第208話 精霊王の契約者

  ▽第二百八話 精霊王の契約者

 あの大猿とことを構えるということは、カラミティクラスの精霊王と敵対するということを意味します。

 現状のアトリでは荷が重いでしょう。

 避けるべき戦いでした。


 ですが……


 地面に転がったティーカップ。

 零れているのは鮮血色の液体。魔女が直々に調合した紅茶です。いつでも購入できるでしょうけれど、それはともかく。


 流れたお茶は大地に染みこんでいく。


 やっぱり、ちょっとむかつきです。

 ゲームの敵NPCの悪戯ですけれどね。ゲームなのでムカついた程度で殺しちゃいましょう。


「戦うのでしたら明日にしましょうか」

「解った。ですっ!」

「我慢できて偉いですよ」

「ボクは! 偉い……です」


 とりあえず【理想のアトリエ】のクールタイムは開けておきたいところ。あとはシヲに【邪神の一振りレーヴァテイン】を使ってしまったので、ライフストックも貯めておきたいですね。


 さて、我々が大猿に背を向け、手頃な魔物を探し始めた時。


『うけけ!』


 頭上から氷の雨が降り注ぎました。

 アトリは大鎌に【魔断刃】を付与して、氷雨を斬り裂きました。美しい氷の破片には、無表情の幼女のお顔が反射されます。


「攻撃。してきた。です」

「……どうやら向こうは戦いたいようですね、今」

「どうするですか、神様?」

「悪戯で済ませないのでしたら戦いましょう」


 いざという時は、私が【神威顕現】でどうにかしましょう。

 あれ、レベルダウンはともかく、痛いのが嫌なんですよね。早く運営さんには改善してほしいです。


 そうして精霊の森にて――大猿とアトリ、精霊王と私の対峙が開催されました。


       ▽

 大猿が飛び掛かってきます。

 アトリは大鎌でそれを真っ向から受けました。爪による三連撃に対し、アトリは身を回転させながら四連撃を叩き込みます。


 三つの火花と一つの肉裂き音。

 大猿には一筋の傷跡。


 どうやら契約者のスペックではアトリがやや優勢のようですね。

 ダメージを受けたというのに、大猿はにたりと嗤います。戦闘できることが嬉しくて仕方がないのでしょう。


「【――】」

「【クリエイト・ダーク】」


 頭上の精霊王から氷の矢が放たれます。

 私は【クリエイト・ダーク】モード・シールドを幾重にも展開、氷の動きを止めます。砕けた氷を背景に、アトリと大猿は高速の戦闘を繰り広げています。


 アトリは防御を捨て、最低限の回避だけで敵にダメージを蓄積させます。

 一方の大猿は、アトリの【再生】力を理解したようですね。ダメージレースでの絶対の不利を悟り、アトリを掴み上げようと試みています。


 おそらく、掴んで首でも引き千切るつもりなのでしょう。


「シヲ」


 アトリがシヲを呼び出します。

 大猿は無視してアトリに拳を叩き込もうとしますが、その足をシヲに触手で拘束されてしまいました。


 空中に持ち上げられる大猿。

 追撃するようにアトリが召喚します。


「ロゥロ」

『がらあああああああああああ!』


 出現したロゥロが、空中に持ち上げられた大猿に拳を振り落とします。咄嗟に大猿は腕をクロスさせて防御しましたが、それでもロゥロの破壊力は一級品です。

 地面に叩き付けられたところに、ロゥロが大猿の肉体を握り締めます。


 ロゥロにはスキル【握撃】がございます。

 このスキルは「握り締める力」を大幅に上昇させるスキルでした。つまり――


『――ぎゃああああああ!』


 ぐちゃり、と大猿の腹部が潰れ、遂には上半身と下半身が分かたれます。


 シヲもロゥロも良い感じに機能するようになってきました。

 いよいよアトリのソロ性能は完成に近づきつつありますね。もはや普通にゲームをするだけなら、ずっとソロでも良いような気もします。


「まだ経験値がやって来ません。アトリ」

「ロゥロもっと」


 言いながらアトリは【ハウンド・ライトニング】で大猿にダメージを与えていきます。まだ生存しているあたり、敵さんはかなり耐久力が高いようですね。

 このまま、一気にぶち殺そうとしたところ。

 上空から声が振ってきました。


「【短期顕現】」

「【ヴァナルガンド】」


 爆撃と離脱は同時でした。

 アトリが刹那前まで居た箇所が、巨大な氷柱に突き上げられています。【ヴァナルガンド】のステータスで逃げねば、確実に【致命回避】が発動していたことでしょうね。


 すぐに【ヴァナルガンド】を解除しながら、アトリは【イェソドの一翼】を発動します。


「精霊王……です」

「これは中々」


 大猿を守るように立ち塞がるのは、蒼色の長髪をした美女です。まるで雪女のようなルックスの女性は……水の精霊王なのでしょう。

 顕現したことにより、そのカラミティークラスの威圧が発揮されています。


 ずしん、と空気が重くなったような錯覚。

 精霊王が能面のような表情の中、唇を動かします。


「遊ぶ。遊ぶ。遊ぶ。遊ぶ。遊ぶ。遊ぶ。遊ぶ。遊ぶ」

「怖いですねえ、精霊王って」


 精霊王の周囲に宝石のような氷片が舞い散ります。

 碧の瞳と鮮血の瞳が、静かに火花を散らしました。

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