第207話 ピクニック

   ▽第二百八話 ピクニック

 一端、ログアウトを挟みました。


 ゲーム内時間で二日も闇に飲まれていましたからね。

 リアルでもかなりの時間が経過しています。ご飯を食べてお風呂に入って眠る必要があります。あと軽く運動ですね。


 ずっとベッドで寝ていると体が鈍ります。


 ゆっくりと休んでから、私は《スゴ》にログインしました。


 アトリとは【理想のアトリエ】内で合流します。精霊の森で使えたのはラッキーでしたね。ダンジョンなどでは使えませんから。


 この施設は安全な上、物資の補充も可能ですからね。


「では、森に戻りましょうか」

「はい! 神様!」


 私とアトリは森を進みました。

 後ろでは精霊王のアが付かず離れずの距離でついてきます。ずっと「自己。定義。決定。申請。確定。世界。安定。自然。支配。管理。霊気顕現」と呟き続けています。


 怖い。


 精霊にダメージは通りません。

 その仕様がなければロストさせていたところです。これって一生、憑いてくるとかありませんよね?


 その時は盾に使いましょう。


 霧を解除してもらえない関係上、私たちは歩き回ることしかできません。

 やって来る魔物でレベリングができるので良かったです。罠もシヲがいればどうとでもなりますしね。


 もしかして詰んでいます?


 とりあえず、昨日時点で運営には「バク報告」をしています。噂によれば《スゴ》の運営は小まめに返信をくれるとのこと。待っていましょう。


 本日の予定ですけれど、私たちは森でピクニックを開催することに決めました。

 友人を殺害した心労は、おそらくアトリに残っていることでしょう。

 いくら生き返って助かったとはいえ、殺そうとして殺した事実は消えませんからね。しかも、もう二度とアトリは魔女に会うことができません。


 ちょっとくらいの息抜きは必要でしょう。


 私は【クリエイト・ダーク】でテーブルと椅子を造形、課金で生み出したアフタヌーンティーセットを用意しました。

 じつは趣味だったりします、アフタヌーンティー。


 テーブルの上には巨大なケーキスタンドがあります。これは【理想のアトリエ】内で職人ゴーレムが作成した食器類のひとつです。

 ここに置かれた飲食物は劣化しません。

 また、虫なども寄りつかなくなる効果があるようですね。


 アトリが使うことを前提とした、とても大きな三階建てのケーキスタンドです。

 アトリにエプロンを着けてやり、あとは自由に食事です。一段目にあるのはサンドウィッチ……セックが作ったふかふかの食パンで作られた、ジューシーな肉のサンドです。


 がぶり、とアトリがサンドウィッチに噛み付きます。

 肉汁がじわりと溢れ出しますが、アトリはじつに綺麗に食します。シャキシャキとした歯応えの野菜と肉の融合に、アトリは無表情ながらに歓喜します。


 アトリに備わった【勇者】スキルの影響により、私にも「美味しい」と「幸福」が伝わってきますね。精霊は【顕現】せねば飲食できないので僥倖です。

 隣にあった卵のホットサンドも食べます。


「セック、紅茶を淹れて上げてください」

「はい、マスター。完璧なお紅茶をご期待ください」


 連れてきたセックが上品に給仕をこなします。私も紅茶は淹れられますけれど、さすがにセックのスキルには勝てませんからね。

 スキルがあれば効果も付与されます。


「ロアアイラです」


 魔女が作成した紅茶の葉です。

 魔女は自分のブランドを作っていたので、お別れした後にも茶葉を手に入れることは可能でしょう。


 鮮血のような色合い。

 美しいガラスのポットから、カップに紅茶が注がれます。アトリはそっと唇をつけ、ゆったりと紅茶を口に含みました。


 こくり、と小さな喉が鳴ります。


「……美味しい」


 アトリが優しく微笑みました。

 さて、アフタヌーンティー的なマナーでいえば、ケーキスタンドの下から食べていくのが定石です。


 ですが、ここはあくまでも私的な場。


 私がマナーを教えていないので、アトリは自由に食べていきます。スコーンを手で取って皿に取り分け、横倒しにしたスコーンにナイフを入れます。

 クリームとジャムをたっぷりと付け、それもまた食べていきます。


 もそもそ。


 さて、今回のメインですけれど――シュークリームです。


 ケーキも良いのですけれど、アトリは数を食べますからね。シュークリームなどは食べやすいので最適です。

 まあ、ケーキもひとつありますけれどね。


「食べる。です!」

「どうぞ召し上がれ」


 アトリがワクワクとシュークリームに手を伸ばした、その時でした。

 ケーキスタンドが消えました。


「っ!」


 アトリは【死に至る闇】を掴んで立ち上がります。彼女は目に戦慄を覚えるような殺意を漲らせ、ぐるぐるとした紅目で――現れた大猿を睨み付けていました。

 大猿はケタケタと嗤い、シュークリームとケーキを手掴みで食べています。

 マナーも何もない、顔に塗りたくるような食べ方でした。


 私ってかなり温厚なほうだと思いますけれど……ちょっとムカつきますね。


 それはアトリも同様でした。

 全身から憤怒をまとい、その愛らしい唇で冷たい言葉を奏でます。


「殺す」

『うけけけけ』


 大猿が残飯を地面に叩き付けてから、我々に背を向けて逃げ出しました。ちなみに【鑑定】した感触ではレイドボスではないようです。

 が……食事中とはいえ、アトリが反応できませんでした。


 相当に強い魔物、だと見るべきでしょう。

 アトリは問答無用で追いかけようとしますが……それを止めます。


「待ちなさい、アトリ」

「待つ! です!」


 全力疾走状態からピタリと止まり、アトリは私のほうに振り返りました。激怒の様子も感じさせないほどのいつも通り。

 首を傾げたアトリが問うて来ます。


「? どうする。です、か? 神様」

「上です」

「わあ」


 空を見上げたアトリは目撃します。

 そこには青色の巨大なガスタンクサイズの球体……精霊王がいました。我々にストーキングしてくる光精霊王ではなく、あれは水精霊王なのでしょう。


「おそらく」

 私はごくり、と息を呑んで告げました。

「あの精霊王の契約対象は先程の大猿です」

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