
水精霊に何かをされたようですね。
大猿が出現します。彼は鮮血を潜り抜けて、死神幼女へと追撃を見舞おうとしているようです。
その一撃はアトリをロストさせられるかもしれません。
――私が居なければ、ですけれど。
「させませんよ」
『――うが!』
私が【クリエイト・ダーク】で作った壁により、猿くんが僅かに動きを停滞させます。
そこをアトリが顔面を踏みつけて地面に叩き落としました。凍り付いた大地が割れたところに、投擲用の小鎌を投げてダメージを加算します。
首に突き刺さった小鎌は、即座に引き抜かれました。
大猿はシンプルに耐久力が高いようですね。
かといって水精霊王と戦い続けるのも苦しい。まだ戦闘開始から一分ほどですけれど、水精霊王はまだまだ本気を出していないご様子。
私で言うところの【クリエイト・ダーク】だけで戦っている感じです。
完全に舐められ、遊ばれています。
ただし、私は水精霊王に対して嫌悪感はありません。私やアトリはこのゲームで「面倒で醜悪で鬱陶しい敵」ばかりを相手にしてきました。
対して水精霊王は「単純な魔物」です。
とくに因縁もなく、ただ出会ったという理由だけでの殺し合い。こういうのも悪くありません。ゲームをやっているなあ、という印象です。
「とはいえ、です」
みすみす負けてやる理由も、手を抜いてやる理由もありません。敵が優雅に遊んでいるうちに潰してしまいましょう。
痛いのは嫌ですけれど。切り札は切らねば意味がない。
私の周囲に闇が漂い始めます。
「
夜が広がる。
「顕げ――」
【個人アナウンスを開始します】
私の【神威顕現】を咎めるように、システムメッセージが介入してきます。構わずに固有スキルを発動しようとするも応答がやって来ません。
立ちこめていた闇が、夜が、一瞬にて立ち消えました。
【プレイヤー・ネロの顕現は、上位管理者たる水精霊王・ラによって権限を剥奪されています】
「なるほど。そういうこともありますか」
私が驚きの声を上げたのと同時。
意識が。
闇に。
▽
やって来たのは暗闇。
私が霊気顕現を試そうとしてやって来た空間と同じ場所のようです。漂うような感覚の中、ゆったりとした浮遊感とは対照的に、心内では焦燥が満ちていきます。
「これはまずいですね」
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